第3話


「過去にも未来へも行けますよ」

「未来が良いです」

「……過去の方では、行けませんか?」


 女の子が、渋い顔をした。


「未来では何か問題がありますか」

「……いえ、まぁ、ダイジョブかな」

「ただ1年後までにしておきましょう、ただ誤差で数年違いがあるかもしれません、あと真冬かもしれません、注意してくださいませ、ふふっ」

「もっと先に行きたいんですか」

「それは絶対に、駄目でございます」


 女の子は、ダイアルを回した。


「そうですか。ダイヤルは最大で何年ですか?」

「10年でございます、ただ、なんども繰り返し入る事で好きなだけ時間旅行できます」

「へぇ」

「さっいつでも結構でございますよ」

「はぁ……」


 未来に行くために、石の逆側へと回る。


 しゃがみ、穴をのぞき込んだ。


 前と変わらない光景。


 この工房の反対側が見えるだけだ。


「行ってらっしゃいませ」


 ニコニコ顔で、僕に女の子は言ってきた。


「行ってきます……」

「ではシャラナは、お茶でも飲んでおります」


 と、踵を返し奥の方へと歩いて行く。


 四つん這いになり、石の穴の中に入って行く――前に……。


 側面のダイヤルへと手を回し、すばやく最大にした。


 これで10年後にいける。


 まぁ、これが本物だったならだが……。


 ちょっと本物と思っているところがある……けれど、やはり子供のお遊びなのかな? 


 まぁ、何でもいっか。


 早く潜ろ。で終わらせよ。


 石の穴を潜り抜ける。


 外に出て立ち上がると、女の子がいなかった。


 辺りを見渡しても誰もいない。


「すいませーん」


 あれ、おかしいな……。


 呼んでも、何もない。


 工房には、音ひとつない。


 なんなんだ?


「すいませーん」


 シーンとした静寂ののみが、僕の耳に帰って来る。


 ホントに10年後、なのか?


「すいませーん」


 僕は女の子を探し始めた。


 しかし、店の中のどこにもいない。


 どこいったんだ。


 店内に、人の気配が全くしない。


 シーンとした静寂の元、僕は、出入り口のドアの前に来た。


 外かな?


 店のドアを開け、外に出ようとドアノブに手をかけた時、心臓がどきりとした。


 10年後の景色か。


 ホントに今が10年後だったとしたら、どんなんだろう……


 ぐっとノブを回し、ドアを開ける。


 花が咲き乱れる庭が広がっていた。


 庭で、女の子を探す。


 ここにも女の子はいない。


 いない……どうしよ。


 ……帰るかな。もう、いないんなら、仕方ないよな……。


 道路に出た。


 ……人の気配がない。


 ……なんか怖くなってきた……。


 ……なんで外にも気配がないんだ?


 そして、街の景色が、前と違う。


 僕は、辺りをキョロキョロ見渡した。


 建物は変わらないが、いつもの風景ではない……。


 ホントに10年後……なのか?


 僕の住んでいる隣のアパート前に、リムジンが止まっている……。


 誰のだ……?


 しとしとと、僕は自分の部屋へと戻っていった。


 アパートの階段を上り、自室へと向かう。


 ……なんだ?


 自室の前に来た時だった。


 中から人の気配がする!?


 ドア越しに、テレビの音が聞こえてくる。


 ……誰だ? 泥棒、じゃないよな……テレビなんてつけるか?


 消し忘れ?


 僕は、音を立てないように恐る恐る鍵を開けていく。


 音がしないように、ゆっくりドアを開いていった。


 1センチだけ開けて、中をのぞき込む。


 あれ? 僕の部屋じゃない?


 玄関前の台所越しに、居間でテレビに映画か何かが映っている。


 ただ、その台所にも今にも、物が何もない。


 部屋の中が、引っ越し前のようにすっからかんになっていた。


 テレビもいつもの奴じゃない、もっと大型だ。


 自分の部屋を間違えた?


 ……違う、そんなわけない。ここは間違いなく、僕の部屋だ。だいたい鍵で開いたじゃないか。


 部屋の景色は違えど、僕の部屋だ。


 ……もっとよく見たいな……誰かが、テレビを見ている、のか?


 ドアをゆっくり開けていくと、テレビを見ている奴の、後姿が確認できた。


 誰だ?


 なんで僕の部屋で映画なんて見てるんだ?


 とりあえず、警察だ。


 このまま気づかれないように閉めて……。


 ゆっくりとドアを閉めていく。


 映画は、デカい猫が、モヒカン頭の大猫に裸締めを食らわしているところだ。


 何の映画だ、まったく……。


「あっ、このシーンは!」


 映画を見ていた奴が、驚き叫び立ち上がる。


 その叫んだ声に聞き覚えがあった。


 映画を見ていた奴が、玄関の方に振り向く。


 僕は、そいつと目が合った。


「来たか! そうか今日だったか!」


 そいつは僕の声と同じ声で、嬉し声で叫んだ。


 満面の笑みを見せ、足早に近寄ってくる。


「待ちわびたよ!」

「えっ?」

「驚くな、僕は本当に未来のお前だ!」

「……えっ?」

「この顔を見ろ、自分だろ」


 そいつは、自分の顔を指さした。


「……ああ、ホントだ……」


 信じられない……老けているが、自分の顔とそっくりすぎるほどそっくりなのが分かる。


 わかるので、僕は足が動かなくなってその場に固まってしまった。


「まさか……」

「まさかさ、穴をくぐったんだろ、魔法の石の!」

「嘘だろ?」


 少し老いた僕に怖くなって後退った。


「嘘じゃない。お前がこうしてやってきたように、昔に僕も、お前と同じく未来の僕に会ったんだ。場所を変えよう、僕の家に行こうじゃないか」

「家?」

「そう、こんなアパートじゃない。僕は金持ちになったんだ、家は別にある」


 未来の僕はそう言って、テレビを消しに部屋に戻っていく。


 小走りで帰ってきて、僕をじっと見つめてきた。


「よし行こう、下のリムジンだ」

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