野うさぎと薬草のスープ3

【マジック・シート】

 今もなお生き続ける大魔法使いが経営する魔法道具店の看板アイテム。敷いた範囲が異空間で守られる為安全に休憩が出来る使い切りの魔法のシート。


 師匠のシートに四つん這いになりながらハクは侵入すると隣で丸くなる。それに師匠は向かい合うのではなく背を合わせるように寝返ると「成人してるんだろ。いつまでベッタリなんだ」と言う。


「師匠の背中暖かいから。大きくて盾みたいで安心感があるし」


「それ褒めてるのか?」


 他愛もない話をして居ると自然と眠りについたのだろう。静寂が二人を包んだ。


 夜が明け、太陽が顔を出す頃。

「もう朝か」と師匠はゆっくり目を覚ます。隣で寝ているハクに着ていた上着を被せ、湖で顔を洗っては人の気配に息を殺し周囲を見渡す。小声で「お前らそんなに掟が大切か?」と呟くと両手に魔力を込め、師匠の身長を軽々越える大きな盾を召喚。両手でしっかり握ると目に見えぬ早さで姿を消した。


 ハクが起きたのはすぐその後だった。


「師匠」と目を擦りながら隣を見るも姿はなく不安になったハクは周囲を渡す。耳を澄ませると鉄と鉄がぶつかるような鈍い音が森の中で聞こえ、顔を向けると師匠が大きく後ろに突き飛ばされ、足で踏ん張る姿が真横に。


「敵だ。構えろ」


「えっ」


 モンスターのような気味悪い声はしない。気配も何も感じなかった。だが――地を蹴り、木を踏み、殺気放つ視線はモンスターと別物で。


「殺してやんよ、ハク!!」


 ――と真上から姿を現したのはモンスターの皮を被った獣臭い狂戦士バーサーカーだった。


 ワーウルフという大型の狼の毛を被った男。やや猫背で体型は標準だが爪は獣のように長い。スピード、パワーに優れたバーサーカーか。大柄の師匠でさえ突き飛ばす力の持ち主。


「よぉよぉ、ハク。忘れたかぁ?」


 聞き覚えある声だが印象が薄い。誰、と首を傾げると師匠が視界に入り込む。乱暴な口調に恐怖を感じたハクは師匠の背中にしがみつく。


「悪いが知らん、だとよ」


 師匠は微笑を浮かべながら男に言うと「はぁ!?」と怒った男は地を蹴る。


「つまらないことッ言ってんじゃ――」


 ねぇ!! と本当は言いたかったのだろう。それよりも先に男の顔面目掛け振られた大盾が言葉を中断させ、男を大きく後退させる。


「はぁ? ふざけんな!! 


「オッサン」


 その瞬間、師匠は静かにキレた。

 師匠のフライパンが目に見えぬ早さで男の顔面に当たる。ウガッ、と男は仰け反り倒れると「誰がオッサンだ。師匠と呼べ」とドスの利いた声で言う。その邪悪な声にハクの背筋も伸び、師匠の羽織で顔を隠す。


「たいして強くない、ガキが歳上をオッサン呼ばわりするな。朝飯にするぞ、クソガキ」


 フライパン直撃で気絶している男に向け説教するや近寄り、足で身体を軽く蹴る。トントンッと二回。動かないことを確認すると「ゲートに行くぞ。今ので仲間が来たら流石の俺でも耐えられまい」とマジックシートやその他道具をマジックバックに突っ込む。


 支度の遅いハクを抱き上げ、大盾に込めていた魔力を解き放ち鉄色の光へ。

 本来の調理師はフライパン、鍋、包丁を武器に戦うが師匠はサブ職業を取得しており、冒険者なしでゲートに挑むため保険で大盾使いのスキルが使えるよう許可を得ている。


「さっさとしろ」


「あっ待って師匠。昨日のお肉を干物にして――」


「そんなのまた作ればいいだろ」


 嫌々するハクをよそに師匠は担いだまま駆け出す。木々や草を踏み、掻き分け、森の奥にある屋敷のような建物の前で立ち止まる。


【ゲート1 魔女の館】

 植物に侵食された洋館。窓ガラスは全て割れ、蔓が塞ぐように絡む。日差しがあるときは明かりなしでも入れるが夜は目を瞑ったように真っ暗でモンスターが変わると二つの顔を持つ初心者向けのダンジョン。

 ボスは洋館地下に住むコウモリ型の美しき美女。彼女の使いであるコウモリ達は丸焼きにすると美味しいと師匠は言う。


「此処がゲート1。あれ、前にも来たような」


「あぁ、とある冒険者がコウモリの丸焼きが食いたいとオーダーを受けたときだ。アイツらの羽はコリコリしてて上手い。身もホロホロで栄養満点。味は保証できないが今回は食を求めて制覇という意味で挑む。魔女本体がどう調理できるか知りたくてな」


 師匠はレシピの書かれた分厚い書物を取り出し小声で「ボス以外の調理法は大体把握してるんだが……肝心なところが書いてないんだよな」と小声を漏らしハクを下ろす。


「えっ、魔女食べるんですか!? ハク、そんな気持ち悪いの食べたくないです!!」


「干物よりは美味だろ。調理士は失敗してこそ勉強になる。つべこべ言うな。ほら、行くぞ。食えそうなモノは全部回収しろよ」

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