5.
最初はほんの小さな額だった。
外出時の交通費を水増し請求したり、備品の文房具を倉庫から持ち出しネットのフリマで売ったり。そうして貯めたお金で、たまに娘と両親と四人で外食などをした。もちろんこれだって立派な犯罪だ。それは分かっていたが、額が小さいこと、それに楽しそうな子供と両親の顔を見ると、罪の意識は自然と薄らいでいった。
だが些細なきっかけで、このつまらない犯罪がある男性社員にばれてしまった。
男は私に言った。少額とはいえ一度や二度ではない。常習的な犯罪だから懲戒解雇は避けられないし、刑事訴訟もあるだろう、と。
私が最初に考えたのは、もちろん娘のことだ。解雇されたあげく刑事罰を受けるとなると、娘の人生にどれほどの影響を与えてしまうだろう。
私は途方に暮れ、そして男に黙っていてくれるように頼んだ。男は相談に乗ると言って私に関係を求めてきた。嫌悪感はあったが娘を守るためには仕方なかったし、男のほうもいずれ私に飽きるだろうと思っていた。
ある夜、男が私に話を持ちかけてきた。
まず架空の会社の口座を作る。下請け会社への発注処理が終わったのち、下請け会社はその口座に受注金額の一部を流す。要するに還流だ。口座に入ったお金は二人で山分けにする。
私は反対した。これは私がやってきたこととはレベルが違う。それにお金の流れは必ずシステム上に痕跡が残る。ばれないはずがない。
だが男は大丈夫だと言い切った。俺たち二人が取ってくる仕事の金額は、個人で見れば大金だが、全社的に見ればわずかなものだ。だからまず目にとまることはない。この下請け会社は長い付き合いだから信用できるし、すでに話しはつけてある。それにある程度の金を手に入れたら、架空口座は消して全て元に戻す。こういうことは未練がましく続けるからばれるんだ。
還流の手伝いをさせる代わりに、その下請けには優先的に仕事を流す。以前ニュースで見たような話しだし、とても男の言うことを信用する気にはなれなかった。だが、結局私は共犯になることを承諾した。弱みを握られていることもあったが、これによってまとまったお金が手に入れば娘の学費ができると思ったのだ。
あの子の幸せのためだったら、私はなんでもする。
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