中学生の思い出〈名残side〉

 パシャッパシャッ。シャッター音が響く。


「深雪先輩、今日も可愛い」


 名残はカメラを構えていた。画面の中には制服姿の深雪の姿がある。


「よし!今日もたくさん撮れた♪帰ろう」


 名残は満足げな笑みを浮かべると、カバンを持って部室を出た。


***


 名残が帰宅すると、妹が出迎えた。


「お姉ちゃんおかえりー」

「ただいま。小冬こふゆ


 名残の妹の小冬は中学1年生だ。


「お風呂沸いてるよ」

「ありがと。後で入る」


 名残は自分の部屋に向かうと、すぐにベッドの上に寝転んだ。


「深雪先輩の写真いっぱいあるよぉ〜。はぁ幸せ」


 名残はスマホを取り出すと写真フォルダを開いた。そこにはたくさんの深雪の写真が保存されていた。


「宿題やらなきゃな」


 名残は起き上がると机に向かった。机の引き出しを開けると、そこには小さな制服のボタンのようなものが入っている。


「思い出すなぁ。中学生の時のこと」


***


 初めて先輩に出会ったのは私が中学二年の時だった。


 友達の居なかった私は休み時間になるといつも校舎裏で本を読んでいた。そんなある日のこと。その日もいつものように本を読んでいた。


 パシャッパシャッ。突然、カメラのシャッター音が鳴る。顔を上げると目の前には一人の女子生徒が立っていた。


「あ、ごめん。気づかなかった。邪魔したわね」


 彼女はそう言って立ち去ろうとする。


「あの、私を撮りましたよね?」


 思わず声をかけてしまう。


「え?なんの話かしら?」


 彼女の目は泳いでいる。明らかに動揺していた。


「その、今、私を撮ったじゃないですか?」


 もう一度尋ねると、観念したのかため息をついて口を開いた。


「ええそうよ。悪い?」


 開き直った。まあいいや。どうせ関わることもないだろうし。


「いえ別に。ちなみに下級生?先輩には敬語を使うべきでは?」

「は!?ち、違うわよ!こう見えてあたしは3年!」

「そうだったんですか。失礼しました。写真好きなんですか?」

「ええ。好きよ。だからこうして毎日写真を撮っているの」

「へぇ。盗撮とか変わった趣味ですね」

「なっ!?人聞きの悪い事言わないでくれる!?たまたま被写体が良かっただけよ」


 彼女はムキになって反論する。なんだか面白いな。


「ふふ。冗談ですよ。よーく見てください。私は地味な上に校舎裏で一人本を読むような人間ですよ。そんな私なんか撮っても面白くないでしょう」


 私は立ち上がってスカートについた砂を払う。


(立ち上がって見るとほんとに小さい。本当に上級生?にしても……かわ……)


 私は一瞬ドキッとする。


「ちょ!なにその胸!反則でしょ!」


 彼女は目を見開いて驚く。


「え?」


 突然の事に戸惑う。


「あ、いや、なんでもないわ」


 彼女は慌てて誤魔化すが、私は見逃さなかった。彼女が私の胸に釘付けになっていたことを。そして自分の胸元を見ると、なるほど確かに大きい。


「ふふ。先輩って意外とおませさんなんですね」


 からかい半分で言う。


「ち、違うし!これは、あれよ。目にゴミが入ったのよ!」


 彼女は必死に取り繕おうとするが、目が泳いでいた。


「あはは。先輩って可愛い」


 つい笑ってしまう。


「先輩にちょっと興味が出てきました。名前を教えてくれませんか?」

「ふ、深雪。あんたは?」


 彼女もまんざらでもない様子だ。


「名残です。よろしくお願いしますね。深雪先輩」

「ま、まあ!特別に本がお友達のあんたにも写真の良さ教えてあげるわ」


 深雪先輩は誇らしげな表情で言った。


「ほんとですか?嬉しいです」


 素直に喜ぶと、深雪は少し照れ臭そうに微笑む。


「じゃあさっそく撮るわよ」


 深雪はそう言うとカメラを構える。


「はい。いいですよ」


 私はその日初めて先輩が向けたレンズに笑顔を向けた。


***


 時が経って春になると、深雪先輩は卒業していった。卒業式の日、私は辛くて校舎裏で泣いていた。


「せんぱい……もう会えないなんて……イヤ……」


 涙が止まらない。すると誰かが私の頭を撫でてくれた。


「やっぱりここに居た。泣かないの。縁があればまたいつかどこかで会えるわよ」


 顔を上げるとそこには制服姿の先輩がいた。


「せ、せんぱぃ」


 私は泣きながら抱きつく。すると、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。


「ほら、よしよし。可愛い後輩ちゃん」


 しばらくすると落ち着いてきた。


「落ち着きました」


 深雪は名残の顔を見て笑った。


「よかった」

「でも、先輩はどうしてこんなところに?」


 不思議そうな顔をして尋ねると、深雪は頬を赤く染める。


「それは、その、あんたが寂しいかなと思って」


 深雪は目をそらしながら答えた。


「深雪先輩。ありがとうございます。その……先輩にお願いがあります」


 深雪は首を傾げる。


「先輩の第二ボタンをください」


 私は恥ずかしさを押し殺して伝えた。


「あんた。ブレザーで第二ボタンはおかしいでしょ。しかも女子同士だし」


 呆れたようにため息をつく。


「先輩との思い出を残したいんです。ダメですか?」


 私は上目遣いで懇願する。


「しょうがないわね。その代わり大切にしなさいよ」


 そう言ってボタンを渡してくれる。


「やったぁ♪これでいつでも一緒ですね」


 私は嬉しくなって飛び跳ねた。


「大袈裟ね」


 深雪は苦笑いを浮かべる。


(全然おかしくないです。だってそこは先輩の……)


 私は言葉を飲み込んだ。


「思い出を残すならあたし達は写真でしょ?はいこれ」


 深雪は自分のスマホを取り出すと私に渡した。


「先輩。学校にスマホ持ってきちゃダメですよ?」


 私はスマホを受け取ると、先輩を嗜める。


「きょ、今日は卒業式!無礼講よ!」


 先輩は焦った様子で言い訳をする。


「はいはい。わかりました」


 私がクスッと笑うと、先輩も釣られて笑った。


「これからは写真が私達を繋ぐんですね」


 私は先輩に寄り添う。


「そうよ。写真があたし達の絆なの」


 先輩はそう言うと優しく抱きしめてくれた。


「はいっ。その通りです」


 こうして先輩の写真フォルダには、いつの間にか私が増えていた。


 私は写真を撮られるのが好きになった。先輩がいつもそばに居るような気がするから。

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