Sランク冒険者殺人事件

文字塚

Sランク冒険者殺人事件

 街中に一つの死体が転がっている。

 街のメインストリート、昼間なら人通りも多い。

 だが今は通行規制が敷かれている。


 冒険者ギルドへの通報から十分もせず、俺は急行した。状況確認、現場を確保し目撃者を捜さねばならない。

 殺人事件は本来官憲、この街に本部を置く騎士団の管轄。だが、冒険者絡みとなれば話は変わる。我々の出番だ。


 俺は冒険者組合に勤めている。今は冒険者への支援体制を整える総務担当だ。

 冒険者と言っても一括りには出来ない。

 ソロで活動する者から隊を組む者まで様々。活動は広範で雑多。連絡が付かない者も多い。失踪か武運つたなく力尽きたか。どちらにせよ、その捜索は俺の担当ではない。


 だが今回は街中で起きた殺人事件と思われる。

 被害者はよく知る男だ。

 確か、一緒に狩りに出たこともある。

 俺もかつては冒険者だった。


「ノーマン・ウェザーランド」

「間違いないのかい?」


 隣に立つ女性、特A冒険者バーバラに尋ねられ俺は自然と頷いた。

 不自然な点のないよう、格別の配慮が必要だ。


「ノーマンは探索においてSクラスの冒険者です」

「そうなのか。なんと惨い。こんな死に方、とても許せない」


 ノーマンは腹部を刺され大量に出血したらしい。見れば分かる。

 更に、頭部を鈍器のような物で殴られたのか、打撃の痕跡がある。かなり重い凶器のようだ。


「腹部を刺され、頭部には殴られた痕があります」

「なんと、苛烈なやり口だな」


 バーバラは顔をしかめ、犯人を憎むかの如く吐き捨てる。美貌溢れるその様から、特A冒険者の横顔は見て取れない。

 長く整えられた髪は赤く、衣服は全身ダークなドレス。まるで喪服のようだ。


「加え、恐らく魔法で攻撃されています」

「そんなことまで分かるのか」


 無論だ。捜査官ではないが、応援に出ることもある。今回担当するのもそれが理由だろう。俺が指揮を執り、万事解決せよとご用命を受けている。


「束縛、バインド系の魔法。魔獣を生け捕りにする拘束魔法の痕跡があります」

「かなりの使い手だな。国外のスパイだろうか」


 腕組みするバーバラは、まるで推理小説の探偵役のようだ。


「鞭で打たれた痕もあります。これが物理的なものか、今は判断出来ませんが」

「鞭とな。拷問でもするつもりだったのか」

「分かりません」


 バーバラはますます頭を悩ませるが、こちらはそれどころではない。


 一歩間違えば命に関わる。

 ギルドの存亡にも影響を及ぼすだろう。

 そもそもSクラス冒険者が簡単に殺されるはずがない。

 この事件のおかしさは、その点に集中している。


 今、俺の周囲には誰もいない。

 あるのはノーマンの死体とバーバラ嬢だけだ。

 ノーマンは若く、二十歳の若者だった。


 子供の頃から流した浮き名は数知れず、泣かせた女も星の数には及ばない程度いるだろう。

 同時、男女から恨みを買うことも明白だが、何せSクラス冒険者。その才覚は幼年期から隠しようもなかった。

 結果、良きも悪きも惹き付ける少年時代を過ごし、その生い立ちは複雑なものとなった。

 彼は自らを「天賦の才を持つ者」と定義し、寄り付く者を選別し、よく言えば自由に、悪く言えば勝手気ままに生きていた。

 彼と旅したことは、決して俺が認められたからではない。偶然人手が足りなかった。


「彼はどんな人物だったんだい?」


 顔を赤く紅潮させたバーバラは、死体と俺を交互に見ている。


「とても優秀な男でした」

「そうだろう。Sクラスだ、とても強い」


 バーバラはなぜか自慢げで、黒く染めた胸を張っている。

 汚れた手を伸ばし、


「なんということだ。ギルド開設以来の難事件。不祥事ランクもSではないか」

「はい。取り扱い次第では俺の首が飛びます」

「なんと、では私が手を貸そう。これでも特A、Sクラスには劣るが自信はある」


 血走った目を向けられては返事のしようもない。


 ーーどう考えても犯人はバーバラ嬢である。


 そのバーバラ嬢が「人が死んでいる」と冒険者ギルドへと報告に来た。つまり第一発見者。

 自分で殺して死んでいると通報する。

 彼女の頭は爆発物で構成されているのだろうか。

 だが、それを指摘すれば俺の首が飛ぶ。物理的に。

 だから皆青ざめていたのだ。


「お前が担当しろ。絶対に捜査はするな。解決に心がけろ」


 という同僚の言葉は、実に核心を突いている。

 何か因縁あってのこととはいえ、よくもここまで徹底的に。ノーマンは好色な色男ではあったが、そこまでの悪事を働いたというのか。

 いかん、推理はしない。解決だけを欲しろ。捜査はしない、命に関わる。


「ノーマンは仕事の出来る男でした」

「うん、さっき聞いた」

「ですが私生活には些か問題を抱えていた」

「なんだと! Sクラスの冒険者は皆の見本。勘違いではないのか!」


 驚天動地しているが、殺ったのはあなただ。

 絶対俺より詳しい。

 強力なバインド系魔法を使える者は、この街にバーバラしかいないのだから。


「一体どういうことだ。教えてくれ。ところで君の名前は」

「ツヅキ。捜査の責任者です」

「そうか。ツヅキ、ノーマンは一体どんな淫らな女性関係を築いていたのだ」


 知ってんじゃん。だから殺したんだろうけど。


「分かりません。今言えるのはなんというか、女性関係でざまあ、なのかな? としか」

「女性関係でざまあ。なんというざまあ。絵に描いたようなざまあではないか」

「いえ、ざまあはどちらかと言うと不遇や虐げられた者の所業。鬱屈した展開からの復讐劇」

「だがレディースなコミックでは定番ぞ」

「申し訳ありません。レディースなコミックを読まないもので」

「勉強不足。メスについてもっと知るべきだ。他に気づいた点はあるか」


 他……そう、他の何かを見つけないと俺の首が危ない。女性関係でざまあなのは間違いないが、そちらで進めるとなぜか俺がざまあされる。


「誰かにとっては悪役だったのかも」

「む、悪役令息という奴か。けしからん。どうせ女性をメス呼ばわりする輩。彼がそうであったと?」


 メスって言ってんのさっきからあなただけだ。

 とりあえず、血塗れのその手をこちらに向けないで欲しい。隠す気ないだろ。


「いえ、優秀ゆえ妬む者もいたでしょう」

「妬み僻みか。全く縁がない。犯人は一体どういう精神構造か」


 ぜひ自己分析して欲しい。解決した後で。


「優秀ですから、少し変わっているかもしれない」

「犯人がか? どういう意味だ」

「ノーマンです。犯人はそう、まだなんというか、色々赤いな、としか」

「赤い。君の勘がそう言っているのだな」

「はい」


 バーバラの手には血がべっとり付いている。衣服のそれは大量の返り血だろう。もう黒くなっている。目が血走っているのは、話の展開次第では「お前も殺す」という意味にしか取れない。

 ふっとバーバラが視線を向けた。脇道にあたるその先に、ゴルフクラブが転がっていた。もちろん赤いが、あれはデザイン。


「凶器が分かりません」

「む、刺し傷に打撃痕。二種類の凶器だな」

「はい、でもどこにも見当たらない。捜査は難航するでしょう」

「なんと! Sクラスが殺されて、それで迷宮入りとは許されない! ツヅキ、一体どうするつもりだ!」


 それをさっきから考えてる。ちょっと黙れメス豚。

 事実関係は覆せない。

 だが着眼点は変えられる。

 どこに出しても恥ずかしくない捜査報告書。

 ギルドの沽券と俺の命がかかった完璧な誤認捜査。

 なんとしても完遂しなければ。


「これは本当に打撃痕なのでしょうか」

「ん? 頭が凹んでいるぞ。べこべこだ。これを君は、打撃ではないと言うのか。どういうことか」


 間違えたら俺がべこべこにされるな。なんてざまあ、ではなく様だ。触れない方が良かったか。


「打撃は本来、刃物による攻撃に劣ります」

「む、そうだな。ではなぜ打撃痕がある」

「恨みが深かった……」

「どんな恨みだ」


 女関係。想像するに頭部、顔を潰すほど憎んでいた。バーバラが。


「一端置いておきましょう」

「なんで?」


 広げると「なんで殴ったんですか?」と確認することになるからだ。


「腹部の刺し傷、これが致命傷と思われます」

「そうだろう。私もそうだと思っていた」

「鋭い刃物。傷痕から刃渡りはそれほど長くない。ソード系ではないと推測されます」

「うん、こんな感じか」


 そう言ってバーバラは、ひと振りのナイフを取り出した。もちろん赤いが、血ぐらい拭き取っておいて欲しかった。


「恐らくそのような凶器でしょう。刺し傷は複数ある」

「グサグサといったわけだけな。なんという凶悪な」


 何度もナイフを突き出すバーバラの仕草は、再現検分のようだ。やめてくれ。


「でも違うかもしれない」

「なんと! 刺し傷が致命傷ではないというのか」


 彼女のそれは舞台女優のようだった。その演技力どこで磨いた。俺も欲しい。


「高度なバインド系の魔法。これがどうしても気になる」

「なるほど、使い手に心当たりは」


 お前しかいない。


「対魔獣用、およそ人に向けるものではない」

「つまり、犯人にしてみればノーマンは魔獣のようであると。そう言いたいのか」


 化け物はあなただが、そうかもしれない。


「わざわざ拘束し、こんな人通りの多い場所に連れてきた。そういうことではないかと」

「違うと思うぞ。たぶん正面から堂々捕まえたんだ」

「そうですか」


 本人が言うんだからそうなんだろう。


「では、ここで戦闘になり拘束魔法を使用した」

「うん」


 取りようによっては自白だな。忘れよう。


「ここは歓楽街にも近い。しかし、深夜となれば人目につかない」

「犯人は人目を気にしていたと」

「いえ、たぶん気にしていない」

「なぜそう思う」

「いやだって……」


 街中堂々、住宅だって多い。ビジネス街でもあるが、住人は一定存在する。声を聞かれても一向に構わない。姿勢は明白だ。


「犯人はバレたらどうするつもりだったのか」

「分かりません。乱闘、戦闘があれば報告は来るはず。深夜とはいえ、通報の一つもあっておかしくない」

「昨夜通報はあったのか」

「騎士団にも問い合わせてみないと」

「うむ、協力を仰がねばならんか。奴らに借りをつくるのは癪だが致し方ない」


 またも腕組みするバーバラは、まるでギルドの大幹部のようだ。本当に確認する気ではないだろうな。あいつら空気も読まず事実を追及するぞ。皆殺しにでもするつもりか。

 まずい、流れ次第では冒険者ギルドと騎士団の全面戦争に発展しかねない。俺の死因が戦死に変わる。


「ノーマンは多くの人物に恨みを買っていた」

「そうなのか。それが私には分からない。顔も潰れて、判別出来ん」

「文字通り顔を潰すぐらい、憎んでいたのかと」

「どんな恨みだろう。やはり女性関係でざまあか」

「メスの世界は分かりません」

「メスがいればオスもいる。痴情のもつれは珍しくない」


 ここまでの死体は珍しい。

 これを単独でやったというのだから、特Aというのは真っ赤な嘘だ。この女赤すぎる。紅のバーバラと名付けたい。


「鞭はどうなる。あまり使い手はおらんだろう」

「はい。有名どころは今街にいない」


 お前以外。


「拘束され鞭で叩かれる。頭を殴り刺して殺す。およそ人の所業とは思えん。ツヅキ、一体どうする」


 バーバラの圧が強くなった。

 どう見る、推理するではなく「どうする」と来た。

 さっさと結論を出せと言った具合だ。


「俺にはSランク冒険者の死に方とは思えない」

「む、根本に誤りがあると言いたいのか」


 根本的に問題があるのは彼女だが、根本を覆さねば圧が現実と化す。

 プレッシャーの中、解決案を導き出さねばならない。であるならば……。


「彼は、Sランクではなかったのでは?」


 思いつきで放った言葉に、バーバラは大仰に反応した。


「なんということだ! ギルドは一体どうなっている! まともな査定も出来んというのか!」


 そうしたい。それなら人事部の責任だ。俺は総務、害もなし。


「そうとしか思えない。証拠も揃っている」

「だが、彼の功績はどうなる。全て偽りだというのか。書き直すの大変だろう」


 確かに手間だ、心配してくれてありがとう。記録係は窓際担当。暇潰しに頑張ってもらおう。

 とにかくこれでいくしかない。


「詐称した挙げ句無様に殺された。我々の落ち度でもある。ギルドは大変な日々を迎えます」

「なんと、それはいけない。別にないか」


 バーバラは俺の肩を掴み、真っ赤な顔を近づける。血の臭い、凄まじい迫力だが正気か。


「別に……ないです」

「いいのかそれで。ギルドが迷惑を被るのだぞ!」


 だからお前が原因だ。男女の痴情で殺しをやるな。力があれば俺がお前を殺ってるぞ。


「仕方ない。完全な事実です。証拠は全て揃っている」

「そうなのか……」


 動く証拠は目の前にあるが、蜃気楼は珍しくない。

 明日はきっと雨が降る。洗濯物は今日すませないと。


「本当に、本当にそれでいいのか……?」


 凶悪だったバーバラの頬に朱が差していく。赤いのに赤くなるそれが、不思議と乙女に見える。どうやらだいぶ疲れたらしい。明日は有給を取ろう。


「残念です」


 終わりを告げるよう静かに言葉とする。


「そうか……だが、それだと犯人は誰だ」


 お前だ。

 確かに、これだと痴情のもつれから詐称野郎が殺された。ということになる。くそっ、明日休みたいのに!


「犯人は既に国外に逃亡。ギルドが調べることになるでしょう。内々ですませたい。分かっていただけますか?」

「犯人がいるのは都合が悪い」


 平板な物言いだった。バーバラから表情が消えている。


「君達にとって犯人がいるのは都合が悪い。違うか」


 違わない。違わないけどもうそれでいいんです。なんで粘るんだ! 気に入らないのか? 何が?


「事実は曲げられない。我々は職務に全うでなければならない。冒険者ギルドは殺人も不正も絶対許さない。それが官憲騎士団との違い!」

「おおそこまで言うとは……」


 バーバラ嬢は感極まったという表情だ。そのまま納得してくれ殺人鬼。


「では、私の協力は不要ということか」

「ここまでで充分です。感謝します、紅のバーバラ」

「うん?」

「いえ、拘束者バーバラ。捜査への協力、ギルドを代表しお礼申し上げる」

「そうか、そうだな……」


 あっぶね。言ったが五秒でほぼ即死。よく回避出来た、なんて失言だ。

 周囲には本当に人がいない。ギルドの連中が遠ざけたのだろう。死体がもう一つ増える様を、衆目に晒すわけにはいかない。


「ではこれにて。死体を処理します」

「一ついいだろうか」

「なんでしょう」

「自殺、というのはないか」

「ないです」

「……誰の手間も取らせない。心苦しさもない」


 自白し出すのやめろ!

 バーバラは申し訳なさ気で、絶対違うのに可憐に見える。幻覚魔法をギルドに向けるとは、なんという危険人物。


「こんな派手な自殺ありません」

「あるだろう。人は色々な最期を選ぶ。茶釜を抱いて爆死した武将を私は知っている」

「松永弾正、確かに。そんなお伽噺はあります。異世界ですな。が、これは無理だ」

「どうして……」


 別れ話のノリになってきた。

 涙目を向けるな! 泣きたいのはこっちだ!


「バインド系の高位魔法で拘束しながら、誰が刺すんです」

「複数犯?」


 話を広げるな。複雑化してややこしくなる。


「複数の犯人、確かに可能性はあるでしょう」

「あるならそれでもいいじゃないか」


 こいつ、完全に開き直ってやがる。俺みたいだ。

 バーバラ嬢に言い聞かせるよう言葉を紡ぐ。


「いいんです。もしそうだとしても、高位の拘束魔法を使える者がいないと話にならない」

「心当たりは?」

「全くありません」

「そうか……」


 そんな奴、異世界にしかいない。きっと大量のざまあを繰り広げ、聖女だけど少年なのだろう。追放された悪役令嬢の流行には、光の速さも追い付けまい。


「一つ、最後に一つだけ聞かせてくれ」

「なんです。なんでも聞いて下さい」

「うん、動機をどう考える」


 自分に聞け。とは言えない……参ったな。


「犯人にも思うところはあったかと」

「例えば?」

「ノーマンはモテます。不正に不正を重ねた不届き者ですが、外面の完成度は高い」

「べこべこでよく分からない」

「はい。べこべこにするぐらい、酷いことをしたのかと」

「どんなだろう?」


 知らんがな。自分の日記にでも書いてろ!

 人目に晒したいなら魔法掲示板か魔術SNSに告白文でも書け!

 と言えればどれほど楽か。

 命大事に俺は続ける。


「想像するに」

「想像ではなく事実が欲しい」


 そのまま持って帰れ。間違ってもここで吐くなよ……!

 ーーだが、バーバラは語りだした。


「乙女心は傷つきやすい。殿方とてそうだろうが、心の機微は女が勝る」


 さっきまでメスって言ってたよな?


「なるほど確かに。我々は無骨。人知れず傷つけることもありましょう」

「デートをすっぽかされた女の痛みなど、想像もつかんか」

「……それは、いつ約束されたのです」

「一ヶ月前だ。それに合わせて帰還した」


 別人の話だろう。友達……とか?


「お友達は約束されていたのですね」

「私は一ヶ月前の約束を忘れてはいなかった」


 幻聴だ。俺の疲れに働き方改革。今必要なのは休養と安全。緊張で聞いてはならないものが聴こえてくる。


「ところが少し早かった。浮かれていたのか、二日ほど早く着いた」


 バーバラは回想を始めたが、俺は二日前に戻りたい。近くにタイムリープしてる奴はいないだろうか。死に戻り系でも構わない。このまま死ぬよりやり直したい。

 家族の顔なんて、何年振りに浮かんだろう。親孝行出来なくてごめんなさい。


「あいつは、ノーマンは他の女性と歩いていた」

「どこのノーマンです。ギルドの面子にかけて対処しますが」

「そこに転がってるノーマンだ」


 彼女は指差しているが、どこだろう。俺にだけ見えないノーマンがいるな。


「朝から晩まで、女性をとっかえひっかえ寝所に連れ込んでいた。高そうなホテルや、安そうなホテルにもだ」


 もう罪の告白なんだが。俺は裁判官ではない。

 なんで俺に死刑判決が下るんだ。法律はどこへ行った!


「ランク付けしているようで、不快だった」

「そんな輩、死んで当然」

「そうだろうか?」

「俺よりは」


 保身が全面に出だした。命の危機を感じると、人はうまく嘘がつけなくなる。


「私は知っていた。ノーマンはモテる。少ない友から聞いてもいた」

「そのノーマンはそうなのですね」

「そこに転がっている」


 知っていることはいちいち言わなくていい。


「私は、ただ初デートを楽しみたかっただけだ。少し背伸びして、モテるイケメンとやらがどう女性を楽しませるのか、知りたかった」

「素朴……ですね。情状酌量で起訴どころか捜査もされないでしょう」

「それはよくない。法治国家は法に従うべきだ」


 人殺しに社会のあり方を諭された。

 殺人者バーバラは続ける。


「だがノーマンは来なかった。それどころか他の女と歩いていた」

「他の女……ノーマンは勇者ですね」

「なら、私は差し詰め魔王といったところか」

「あなたは天女です」

「世辞はいい」


 命乞いだが伝わっていない。圧倒的強者感。ギルド職員との差はさながら格差社会。実力だが。


「驚くことに、覚えてすらいなかった。私のことなど、モブと変わらん認識だったんだろう」

「それは凄まじい誤認ですね」


 バーバラは苦笑し、儚げにはにかんだ。


「笑うだろう。私はメスの一匹なのだ。世間ずれした私は、その事実を受け入れられなかった」

「そうして捜査に協力を。感謝します。さあ解散しましょう」

「女の子の話は最後まで聞くものだ」


 女の子なんて視界のどこにもいない。


「だから決闘を申し入れた。命尽きるまでやると、宣告した」

「ギルドに言って下されば、仲立ちしましたのに……」

「Sランク冒険者の肩を持つのは目に見えている」


 否定出来ない。だが同士討ちは避けられた!

 ギルドは大ダメージだ!


「そうしたら決闘まですっぽかした」

「殺ってしまいましょう、そんな人でなし」

「そこに転がっている」

「知ってます」


 ノーマンの死体は、今や別の性質を持ち始めた。


「だから闇夜に改めて決闘を申し入れた。明日正午中央広場で、と」

「出店が出そうな勢いですね」

「巻き添えで死ぬからよした方がいい」


 全くだ。ビジネスは生活の為に行うものだ。冒険者組合は、命懸けで冒険するあなたの味方です。


「笑われた。いや、嗤われた」


 ポツリポツリ、彼女は零すよう言葉にしていく。


「意味がない。結果は見えている。誰だお前は。俺を誰だと思っている、と」

「悪役じゃないですか」

「後は言わずとも分かるだろう」

「はい。詐称していた奴は拘束魔法を自分にかけ、死んだ」

「自殺説は忘れてくれ」


 俺は全て忘れたい。


「相手はSランク、激しい戦いになるだろうと覚悟した」


 続けるなら分かるだろうって言っちゃダメ。


「問答無用。宣言し襲いかかった。不意打ちだ。ここは天下の往来、夜更けとはいえ戦う場所ではない」

「そりゃそうですが……」


 改めてノーマンの死体に目を向ける。

 実感がない。本当にあのノーマンなのか?

 ノーマン、お前どこで死んでんだよ。

 さっさと生き返ってバーバラに謝罪しろ。


「死んだ者は生き返らない」

「そうですね」

「一つ、あいつは弱点を抱えていた」

「なんです?」

「冒険者組合も知らんか」


 初耳だ。Sランクは冒険者の頂点。弱点などあろうはず……詐称だが。


「あいつは女を傷つけられない。その力は魔獣と悪人にしか行使出来ん」

「そいつは……なんでそう思うんです」

「鞭で叩いたら白状した」


 死人に鞭とほぼ同義。なんてレアケース。


「ボコボコにした後で、私は回復魔法も使えない。我を失い、乙女心を盾にノーマンを手にかけた」

「そう、ですか」


 全て白状してしまった。

 事件は事件だが、決闘の成否が焦点。

 そもそも女性とは戦えないノーマンが、受けるはずはない。

 だが、そんなことギルド職員の俺ですら知らなかった。


「あいつは自分を知っていたから、探索系の冒険者として生きてきた。私が擁護するのもおかしな話だが、この世の果てで探索する者が、異性に飢えるのも分かる」

「そりゃ……だからって忘れていいとは……」

「そもそも約束を覚えていないのだから、私も傷ついた。少し、いやかなり傷つき過ぎたな」


 血染めのバーバラは、確かに殺人犯だった。だが、どうしてこう美しく映えるのだ。

 儚く散りそうな姿は、とても特A冒険者とは思えない。凶悪犯にも。


「事情は理解しました」

「分かってくれたか」

「正直、捜査はしないでしょう」

「そうか。Sランクが死ぬのは都合悪いか」

「それもあります。他国や騎士団に知られるのはまずい。正統派が多い奴らは、弱点があると知れば徹底的に調べるでしょう。この街、いや地域一帯の勢力図が動きかねない」


 地域の覇権、主導権争いの発端が痴情のもつれというのもいただけない。


「心中お察しします。決闘の成否は追ってお知らせします」

「成立しない。それより、大切なことを忘れていないか?」


 小さな生き物のよう、彼女はこちらを窺っている。まだ命の危険があるのだろうか。


「初デートが終わっていない」

「はい?」

「私は世間ずれした冒険者だ。拘束魔法と鞭とナイフ。ゴルフクラブで戦うしか能のない三十路手前の行き遅れだ」

「拘束のバーバラは我がギルドの誇りです」

「皆まで言わせるな。そこのノーマンが、私の初デートを返せっ! と私に責められた際、ギルドに頼めばいい、と言い残したのだ」


 ノーマンお前何してんだ。最期に妙な気利かせやがって。


「デートをしたい」

「そうですか。庶務に取り次ぎます」

「ツヅキ、お前の名が出たぞ」


 一陣の風が通り抜けていく。


「年頃近く、一度仕事をしたことがある。真面目な奴で最近彼女と別れた。あいつならお似合いだ、と」


 バーバラのそれは、死と薔薇を連想させた。

 色づく何かは、魔界の淵と変わらない。


「ノーマンの最期の言葉、私なりに受け止めようと思う」

「いや、確かに一度……違う、別人かもしれない!」

「彼女とはなぜ別れた。聞かせてくれ。別れとは、なぜ起きる。好いた者同士なのに、別れは必然なのか?」


 三十路近いはずなのに、バーバラは確かに可憐だった。実に危険な、未確認危険生命体だった。

 言われてみれば年も近い。そうか、俺も三十になる。


「とりあえず今日は死体片付けましょう」

「ダメだ。決闘とデート、どちらがいい」


 全く可憐じゃない。第六天魔王と完全に一致。断ったら俺だけでなく、叡山の如く俺の故郷は燃やされる。

 俺は殺人事件の現場に急行したんだが……。


 解決法は一つしかない。

 たかがギルド職員に過ぎない俺は、こう言うしかないのだ。


「バーバラ嬢、デートはどこに行きたいですか?」

「任せる」


 事件は無事解決した。

 さあ、新たな事件が待っている。

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Sランク冒険者殺人事件 文字塚 @mojizuka

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