第4話 私の話
「久しぶり」
喫茶店で現れた待ち合わせの相手に、私は声をかけた。
「久しぶり。お姉ちゃん、どう? あの万年筆」
出会い頭に要件を口にする弟に私は笑った。
「ほら。ちゃんと使って、それらしく経年変化を加えといたわよ」
「おぉ、お姉ちゃん、ありがとう。というか、あんまりかわってないけど」
弟の言葉に私は苦笑した。
「もとはドイツ、今はスイスのメーカーよ。軟弱なわけないでしょ。そもそも万年筆は室内で、それも机の上で使うから。そう簡単に古びたりしないって。大丈夫よ。ちゃんと愛用していた風に見えるはず」
私の言葉に弟は顔をしかめた。
「自分の姉が、幼稚園の鋏を社会人になっても使っていたという衝撃の事実を知った弟としては、傷んでないという意味では信頼するけどさ。経年変化してるってのは、信用して良いのか悪いのかわからない」
今度は私が呆れる番だ。
「お祝いに頂いた万年筆を、大切に使っていました。という風にするなら、使ってる形跡はあるけれど、傷は無い方が良いに決まってるわよ。付属のカートリッジ1本使い切ったから、インクがそれなりに部品に行き渡ってるし」
「そういうものかな」
「そういうものです。新しいのまだ1本残ってるから、少し自分で使って慣れてね」
「ちょっと練習して良い? 」
「どうぞ」
弟に、万年筆の持ち方を、簡単に指導してやる。
「書いてなれるのが一番よ」
「おぉ。すげぇ。スルスル書ける。あ、インクが手についた」
弟の口から正直すぎる言葉が飛び出した。
「筆圧高い人は、万年筆が良いと思うけどね。私は」
「ありがとう。これで明後日、この万年筆くれた先輩に会うときに、使ってますって言えそう」
弟は落書きを始めた。
「せっかくだから、暫く使ってみたら。慣れると良いわよ。欠点もあるけれど、世の中、完璧な道具なんてないし」
私は新しいカートリッジのセットを差し出した。
「これ、専用で、同じ色のインクにしておいたから。使い終わったら、ここ開けて、古いカートリッジは引き抜いて、新しいのを丁寧に押し込めばいいだけ。ちょっと硬いけど、丁寧にやれば壊れないから」
「ほぉ。ありがたく使わせていただきます」
「インクの色を替えるときは、洗浄してね。できるだけ、万年筆と同じメーカーで、同色のインク使うほうが、手軽よ。せっかくのMontbalncの万年筆をプレゼントされたわけだし。お安くはないんだから、使ってあげたら」
「思っていたより、使いやすいな。ちょっとやってみる」
弟を見送り、私は手に馴染んだLAMYを取り出した。金のペン先の柔らかい書き心地もよいが、私は馴染んだステンレスの書き心地が好きだ。
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