Sランク冒険者殺人事件
文字塚
Sランク冒険者殺人事件
街中に一つの死体が転がっている。
街のメインストリート、昼間なら人通りも多い。
だが今は通行規制が敷かれている。
冒険者ギルドへの通報から十分もせず、俺は急行した。状況確認、現場を確保し目撃者を捜さねばならない。
殺人事件は本来官憲、この街に本部を置く騎士団の管轄。だが、冒険者絡みとなれば話は変わる。我々の出番だ。
俺は冒険者組合に勤めている。今は冒険者への支援体制を整える総務担当だ。
冒険者と言っても一括りには出来ない。
ソロで活動する者から隊を組む者まで様々。活動は広範で雑多。連絡が付かない者も多い。失踪か武運つたなく力尽きたか。どちらにせよ、その捜索は俺の担当ではない。
だが今回は街中で起きた殺人事件と思われる。
被害者はよく知る男だ。
確か、一緒に狩りに出たこともある。
俺もかつては冒険者だった。
「ノーマン・ウェザーランド」
「間違いないのかい?」
隣に立つ女性、特A冒険者バーバラに尋ねられ俺は自然と頷いた。
不自然な点のないよう、格別の配慮が必要だ。
「ノーマンは探索においてSクラスの冒険者です」
「そうなのか。なんと惨い。こんな死に方、とても許せない」
ノーマンは腹部を刺され大量に出血したらしい。見れば分かる。
更に、頭部を鈍器のような物で殴られたのか、打撃の痕跡がある。かなり重い凶器のようだ。
「腹部を刺され、頭部には殴られた痕があります」
「なんと、苛烈なやり口だな」
バーバラは顔をしかめ、犯人を憎むかの如く吐き捨てる。美貌溢れるその様から、特A冒険者の横顔は見て取れない。
長く整えられた髪は赤く、衣服は全身ダークなドレス。まるで喪服のようだ。
「加え、恐らく魔法で攻撃されています」
「そんなことまで分かるのか」
無論だ。捜査官ではないが、応援に出ることもある。今回担当するのもそれが理由だろう。俺が指揮を執り、万事解決せよとご用命を受けている。
「束縛、バインド系の魔法。魔獣を生け捕りにする拘束魔法の痕跡があります」
「かなりの使い手だな。国外のスパイだろうか」
腕組みするバーバラは、まるで推理小説の探偵役のようだ。
「鞭で打たれた痕もあります。これが物理的なものか、今は判断出来ませんが」
「鞭とな。拷問でもするつもりだったのか」
「分かりません」
バーバラはますます頭を悩ませるが、こちらはそれどころではない。
一歩間違えば命に関わる。
ギルドの存亡にも影響を及ぼすだろう。
そもそもSクラス冒険者が簡単に殺されるはずがない。
この事件のおかしさは、その点に集中している。
今、俺の周囲には誰もいない。
あるのはノーマンの死体とバーバラ嬢だけだ。
ノーマンは若く、二十歳の若者だった。
子供の頃から流した浮き名は数知れず、泣かせた女も星の数には及ばない程度いるだろう。
同時、男女から恨みを買うことも明白だが、何せSクラス冒険者。その才覚は幼年期から隠しようもなかった。
結果、良きも悪きも惹き付ける少年時代を過ごし、その生い立ちは複雑なものとなった。
彼は自らを「天賦の才を持つ者」と定義し、寄り付く者を選別し、よく言えば自由に、悪く言えば勝手気ままに生きていた。
彼と旅したことは、決して俺が認められたからではない。偶然人手が足りなかった。
「彼はどんな人物だったんだい?」
顔を赤く紅潮させたバーバラは、死体と俺を交互に見ている。
「とても優秀な男でした」
「そうだろう。Sクラスだ、とても強い」
バーバラはなぜか自慢げで、黒く染めた胸を張っている。
汚れた手を伸ばし、
「なんということだ。ギルド開設以来の難事件。不祥事ランクもSではないか」
「はい。取り扱い次第では俺の首が飛びます」
「なんと、では私が手を貸そう。これでも特A、Sクラスには劣るが自信はある」
血走った目を向けられては返事のしようもない。
ーーどう考えても犯人はバーバラ嬢である。
そのバーバラ嬢が「人が死んでいる」と冒険者ギルドへと報告に来た。つまり第一発見者。
自分で殺して死んでいると通報する。
彼女の頭は爆発物で構成されているのだろうか。
だが、それを指摘すれば俺の首が飛ぶ。物理的に。
だから皆青ざめていたのだ。
「お前が担当しろ。絶対に捜査はするな。解決に心がけろ」
という同僚の言葉は、実に核心を突いている。
何か因縁あってのこととはいえ、よくもここまで徹底的に。ノーマンは好色な色男ではあったが、そこまでの悪事を働いたというのか。
いかん、推理はしない。解決だけを欲しろ。捜査はしない、命に関わる。
「ノーマンは仕事の出来る男でした」
「うん、さっき聞いた」
「ですが私生活には些か問題を抱えていた」
「なんだと! Sクラスの冒険者は皆の見本。勘違いではないのか!」
驚天動地しているが、殺ったのはあなただ。
絶対俺より詳しい。
強力なバインド系魔法を使える者は、この街にバーバラしかいないのだから。
「一体どういうことだ。教えてくれ。ところで君の名前は」
「ツヅキ。捜査の責任者です」
「そうか。ツヅキ、ノーマンは一体どんな淫らな女性関係を築いていたのだ」
知ってんじゃん。だから殺したんだろうけど。
「分かりません。今言えるのはなんというか、女性関係でざまあ、なのかな? としか」
「女性関係でざまあ。なんというざまあ。絵に描いたようなざまあではないか」
「いえ、ざまあはどちらかと言うと不遇や虐げられた者の所業。鬱屈した展開からの復讐劇」
「だがレディースなコミックでは定番ぞ」
「申し訳ありません。レディースなコミックを読まないもので」
「勉強不足。メスについてもっと知るべきだ。他に気づいた点はあるか」
他……そう、他の何かを見つけないと俺の首が危ない。女性関係でざまあなのは間違いないが、そちらで進めるとなぜか俺がざまあされる。
「誰かにとっては悪役だったのかも」
「む、悪役令息という奴か。けしからん。どうせ女性をメス呼ばわりする輩。彼がそうであったと?」
メスって言ってんのさっきからあなただけだ。
とりあえず、血塗れのその手をこちらに向けないで欲しい。隠す気ないだろ。
「いえ、優秀ゆえ妬む者もいたでしょう」
「妬み僻みか。全く縁がない。犯人は一体どういう精神構造か」
ぜひ自己分析して欲しい。解決した後で。
「優秀ですから、少し変わっているかもしれない」
「犯人がか? どういう意味だ」
「ノーマンです。犯人はそう、まだなんというか、色々赤いな、としか」
「赤い。君の勘がそう言っているのだな」
「はい」
バーバラの手には血がべっとり付いている。衣服のそれは大量の返り血だろう。もう黒くなっている。目が血走っているのは、話の展開次第では「お前も殺す」という意味にしか取れない。
ふっとバーバラが視線を向けた。脇道にあたるその先に、ゴルフクラブが転がっていた。もちろん赤いが、あれはデザイン。
「凶器が分かりません」
「む、刺し傷に打撃痕。二種類の凶器だな」
「はい、でもどこにも見当たらない。捜査は難航するでしょう」
「なんと! Sクラスが殺されて、それで迷宮入りとは許されない! ツヅキ、一体どうするつもりだ!」
それをさっきから考えてる。ちょっと黙れメス豚。
事実関係は覆せない。
だが着眼点は変えられる。
どこに出しても恥ずかしくない捜査報告書。
ギルドの沽券と俺の命がかかった完璧な誤認捜査。
なんとしても完遂しなければ。
「これは本当に打撃痕なのでしょうか」
「ん? 頭が凹んでいるぞ。べこべこだ。これを君は、打撃ではないと言うのか。どういうことか」
間違えたら俺がべこべこにされるな。なんてざまあ、ではなく様だ。触れない方が良かったか。
「打撃は本来、刃物による攻撃に劣ります」
「む、そうだな。ではなぜ打撃痕がある」
「恨みが深かった……」
「どんな恨みだ」
女関係。想像するに頭部、顔を潰すほど憎んでいた。バーバラが。
「一端置いておきましょう」
「なんで?」
広げると「なんで殴ったんですか?」と確認することになるからだ。
「腹部の刺し傷、これが致命傷と思われます」
「そうだろう。私もそうだと思っていた」
「鋭い刃物。傷痕から刃渡りはそれほど長くない。ソード系ではないと推測されます」
「うん、こんな感じか」
そう言ってバーバラは、ひと振りのナイフを取り出した。もちろん赤いが、血ぐらい拭き取っておいて欲しかった。
「恐らくそのような凶器でしょう。刺し傷は複数ある」
「グサグサといったわけだけな。なんという凶悪な」
何度もナイフを突き出すバーバラの仕草は、再現検分のようだ。やめてくれ。
「でも違うかもしれない」
「なんと! 刺し傷が致命傷ではないというのか」
彼女のそれは舞台女優のようだった。その演技力どこで磨いた。俺も欲しい。
「高度なバインド系の魔法。これがどうしても気になる」
「なるほど、使い手に心当たりは」
お前しかいない。
「対魔獣用、およそ人に向けるものではない」
「つまり、犯人にしてみればノーマンは魔獣のようであると。そう言いたいのか」
化け物はあなただが、そうかもしれない。
「わざわざ拘束し、こんな人通りの多い場所に連れてきた。そういうことではないかと」
「違うと思うぞ。たぶん正面から堂々捕まえたんだ」
「そうですか」
本人が言うんだからそうなんだろう。
「では、ここで戦闘になり拘束魔法を使用した」
「うん」
取りようによっては自白だな。忘れよう。
「ここは歓楽街にも近い。しかし、深夜となれば人目につかない」
「犯人は人目を気にしていたと」
「いえ、たぶん気にしていない」
「なぜそう思う」
「いやだって……」
街中堂々、住宅だって多い。ビジネス街でもあるが、住人は一定存在する。声を聞かれても一向に構わない。姿勢は明白だ。
「犯人はバレたらどうするつもりだったのか」
「分かりません。乱闘、戦闘があれば報告は来るはず。深夜とはいえ、通報の一つもあっておかしくない」
「昨夜通報はあったのか」
「騎士団にも問い合わせてみないと」
「うむ、協力を仰がねばならんか。奴らに借りをつくるのは癪だが致し方ない」
またも腕組みするバーバラは、まるでギルドの大幹部のようだ。本当に確認する気ではないだろうな。あいつら空気も読まず事実を追及するぞ。皆殺しにでもするつもりか。
まずい、流れ次第では冒険者ギルドと騎士団の全面戦争に発展しかねない。俺の死因が戦死に変わる。
「ノーマンは多くの人物に恨みを買っていた」
「そうなのか。それが私には分からない。顔も潰れて、判別出来ん」
「文字通り顔を潰すぐらい、憎んでいたのかと」
「どんな恨みだろう。やはり女性関係でざまあか」
「メスの世界は分かりません」
「メスがいればオスもいる。痴情のもつれは珍しくない」
ここまでの死体は珍しい。
これを単独でやったというのだから、特Aというのは真っ赤な嘘だ。この女赤すぎる。紅のバーバラと名付けたい。
「鞭はどうなる。あまり使い手はおらんだろう」
「はい。有名どころは今街にいない」
お前以外。
「拘束され鞭で叩かれる。頭を殴り刺して殺す。およそ人の所業とは思えん。ツヅキ、一体どうする」
バーバラの圧が強くなった。
どう見る、推理するではなく「どうする」と来た。
さっさと結論を出せと言った具合だ。
「俺にはSランク冒険者の死に方とは思えない」
「む、根本に誤りがあると言いたいのか」
根本的に問題があるのは彼女だが、根本を覆さねば圧が現実と化す。
プレッシャーの中、解決案を導き出さねばならない。であるならば……。
「彼は、Sランクではなかったのでは?」
思いつきで放った言葉に、バーバラは大仰に反応した。
「なんということだ! ギルドは一体どうなっている! まともな査定も出来んというのか!」
そうしたい。それなら人事部の責任だ。俺は総務、害もなし。
「そうとしか思えない。証拠も揃っている」
「だが、彼の功績はどうなる。全て偽りだというのか。書き直すの大変だろう」
確かに手間だ、心配してくれてありがとう。記録係は窓際担当。暇潰しに頑張ってもらおう。
とにかくこれでいくしかない。
「詐称した挙げ句無様に殺された。我々の落ち度でもある。ギルドは大変な日々を迎えます」
「なんと、それはいけない。別にないか」
バーバラは俺の肩を掴み、真っ赤な顔を近づける。血の臭い、凄まじい迫力だが正気か。
「別に……ないです」
「いいのかそれで。ギルドが迷惑を被るのだぞ!」
だからお前が原因だ。男女の痴情で殺しをやるな。力があれば俺がお前を殺ってるぞ。
「仕方ない。完全な事実です。証拠は全て揃っている」
「そうなのか……」
動く証拠は目の前にあるが、蜃気楼は珍しくない。
明日はきっと雨が降る。洗濯物は今日すませないと。
「本当に、本当にそれでいいのか……?」
凶悪だったバーバラの頬に朱が差していく。赤いのに赤くなるそれが、不思議と乙女に見える。どうやらだいぶ疲れたらしい。明日は有給を取ろう。
「残念です」
終わりを告げるよう静かに言葉とする。
「そうか……だが、それだと犯人は誰だ」
お前だ。
確かに、これだと痴情のもつれから詐称野郎が殺された。ということになる。くそっ、明日休みたいのに!
「犯人は既に国外に逃亡。ギルドが調べることになるでしょう。内々ですませたい。分かっていただけますか?」
「犯人がいるのは都合が悪い」
平板な物言いだった。バーバラから表情が消えている。
「君達にとって犯人がいるのは都合が悪い。違うか」
違わない。違わないけどもうそれでいいんです。なんで粘るんだ! 気に入らないのか? 何が?
「事実は曲げられない。我々は職務に全うでなければならない。冒険者ギルドは殺人も不正も絶対許さない。それが官憲騎士団との違い!」
「おおそこまで言うとは……」
バーバラ嬢は感極まったという表情だ。そのまま納得してくれ殺人鬼。
「では、私の協力は不要ということか」
「ここまでで充分です。感謝します、紅のバーバラ」
「うん?」
「いえ、拘束者バーバラ。捜査への協力、ギルドを代表しお礼申し上げる」
「そうか、そうだな……」
あっぶね。言ったが五秒でほぼ即死。よく回避出来た、なんて失言だ。
周囲には本当に人がいない。ギルドの連中が遠ざけたのだろう。死体がもう一つ増える様を、衆目に晒すわけにはいかない。
「ではこれにて。死体を処理します」
「一ついいだろうか」
「なんでしょう」
「自殺、というのはないか」
「ないです」
「……誰の手間も取らせない。心苦しさもない」
自白し出すのやめろ!
バーバラは申し訳なさ気で、絶対違うのに可憐に見える。幻覚魔法をギルドに向けるとは、なんという危険人物。
「こんな派手な自殺ありません」
「あるだろう。人は色々な最期を選ぶ。茶釜を抱いて爆死した武将を私は知っている」
「松永弾正、確かに。そんなお伽噺はあります。異世界ですな。が、これは無理だ」
「どうして……」
別れ話のノリになってきた。
涙目を向けるな! 泣きたいのはこっちだ!
「バインド系の高位魔法で拘束しながら、誰が刺すんです」
「複数犯?」
話を広げるな。複雑化してややこしくなる。
「複数の犯人、確かに可能性はあるでしょう」
「あるならそれでもいいじゃないか」
こいつ、完全に開き直ってやがる。俺みたいだ。
バーバラ嬢に言い聞かせるよう言葉を紡ぐ。
「いいんです。もしそうだとしても、高位の拘束魔法を使える者がいないと話にならない」
「心当たりは?」
「全くありません」
「そうか……」
そんな奴、異世界にしかいない。きっと大量のざまあを繰り広げ、聖女だけど少年なのだろう。追放された悪役令嬢の流行には、光の速さも追い付けまい。
「一つ、最後に一つだけ聞かせてくれ」
「なんです。なんでも聞いて下さい」
「うん、動機をどう考える」
自分に聞け。とは言えない……参ったな。
「犯人にも思うところはあったかと」
「例えば?」
「ノーマンはモテます。不正に不正を重ねた不届き者ですが、外面の完成度は高い」
「べこべこでよく分からない」
「はい。べこべこにするぐらい、酷いことをしたのかと」
「どんなだろう?」
知らんがな。自分の日記にでも書いてろ!
人目に晒したいなら魔法掲示板か魔術SNSに告白文でも書け!
と言えればどれほど楽か。
命大事に俺は続ける。
「想像するに」
「想像ではなく事実が欲しい」
そのまま持って帰れ。間違ってもここで吐くなよ……!
ーーだが、バーバラは語りだした。
「乙女心は傷つきやすい。殿方とてそうだろうが、心の機微は女が勝る」
さっきまでメスって言ってたよな?
「なるほど確かに。我々は無骨。人知れず傷つけることもありましょう」
「デートをすっぽかされた女の痛みなど、想像もつかんか」
「……それは、いつ約束されたのです」
「一ヶ月前だ。それに合わせて帰還した」
別人の話だろう。友達……とか?
「お友達は約束されていたのですね」
「私は一ヶ月前の約束を忘れてはいなかった」
幻聴だ。俺の疲れに働き方改革。今必要なのは休養と安全。緊張で聞いてはならないものが聴こえてくる。
「ところが少し早かった。浮かれていたのか、二日ほど早く着いた」
バーバラは回想を始めたが、俺は二日前に戻りたい。近くにタイムリープしてる奴はいないだろうか。死に戻り系でも構わない。このまま死ぬよりやり直したい。
家族の顔なんて、何年振りに浮かんだろう。親孝行出来なくてごめんなさい。
「あいつは、ノーマンは他の女性と歩いていた」
「どこのノーマンです。ギルドの面子にかけて対処しますが」
「そこに転がってるノーマンだ」
彼女は指差しているが、どこだろう。俺にだけ見えないノーマンがいるな。
「朝から晩まで、女性をとっかえひっかえ寝所に連れ込んでいた。高そうなホテルや、安そうなホテルにもだ」
もう罪の告白なんだが。俺は裁判官ではない。
なんで俺に死刑判決が下るんだ。法律はどこへ行った!
「ランク付けしているようで、不快だった」
「そんな輩、死んで当然」
「そうだろうか?」
「俺よりは」
保身が全面に出だした。命の危機を感じると、人はうまく嘘がつけなくなる。
「私は知っていた。ノーマンはモテる。少ない友から聞いてもいた」
「そのノーマンはそうなのですね」
「そこに転がっている」
知っていることはいちいち言わなくていい。
「私は、ただ初デートを楽しみたかっただけだ。少し背伸びして、モテるイケメンとやらがどう女性を楽しませるのか、知りたかった」
「素朴……ですね。情状酌量で起訴どころか捜査もされないでしょう」
「それはよくない。法治国家は法に従うべきだ」
人殺しに社会のあり方を諭された。
殺人者バーバラは続ける。
「だがノーマンは来なかった。それどころか他の女と歩いていた」
「他の女……ノーマンは勇者ですね」
「なら、私は差し詰め魔王といったところか」
「あなたは天女です」
「世辞はいい」
命乞いだが伝わっていない。圧倒的強者感。ギルド職員との差はさながら格差社会。実力だが。
「驚くことに、覚えてすらいなかった。私のことなど、モブと変わらん認識だったんだろう」
「それは凄まじい誤認ですね」
バーバラは苦笑し、儚げにはにかんだ。
「笑うだろう。私はメスの一匹なのだ。世間ずれした私は、その事実を受け入れられなかった」
「そうして捜査に協力を。感謝します。さあ解散しましょう」
「女の子の話は最後まで聞くものだ」
女の子なんて視界のどこにもいない。
「だから決闘を申し入れた。命尽きるまでやると、宣告した」
「ギルドに言って下されば、仲立ちしましたのに……」
「Sランク冒険者の肩を持つのは目に見えている」
否定出来ない。だが同士討ちは避けられた!
ギルドは大ダメージだ!
「そうしたら決闘まですっぽかした」
「殺ってしまいましょう、そんな人でなし」
「そこに転がっている」
「知ってます」
ノーマンの死体は、今や別の性質を持ち始めた。
「だから闇夜に改めて決闘を申し入れた。明日正午中央広場で、と」
「出店が出そうな勢いですね」
「巻き添えで死ぬからよした方がいい」
全くだ。ビジネスは生活の為に行うものだ。冒険者組合は、命懸けで冒険するあなたの味方です。
「笑われた。いや、嗤われた」
ポツリポツリ、彼女は零すよう言葉にしていく。
「意味がない。結果は見えている。誰だお前は。俺を誰だと思っている、と」
「悪役じゃないですか」
「後は言わずとも分かるだろう」
「はい。詐称していた奴は拘束魔法を自分にかけ、死んだ」
「自殺説は忘れてくれ」
俺は全て忘れたい。
「相手はSランク、激しい戦いになるだろうと覚悟した」
続けるなら分かるだろうって言っちゃダメ。
「問答無用。宣言し襲いかかった。不意打ちだ。ここは天下の往来、夜更けとはいえ戦う場所ではない」
「そりゃそうですが……」
改めてノーマンの死体に目を向ける。
実感がない。本当にあのノーマンなのか?
ノーマン、お前どこで死んでんだよ。
さっさと生き返ってバーバラに謝罪しろ。
「死んだ者は生き返らない」
「そうですね」
「一つ、あいつは弱点を抱えていた」
「なんです?」
「冒険者組合も知らんか」
初耳だ。Sランクは冒険者の頂点。弱点などあろうはず……詐称だが。
「あいつは女を傷つけられない。その力は魔獣と悪人にしか行使出来ん」
「そいつは……なんでそう思うんです」
「鞭で叩いたら白状した」
死人に鞭とほぼ同義。なんてレアケース。
「ボコボコにした後で、私は回復魔法も使えない。我を失い、乙女心を盾にノーマンを手にかけた」
「そう、ですか」
全て白状してしまった。
事件は事件だが、決闘の成否が焦点。
そもそも女性とは戦えないノーマンが、受けるはずはない。
だが、そんなことギルド職員の俺ですら知らなかった。
「あいつは自分を知っていたから、探索系の冒険者として生きてきた。私が擁護するのもおかしな話だが、この世の果てで探索する者が、異性に飢えるのも分かる」
「そりゃ……だからって忘れていいとは……」
「そもそも約束を覚えていないのだから、私も傷ついた。少し、いやかなり傷つき過ぎたな」
血染めのバーバラは、確かに殺人犯だった。だが、どうしてこう美しく映えるのだ。
儚く散りそうな姿は、とても特A冒険者とは思えない。凶悪犯にも。
「事情は理解しました」
「分かってくれたか」
「正直、捜査はしないでしょう」
「そうか。Sランクが死ぬのは都合悪いか」
「それもあります。他国や騎士団に知られるのはまずい。正統派が多い奴らは、弱点があると知れば徹底的に調べるでしょう。この街、いや地域一帯の勢力図が動きかねない」
地域の覇権、主導権争いの発端が痴情のもつれというのもいただけない。
「心中お察しします。決闘の成否は追ってお知らせします」
「成立しない。それより、大切なことを忘れていないか?」
小さな生き物のよう、彼女はこちらを窺っている。まだ命の危険があるのだろうか。
「初デートが終わっていない」
「はい?」
「私は世間ずれした冒険者だ。拘束魔法と鞭とナイフ。ゴルフクラブで戦うしか能のない三十路手前の行き遅れだ」
「拘束のバーバラは我がギルドの誇りです」
「皆まで言わせるな。そこのノーマンが、私の初デートを返せっ! と私に責められた際、ギルドに頼めばいい、と言い残したのだ」
ノーマンお前何してんだ。最期に妙な気利かせやがって。
「デートをしたい」
「そうですか。庶務に取り次ぎます」
「ツヅキ、お前の名が出たぞ」
一陣の風が通り抜けていく。
「年頃近く、一度仕事をしたことがある。真面目な奴で最近彼女と別れた。あいつならお似合いだ、と」
バーバラのそれは、死と薔薇を連想させた。
色づく何かは、魔界の淵と変わらない。
「ノーマンの最期の言葉、私なりに受け止めようと思う」
「いや、確かに一度……違う、別人かもしれない!」
「彼女とはなぜ別れた。聞かせてくれ。別れとは、なぜ起きる。好いた者同士なのに、別れは必然なのか?」
三十路近いはずなのに、バーバラは確かに可憐だった。実に危険な、未確認危険生命体だった。
言われてみれば年も近い。そうか、俺も三十になる。
「とりあえず今日は死体片付けましょう」
「ダメだ。決闘とデート、どちらがいい」
全く可憐じゃない。第六天魔王と完全に一致。断ったら俺だけでなく、叡山の如く俺の故郷は燃やされる。
俺は殺人事件の現場に急行したんだが……。
解決法は一つしかない。
たかがギルド職員に過ぎない俺は、こう言うしかないのだ。
「バーバラ嬢、デートはどこに行きたいですか?」
「任せる」
事件は無事解決した。
さあ、新たな事件が待っている。
Sランク冒険者殺人事件 文字塚 @mojizuka
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