第17話不死身青年と殺人鬼少女の青春Ⅷ
「考えてみればというよりも、考えなくてもわかることよね......コレ......」
そんな風に言いながら、昼食を食べ終えた彼女は、隣に座る僕のことを視界に入れて、携帯電話を操作しながら、目的の画面を表示する。
そして表示したその画面を、僕に向けて、さらに言葉を続ける。
「私に送られている筈のメッセージなのに、私を連れて来るように書いてあるってことは、つまりこの文章、そもそも私宛のモノじゃないのよ」
「まぁ、たしかに......」
そう言いながら、僕は彼女から視線を外す。
するとそんな僕を見て、柊はさらに、詰め寄るような言動で僕に言う。
「そしてそうなると、ココ数日で私が関わった人間で、さらには......」
「さらには......?」
その言葉の後に、彼女は僕の瞳に視線を合わせて、静かではあるけれど力強い言葉で、僕に言った。
「飛びぬけて気持ち悪い奴が関わっているということになるわ」
「......っ」
その彼女の力強さに、僕は泣きそうになるのをグッとこらえた。
「あぁ、ごめんなさい。人間ではなかったのよね、荒木君」
「うん、そっちじゃなくて『飛びぬけて』を訂正して欲しいかな......」
「『気持ち悪い』は認めるの?」
「うん、もうそこは何を言っても、訂正してくれないだろうから......」
「あら、よくわかっているじゃない、さすがね」
「......」
何を持ってして流石なのかは、これ以上は傷つきたくはないから聞かないでおくとして......
「それにしても、どうして私の携帯の番号が、こんな見ず知らずの誰かに流出しているのかしら?」
「言っておくけれど、僕がその流出元じゃないからな。ただ単に、このメッセージを送ってきた人物が、お前と僕の携帯電話の番号を把握していたっていう、それだけのことなんだから......」
「それだけのことって......本来ならそれは、そんな軽い物言いで捉えて良い事柄ではないでしょう?個人情報もへったくれもないじゃない......」
そう言いながら、自分の携帯と僕のことを交互に見て、そして僕からは視線を外す。
そしてそんな彼女に対して、僕はなんだか言い訳をする様な声色で、言葉を紡ぐ。
「まぁ......そうなんだけれど......でも大丈夫、この人は信用できるよ」
そう紡いだ僕の言葉に、外れていた彼女の視線が再び戻る。
「どうして、そう言い切れるの?」
彼女の標準が、再び僕に向けられる。
「どうしてって、そりゃ......」
そう言いながら、少しだけ思い出しながら、言い淀んでいる様な雰囲気になりながら、僕は言葉を選んで、彼女に続けた。
「今僕がココに居るから......かな......」
約束の時刻である十七時は、思いの外あっという間に訪れた。
そしてその時間に、待ち合わせ場所として指定されていた教室の扉を開けると......
「えっ......」
「......」
普通ならあり得ないような形で、机と椅子が並べられていたのだ。
しかも机と椅子は全て、教室の四方向の端に並べられていて、更には立体的に積み上がっていたから、それにより教室の真ん中には、必然的に物が何もない状態で......
誰かが座るであろう椅子が一つと、椅子に座ったままの相模さんが、僕らからは背を向けた状態で座っている。
それ以外には何もない、ただのそれだけの、空間だったのだ。
「やっと来たね、まったく......待ちくたびれたよ、荒木君」
こちらに気が付いた相模さんは、僕たちの方に首だけを向けて、手を振ってそう言った。
「ちゃんと時間通りに来ましたよ。それより、これは一体何なんですか?」
「あぁ、こうした方がやりやすいと思って、僕がやったんだ」
「ちゃんと後で、直してくださいね......」
「それはもちろんだよ~それで、その隣の女の子が、例の子なのかな?」
そう言うと相模さんは、僕の隣に居た柊に視線を移して、そしてそれに気が付いた柊は、相模さんのことをジッと見て、口を開いた。
「はじめまして。柊 小夜 です」
「はじめまして、相模 和人 です。それじゃあ来てもらって早速だけれど、始めようかねぇ~」
そう言いながら相模さんは、気怠そうな仕草をしながら、自分が座っていた椅子から立ち上がる。
しかしそんな相模さんに対して、これから行うことの内容を知らされていない柊は、幾分強い声色で、彼に尋ねた。
「始めるって、一体何をするんですか?」
そして尋ねられた彼は、少しだけ笑いながら言葉を返す。
「治療だよ......今日はそのためにわざわざご足労頂いたんだからさ......」
そう言いながら、ユラリとした仕草のまま、彼はもう一つ空いた椅子に、柊を促すような仕草をしてみせる。
しかしそれを見て彼女は、相模さんのその行動には対応しないで、代わりに静かな冷たい視線を彼に向けて、言葉を返す。
「ちょっと待って下さい。治療って、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。君の異常な箇所を治療して正常に戻す......思い当たる節が無いわけでもないんだろ......?」
「......それは」
「......」
「それはたしかにそうですけれど......でもそれは、貴方には関係のないことですよね?」
「イヤイヤ、そうでもないさ。現にこうして僕は、君と関係を築いている」
「気持ち悪いです」
「傷つくなぁ~まったく......まぁそれはそうとさぁ......」
そう言った後に少しだけ間を置いて、相模さんは彼女に言う。
そして時の彼の声色は、少し前に僕も聞いたことがあるような......
僕も言われたことがあるような......
「君はいつまでそうやって、嘘を吐いているつもりなんだい?」
そんな気がして、ならなかったのだ。
柊に言い放たれた相模さんの言葉を、僕は静かに聞いていた。
そしてそれが出来たのは、柊が吐き続けている嘘の内容を、僕は昨日カラオケが終わった後に、相模さんから話されて知っていたからだ。
「......」
しかし柊は、そんな相模さんの、恐らくは予想外だったであろうその言葉に対して、悠然と、冷静に、冷たい声で言い返す。
「......あなたには、関係のないことですよね......」
「......」
そして言い返された相模さんは、彼女のその、数秒前にも聞いた同じ台詞に対して、今度は何も返さずに、ただ微笑を浮かべながら立っていた。
そして数十秒程、二人の間に沈黙が横たわる。
夕暮れの時刻だからだろうか、赤く紅く茜色に染まったこの教室は、相模さんが何らかの目的で、机も椅子も端に追いやって、奇妙な程に広くなったこの教室は、まるでいつも使っている様な、普通の学生が、普通に普段、通常授業で使っているような場所には見えなくて、それがなんだか、なんだかとても、不気味だった。
そしてその不気味さに、その異常さに嫌気が差したのか、沈黙に対して柊が、相模さんからは視線を外して、まるで子供の様な台詞で、口火を切った。
「気分が悪いので、帰ります」
そう彼女が言って振り返ろうとしたところで、相模さんはその表情のまま、しかし先程よりも、幾分通りがいい声で、柊に言う。
「待てよ、お嬢ちゃん」
そしてその言葉に、柊は足を止める。
「......」
「まだ君は、僕の問いに答えていないぜ?」
「......関係ないと、言いましたよね?」
「あぁ、でもそれは答えじゃない。単に君の願望だろ?」
「......何を」
「ん?」
「あなたは一体、私に何を言わせたいんですか?」
そう言いながら、もう一度柊は振り返って、背を向けていた相模さんに対して、今度は視線を外すことなく、正面から見据える。
そしてそんな彼女に対して、表情も声色も変えないで、相模さんは言葉を紡いで、歩みを寄せる。
「だから......君はいつまでそうやって、愛しの弟が殺されただとか、愛しの彼氏を寝取られただとか......」
そう一つ一つ紡ぎながら、相模さんはこちらにゆったりと近づいて、そして近づき切った、適切な距離まで来たところで歩みを止める。
歩みを止めて、言葉を続ける。
「君はいつまでそんな馬鹿げた嘘を、お兄さんの仇の前で、吐き続けているつもりなんだい?」
「ッ!!」
そう彼が言い終えた所で、教室の色は一転、白一色の世界になった。
一転した教室の情景は、一変した相模さんと柊の情勢は、まるで蚊帳の外の様な立ち位置に居た僕から見ても、それはもう明らかに、明らかに人間離れしていた。
いや......もしかしたらその言葉は、適切ではないのかもしれない。
だってその言葉は、本来なら人間離れした『人間』に対して使われるモノで......人間ではあるけれど、人間味が遠のいた者に対して使う言葉で......
明らかに......
誰がどんな風に見ても、どんな風に見方を変えても、明らかに人間ではない者に対してその言葉を使うことは、それはやはり正しくはない。
しかしながら......
しかしながらそれでも、そんな状況になろうとも、柊の目の前に居る相模さんは、やはりいつもと変わらない。
相模さんが柊に近付いたとは言っても、普通に考えたら、まだそれなりに距離はあったはずなのに......
普通の人間同士なら、到底『近付いた』とは言えない、そんな間合いのはずなのに......
その間合いを、とてつもない速さで詰められて、そして自分の首元に、寸前の所まで手を伸ばされている状況であろうと、自分が殺されるかもしれない、そんな絶命の寸前であろうと......
彼はいつもと変わらず、あざ笑う様な表情のまま、人とは異なる存在に姿を変えた彼女に対して、そのままの態勢で、そのままの情勢で、一言口にする。
「フフッ......ようやく現れたね、こんばんわ......殺人鬼」
そしてそんな風に言われた彼女は、彼の首元に手を伸ばしたままの態勢で硬直し、動かない。
っというよりも......
「相模さん、これ......」
「あぁ、そうだろうね......君も彼女と同様に、異人という人とは異なる存在なのだから、まぁ効力の範囲内ではあるか......ハハッ、動けないでしょ?」
そう言いながら、そう笑いながら、彼は彼の首元に手を伸ばす柊からは視線を外して、流れる様な動きで彼女を避けて、僕の方に近づく。
そして近づきながら、彼は言葉を続ける。
「まぁいわゆる結界みたいなモノでね......これらの机や椅子の配置全てが、実は全部そういうことなんだ」
そう言われた僕は、まるで何かに押さえつけられている様な、そんな息苦しい、身動きが出来ない状態で、彼に言葉を返す。
「そういうことって......どういうことなんですか......僕、こんなのがあるって聞いてないんですけれど......」
そう言いながら本当に身動きが取れない僕を見て、そんな姿の僕を見て、口元を緩ませながら彼は説明する。
仕掛けの種を、僕に言う。
「この教室には予め、とある『条件付け』をしておいた。『逢魔が時に一つの部屋に二人以上、人ならざる者が現れた時に、その者達の動作は硬直される』っていうね。職業柄こういうのも、研修で覚えさせられるだよ」
そう説明し終えたところで丁度、彼は僕の目の前で足を止めたので、僕は今思っている心境をそのまま、息苦しい状態のまま、なけなしの労力を使って口にする。
「一体どんな研修ですか......それ......」
まるで何かの漫画やアニメであるような、そんな馬鹿げたご都合主義の様な状態を創り出したおっさんは、今にも苦しくて死にそうな、それこそ身勝手な自分の都合で不死身になった僕に対して言う。
「さぁ、荒木君。こっから先は予定通り、打ち合わせ通り、君の出番だ」
いや......こんなことになる予定は、僕にはなかったんですよ......
少なくとも味方である貴方に、まさか身動きを取れなくされるなんて、そんなこと......普通はどう考えても、想像できないでしょう?
「......」
そんな風に思いながら......しかしもう話すのも苦しいから、無言のまま自分なりの冷たい視線を、彼にぶつける。
しかし彼は、そんな僕のことを気にしない様子で、そんな僕の視線を気にも止めない様子で、言葉を続ける。
「このあと僕がこの部屋を出たら、この部屋に施した条件は無効になる。条件を施した張本人である僕が、この場に居なくなるからね。だからその瞬間、部屋の情景は元に戻り、君達も動けるようになる。そしてそうなれば、まぁ間違いなく君は、彼女に襲われることになるだろう。だから......」
そう言いながら彼は、今度はわざとらしく、僕の後ろに回り込んで肩を組みながら、後ろ姿を晒している殺人鬼の方を見て、耳元で言う。
「......」
「......」
そしてその数秒後、何も喋れない僕は、その場を立ち去る相模さんのことを、その教室の扉が開閉する音だけで感じて......
そして扉が閉まって、さらにほんの数秒後......
教室の情景はみるみるうちに元に戻って、白一色の世界から、夕暮れを思い出させる橙色を取り戻していった。
そしてそれと同時に......
「ッハァ......ハァーハァーハァー......」
僕自身の動きも、元に戻るのだ。
動きと共に、息をすることすらも、止められていたのだろうか......
そう考えてしまう程に、身体の硬直が解かれた時、苦しさから一気に解放された僕は、大きく乱れた息のまま、その場に両手を着いていた。
しかし、同じ様に動きを止められていた筈の彼女は、そんな貧弱な僕とは違って、動けるようになった時、ゆっくりとこちらを振り返る。
「......」
そんな風に......
そんな風にゆっくりと振り返って、何も話さないまま僕を見据える彼女の姿は、目の前に居る女の子のその姿は......
まるで鬼のように......いや、まさしく鬼そのものであるかの様に......
瞳は青く、しかし目元の肌は黒くひび割れ、そしてそのひびをなぞる様にして、小さな角を生やしていた。
そして右手には......何も持っていなかった筈の彼女の右手には、いつの間にか小さなナイフが存在していて......
その姿は明らかに、人間とはかけ離れていて......
もうそれは明らかに、殺人鬼そのものだったのだ。
「冗談キツイよ......相模さん......」
相模さんがこの教室を去ってから、それなりの時間が経過した。
扉が閉まった教室は、情景を元に戻した教室は、有り体に言えば恐らくは、とても綺麗で、とても幻想的だった。
ちょうど今日は運よく天気が良好で、そしてその影響下で西日が差し込む教室は、まるで青春映画のワンシーンの様な、これから告白をするには最高のロケーションの様な......
そういうことに極めて疎い僕でもそう思えるくらいに、そういう場所に見えたのだ。
けれどまぁそういう映画には、加えてさらに、たぶん高校生同士の、制服に身を包んでいる者同士という、そういう条件というか情景も、たぶん......見ているだけで甘酸っぱいような、そういうモノも加わるのだろうけれど......
しかしながら......
しかしながらそんな場所で、そんな青春の一ページを切り取ったかの様な場所で......
人間の皮に身を包んだままの不死身の僕と、人間の皮を脱ぎ捨てた殺人鬼の彼女の、そんな二人だけが取り残されてしまえば......
まぁこんな感じで、想像通りというか、想定通りというか、予想通りというか、予定通りというか......
「......ッ」
「ガハッ......」
まぁとりあえずはこんな風に、決して甘酸っぱくはなく、とてつもない程の血生臭さが充満しているこの場所で......
今僕は現在進行形で、殺され続け続けているというわけなのだ。
何度も刺されて内臓が、何度も殴られ顔面が、何度も蹴られて肋骨が、何度も投げ飛ばされ、投げ飛ばされた先の衝撃で脳みそが無くなった様な感覚が......
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も続いた。
そしてその分だけ、いや......それ以上に幾度となく続いたそれらは、その度に僕の身体の感覚を損失させ、損害させ、破損させ、壊していくのだ。
そしてそれだけ壊されて、自分の身体の感覚がもう無くなっているような、痛覚やら体温やら、そういう生きていると確認できるモノ全てが消されて、押しつぶされているような......
そんな馬鹿げた状況の最中に、僕は思い出す。
相模さんがこの教室を出る直前、わざとらしく僕の肩に腕を回して、静かに耳元で言ったあの言葉を、僕は思い出す。
『君は殺人鬼に、殺されてくれ』
だから相模さん......冗談キツイって......マジで......
......そういえばあのおっさんは、こんなことも言っていたなぁ......
『あぁ......それと、僕がこの教室を出たら、とりあえずはココに、扉から誰かが入ってくることはあり得ないと思うから、だから助けは期待しないでね』
そんなことを相模さんは、教室を出ていく直前に、硬直状態の僕に対して、うっすらと微笑を含ませた声で静かに、耳打ちした。
今思い返せば明らかに、いや......思い返す必要もないくらい当然に、その言葉はもう......死刑宣告の様なモノで......いや......けれど僕はいくら殺されても、いくら彼女が、僕のことを殺しても、残念ながら死ねるわけではないのだから......
だったらまぁ、死刑というよりは終身刑が、妥当なのだろう。
この身体が......
あんな僕の身勝手さで奪い得た、そんなこの身体が終わるまで、僕が不死身を使い終わるまで、ただひたすらに繰り返される。
そんな感じの、生き地獄。
そんなことを考えながら、僕は柊に蹴り飛ばされる。
そしてその後に、蹴り飛ばされた先にある教卓に思いっ切り、それはもうとてつもない衝撃で、激突する。
そしてまた、血反吐を吐く。
あぁ......もうこれは、たぶん動けねぇな......
そんな風に思いながら、そんな風に考えながら、僕はその教卓に、力なく寄りかかる。
そして寄りかかりながら、僕は目の前に居る、殺人鬼の彼女に向けて、言葉を放つ。
「なぁ、柊......いい加減満足してくれないか?」
「ッ......!?」
「いくら不死身でも、痛覚はあるし、苦しいんだよ......」
そう言いながら僕は、ついさっきまでは感じられた痛みが、もう無くなってしまっている現状を、なんとか頑張って、向き合わない様に努力する。
ほんとうは痛いんだって......そんな風に、自分に対して言い聞かせる。
しかしそんな僕の言葉を聞いてか否か、今度は彼女が、口を開く。
「ドウシテ、死ンデクレナイノ......」
「......」
いや、声が超怖いんだけど......
「......ワタシハ、モウナンドモ、アナタヲ殺シテイルノニところの......明らかに普通の人間とは異なる声で、彼女はそんな台詞を吐いているのに......
それなのにこの時の彼女は、僕が今まで見て来た......
この狂っている様な数日間で見て来た、どんな柊よりも......
とても弱々しく見えてしまって、仕方なかったのだ。
あまりにも......
姿形はあまりにも人間から遠のいていて......
しかもそれでいて、右手にはナイフを携えていて......
殺人鬼であることを、鬼であることを強調する様に、額には角をたしかに生やしていて......
もうその姿は、化け物以外の何者でもなくて......
それなのに......
それなのにこの時の柊は、今まで言葉を交わしたどんな彼女よりも弱々しくて、そしてどんな彼女よりも苦しそうで、辛そうで......
そしてだからきっと、この時の僕は、そんな化け物である彼女に対して、普通に話すように、言葉を紡いだ。
「......何度殺しても無駄だよ......言っただろ、僕は不死身の異人で、死ねない身体で......だから僕は......君に『殺されてやる』ことは出来たとしても......それでも......それでも『死んでやる』ことは......それだけは唯一、出来ないことなんだ......」
「......」
僕のその言葉に、柊は何も、言葉を返そうとはしなかった。
話せる筈の化け物は、何も話そうとはしなかった。
だから......
だから僕は、そんな彼女に対して、そんな化け物の彼女に対して、さらに言葉を続ける。
「......あのさ......お前が本当に殺したいのは......お前が本当に、死んで欲しいと願っているのは......僕でもなければ、もちろん誰でもいいわけでもなくて......ただ単に......ただ単に嘘を吐き続けて......その挙げ句に......その挙げ句にそんな姿に成り果てた......殺人鬼なんかに成り果てた、自分なんじゃないのか?」
「......ッ!?」
わかりやすく、化け物は動揺する。
そして僕は、少しずつ傷が治り始める。
だからそのまま、僕は言葉を続ける。
「......もうさ、いいじゃないのか?自分のことを許しても......大切な人が、それがどんな奴だろうと......お前にとってその人が『大切』であることは......それだけは、変わらないんだからさ......」
そう言いながら僕は、少しずつ......
少しずつ、治りつつある自分の傷を抱えて、自分の身体と相談して、しかしそれでも、目の前に立って居る彼女のことを、相変わらずへたり込む様にして座りながら、そんな風にしながら、見据えていた。
そして見据えられている彼女は、ようやく口を開いて、言葉を話す。
「ナニヲ......」
「えっ?」
「ナニヲ......イッテイルノヨ......ソンナ......ソンナデタラメナハナシ......」
そう言いながら......
そう言いながら化け物の姿の彼女は、さっきよりも明らかに、明らかに苦しそうで、泣きそうで、人間の時よりも、感情的な表情をして......
そしてそんな顔で、僕の方を見ていたのだ。
夕暮れに染まっている彼女はもう、殺人鬼を絵で描いた様な容姿をしているのに......
もうどんな風に見方を変えても、明らかに人間とは異なるのに......
それなのに......
それなのに、その時の化け物の顔が、その時の柊の表情が、今まで見たどんな彼女よりも、すごく......
すごくすごく、悲しそうで、苦しそうに見えたから......
だから僕は、彼女に対して言ったのだ。
「ならどうして、お前は僕を殺す度、そんな顔をするんだよ......もしも本当に、僕を殺したくて殺しているのなら、僕が殺されるべくして殺されるなら、そんな顔をする必要、ないんじゃないのか?」
そう言いながら、化け物のことを見据えながら、もうほとんど回復してきた身体に、少しだけ力を入れる。
大丈夫、まだ力は入る。
そしてそんな風になっている僕の言葉に殺人鬼は、柊は反論する。
「......ウルサイ。ナンデアナタニ、ソンナコトガワカルノヨ......ナンデアナタ二、ソンナコトガイエルノヨ......」
「わからないさ。わかるわけないだろ。僕はお前じゃないんだから、お前の考えていることなんて知らないよ......でもな、そんな僕でも、これくらいのことを、これっぽっちのことを、言うことなら出来るんだ」
そう言いながら、僕は力を込めてゆっくりとその場に立って、彼女と同じ目線に、化け物と同じ目線に立って、言葉を紡ぐ。
不死身の異人である僕が、殺人鬼の異人である彼女を見据えて......
死線を交えた化け物同士が、視線を交えて......
「お前は、もっと喜んでいい。もっと怒っていい。もっと哀しんでいい。もっと、楽していいんだ......生きているんだから......人間として、生きることが出来るんだから......だからそんな、自分の感情を押し殺した様にしなくていい。自分の気持ちを押し殺さなくていい。普通でいいんだよ、柊は......」
「チガウ!!そうじゃない!!ソンナジャない!!」
「......」
「何も......何も知らない貴方には、ワカラナイデショ......自分の家族が、殺ジンハンニナッテ、何もカンケイのナイ子ヲ殺して......殺人犯の家族になった......デモ、それでも、ソンナ人でも......ワタシノ......私の、大切な......」
そう言いながら徐々に人間としての、本来の柊としての声を、取り戻しつつあるその化け物は、大粒の涙を流して、僕に右手のナイフを向ける。
けれどその手は、僕に向けているそのナイフは、明らかにさっきとは違って......
小さく、震えていた。
けれど僕は、そんな彼女に、そんな女の子に対して、それこそ心を鬼にして、言葉を返す。
「大切と想うなら、その気持ち自体も大切にしろよ。たとえそれで誰かから、世間から後ろ指を指されたとしても......それでも、いいじゃねぇか。こんな風に僕のことを、誰かのことを刺すくらいなら......そんなことをして、お前がそんな顔をするくらいなら......だったらもっと、自分の気持ちに正直になって、素直になれよ」
そう言いながら僕は、自分が不死身の異人になった時のことを思い出して、ただ立ち尽くす彼女に向けて、僕は近づいて、さらに言葉を投げ掛ける。
「......いい加減、自分のことを認めてやれよ。大丈夫さ、お前が殺したのは、自分自身の大切な、他人からしたら決して理解されない、そんなかけがえのない何かと、あとは精々......僕だけさ」
「......っ」
「でも僕は人間じゃない、不死身の異人だ。どんなに殺そうと、それは無かったことに出来るから......だから......これからはそんな風に、自分を殺して、そんな姿になっちゃダメだ......」
「......ウルサイ、うるさい、五月蠅い......」
「っ!?」
人としての意識と、異人としての意識が混同しているのが、その時の彼女の悲痛な、叫び声にも似たそんな言葉から、読み取れることが出来た。
ナイフの震えも止まって、僕を見定めて、彼女は再び、殺すつもりで身体をこちらに向けて来る。
そして......
そしてこれがきっと、今までのどんな状態よりも、危険な状態であるということも、すぐにわかった。
だから僕は......
だから僕は、そんな彼女に対して、願いに似た何かを込めて、何の力もないけれど、とりあえずは、ありったけの何かを込めて、彼女に向かって歩みを進めながら、叫んだ。
「だからお前は、人として生きろよ!そして人として生きるなら、自分の気持ちを大切にして、自分で向き合っていけ!!そうすることがお前に出来る、お前に対しての、たった一つの大切な事だろーが!!!」
そう言い終えた瞬間、ガラス張りの、僕から見て右側の、茜色の夕暮れが、綺麗に爆ぜた。
バア――――――――――――ン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
言い終えた直後、扉ではなく、窓ガラスが付いている僕の右側が、激しく爆発するような音と共に、透明で細かい破片が、茜色を反射して降ってくる。
そしてその情景と同時に、赤色の髪をした少女が、あの時と同じ様な、しかしあの時よりも、幾分薄まっている様な、そんなデタラメな彼女が、僕と柊の間を割る様にして、割り込む様にして、上から降って来たのだ。
そしてそんな彼女を見た瞬間、この教室を出る際の、相模さんの言葉を思い出す。
『あぁ......それと、僕がこの教室を出たら、とりあえずはココに、扉から誰かが入ってくることはあり得ないと思うから、だから助けは期待しないでね』
そうだ......あの相模さんが、たしかに言ったのだ。
この教室に『扉から誰かが入ってくることはあり得ない』と、そう言った。
そしてそれは、たしかにその通りだ。
現状、今でも扉は固く閉ざされている。
固く閉ざされて、誰もそこからは、入っては来ていない。
それに......
それにこの教室は、今僕等が居るこの場所は、3号館401号室である。
それはつまり、3号館という名前の建物の、四階の教室ということで......
そしてそんな所の窓ガラスをぶち破って、この場所に乱入してくる者なんて、そんなことをする様な奴は、もはや正常なわけではなくて......
っというよりも明らかにそれは、どう考えてもそれは、異常なことで......
そしてそんな異常な行動が出来るのは、やっぱり異端な存在の、僕と柊と同様、異人という存在以外、あり得ないのだ。
しかしあまりにも......
あまりにも急な出来事で、何が起きたのか全く理解出来ない僕は、僕の前に立っている、後ろ姿を向けて立っている赤髪の少女を、夕暮れに染まっている様な、そんな朱色の髪を靡かせて立っている彼女を、ただただ、僕は見ているしかなかったのだ。
そしてそんな彼女は、僕の方をチラリと見た後に、目の前に居る柊に向けて、思いっ切りその場で力を溜めて、そしてその溜めた力を、そのまま身体の勢いに変えて......
柊に向けて、特撮ヒーロー顔負けの飛び蹴りを、助走も無しにそんなことを、やってのけたのだ。
そしてそれは見事に、柊の頭に、正確に言えば、彼女に生えている小さな角の生え際辺りに命中して、その角は見るも無残に、粉砕した。
そしてその角が壊れたと同時に、その場に倒れ込んだ柊の姿は、元の人間の姿に、徐々に徐々に、段々と、戻っていって......
そしてそんな風に倒れ込んだ柊は、倒れる際に、赤髪の彼女に支えられて、そのまま気を、失ったのだ。
そして柊を抱えたまま、赤髪の彼女は、朱色の彼女は、僕の方に振り向くと、たった一言、しかしこれはさっきの様に、力を込めてというよりも、幾分、かなり砕けた感じの声色で、僕に対して言い放つ。
「うーわ、だっさ......」
「......」
呆気にとられるというのは、多分こういうことで、そんなでももって僕は、そのせいでかなり、間抜けな顔をしていたのだろう。
そしてだからこそ彼女は、そんなことを僕に言ったのだ。
そしてその声が、 佐柳 琴音 のモノであることは、すぐにわかった。
そしてそれと同時に、柊に生えていた小さな角同様、僕の中の何かが彼女によって壊されたことも......
そして外から聞こえる、あの専門家の笑い声に殺意を覚えたことも......
それらは意外にも、すぐに自覚できたことだったのだ。
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