獣人の奴隷たち

第1話 待ち望んだ異世界

 コンビニでのバイトが終わり、すぐに帰宅する。そして買ってきた弁当を食べてしばらく休憩した後は、日課であるジョギングを始める。

(そろそろ日付が変わりそうだな…)

 腕時計を確認し、靴紐を結ぶ。ポケットの中には最低限の金額が入った財布と、充電を終えたスマホ。これさえ持っていれば安心だ。


「今日も楽しいトレーニングの始まりだ!んじゃ、行ってきます!」


 一人暮らしをしている為、別に誰かが言葉を返してくれる訳ではないが、俺は部屋を出る時には必ずこう言うようにしている。だって一回の外出が、いつ永遠の別れになるのかなんて分からないのだから。

 なるべく大きな音を立ててしまわないように優しく扉を閉め、鍵を掛けずにアパートの外へ出る。軽い準備運動を終え、街灯を頼りに走り出す。バイト終わりだというのに、まだまだ体力が有り余っている。

 冷たく澄んだ空気が鼻を通り、身体を冷やす。少しオーバーサイズの半袖Tシャツを着ているお陰かかなり風通しが良くて気持ちが良い。しばらく走り続け、狭い道にぽつんと立つ自動販売機の光を見つける。

(結局今日も見つけられなかったな…)

 購入した水で喉を潤せる。


「いつまで続くんだろうな、俺の日常は」


 力なく呟いた言葉のせいか、何だか虚しくなってしまう。


「やっぱり異世界転移なんて無いのかねぇ…。こう、急に目の前に謎のゲートみたいなのが開いて……そうそう、こんな感じのやつで——って、あれ?」


 先程まで自販機があったはずの場所に、謎のゲートが開いている。楕円形の白い光で、大人が一人入る程度であれば余裕で通れそうなサイズだ。


「これって…異世界に転移出来るんじゃね?」


 俺は慌ててスマホを取り出した。

 まずはバイト先の人たちのメールをブロックして…店長の電話は着信拒否。これで良し。


「ま、俺なんかが居なくても何とかなるだろ。てか、ならなくてももう関係ねーし。……じゃあな、地球!こんにちは、異世界!神乃かみの涼太りょうた、二十歳。待ち望んだ異世界にいざ参る!」


 ここには最初から未練なんてものは無い。俺は迷わずその光の中へと飛び込んだ。

 さぁ、目を開けたら辺り一面緑で包まれた草原!そこで襲われている少女を格好良く助けて街の人気者になる!——はずだったのだが、俺がやって来たのは、以前自分が住んでいたアパートの一室のように狭く薄暗い場所であった。地面や壁は石で出来ており、あまり良い場所というような印象は持てなかった。

 周りには、ローブを着て大きな杖を持った三人が俺を囲むように立っており、鉄格子の向こう側からは、数人がこちらを覗き込んでおり『おおっ、ようやく成功したのか!』と言う声が聞こえてくる。

(なるほど、俺はこの世界の人に召喚されたのか。てことは、勇者として敵と闘えって展開か?)

 そんなことを考えていると、一人の男が近くに寄って来た。


「あぁ…異国より来られし勇者殿よ。あなた様の名を教えていただけますかな」

「ん、俺の名前は神乃涼太です。よろしくお願いします」

「な、なんとっ!我々は勇者として神を召喚したのか‼︎これはとても心強い‼︎」


 突然周囲の者たちがざわつき始める。

(何か勘違いされてないか…?俺が神ってどういうこと…)

 あまり考える必要は無く、すぐに答えに辿り着き、俺は羞恥心で顔が熱くなるのを感じる。


「い、いやっ!『神様の』っていう意味じゃなくて、『神乃かみの』っていう俺の名前なんですよ!」 

(自分で神を名乗るのは流石に気が引けるぞ!)

「…むむ、そうでしたか…。ですがあなた様が勇者であるということには変わりありません。早速ですが、あなた様にしてもらいたいことがあるのです」


 俺はゴクリと喉を鳴らし、小さく頷く。

 男たちは、『では、案内いたします』とギィ、と音を立てて鉄格子の扉を開けた。

(まるで監獄みたいだな…)

 彼らに連れられていくつかの階段を上り、再び扉を開けるのだが、そこから射し込む光に驚いて反射的に目を細めてしまう。どうやらこの世界では現在は昼間のようだ。

(あっ、これ…時差ボケ大丈夫かな…)

 王宮の廊下にある窓から外を眺める。当然ではあるが、見慣れない景色が広がっており、ようやく異世界に来たという実感が湧いてくる。そうやって外を眺めているのに気付いたのか、男が声を掛けてくる。


「気に入ってくれましたか?私たちはこの景色を…市民の笑顔を守る為に日々魔族と闘っているのです」

「そうなんですね」

「神乃様、こちらで王がお待ちになっております。お話は王から直々に」


 先導していた老爺二人が大きな扉を開ける。俺は言われた通りに中に入り、奥で派手な椅子に座っている男と対面する。

 日本では悪目立ちしそうな程の大きな宝石が付いたアクセサリーを複数身に纏った、髭の長い男。白く染まり切った髪や髭とは裏腹に、力強さや威厳を感じさせるような体格と顔つきをしている。如何にも異世界の王様というような雰囲気だ。


「……勇者殿、我々人間は現在魔族と争っております。あなたには一ヶ月修行をしていただき、その後魔王討伐に向かっていただきたいと考えております」

「い、一ヶ月ですか…」

(魔王って、その程度の修行で倒せるものなのか?そもそもただの日本人の俺の力がどれだけ通用するのか…)

「あの、一つ質問があるのですが」

「うむ。どうしましたかな」

「魔王のステータスがどの程度なのかご存知でしょうか?」

「……ステータス、というのは聞いたことが無いな。ジョセフ、何か知っているか?」

「いえ、申し訳ございませんが、そのようなものは存じ上げません」

「そうか。勇者殿、そのステータスとやらは魔王討伐に何かご関係が?」

「い、いえっ!やっぱり大丈夫そうです、ありがとうございます!」

(…もしかしてこれは俺にしか見えないのか?)


 対象を凝視した時にのみ出現する数値を確認する。名前や性別、年齢、種族、上から順に筋力、魔力、耐久力、状態、スキルという項目がある。俺自身のものはひとつを除いて全て表示されているのだが、ここで出会った者たちは何故か全て『???』で伏せられている。

 

名前:神乃涼太 性別:男 年齢:20 種族:人間

筋力:95 魔力:30 耐久力:58 状態:健康 スキル:スタン(2秒)、収納、気配察知、???


(これって…なんか弱い気がするのは俺だけか…?)

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