第5話


 外にはリムジンが待っている。


 運転手が僕にドアを開けた。


 重い足取りで乗り込み、家へと戻る。


 ……どうしよう……。


 車は、あっという間にアパートに着いた。


 ……どうしたら良いんだ……。


 車から降る。


 去っていくリムジンをしばらく見つめていた。


 それから、ゆっくりと骨董屋に向かう。


 ……マジで殺すのか……?


 いや、殺さないと……いけないんだ……。


 そうしないと、未来の僕みたいに、良い生活ができないんだ。


 だいたい、まだ未来は決まっていなくて、これからの僕の行動に寄ってしまうものなのか?


 未来は決まっていて、どうやっても、これから僕が殺すのは、すでに決まっている事だという考えもあるぞ……。


 大石の前に戻り、僕は意を決して穴へと潜り込んだ。


 動悸がする……。


 だいたい、この穴は、本物だった……。


 魔法……あの女の子は何者なんだ……?


 ……殺さなくちゃいけない理由って何なんだ……。


――カァァァン!


 穴から出ると、女の子は虹色に光る金棒で、鉄の塊をフルスイングでたたいていた。


――カァァァン!


 鉄の甲高い、叩き音が響いている。


「あっ、おかえりなさいませ」

「ただいま」


 僕に気づくと、女の子は金棒を後ろ手に隠して僕に微笑んだ。


「ああ、どうも……」


 あの金棒、使えるな……。


「どうでしたか。あれから3時間ほど経っておりますが……」

「いや、自分に会ってきました」


 あの金棒で、女の子の頭に、一撃だ……。


「あら、話しこんでいらしたのでございますね」

「はい、そろそろ帰らないといけません」


 それだけだ。それで終わる、それで、終わる……。


 大丈夫、逮捕なんてされない。


 未来の自分が、あんな成功してるんだから、殺しても僕の身は安心なんだ。


 そして、成功するためには、殺す必要があるんだ……。


「では、僕は、これで」

「何かお気に入りの物があれば、またご来店くださいませ」

「はい」

「お客様と、こうやって話せてシャラナはうれしゅうございます。マスターとは、いつも仕事の話ばかりで、こうやって話すことなんてないものですから」

「ああ、僕も楽しかったです」

「ホントでございますかっ」


 女の子が笑顔になる。


 その笑顔に、心は揺れた。


 ダメだ……やるんだ。殺さないと……ダメなんだ……。


 隙を見て……いや、あんな子供、無理やり襲ってもいける!


 行くぞ! やるぞ!


 ぐっと目を瞑る。


 覚悟を決めた。


「では、入り口まで」


 女の子が金棒を壁に立てかけ、店へと続くドアへと歩き出す。


 見送りをする気らしい。


 背後を、女の子は、僕に見せていた。


 僕は歩き出す。


 女の子が持っていた金棒へと急ぎ足で近づいた。


 ドアが開かれる。


 女の子が僕に振り返った。


 僕はトボトボ、女の子が明けてくれているドアをくぐり店内へと戻った。


 煌びやかな品が並ぶ店内を、僕は俯いたまま通り、店から出る。


 外には、キレイな花が咲いている庭が横に広がっていた。


 しばらく望んでしまう。


 ――やっぱり殺そう。


 意を決して振り返った。


 と、女の子が笑顔で、僕に手を振っている。


 僕も手を、小さく恥ずかしがりながら振り返した。


 庭を横切り、道路に出る。


 ……できなかった……。


 ……できなかった……ぞ……?


 どうなる? 未来は変わってしまうのか?


 心配の種はそこだった。


 僕が殺さなかったせいで、あのマンションの最上階に住む未来がなくなってしまうのか?


 どうなるんだ……。


 頭を抱えつつ、アパートの自室へと帰っていく。


 そうだ。


 そういえば、駅で裸になれとか言ってたな。


 それだけでも、やるか?


 もう殺しもできないんだし、もう今からやっても意味あるのか?


 もう未来は変わり、未来の僕は今頃、あのタワマンには住んでいないんじゃないのか?


 僕は帰宅した。


 ……あの店に、明日にでも行こう……。


 頼んで、もう一回、石の穴に入らせてもらおう……。


 未来に行こう。


 未来の僕は、どうなってるんだ……。確かめに行かなければ、居ても立っても居られない……。


 その日の夜は、いっぱい食べた。


 で、いっぱい寝て、翌日の朝10時を待って出かける。


 何時から開くか知らないが、これぐらいだろう。


 骨董屋に向かう足も、自然に早くなってしまっていた。


 早く確かめたい一方で、見たくない気持ちもある。


 どんなことになってるか、確かめるのが怖い。


 骨董屋に入ると、女の子が出迎えてきた。


「あら、いらっしゃいませ。もう来なすったのですね」

「あの、もう一回、あの石の穴を潜らせてもらえませんか?」


 いてもたってもいられず、率直に頼んだ。


 女の子は少し驚いた顔になる。


「もう一度、で、ございますか?」

「はい」

「ええ、全然かまいませんとも」


 女の子は微笑み、店の奥のドアへと僕を先導する。


 あの穴の開いた大石は、工房の隅に、昨日と同じくあった。


 心臓の鼓動が早まる。


「では、行ってらっしゃいまし」


 笑顔の女の子に、


「どうも、ははは」


 照れ笑いに似た、弱弱しい笑いを見せた。


 女の子がちょっと首をかしげている。


 穴の前に立ち、一呼吸おいて、しゃがみ、穴の中を覗いた。


 穴の出口が見える。


 ダイヤルを確認した、昨日弄くったまんまだ。女の子は気づかなかったらしい。


 ゆっくりと、穴の中に入っていった。


 変わってないでくれ。


 金持ちのままでいてくれ。


 拝みながら穴を潜りぬけた。

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