第5話
「水無月仙? ああ、知ってる知ってる」
そう答えたのは、学食でお昼を一緒に取っていた楓だった。その隣には、綾もいる。
「うちの彼がね、文学部の二年に実に哲学的な人がいるって言ってて」
「なに? その『哲学的な人』って」
「ん~分からないけど、多分哲学者っぽい人ってことじゃないかな? 同志的な?」
楓はイマイチな味のはずのクリームパスタをフォークに巻きつけながら言う。
「文学部の日本文学科だって言ってた気がする……」
「へぇ……」
「で、その水無月仙さんがどうかしたの?」
「ううん、昨日ね……」
私は忘れ物を取りに行ったところから、定食屋までのくだりを最低限に短縮して話して聞かせた。
「変わった名前だったから、ちょっとだけ気になっただけ」
「ああ、やっぱり」
突然、綾が頷きながら呟く。
「水無月先輩のことだ」
「綾も知ってるの?」
「あのね、うちのサークルの子が憧れている先輩だって話で、聞いたことがあって……」
綾は『動物愛護サークル』に所属してる。
活動内容は聞く限り、捨て犬、捨て猫の里親探しに協力したり、地域で犬猫が生まれ過ぎた時の貰い手を捜したり、あとは怪我した動物などを保護したりするというものだが、基本的には月一の里親探しがメインで、あとは犬猫のしつけの仕方を学んで、それを近所の人にレクチャーする以外、緩い飲みサークルのようなものだ。
「小説家志望の人で、授業は最低限しか出席しないで、ずっと研究室で小説書いているって話だよ。しかも、その小説が幾つか賞をとっているって……」
なるほど、と私は思った。ペンネームで『微妙な賞』ってことは、小説大賞ということか。
「イケメンなのに、身なりにあまり気を使ってない感じで、でもそこがまたワイルド? っていうか、作家っぽくて格好いいんだとか」
「ああ、確かに……物書きっぽい寂れた雰囲気はあったかな」
「私、直接は見たことないんだけど、イケメンなの?」
楓は身を乗り出して聞いてくる。
「う~ん……まぁ、顔は整ってはいるかな。でも、なんか今時の大学生っぽくないっていうか。なんか妙に荒んでいるような、そんな感じ?」
「へぇ」と相槌を打って、楓は再びパスタを口に運び始める。
と、私のスマートフォンがSNSのメッセージを通知する。
相手は同じ学科の坂東美樹だった。
『明日の夜空いてない? よかった合コンに参加して欲しいの! 来るはずだった子がインフルになっちゃって……先輩との合コンだから人数そろえなくちゃいけなくてさ』
合コン。
私は無意識に溜め息を吐いた。
「どしたの?」
綾がクリクリした目で尋ねる。
「学科の子から、合コンの誘い。っていうか人数合わせね」
「合コンかぁ……」
楓がうんうんと頷きながら、
「相手は?」
と聞く。
「先輩だって話だけど」
「お! それならいいじゃん? 多分驕りだよ? 向こうの」
「驕りじゃない合コンがあるのね?」
「あるある、同い年、年下は割りが普通よ?」
「ただの数合わせにはきついわね」
「だから、タダ飯になる時だけ行くの」
「ふぅん……」
坂東美樹とは、学科単位での飲み会などではよく話す方だし、ノートを貸し借りするくらいの仲ではある。
私が合コンや出会いというものに食いつかないので、そういう集まりには基本エントリーされないが、女子会などには普通に誘われる。
「まぁ、いいか」
私は『大丈夫だよ!』と返信してスマホを仕舞う。
何を着ていこうか、などと考えてこの前買ったロングカーディガンをおろしてないことに気付く。
上はあれでいいか。
多少なりとも、それなりの『身なり』で行かないといけないところが面倒で、それは相手の男性に対して、というよりも坂東美樹とその他、合コンにくる女性陣に対して気を使うという点においてである。
気合いを入れすぎず、女子に好感が持てるレベルで着飾り、かつ男性にもそれなりに好印象に見られるもの。
そのさじ加減が、中々どうして難しい。
「でもさ、絃みたいな子が合コンにくると、全部持っていっちゃう可能性もあるから、ある意味諸刃の剣よね」
「どういうこと?」
「前も言ったでしょ? あんたの『初々しい感じ』っていうのは、ポイント高いのよ」
「だから、私は初々しくないってば」
「雰囲気よ、雰囲気」
「それだったら、綾の方がピュアな感じがするでしょ?」
「綾はリアルにピュアでしょう?」
「ええ~? そんなことないよ!」
綾が反論する。
「綾には、ピュア狙いの危ない人が寄ってくるから、本当に危ないの。綾、合コン行くときは一言声をかけてね? 注意点と心得を伝授するから」
「楓、お母さんみたいだよ」
「ほんと」
私と綾はそう言い合って笑った。
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