不死身青年と殺人鬼少女の青春
第10話不死身青年と殺人鬼少女の青春Ⅰ
殺人鬼......
僕はこの言葉の意味を、もういつだったかも、どうしてだったかも忘れてしまったけれど、辞書か何かで調べたことがあって、そしてそこには、『むやみに人を殺す鬼のような悪人』と、書かれていたのだ。
まぁ人間の社会では、殺人というモノが最も重く、最も罪深い行為として認識されている以上、それをむやみに行うような輩は、鬼のような悪人と例えられても、そう言われたとしても、仕方がないのだろう。
人は殺せば息絶える......
そんな当たり前の現象が存在する以上、殺人と言われる罪がなくなることは、決してないのだろう。
しかしながらあくまで、それは『鬼のような悪人』と書かれていたのだ。
それはつまり、殺人鬼という言葉が、その殺人という行為をむやみに行う輩が、鬼のようなその輩が、あくまで人間であるという定義の上で、この言葉は成り立っているということになる。
まぁ、それもそうだろう......
考えなくても当たり前のことだ。
今ここでこんなことを語っている世界には、人間以上に知識が発達した生き物は存在しないのだから、そんな生き物である人間は、逆に言えば、この世界で『罪』を犯すことができる、唯一の生き物なのだ。
しかしそうなると今度は、そもそも『罪』というモノが何なのかという話にもなってしまう。
もしもそれらが、善と悪の隔たりを決めることが出来る人間が、自らを戒めるために作った様なモノだとしたら......
果たしてそれらは、明らかに人間とは特異的な違いを持つ者に対しても、当てはまるのだろうか......
自らのその行為を罪と捉えることが、果たして出来るのだろうか......
あぁ、ダメだ......
こういう言い方をしてしまうと、自らの行いを罪だと自覚できる生き物は、後にも先にも人間だけだという話に、行き着いてしまう。
行き着いて、収束してしまう。
ゴールデンウィークの、急転直下な、あの黄金色の数日間を経て、人間とは程遠い『不死身』という体質になってしまった僕にとって、そういう収束の仕方はあまりにも、都合が悪い。
だからきっと......
これからするこの御話は、そういう都合が悪いモノを捻じ曲げて、引き裂いて、流血を流しに流して、殺されながら前に進む。
痛くて、苦しくて、重くて、辛い......
むせかえる程に酷い血まみれの、間違いだらけの夢のような現実
もういい加減、長過ぎる前置きはやめにしよう......
刺されるくらいなら、痛い思いをするのなら、先延ばしにしてはいけない
どうせ見るに耐えない、血まみれの、間違いだらけの、キレイなモノなんて何一つ出てこない、そういう御話なのだから。
時刻は深夜二時頃だろうか。
外の静けさと暗さと、ついでに自分に付き纏う疲労と眠気で、なんとなく時間を推察して時計を見る。
大学の提出課題を終らせるために、一人暮らしをしている部屋の中で机に向かい、ただひたすらにペンを走らせていて、気が付いた頃にもう、そのくらいの時刻になっていた。
いや、正しくは『なっている筈だ』と、そういう風に言うべきなのだろう。
なぜなら、部屋に置いてある目覚まし時計は依然として、僕が課題を始めた時間を指していて、そしてそこからその時計は、まるで動く気配すらないからだ。
どうやら、電池が切れているようだ......
振ってみても叩いてみてもまるで動かない、秒針と分針と時針に視線を向けて、少しばかり考える。
さて、どうするべきか......
いや、別にこの時計が動かなくとも、携帯電話のアラームを使いながら毎朝目を覚ます僕には、この時計が『目覚ましの役割』を担えないことに関して言えば、そこまでの痛手を負うことはないだろう。
最近得た特異的な体質の影響で、睡眠に関しては、ダラしなく二度寝をすることがなくなった。
意図せずとも身体が、素直に起床できるようになったのだ。
まぁ、そんな些細なことは置いといて......
それでもこの時計は、家に帰れば普段は必ず動いていて、機能しているモノだ。
それが明日から、いきなりピタリッと動かなくなってしまうのは、それが生活の中で見えてしまうのは、やはりどうしても、気持ち悪いと感じざる負えないのだろう。
普段と違う、異なる事象が目の前にあれば、きっと僕はそれに対して、違和感を感じてしまう。
仕方ない......行くとするか......
そう思いながら、そんな風に、課題で疲れた気持ちと頭とその他諸々の改善のための対処法を、誰に言うでもなく自分に言い聞かせて、自分で自分に言い訳をして、僕は外に出る準備をする。
財布と、携帯と......そんな物でいいだろう。
深夜の近所に繰り出すと言っても、どうせ大学で唯一無二の友人が勤めている、あのコンビニに向かうだけなのだから。
そんなことを考えて、携帯で時刻を確認する。
あぁやっぱり......
思った通りに、携帯電話の画面の時刻は、深夜二時丁度を示していた。
普段なら絶対に、こんなことは考えなかった筈なのに、やはり今の僕は、少しばかりというか、大幅にというか、普通ではないのだろう。
これが俗に言う、深夜テンションという奴だろうか。
それならそれで、それも悪くないと思いながら、僕は家の扉を開けたのだ。
外に出ると、昼間の暑さが嘘の様で、ひんやりとした涼しい風が、僕の身体をすり抜けていく。
それでも、半袖半ズボンにサンダルという、超夏仕様の服装は変わらない。
七月になりつつある近頃の気候ならば、むしろこの格好は正解だろう。
まぁこの格好で大学には、行こうとは思わないが......
しかし今は、友人どころか人が誰もいない、深夜の時間帯なのだから、たとえどんな格好であろうとも、どんなにだらしない格好であろうとも、構わないのだ。
歩いて数分、コンビニの光が見えてきた。
大学からほど近い、『目の前』と表現するのが妥当なくらいの立地で存在するこのコンビニは、朝から夜まで休みなく、閉店することなく、相変わらずの二十四時間営業を、し続けているようだ。
あっ、そうだ......
そんな風に、さながら何かを思い出したかのような仕草で、僕は携帯電話を取り出す。
数か月前にはなかった行動だと思うが、しかしながら実はこの仕草も、最近の僕にとってはもう、当たり前のモノになったのだ。
最近は携帯アプリであるポイントカードにポイントを貯めるため、携帯を操作しながら入店する。
その方が案外、ただ買い物をするよりはお得だったりするのだ。
しかし今日に限って、僕はそうはしなかった。
携帯を家に忘れたわけでもなく、特にこれといった理由はなく、ただ単に、なんとなく、今日はそうしなかっただけなのだ。
けれど、だからなのだろうか......
店内が異様な、異常な空気に満たされていることに、僕はすぐに気が付いた。
しかしそれは、別に店内が荒らされているとか、店内の品物がほとんど消えているとか、そういうモノでは無い。
店の中に、人が居ない......
しかし厳密に言えば、客が居ないだけである。
当たり前だ......
今何時だと思っているんだ......
こんな時間に、こんな非常識な時間にココに居るのだから、それくらいのことは予想出来たじゃないか。
それに店員はもちろん居るし、それ以外に変わったところなど、あるわけがないはずなんだ......
じゃあ一体なんなんだって、何がそんなにおかしいんだって、そういう話になると思う。
ただ夜中に、当たり前の様に客がいないコンビニに来ただけで、こんな風に長々と考えている理由はなんなのかって、そういう話になると思う。
そういう話に、まとめてしまっていいのだろうか......
だっていくら夜中に、コンビニに行くことがあまり無いからと言っても、流石にこの光景は予想外ではないだろうか......
なんと言うべきなのか、とりあえず、目の前の光景を、ありのままに説明するならば......
店員である大学の友人の女の子が、見知らぬ女の子に、レジのカウンターを挟んで、包丁を向けられているのだ。
「......あー、いらっしゃいませ......」
「......」
現在進行形で、包丁を向けられている店員であり、大学の友人であるその女の子は、僕に気が付くとそう言いながら、こちらに視線を向けてきた。
しかし彼女の態勢は、接客業をする者がするべき態勢ではなく、両手を頭と同じ位に挙げていたのだ。
その時思ったのは、きっと彼女にとっては、刃物を向けられていることと、拳銃を向けられていることは、たぶん同じ様なモノなのだろう。
まぁ、彼女があのときの様な、拳銃を向けられたあの時の様な反応をするよりは、もしかしたらずっと健全で、人間らしい行動なのかもしれない。
そして......
その友人と対峙している見知らぬ女の子は、友人が接客の言葉を僕に投げ掛けたタイミングとほとんど同時に、僕の方に、冷たく鋭い視線を、向けてきたのだ。
「......っ」
思いもよらない現在の店内の状況に理解が追い付かず、しかしながらそれを無視していいとも思えなかったので、間抜けだと思いながらも、僕は彼女達に尋ねたのだ。
「えっと......なにごとですか......?」
そして僕のその問いかけに、冷たく鋭い視線の、友人に包丁を向けている方の女の子が答えた。
「この女が、私の彼氏を寝取ったのよ」
「......」
初対面であり名前も知らない女の子から、一字一句間違わない様な、恥ずかし気がない口調で、『寝取った』なんてワードを聞くことになるとは思わなかった。
そしてそのあまりの衝撃に、僕は絶句してしまう。
しかしそれを聞いた(というか言われた)その友人は、ため息を吐くような言葉遣いで、心底うんざりした様子で、尋ねた僕の代わりに言葉を返す。
「......だから、何度も言っていますけれど、私はそんなことしていません。そもそも、あなたが言っているその『ようた』君でしたっけ?そんな名前の知り合いは、私には居ませ......」
「嘘おっしゃいこの泥棒猫。気安く『ようた』君を下の名前で呼ばないでもらえるかしら?」
包丁を持つその女の子は、友人が話し終わるのを待たずして、言葉をかぶせるようにしてそう言った。
そしてその様子から、冷静で淡々とした口調ではあるモノの、今現在の、この包丁を持った女の子は、とても興奮していることが伝わったのだ。
さて、これをそのまま放置して買い物をしようとすれば、僕はともかく、店には甚大な被害が出てしまうだろう。
それはこの近くの大学に通う学生としても、あまりよろしくない。
なんせ何度も言うようにこのコンビニは、大学からは程近い、『目の前』と表現するのが妥当なくらいの立地で存在する、そんな場所なのだから......
「あのさ......とりあえず落ち着いてさ......こんなことをしても仕方ないわけで......だからその......出来ればその包丁は、降ろして欲しいんだけど......」
僕のその、怯えているのか、説得しているのか、それともその両方を担おうとして失敗しているのか......
そんなどうとでも取れる様な僕の台詞は、今度は彼女の視線だけでなく、彼女の表情全てをこちらに向けさせて、しかし変わらずに包丁は握りしめていて......
なんかもう......スゲー怖いのだ......
そしてそんな彼女は、感情を露わにしない表情で、口を開く。
「なに?」
「......」
「なんであなたにそんなこと、言われなくてはいけないの?」
数秒の間を置いて、めちゃめちゃ恐怖を感じている僕は、返答する。
「いや......なんでっていうか、僕はただ買い物がしたいだけだから......とりあえずは、その話に無関係な僕が買い物を、滞りなく済ますまでは、その包丁は伏せて頂いて、大人しくして欲しいと......そう思って言っているんであって......あっ、居なくなった後なら全然、何してもいいので......」
そしてその返答に対して、今度は包丁を向けられている友人が、こちらに視線を向けながら苦言を呈す。
「うーわ、最低だな......」
うるせー友人、僕は無関係だ!
そこからさらに数十秒、店内はとてつもなく重い空気で満たされて、さらに最悪なことに、もう何も言えることが無いモノだから、自然とそんな地獄のような状況でも、拷問のような無言状態に、僕を含めた三人は、陥ってしまうのだ。
しかしながら......
しかしながらこの状況は、一体どういうことなのだろうか......
店内に入った時から何一つ、状況は変化しない。
店のカウンターを挟んで、客が店員に対して刃物を向けているこの状況は、明らかに異様で、異端で、異常なはずなのに......
最初から今の今まで、何一つ正解なところが無くて、全部がどうかしているはずなのに......
それなのに何故か、彼女達の間には、刃物を向けられている側の、命を奪われるかもしれないと感じる危機感とか、刃物を向けている側の、憎悪とか悪意とか殺意とか......
そういう類の人間らしい感情というモノに該当する何かが、そういう、人としては存在して当たり前のモノが......
もう人ではない僕から見ても明らかに、全くもって、一切合切、感じられなかったのだ......
さて、時間を要してもまったく好転しないこの状況を打開するには、やはり包丁を向けている彼女に、友人の身の潔白を証明する必要があるわけで、しかしそれは、本人が言ったところで納得はしてもらえないだろう。
致し方ない......
「それにそいつさ、恋人や浮気相手どころか、友人すら殆ど居ない、いわゆる『ぼっち』って奴なんだ。そんな奴が他の奴の彼氏寝取るとか、僕には考えられないことなんだけれど、そう思わない......?」
そう僕が言うと、包丁を持った方の彼女は、僕の方をじっと見ながら、その視線に負けずとも劣らない冷たい声色で、淡々とした口調で答えた。
「そうね.........たしかにその通りだわ。わかった。今日の所はこれで勘弁してあげる」
そう言うと彼女は包丁を降ろして、ツカツカとヒールの音を響かせながら、店内を出ていった。
店内を出る際に僕の方を見ていた気がしたけど、僕は彼女に視線を合わせず、目の前に陳列されているスナック菓子をジッと見つめながら、その場をやり過ごした。
一件落着
これでなんとか、当初の予定通りに買い物が出来る。
そして僕は、時計を動かすための単4電池と、エナジードリンク、それに命の恩人であるスナック菓子をカウンターに持って行った。
そしてそれらの商品を手に持って、バーコードを機械でスキャンしながら、友人は口を開く。
「君、続けて最低だね......普通刃物を向けられている友人を助けるための言葉で、あんなことを言うモノじゃないでしょ......」
「何時ぞやの仕返しに、僕は事実を言ったまでだよ」
「赤裸々に語り過ぎ。プライバシーって言葉知らないの?」
「知らないよ......」
「知っとけよ......」
そんな他愛ないやり取りをしながら、僕は財布を開いてお金を確認する。
財布の中には500円玉が1枚と、10円玉が4枚、千円札が2枚入っていた。
そしてそれと一緒に、何時ぞやのパンケーキのお店のレシートが入っているのに、気が付いた。
あぁ、まだ捨てていなかったのか......
なんとなく、そのレシートを見ながらそんなことを思っていると、目の前の店員の友人は口を開く。
「......3点で540円になります」
どうやらレジの操作が終わり、金額を伝えたようだ。
店の決まりなんだろうけれど、やはりこの友人に、僕に対しての敬語は似合わない様な、そんな気がしてならなかった。
「はい、ちょうどね......」
そう言いながら僕がお金を渡すと、友人はまた手早くレジを操作して、出て来たレシートを僕に渡す。
そして僕は、そのレシートを受け取って財布に仕舞いながら、コンビニの出入口に向かった。
しかしそこで立ち止まり、踵を返して彼女が居るレジに戻った。
「んっ?なに?忘れ物?」
「いや、そうじゃないんだけどさ......」
呆けているような顔をしている彼女に対して、今ならなんとなく、本当はあの時に言わなくてはいけなかった言葉を、今なら言える気がしたのだ。
だから僕は、普段なら絶対に言わない様なそれを、普通なら絶対に言うべきではないそれを、僕は彼女に向けて、言葉にした。
「琴音が僕をどう思っているかは知らないけれど、少なくとも僕は、友人だと、そう思っているよ......だから......」
そう言い掛けたところで、言葉が詰まる。
言うべき最後の言葉を言いたいのに、どうしても、それは喉の奥に貼りついて剥がれない。
あぁ、また言えそうにないなぁ......
しかし彼女は、そんな僕の中途半端な言葉に対して、何のことを言われているのかを理解したように微笑んで、何かを思い出している様に微笑んで、けれど僕を未だに許してはくれない様子で、口を開いた。
「......そっか、ありがと。けれど、まだちょっとそれは無理そうかな......」
「......そっか......わかった」
そう言いながら、僕は再び出口に向かって踵を返すと「ありがとうございました」という店員である彼女の言葉が、後ろから聞こえた。
しかし僕は、その友人の声には何も反応してはいけないと思いながら、僕は店を出たのだ。
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