第2話 異世界の食事

 比較対象が無いこの状態では、自分のステータスがどの程度なのか把握出来そうにない。それでも、召喚された勇者ってのは四桁以上…もしくは無限なんて出るものじゃないのか?俺の数値は何だか…常識的な気がしてしまう。

 ふと視線を下ろすと、今度はTシャツのステータスが表示された。これは生物とは違って、上から順に名前、防御力、重量という項目がある。


名前:勇者の半袖Tシャツ 防御力:28 重量:2


 この数値もいまいちどの程度のものなのかは分からない。

(勇者の半袖Tシャツって…何かちょっと残念な名前だな…)

 自分のステータスが分かるだけでは、今のところ役に立つとは言い難いだろう。とりあえず俺が今やるべきことは……。なんて考えようとしていると、ぎゅるるるるるうと腹の虫が大きく鳴いた。慌てて腹を押さえるが、そんなことをしたところで音を隠せる訳ではない。そんな様子を見た王様は笑い出し、『腹が減っては戦は出来ぬ。ほれ、勇者殿に食事の準備を』と男たちに命令をした。ジョギングしたばかりで腹が減ってたんだな…恥ずかしい…。


「ジョセフ、勇者殿を部屋に」

「かしこまりました。それでは勇者様、お部屋へ案内いたします。お食事はそちらへお持ちしますので、今しばらくお待ちください」


 どうやら一人残っていた男、ジョセフが案内してくれるようだ。わざわざ食事を部屋まで届けてくれるなんて、まるでホテルのルームサービスみたいだ。外の景色は綺麗だし、扉がいっぱいあるし、奮発して異世界に旅行をしに来た気分だ。途中ですれ違った数人のメイド服の女性たちは、皆んな作業をしている手を止めて会釈をしてくれたし、日本ではこんな経験一切したこと無いぞ…。

(ここのメイドって皆んな獣人なんだな。ケモ耳にふわふわの尻尾まで…王様の趣味か?仰々しい首輪まで着けて…やり過ぎじゃないか?)

 俺の目線に気付いたのか、ジョセフが『申し訳ございません、気分を害されましたか?』と突拍子も無い質問をしてくる。


「…えっと?俺は別に何とも思ってないですよ?」

(仕事している姿は、客人に見せるなってことなのか…?俺は気にしないから良いが…)

「もし気分を害されることがあれば何なりとお申し付けください」

「あぁ、はい……」


 そして部屋に着き、俺は一人になった。まずはその広さに感激する。こんなにも立派な部屋は初めてだ!つい興奮からいろいろな物を触り始めてしまう。


「このテーブル!ガタ付きは無いし、表面はツルツルだ!そしてこの窓!ほんの少しの力で簡単に開閉出来ちゃうゾ!この本棚!難しそうな本がいっぱいだ!おっと、やはり異世界の文字は読めないけど、知的アピールが出来ちゃいマス!そしてこのベッド!ふかふかで弾力もあってトランポリンとして使えるゼ!」


 調子に乗ってベッドの上で飛び跳ねていると、ちょうど食事を持って来たジョセフが扉を開けた。『失礼します。お食事を——』と、彼は途中で口をぱくぱくとさせる。言葉を失うとはこのことを指すのだろう。俺は咄嗟に動きを止めてベッドの上で仁王立ちする。


「……いったい何をされているのです?」

「修行です」

「ベッドの上での修行でしょうか…?」

「修行です!」

「ただ飛び跳ねていたように見えたのですが…」

「修行です‼︎」

「そうですか……。分かりました、それではお食事はこちらのテーブルに置いておきますので、どうぞごゆっくり」


 信じてくれたのかどうかは分からないが、ジョセフはそっと食事を置いて部屋を出て行った。彼なりの気遣いなのかもしれないが、それなら最初からあまり追究して欲しくなかった…。とは言え見られてしまったものは仕方がない。せっかく持って来てくれたのだから、冷めてしまう前にさっさと食べてしまおう。

 パン、スープ、サラダそして干し肉。特に凝った調理などはしていないようなシンプルなメニューだ。ちょうど喉が渇いていたし、先にスープを……。


「……味うっっっっっす」


 キャベツとか人参とかが細かく切られて入っているが、それ以外の味がしない。ただ、野菜を煮込んだだけの汁というような感想だ。この世界の人の好みは薄味なのだろうか。

(コンソメ入れたいなぁ。この世界の味付けは、俺には物足りないかも……)

 今後の生活を不安に感じるが、気を取り直して干し肉に手を伸ばす。一緒に持って来られたフォークでは刺せない程に硬い。誰も居ないし手で食べるか。


「……味のしないジャーキーだな。サラダは…なんかウサギになった気分だ。——パンはくっそ硬いし、俺もうこの世界やだ……」


 それでも王様の言っていた通り、腹が減っていては戦は出来ない。なんとかそれらを口に詰めて、水で流し込む。

 食べ終えてしばらくすると、扉がノックされ『勇者様、早々で申し訳ないのですが、お会いしてもらいたい者たちがおります』とジョセフがやって来た。相変わらずローブを身に纏っているが、それが正装なのだろうか。

(ここって、俺が召喚された場所だよな?また新しい人が呼び出されたのか?)

 彼に連れられてやって来たのは、俺が召喚された場所だった。何の装飾もされていないただの石壁に鉄格子、何度見ても地下牢だとしか思えない。陽の光さえも届かない薄暗いこの場所は、とても好きになれそうにない。

 コツ、コツという足音だけが狭い空間に響く。それが止まると、『こちらです』と言うジョセフのかすれた声が聞こえる。


「——えっと、この人たちは?」


 鉄格子の向こうに居るのは、メイドたちと同じく獣人であろう女性三人組だ。

 ボロボロになった服——というか、それに似せたただの布切れのような物を身に纏っている。仰々しい首輪は、メイドたちだけの物ではなかったのか。彼女たちのそれには、重厚な鎖まで付けられているし……これはなんだか悪い予感がする。


「彼女たちは、今後勇者様と共に行動させる奴隷です。全ての奴隷たちの中から、より優れた者を選出いたしました」

「……っ⁉︎」


 一切気にしていなかったが、ここにはいくつにも区切られた小部屋がある。それぞれ鉄格子の奥を凝視すると、壁際にまで身体を寄せて身を隠そうとしている獣人たちが見えた。その全員が同じような服装をしており、鎖で繋がれた首輪を着けられている。

(この世界では、獣人たちは奴隷にされるのか…!)

 ジョセフの『申し訳ございません、気分を害されましたか?』という言葉の意味に気付き、強く拳を握り締めた。

 異世界モノは何冊も読んだが、この展開だけはハマれないんだよなぁ……。


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