チョコを貰う日
「「はい、ふぶちゃん。ハッピーバレンタイン」」
冬花と霜歩は声を揃えてチョコレートを差し出した。二人の手には同じチョコが入った箱があった。
「あ、ありがとうございます。そうでした。今日はバレンタインでした」
深雪はカレンダーを見る。日付は2月14日になっていた。
「ふふ。すっかり忘れていたみたいね」
冬花と霜歩は顔を見合わせて微笑む。
「す、すいません」
深雪は申し訳なさそうに謝る。
「いいのよ。そういうところも可愛いんだから」
冬花は深雪の頭を撫でる。
「えへへ」
深雪は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ早速開けてみて」
「は、はい」
深雪は丁寧に包装紙を開けると中からハート型のチョコを取り出した。
「うわぁ美味しそう」
深雪は目を輝かせてそれを口に運ぶ。
「ん〜!甘くておいしい」
口の中で溶けていく甘さに深雪は幸せを感じる。
「ふふ。それは良かった」
「頑張って作った甲斐があったよぉ」
二人は満足げな表情で言った。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそいつも家事してくれてるでしょ」
「そうだよぉ。だから気にしないでぇ」
冬花と霜歩は笑顔で応えた。
「さあ、学校の時間よ。準備しましょう」
「はい!」
深雪は元気よく返事すると、鞄を持って玄関へと向かう。冬花は深雪に上着を渡す。
「はい。これを羽織って行ってね」
深雪は素直に受け取ると、袖を通した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあいってらっしゃい」
「いってきまーす!」
冬花と霜歩に見送れながら深雪は学校へと向かった。
***
「おはよう。晴氷」
教室に入ると真っ先に親友の晴氷に声をかけた。
「おはよ。はい、これ」
晴氷は可愛らしいラッピングがされた袋を手渡した。
「毎年ありがとね」
深雪はお礼を言いつつ受け取った。
「どういたしまして。今年は手作りだよ」
「そうなの?まさか本命とか言うんじゃないでしょうね?」
深雪は冗談っぽく言った。
「ふふふ。どうだろうねぇー」
晴氷は意味深な笑みを浮かべる。深雪はドキッとした。
「ほ、ほんとに?」
深雪は恐る恐る尋ねる。
「冗談だけど」
「なんだ。びっくりさせないでよ」
深雪はホッと胸を撫で下ろす。
「そんなに私に好かれたいの?」
「そ、そういうわけじゃないし!」
深雪は慌てて否定する。
「はいはい。わかってますよ」
晴氷はニヤニヤしながら深雪の頭を撫でた。
「子供扱いしないでよ」
深雪は頬を膨らませて抗議するが、内心では嫌ではなかった。
***
放課後になると、深雪は帰る支度をして廊下に出た。
「深雪せんぱーい」
後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには後輩の名残がいた。
「名残?どうしたの?」
深雪は不思議そうに尋ねる。
「えっとですね。その……」
名残はモジモジしている。何か言いたいことがあるようだ。
「ん?どうしたの?」
深雪が優しく尋ねると、名残は意を決したように口を開いた。
「こ、これを受け取ってもらえませんか?」
そう言って差し出された手には綺麗な包み紙に包まれた箱があった。
「これは?」
深雪が聞くと、名残は恥ずかしそうに答える。
「あ、あの、バレンタインデーなのでチョコを作ってみたんですけど……」
「え!?わざわざ作ってくれたの?」
深雪は驚いて聞き返す。
「はい!でも味の保証はできなくて」
「……毒とか入ってないでしょうね?」
疑いの目を向けると、名残の顔は青ざめる。
「ち、違いますよ!ちゃんと食べられるやつですよ!」
「ならいいんだけど」
深雪は納得したのか箱を受け取った。
「その……今食べてもらってもいいですか?」
名残は不安そうに言う。
「うん。わかった」
深雪はその場で箱を開けると中にはトリュフチョコが入っていた。
「おー美味しそう」
深雪は一つ摘んで口に運ぶ。
「ど、どうでしょうか?」
「ふーん。あんたにしては上出来じゃないの」
深雪は照れ臭そうに答えた。
「よかったぁ〜」
名残は安心して息をつく。
「ふふ。ありがとね」
深雪は微笑みながらお礼を言う。
パシャ!
突然、名残はスマホを取り出して写真を撮った。
「ちょっと何勝手に撮ってんのよ!」
深雪は顔を真っ赤にする。
「あ、すいません。思い出の一枚と思って」
名残は悪びれもなく言う。
「もう!消してよ!」
深雪は怒ってスマホを取り上げようとするが、名残はひょいと避けて走り去る。
「また明日会いましょうねー」
「あ、待ちなさいよー」
深雪は追いかけるが追いつくことはできなかった。
***
名残は部室に入ると、鍵をかけて誰も入れないようにした。
「ふふふ……毒は入っていませんよ」
名残は嬉しそうに笑いながら言った。
「先輩があんなに美味しそうに私のチョコを食べて……」
名残はうっとりとした表情で呟いた。
「ちょっと興奮しちゃった」
暗闇の部室の中で名残は一人、静かに笑っていた。
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