第11話不死身青年と殺人鬼少女の青春Ⅱ
コンビニを後にして数分......いや、そんなに時間が経っていない筈なので、どんなに多く見積もったとしても、時間は数十秒といったところだろう。
僕から一方的ではあるけれど、友人とひとしきり、他愛ない話をして買い物を済ませてから、たったほんの数十秒歩いただけの帰り道......
だからまぁ、予想しようと思えば出来たは筈で、むしろこの場合、こんなことを言ってしまう僕の方がおかしいのかもしれないと、そんな風にも思ってしまう。
しかしながらそれでも......
「あのさ......」
まさかまだ、変わらずにそれを携えて居るとは、まだ家に帰らずに、よりにもよって僕の帰り道に居るとは......
そんなこと、思わないじゃないか......
「あら、偶然ね......」
そう言いながら、手元の包丁をこちらに見せて、しかしながら彼女自身はそれを全くと言っていい程に、それこそ、その鋭利な凶器すらも自分の身体の一部の様な扱いをしている。
だからきっと僕が、彼女が持つそれに対して多少なりとも気遣いをしたとしても、彼女はそれを、そのことをまったく、気にしない。
気にせずにまっすぐと、こちらを見据えて来る。
「......」
何も話さず、何も喋らず、ただまっすぐと......
「......」
さっき会ったばかりの、剝き出しの包丁を携えている女の子に見つめられていると、たとえその子の容姿が、一般的にとても綺麗な部類だとしても、その姿は恐怖の対象でしかない。
だから僕は、平然を装いながらも強引に、話を進めたのだ。
「それで......こんな所で何してるんだよ?」
もしもこの言葉が、見知らぬ女の子に対してのモノだったら、まるで僕がナンパでもしている様に捉えられてしまうかもしれないが、しかし包丁を手に持っている彼女に対してなら、そんなことはないだろう。
そもそも、その話しかけた女の子が、さっき初めて知り合った女の子なのだから、そういう意味では、全く見知らぬ子には、当てはまらない。
「......別に、何もしていないわ......」
そう言いながらその女の子は、手に包丁を持ったまま、二三回程軽く振りながら、変わらずにこちらを見据える(っていうかそんな物軽くでも振り回すな、怖いわ)。
こんな時間にこんな場所で、それに包丁さえなければ、普通の女の子という風に見えていただろう。
けれど今のその彼女の姿は、僕が言うのもアレだけれど、紛れもなく、異常だったのだ。
そんな彼女に恐怖しながらも、僕は言葉を返す。
「......何もしてないなら、とっとと家に帰ったらどうだ?そんな物持っていたら、問答無用で現行犯逮捕だろ?」
「あら、大丈夫よ。だって私は、何もしていないだけであって、何も用がないわけではないのだから、用を済ませたら、とっとと帰って安眠するわ」
そう言いながら、やはり手には包丁を持ちながら、しかしそれでも変わらずにこちらのことを、まっすぐと見据えている。
そして少しだけ間を置いて、ニヤリと笑いながら彼女は言う。
「私は貴方に用があって、こんな夜中にこんな場所で、包丁を持ったまま、待って居たのよ」
僕に対して、そう言葉を放った彼女の声や、こちらを見据える彼女の瞳、それにその時の仕草や、なんならその時の、彼女を含めた情景さえも......
彼女が手に持ったままの
「......」
明らかに、狂気染みていたのだ。
シャレにならない様子の彼女に対して、僕は一体どのような言葉を選択するのが正しいのだろうか。
こういう面と向かって危険な状況になったことがない僕には、それすらも適切なことが何なのか、まるで検討がつかない。
ついこの前に起きたアレも、思い返せば危険な出来事ではあったけれど、少なくともあの時は、こんな風に危険な狂気とは、相対していなかった。
どちらかと言えば、こういう言い方をするのは良くないけれど、あんな結末で終わったアレに対して、被害者面した言い方をするのは良くないけれど、アレはもっと、運命的で偶然的で不幸的だった気がする。
しかしながら、その相手が琴音だったから......
だからアレはまだ、運命的な僕等の意思が含まれていて、不幸中の幸いで、偶然の中の必然だったのだ。
だが今回のコレは、たぶんアレよりも
だから僕は、もっとあの時よりも慎重に、言葉を選んで、口を開いた。
「いやなんでだよ!!怖いわ!怖すぎるわ!!なんでなんだよ!!!なんでこんなメンヘラを超越したようなゴテゴテのキャラタグだらけの包丁を携えた狂気女に、僕は帰り道に遭遇しているんだよ!!?なんだ、ひょっとして僕は今日、ここで刺されて死ぬのか???」
「......」
慎重とは、一体何だったのだろうか......
『あなたに用がある』と言っていた彼女の言葉に対しての、返答として適切な言葉ではないことは言うまでもないのだが、まさかココに来て、積りに積もった恐怖の方が勝って、感情的な言葉が口から次々に、それこそ機関銃のような勢いで放たれるなんて......
しかもそれに対して、彼女は何も言わず、無言のまま静かに僕を見る。
あぁ、もう死んだわ......色々な意味で......
そんな風に僕が思っていると、その女の子は少しだけ間を置いて、口元を緩ませながら、微笑むようにしながら、口を開いて言葉を返す。
「あら、察しがいいわね。そうよ、とりあえず貴方は今日ここで、私にこの包丁を刺されて、殺されるわ」
「......」
あまりにも自然に、しかしながら明らかに恐ろしいことを、この女は簡単に、サラッと口にするモノだから、僕は言葉を失ってしまう。
でもその言葉があまりにも淡々としていて、人の言葉の温度からはあまりにもかけ離れていたモノだったから......
だから僕は耳を疑い、彼女に再び、問い返してしまったのだ。
そしてその結果......
「えっ......それってもう決定なの......?」
「決定よ」
「せめて、暫定であって欲しいんだけど......」
「残念ながら確定よ」
残念ながら彼女の中では、僕が刺されて殺されることは、どうやら確定してしまったようである......
理不尽というモノは、どうやら様々な姿に形を変えて、やって来るらしい。
いつかの時みたく、何の前触れもなく、巻き込まれて殺されることもあれば、こうやって凶器を向けられて......
「......」
こうやって、狂気を向けられて......
僕のことを刺し殺そうとする形の理不尽も、どうやらあるようだ。
しかしここまでの話の流れでわかる通り、彼女の言動はとてつもなく身勝手で、異常で、本来ならそんな彼女の言葉に対して、僕は全く耳を傾けずに、遠回りしてでも、その場にさっき購入した物を置き去りにしてでも、とにかく彼女が居る方向とは逆の方向に、全速力で走り出し、逃げるべきなのだ。
そしてそうすることが、そういう行動を起こすことこそが、少なくともこの場合の理不尽に対する、正しい行動なのだろう。
しかし僕は、そんなとてつもなく身勝手で異常な彼女の言葉に戸惑いながらも、そんな異常な彼女に対して、疑問符を唱えてしまったのだ。
「......あのさ、一つ聞きたいんだけど......」
「なに?」
「......どうして僕は、君に刺し殺されるの......?」
今思い返してみても、このときの僕の言葉は、こんなことを彼女に訊いてしまう自分は、明らかに間違いを犯していると、そう思う。
さっきも言ったが、こういうことに遭遇してしまったなら、まずは反対側に全速力で逃げることが、最善の手段なのだ。
いや、もしかしたら唯一の、それ以外ありえない定石だと、そんな風に言っても過言ではない。
しかしこれらのことは、これらの定石は、言ってしまえば正常な、普通の、異常ではない者が取るべき手段なのだ。
だからきっと、このときの僕にはそれが出来なかった。
あんなコトが起きて、あんな結末になって、その成れの果てが今の僕なのだから......
だから僕はこの時、彼女に対してあんなことを、尋ねてしまったのだろう。
そしてそれを聞いて、僕からは多少なりとも、声は届くが距離がある場所から、ゆらりと身体を動かして、しかしながら、目ではどうやっても追えない様な速さで、一瞬にして僕の目の前に彼女は姿を現した。
そしてほとんどゼロ距離で、しかし変わらずに、僕の目をまっすぐと見ながら、静かな声でハッキリと、彼女はこう言ったのだ。
「人を殺したくて、仕方がないのよ」
そう言いながら彼女は、彼女が手に持つ凶器を、僕の胸に刺し込む瞬間まで、変わらずに視線を絡ませる。
そして刺し込まれるその瞬間、僕は彼女の狂気すらも、身体の中に流し込まれているような、そんな奇妙な感覚に、陥ったのだ。
何の前触れや予告もなく、刃物を携えたさっき会ったばかりの女の子に、二三回程度の会話をしたところで、理不尽極まりない身勝手な理由で、唐突に刺し込まれたその鋭利な凶器は、僕の心臓を捉えて、内側から生肉を切り離すような音を混ぜながら、僕の心臓を貫いた。
そしてその時の彼女の瞳は、こんな夜中だというのにあまりにも、あまりにも綺麗にはっきりと、人間離れした化け物染みた色彩に、満ちていたのだ。
けれどそれを理解しようとする前に......
いや、きっと理解など出来ていないうちに......
強烈な痛みが僕の心臓を貫いて、その痛みと共にこみ上げてくる血液を、身体の内側から湧き上がる血だまりを、全部全部口から吐き出して......
「ガハッ......」
僕はその場に、自分の刺し込まれた傷を抱える様にして、倒れ込んだのだ。
そしてようやく......
ここまでのことがあってようやく、僕は自分が彼女に殺されている途中であることを自覚した。
そしてそれを自覚して倒れ込んでいる僕は、僕のことを足元に置いて、僕の返り血で血まみれになっている彼女のことを、傷を抱えながら上目遣いに、見上げたのだ。
けれど見上げれている彼女は、そんな僕の視線を気にしないで、そんな僕のことを気にも留めないで、わざとらしく彼女自身の身なりに視線を向けながら、静かに話す。
「あら、お洋服に血が付いてしまったわ......血って洗って落ちるモノなのかしら?」
まるでどこかのお嬢様が話すような言葉遣いで、そんな風に言いながら、彼女は力なくその場に倒れ込む僕のことを、足で動かしながら仰向けにして、僕の胸に刺し込んだ包丁を、躊躇なく引き抜いた。
そしてそうなれば当然のように、その刺し込まれていた場所からは、僕の血が僕の身体から、止めどなく溢れるようにして流れ出るのだ。
流れ出る血液と共に、自分の意識や体温すらも外側に、命というモノが外側に、流れ出て行く。
そんな最中に、僕も静かに、彼女に対して言葉を紡ぐ。
「えっと......なんで僕はいきなり......刺されたのかな......?」
そんな風に、まるで息絶える寸前の僕から訊かれた、当たり前の様な異常な質問に、彼女は僕の血がべっとりと付着した包丁を持ちながら、しかし表情は変えぬまま、淡々とした冷たい口調で言葉を返す。
「言ったでしょう?人を殺したかったのよ......」
「......そう......なんだ......」
「えぇ、そうよ......」
「けれどさ......それにしてもちょっと、唐突過ぎない......?」
「......そうね、たしかにそうだわ。でも人の死なんて、大概皆そんなモノでしょう......『明日自分は死ぬだろうな』とか、そんな感じで死期を悟ったとしても、思いがけずに早く死んだり、長く生きていたりするじゃない......それに、そんなことがわかる様な死に方なんて、そうそうあり得ないじゃない......そうよ、唐突じゃない死に方なんて、あり得ないわ......」
そう言いながら、彼女は僕から視線を外した。
そして彼女は、自分が持っていた真っ白なハンカチで包丁の血を拭き取って、そしてさらにそのハンカチを、倒れ込んでいる僕に向かって投げたのだ。
投げられたハンカチは、僕の血で真っ赤に染められる。
「とりあえず貴方、血がベトベトで汚いから、それを使わせてあげるわ。あの世でもそんな格好をしていたら、天国どころか地獄にすら、逝かせてもらえないわよ?」
そう言いながら彼女は、血まみれの僕を置き去りに、長い髪の毛を靡かせるようにして翻し、その場を後にしたのだ。
そしてこんなにも唐突に殺されて、置き去りにされた僕は、こんな状況でこんな状態だというのに、夏の夜に吹く涼しげな風を、血まみれの身体にただひたすらに浴び続けて、眠るようにして瞳を閉じたのだ。
翌朝、僕は自分の部屋の寝具の上で、目が覚めた。
目が覚めて最初に感じたモノは、自分の部屋の匂いだった。
自分の部屋に居て匂いを感じるというのも、いささかおかしな話ではあるけれど、それでもあんなに血生臭い自分の血の臭いを知っている後だから、木造アパートである自分の部屋の匂いさえも、安らぎに感じてしまうのだ。
けれど普通の人ならば、それが当たり前になって、それに順応してしまう。
だから多分、朝目が覚めて自分の部屋の匂いに対して何かを感じることは、普通なら次第に、なくなっていく筈なのだ。
しかしそう考えてしまうと、もう僕は普通に戻れないのだろう。
昨日起きた事を、少なからず受け入れている部分がある僕には......
あんなコトがあって、不死身の身体になってしまっている事実を受け入れてしまっていて、人間としての普通が消え失せている僕には......
きっともう、普通の人間に戻れる余地など、存在しないのだ。
身体を寝具から起こして、昨日起きた事を思い出す。
夏の夜風が思いの他涼しかった事。
夜中のコンビニはあまりにも人がいない事。
そのコンビニで働いている友人が女に刃物で脅されていた事。
その女が店を出た後に、僕が買い物を済ませた事。
その際に友人と他愛ない話をした事。
そして......
「はぁ......イヤだな......」
「何が嫌なんだい?荒木くん」
「えっ?」
思い出したくないことを思い出し、ため息交じりに嘆いた独り言に対して、まさか返答があるとは思わなくて、僕は少し驚く。
そして驚きながら、声のする方に視線を向けると、そこには一人、優雅にコーヒーを飲みながら、今朝の朝刊新聞に目を通している男が居た。
もしその男が見知らぬ他人なら、僕は即座に通報していただろう。
もしくは何らかの撃退手段を取っていたかもしれない。
しかしながら残念なことに、僕は彼を知っているのだ。
知っているからこそ、むしろ通報した方が良い気にさえ思えてくるのだけれど、僕はその気持ちを押し殺し、彼に問い掛ける。
「なにしているんですか......相模さん。ここ僕の部屋ですよね?」
僕のその問いかけに、彼は笑顔で応える。
「おはよう。荒木くんも飲むかい?なかなか美味しいコーヒーだよ?」
「それ僕のコーヒーですよね?しかもまぁまぁ良いヤツの方ですよね?」
「そんな硬い事言わないでよ~朝だからご機嫌ななめ?」
「そりゃ、朝起きておっさんが自分の部屋で自分が楽しもうと思って買っていた未開封のコーヒーを飲んでたら誰だっていい気分にはならないでしょう!?はぁ......後でちゃんと買い直してくださいね」
僕がひとしきり言い終わると、彼は「はーい」とわざとらしい返事をしてそのコーヒーをまた一口すする。
普通なら二三発殴りたいところだけれど、しかしそういうわけにもいかないのだろう。
なぜなら昨晩(正確には今日の夜明け前)倒れている僕を部屋まで運んだのは、おそらく確実に、この人だからだ。
「まったくさー部屋に行っても居なかったから、あんな早朝にどこに行ったのかと思ったよ。そしたらまさか、近所の道端で寝ているからさ、ビックリしたよ~もう、なに?キャンプでもしたかったの?俺と行く?」
「行きませんよ......絶対」
「あっそう。じゃあいいよ~っと......」
そう言いながら、今度は煙草に火をつける。
オーバーサイズの白いTシャツに黒のスキニーパンツ、さらにワックスで無作為を装いながらセットした髪型は、一見すると大学生みたいだが、実際は四十代のおっさんである。
この姿でもし本当に大学に居て、女子大生なんかと楽し気に話していたら、それは完全に不審者だ。
通報するとしたらその時だろう。
いや、怪しくなくても通報してやろう。
そう思いながら、無遠慮に煙草を吸う彼を見て、こんな異常な日常に対して、少しだけ静かに笑う僕は、やはり普通とはかけ離れているのだと、そう改めて、自覚したのだ。
彼の名前は
異人の専門家で、僕を救ってくれた恩は確かにあれど、もっとも関わりたくはない、あちら側とこちら側の調整役。
ちなみにこの場合、あちら側というのは『人間側』で、こちら側というのは『異人側』のことである。
そして僕はもう、言うまでもなく完全に、
僕が不死身の異人となったあのゴールデンウィークに、僕を救って、しかしそれと同じくらいかそれ以上に、あの日の僕と彼女の生き方を弄んで、僕に彼女の死に方を否定させる切っ掛けを作り、それを後押しした張本人。
アレ以来僕を管理することが、彼の仕事の一環になっているらしいけれど、それ故に、今こうして僕の部屋に居て、当然のようにくつろいでいるわけだけれど......
それでもやはり......
それだからやはり......
この人のことはどうしても、好きになることは難しいのだ。
そんな事を考えながら、身支度を整えるためにお風呂場と共同の洗面所に行き、歯ブラシに歯磨き粉を付けて、それを口に咥えて、顔を上げる。
すると鏡越しに見える自分の顔に、僕は少しだけ、違和感を覚えてしまう。
なんだろう......なぜかいつもより、顔色が良い気がする。
そんな風に思いながら、不思議に思いながら歯磨きを終えて、顔を洗って再び部屋に戻ると、相模さんが僕の方を見ながら、静かに微笑を浮かべて言う。
「その様子だと、また一回死んだね」
僕はこの人の、何かを企んでいるようなこの顔が、とても苦手だ。
「えぇ、死にましたよ......心臓を包丁で一突きです......」
「それはそれは、苦しまずに死ねたんじゃないかい?」
「普通ならそうでしょうね......」
そう言葉を返す僕に、彼はまだ無言のまま、こちらを笑いながら見る。
「なんなんですか相模さん、わざわざ嫌味を言うために、早朝から僕を訪ねてきたんですか?」
「そうだね~それもあるよ」
「殴りますよ?」
「ごめん、冗談」
本当に殴ってやろうかなと思ったり、思わなかったりしていながら、けれど身支度を済まることが最優先なため、まずは洋服を着替えようとする。
しかしその時になって、ようやく僕は、自分が今着ている服の異常さに気が付いたのだ。
「そういえば......僕が着ていた服は、どうしたんですか?」
僕はあのとき、心臓を刺されて、道端に倒れ込んでいた。
そしてその時に、少なくとも土や砂や何かの汚れくらいは、洋服に付いてしまうはずなのだ。
しかし今僕が着ている服には、まったくと言って良いほどに、それが無い。
もはや新品同然の物と、言ってもいいくらいだ。
「あーあれは汚いと思ったから捨てたよ。それで、それはお土産ね」
そう言いながら彼は、僕が今着ているTシャツ(厳密には脱ぎかけのTシャツ)を指さした。
「お土産って......?」
そう言いながらそのTシャツを見てみると、デカデカと『I♡湘南』とプリントされていた。
新品同然というよりも、新品じゃないか......
「そう、サーフィンをしにちょっと湘南まで行ってたんだー。いや~気持ち良かったよ、やっぱり夏は海だよね!」
「はぁ......そうですか......」
いっそのこと流されれば良いのにと思いながら、さすがにこんな服は着こなせないので、僕はその服を脱いで、大学に行くための、いわゆる大学生が着てそうな無難な服装に、着替えたのだ。
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