第2話


 女の子が穴の先に現れた。


 ニコニコ笑顔で、こっちに向かって手を振っている。


「何か見えましたか?」


 えっ?


 驚いて穴から目を離し、振り返った。


 穴の先に居たはずの女の子が、そこに立っている。


「君が、見えました、けど、ははは、一体どうやったんです?」

「まだ、シャレナの姿は見えますか?」


 微笑み、女の子は尋ねてきた。


 僕はもう一度、穴をのぞき込む。


 女の子の姿はまだ、穴の先に見えた。


「どういう事ですか?」


 女の子が、僕の後ろと穴から見える向こう側に、ふたりいる。


「何かしてますか?」

「……誰かと話してます」

「誰とですか?」

「ここから見えないところに誰か、とです」


 穴から目を離し、後ろにいる女の子を見る。


 ……確かにいる。


 穴の中に目を戻す。


 ……ここにもいる。


 驚いた、手品か? どういう仕掛けだろう?


「すごい。君が穴の向こう側と2人いる。しかし手品の道具としては、少々だいそれていませんか」

「ありがとうございます、ただ、これは手品ではございません。この穴は未来の光景が見えるのでございます」

「未来?」

「ですから、そろそろこうして」


 女の子が石の後ろに回って、穴に向かって手を振り始めた。


「お客様が見たシャレナは、こうやってシャレナは手を振っていたのではございませんか?」

「……ああ……」


 言われて、たしかに全く同じ手の振り方だったのに気づいた。


「お客様がさっきご覧になっておりましたのは、今のシャレナでございます」

「どういうことですか?」

「どう証明して良いか、迷うところでございますが。その穴は時間を飛び越え、未来の光景が見えるのでございます」

「ははは、すごい」


 微笑み笑う僕に、女の子はムッとして、


「そういう手品なんですね、って思ってますねっ」

「へ?」

「なんとか証明してみましょう、穴をお覗き下さいませ」

「はぁ」


 言われるまま、穴の中に目を戻す。


 穴から見える向こう側に女の子はいなかった。


 あっ。


 と思ったら、女の子が現れる。


 誰の手を引っ張ってるんだ?


 女の子は、誰かの手を引っ張っていた。


 誰の手だ? 見覚えのあるぞ……。


 女の子は引っ張り続け、引っ張られる男の姿が確認できる。


 ケンケン足で現れた、その男の顔を見て、


――おっ。


 おもわず、ちっょと退いてしまった。


 ……僕? ……なんだ? 何で僕が……。


 女の子に振り向き、


「すごい、僕が居ましたよ」

「そうでございましたでしょ、それは未来のあなたでございますよ」

「ははは」


 鏡か何かの仕掛けかな……。


 再び穴を覗いてみる。


 そしたら、あちら側の僕はこっちをのぞき込んでいた。


 僕が覗き込むと、あっちの僕が急いで後ずさっていく。


 後ずさりながら僕の方を、四つん這いになりながら、訝しそうに見ていた。


 その僕の後ろで、女の子は笑っている。


 ふーん……。


 穴から目を離し、


「わかりました。すごい魔法の品です」


 僕は石から離れた。


「むむっ、信じておりませんね。いいえ、違いますとも。これは魔法の品、未来を見ているだけでございます」

「いえ、信じてますよ」

「さっ、未来の通り反対側に来てださいませっ」


 女の子は、ニコニコしながらいたずらっ子のように、僕の袖を引っ張る。


「ささっ、早く早くでございます」

「ちょっと待ってください、靴が、脱げ、る」


 引っ張る女の子に抵抗しながら、ケンケン足で僕は反対側に回った。


「さっ、こちらからもご覧くださいませ。こちらからは過去の様子が見えますので、穴を覗けば、さっきまでの自分がお見えになりますよ」

「はぁ……」


 恐る恐ると言ったら言い過ぎだが、そんな気持ちで、穴をのぞき込む。


 穴からは、僕が見えた。


 これは……さっきまでの僕、というのか……?


 穴の先の僕は、振り返って女の子と話している。


 どうなってるんだ?


 我も忘れてさっきまでの僕を見ていたら、穴の中の僕が、穴をのぞき込んできた。


 おもわず、驚いてしまって、四つん這いになって穴から身を離す。


 なんか、怖いな……。


 四つん這いにながらも、眉を寄せ、穴を見つめ続けた。


 穴の先でも、僕がこっちを見ている。


 たしかに、さっきの僕も、こんな感じだったな……。


「信じてくださいましたか、その穴が時間を超えているという事を」


 背後に来ていた女の子が聞いてきた。


「ははは、これはすごい」


 どういう仕掛けの手品なんだ? モニターか何かと言うのでもない。


 まさか本物なのか?


「はい、この穴の見える世界は数秒後。反対から見れば数秒前」


 女の子は僕にウインクした。


「見えるだけではございませんよ」

「と、言いますと?」

「入ることが可能と存じます」

「入る、穴に?」

「はい、お客様自身が穴をくぐり、過去へ未来へと旅をすることができるのでございます」

「それは楽しみです」

「使ってみたいですか?」

「未来へ、行って帰ってこれるのなら、使いますとも」

「うーん……では特別ですよ。未来の自分にお会いしてみたら面白いかもしれません、ふふふ」


 女の子は微笑み、


「こちら側からだと過去へ、反対側からなら未来へと旅立てます」

「まぁ、しかし数秒後、それだとほぼ意味はない、というか……」

「いつ頃に向かいたいのですか」

「変えられるのですか?」

「はい、ここにあるつまみで」


 見れば石の側面に小さなダイアルがある。

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