第16話不死身青年と殺人鬼少女の青春Ⅶ

「やぁ、荒木君、久しぶりだね。元気だったかい?」


 そう言いながら、相変わらずの顔面詐欺のおじさんは、僕を見ながら薄っすらとした微笑を浮かべている。


 そしてそんな彼に対して、彼とは対照的な表情をしながら、僕は言葉を返す。


「まぁ、それなりに......」


「そうかい、それなりなら、なによりだよ......」


 そう言いながら彼は、手元に持っているジュースの入ったコップにストローを指して、それを少しばかり飲んだ後に、まるで自分の部屋にいる様な態勢で、ソファーに深く座り込む。


 そんな相模さんを見ながら、僕は相対するような形ではなく、仕方なく隣に腰を落ち着かせる。


 そして腰を落ち着かせた後に、自分が持ってきた、ジュースの入ったコップをテーブルに置いて、そのあと少しばかり間も置いて、電話の時も訊いたけれど、改めて彼に尋ねる。


「ところで相模さん......」


「なんだい?荒木君」


「電話で、話があるって言われて来ましたけれど、どうして待ち合わせ場所が......こんなカラオケの個室なんですか?」


 そう......電話で相模さんが僕を呼び出した場所は、わざわざ白楽駅に近い、なんならウチの大学の奴等が多く利用するであろう、なかなか学生に優しい価格設定で営業している、カラオケボックスのお店の、とある一室だった。


 まぁ『とある一室』といっても、この店はそこまで多く部屋数があるわけではないし、しかも二人で横並びに座る様な部屋は、きっとそこまで多くはないから、単純に『一室』と言う方が適当な表現なのだろう。


 そんなどうでもいい様な、どっちで言っても変わらない様なことを考えている僕の隣で、相模さんは僕が尋ねた言葉に答える。


「別に、ただ単純に、僕がカラオケで歌いたかったからっていう、それだけの理由だよ」


「それだけの理由なら、僕を呼び出す必要はないですよね?」


「そんなことはないさ、ただ歌うだけじゃ物足りないから、誰かに聞いてもらいたいっていうのは、普通のことだろ?なんなら一曲、荒木君も歌うかい?」


 そう言いながら相模さんは、いつもの様な、明らかに僕のことを面白がるような表情で、マイクを渡す。


 そして僕はというと......


「......もしかして、僕が歌わないと先には進まない感じですか?」


「そっちの方が面白いだろ?せっかく二人で来たんだから、ココは大学生らしく、楽しもうじゃないか」


 どうやら本当に、この人とこのまま、カラオケを楽しむ必要があるらしい。


「はぁ......わかりましたよ......」


 そう言いながら、僕は相模さんからマイクを受け取って、デンモクで採点を入れてから曲を入れて......


 なんだかなぁ~と思いながら、歌い始めたのだ。



 お互いそれなりに十数曲ずつ歌い合った後、もう一度ドリンクバーからジュースを持って来て、なんならドリンクバーに付いているソフトクリームの機械で、お互いにオリジナルのソフトクリームを作って、それも部屋のテーブルに置いて......


 とりあえず今は、休憩ということになっているのだ。


 そんな休憩の、ソフトクリームを食べていた最中、唐突に相模さんは話し始める。


「ところでさ......昨日電話で話していた彼女のことなんだけれど......」


「あぁ、柊のことですか......?」


 そう僕が尋ねると、珍しく相模さんは、神妙な顔になりながら、真剣な声色になりながら、意味深なことを口にする。


「あぁ、やっぱりその名前に行き着くのか......」


「えっ......」


 その彼の言葉に反応して、僕のソフトクリームを食べる手が止まる。


「それ、どういう意味ですか......?」


「いやまぁ......多少なりともね、やっぱり僕は専門家だからさぁ、調べるわけだよ。『殺人鬼の異人』なんていう、あんな噂程度の代物だとしても、そもそも何処から、そんな噂が流れているのかも含めてね......そしたらさぁ、こんな記事に行き着いたんだ......」


 そう言いながら、彼は何時ぞやの時と同じように、僕に新聞紙の切れ端を渡してくる。


 そしてそれが、紛れもなく新聞紙の切れ端だから、なんらかの記事が書かれていることは確かな事で......


 そしてこの人が渡す、そんなモノなわけだから、やはりそこにはそういう類の、異人に関わる何かが書かれているのかと、そう思った。


 しかし......


「相模さん......これって......」


「そう、そこに書かれているのは、悲しいことにそこまで珍しくはない内容の、通り魔が小学生を刺し殺したという内容の、そういう記事だ......」


 その彼の言葉を聞いて、少しばかり呆気に取られた僕は、数秒の沈黙の後に、ため息交じりに本音を口にする。


「......あぁ、なんだ......」


 そしてその言葉の後に、新聞紙を、テーブルに置く。


 そんな僕の行動を見て、そんな僕の言動を聞いて、相模さんはわざとらしく、僕に言葉を返す。


「なんだとはなにさ」


「いや、だって......相模さんが持ってくる様な新聞記事だから......てっきりまた前の様な、異人が人間に対して何かをやってしまって......しかもそれが柊で......それがデカデカと記事になってしまっているのかと......そう思ったので......」 


「あぁまぁ、たしかにそういう類のモノではないね~」


 そう言いながら、ジュースを口にしながら、自分がさっき渡した記事を見ている相模さんに対して、さらに僕は、さっきまで柊と一緒に居たことを思い出して、言葉を返す。


「......それに、弟が通り魔に刺されて殺されたって話なら......さっき本人から聞いたので。だからまぁ......あまり驚きはしませんでしたよ......」


 そう言いながら、僕は彼から視線を外して、自分のジュースを口にする。


 しかしその言葉を聞いて、相模さんは少し笑いながら、言葉を紡ぐ。


「へぇ~そんなことがあったのか、なぁ~」


「えっ......」


「ん?」


「いや......相模さん、そんな筈ないですよね......?」


 その僕の問い掛けに、彼は変わらずにその表情で、僕に訊き返す。


「なんでそう思うんだい?」


「......なんでって......だってさっき、柊の名前に行き着いたって......そう言いながら、その新聞記事を、僕に見せたじゃないですか......」


「あぁ、そうだね。たしかにそう言ったよ......」


「だったら......」


「けれど荒木君、僕が君に見せたその記事の内容は、本当にそういうモノだったかい?もう一度、ちゃんと見てみなよ」


 そう言いながら相模さんは、もう一度僕に、その記事を手渡す。


 そして手渡された僕は、その記事の見出しだけでなく、細かな内容の部分まで、しっかりと、見間違えることが、読み間違えることがない様に目を通す。


「えっ......」


「僕の言っている意味、わかったかい?」


「......」


「僕が柊という名前に行き着いた記事は、たしかにこれだよ。でも残念ながら、そこに書かれている内容は、君が彼女から聞いたモノとは、どうやら違うらしい......」


 そう......相模さんから渡されたその新聞記事の中には、たしかに柊という名前は書かれていた。


 しかしそれは......


「......っ」


 柊という名前の男が、通り魔の犯行を行ったという、そういう内容の記事だったのだ。



 相模さんから見せられたその記事を睨みつける様にして、しかしそれでも変わらない、変わるはずがないその文面に対して、どんな答えを出すのが正解なのか、どういう言葉を述べるべきなのかわからない僕は、只々ひたすらに、啞然とするしかなかった。


 そしてそんな僕に対して、隣に座る相模さんは、自分のジュースを少し飲んでから、今までよりもさらに深く、深く深く、そのソファーに座り込んで、僕に対して言葉を紡ぐ。


「まぁ、どっちにしてもこれで、その柊という君を刺し殺した女の子が殺人鬼の異人である可能性は、もうほとんど、間違いないと言っていいだろう」


 しかし僕は、その相模さんが紡いだ言葉に対して、疑問を呈する。


「えっ......そうなるんですか?」


「そうなるでしょ......これなら......」


「だって......この新聞記事の内容から読み取れることって、小学生を通り魔的犯行で刺殺したのはって......ただそれだけですよね?それなら『柊』なんて苗字、僕の知り合いに居ないだけで、そこまで珍しくないかもしれないんですから......そうなると、相模さんが持ってきたその記事の男は、もしかしたら全くの他人で、僕が今回関わった柊には、何一つとして関係が無い話だって線も、出て来るんじゃないですか?」


「いいや、荒木くん。残念ながらそれはないんだ」


「......っ」


 あまりにも......


 あまりにも意図も簡単に、僕のたどたどしい疑問というか疑念は否定されてしまって、その思いもよらない相模さんの返答の速さに、僕はただ戸惑って、何も言葉が返せないでいた。


 しかし相模さんは、そんな僕の心境を知ってか知らぬか、ただ淡々と、その記事を見ながら言葉を続ける。


「企業秘密も絡む話だから、あまり詳しくは言えないけれど、僕は君からその柊という名前の女の子の話を聞いて、そこから調べを進めて、この記事に辿り着いたんだ。だからまぁ、彼女がこの新聞記事の柊と何も関係が無いという線は、それはあり得ないと、断言できるよ。たぶんご家族か親戚かな......記事が刊行された日付から言って......今から一年と少し前......去年と言わないまでも、それなりに最近の話だよね。年齢から言って多分お兄さん......とかかな?そんでもってこの頃なら、君と昨晩、一夜を共に過ごした方の、女の子の柊ちゃんは、まだ十七の高校生だったのかな?」


 そう言いながら相模さんは、もういっそのこと寝てしまいそうな、現状の態勢を一度正す。


 そして正しい深さでソファーに座ると、続けるように話したからか、休みなく喋ったからか、再び自分のジュースを口にする。


 そして彼がそれを飲み終わる頃、時刻は既に、夕方の刻を指していた。



 さすがに夕刻を過ぎる頃合いだったので、傍から見れば、歌っていない時間の方が多かったとしても、それだけの長時間、その部屋に居たことは変わらない事実だったので......


 そのぐらいのタイミングで、僕と相模さんは、そのカラオケボックスのお店を、後にしたのだ。


 店を出てからすぐの所にある白楽駅。


 そしてその駅から、電車が横浜方面へ向かう際に、また横浜方面から、その駅に電車が来る際に使われている黄色い踏み切りは、思いの外長い時間、僕と相模さんの足を停止させる。


 そして、そんな風に停まっている間に、そんな束の間の様な長い間に、歩き出す前に、僕は相模さんに向けて話し掛ける。


「あの、相模さん......」


「なんだい、荒木君」


「さっき言っていた、柊が殺人鬼の異人だっていう話、ほんとうはもっと、確固たる、確実な証拠があるんじゃないですか?」


 そう僕が尋ねると、相模さんは少しだけ笑いながら、僕に聞き返す。


「へぇ~どうしてそう思うんだい?」


「べつに、ただの勘ですよ......でもあの情報だけで......関係があるって程度の、あの程度の情報だけで、『もうほとんど、間違いないと言っていいだろう』なんて台詞を、そんな大それたことを、相模さんが僕に対して口にしたことが、正直に言って......」


「正直に言って......?」


「気持ち悪いなって......」


「ハハッ、ひどいな~まったく......四十代の心は繊細なんだぞ~」


「ゾンザイの間違いでしょう?あなたの場合は......」


 そう言いながら僕は、目の前を通過する電車を見送る。


 そしてそんな僕に対して、相模さんも同じように電車を見ながら、言葉を返す。


「それは、僕の心がというよりも、生き方の話しかな?」


「っというよりも、生き様が......です」


「同じことじゃないか」


「全然違いますよ......だって生き様って、そういう様子を装って、生きているってことでしょう?」


「それを言うなら、生き方というのは、生きるための方法を選んでいるとも言える。僕からしたらそっちの方が明らかに、装っている様に見えるけれどね」


 そんな風に、相模さんが僕に対して、大人びた台詞を綺麗に言い切ったところで、踏み切りと電車の音が止む。


「そうですか......まぁ、どっちでもいいですけれど......」


 そう言いながら僕は、相模さんとは決して視線を合わせずに、踏み切りの黄色が頭の上まで上がったことを確認して、歩き出す。


 歩き出して、踏み切りを渡り切って、駅の近くの路地裏みたいな道を通過して、パチンコ屋と牛丼屋の間も通過して、目の前にはラーメン屋とドラッグストアが並んでいる、六角橋商店街の道路に二人して出て来たところで、僕はまた相模さんに声を掛ける。


「それで結局、僕はどうすればいいんですか......」


 そう言いながら、ココでようやく僕は、隣に立っているおっさんに視線を合わせる。


 そうするとそのおっさんは、まるで友人に話すような声色で、僕に言う。


「そうだね。とりあえずは荒木君、どっか飯でも行こうか」



 時間経過

 

 次の日の朝、大学に向かう為の身支度の途中に、昨晩に行動を共にした相模さんから、僕の携帯にメッセージが入った。


「......」


『昨日の話の件だけれど、予定通り、今日の17:00頃に君の大学の3号館401号室に来てくれ。もちろん、柊ちゃんも一緒に』


「うへぇ......」


 まぁ昨日の話から、昨日の相模さんとの会話から、こういう趣旨のメッセージが今日の朝に届くことは知っていたし、それについては特に不満があるわけではないけれど......


 しかしそれでも、『不満が無い』というのは、『不安が無い』とはイコールにはならないわけで......


「......」


 もちろん、時間はあれど金は無い大学生にとって、わざわざ大学の構内を待ち合わせ場所に指定してくれるというのは、それはありがたいことではあるのだが、誰も使わないであろう空き教室を集合場所として選んでくれるのは、ありがたいことではあるのだが......


 しかしそれでも、ほんとうに昨日の、相模さんと話したアレが事実なら、やはり今日の夕方、相模さんが指定しているこの場所と時間で、僕自身、タダでは済まされないというわけだ。


「じゃあ、行ってきます......」


 家を出る際に、誰もいない筈の部屋に向けて、電気もガスも水道も、外出するのだから当たり前だけれど消している、そんな一人暮らしの部屋に向けて、僕は独り言の様に、呟くようにそう言って......


「......っ」


 その部屋に僕は、鍵を掛けるのだ。



 二限目の授業を終えたタイミングで、僕の所に柊がやって来た。


「おはよう、荒木君」


「あぁ、おはよう。柊さん......」


「......」


「えっと......なに?」


「いいえ、別に。ただ少し違和感を拭えなていないだけの、こちら側の話というか、まぁそんなところだから気にしないで欲しいのだけれど......今朝方大学に行く途中、いつもの様に音楽を聴きながら歩いていたら、一限目の教室に着いた当たりで、その音楽が一度、変な途切れ方をしたのよ」


「はぁ......」


「それで気になって、携帯電話を見てみたら、どうやらメッセージが受信されていたらしくて......まぁそんなのは普通のことだから、別にいいのだけれど......けれどそのメッセージの内容が、どうも普通じゃないというか......」


「......」


「ハッキリ言って......異常なのよ......」


 そう言いながら柊は、自分の携帯電話を操作して、そして操作し終えた所で、その画面を僕に見せた。


 そしてそこには、僕も知らないはずの、柊の携帯の番号宛に綴られたメッセージが表示されていて......


 そしてそのメッセージの内容は、一文一句狂いなく、今朝方僕の携帯電話に送られてきたモノと、全く同一のモノだったのだ。



 二限目の授業が終われば、まぁ当然だけれど、その後はお昼休みになるわけで、しかしながらお昼休みとなってしまうと、この間の様に学食で食事をしようとすると、多くの学生がそうしている様に、長い長い行列に並ぶことになってしまうのだ。


 もっとも、この大学には三つか四つの学食と、生協と、さらにはマックなんかもあるけれど......


 なんなら目の前に、コンビニとかもあるけれど......


 しかし僕は、こういう時はいつも決まって......


「ねぇ、荒木君......」


「ん?」


「ほんとうに何も食べないの......?」


「あぁ、うん。今日はお昼はいらないかな......」


 何も食べない。


 別にお金が無いとか、並ぶのが面倒だとか、そういう理由があるからではなくて......いや、そういう理由も、やはり少なからずはあるけれど、しかしそれだけでは勿論なくて......


「普段から、昼はあんまり食欲がないんだ......今日は特に......」


 そう言いながら僕は、空き教室で隣に座る柊に視線を向ける。


 そしてそんな僕に対して柊は、少しだけためらう様な素振りをして、カバンの中からコンビニで買ったのであろうサンドイッチとジュースを机の上に置いて、言葉を返す。


「そう......でも私は食べるわよ?」


「どうぞどうぞ......っていうか、そんなに気を使わないでくれ。僕はただ、自分の体調管理的な観点から、『食べない』という選択をしているだけなんだから......」


 そう言いながら僕は、柊からは視線を外して、自分の携帯電話の画面越しに、ネットニュースなんかを流し読みをし始める。


 まぁ、実際のところは全く、読めてはいないのだけれど......


「そうね......じゃあ......」


 そう言って、柊は小さく自分の前で手を合わせて、小声で食事を始める前の挨拶を、『いただきます』を言って、それから小さな口で、食事を始めた。


 そんななんでもない、言ってしまえば普通の、当たり前の常識的な彼女の行動や言動が......


 ついこの間、二度も刃物で刺し殺された僕から見れば、失礼なことではあるのだろうけれど......


 その光景はやはり、違和感と言うかなんというか......


「異常......なんだよな......」


 そんな僕の独り言に対して、サンドイッチを食べながら柊は、少しばかり睨みを利かせる。


 そして口の中の物を飲み込んだ後に、柊はその視線のまま僕に言う。


「なによ......」


「いいや、別に......なんでもないよ......」


 その時の僕の台詞は、少しばかり噓っぽく、聞こえてしまった。




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