第6話 凶悪カルトに鉄槌を

〈1〉


    

 フェーデアルカ貴人州は流水明鏡剣の本拠地ホウライを擁する温暖な地域だ。

 優れた芸術と内海の海産物を使った美味しい料理が名物で、ガレリア天空州の職人たちが休暇になると押し寄せる事でも有名だ。

 フェーデアルカ貴人州のもう一つの顔は、厳格な法を持つという事だ。

 蘇利耶ヴァルハラは法律と刑罰の数が多く、法律の数だけ犯罪者がいる。

 フェーデアルカ貴人にある法主庁の法は「普遍的な善」というもので、特別に罰則がある訳ではない。

 クロワと呼ばれる法主庁の伝道師が、悩み事にアドバイスを与えたり、諍いを仲裁して仲直りさせたりするのだ。

 殺人犯や強盗などといった重大な心の病のカウンセリングも行い社会復帰させている。

 世界の良心とも言える存在で、ロワーヌ天后やガレリア天空、バレンシア朱雀といったリベルタ大陸だけでなく、ベスタル大陸の南方のサンタマージョ白虎でも法主庁の法は尊重されている。

 グロリーや北リベルタのミチエーリも分派したものの、基本的には法主庁の法が用いられている。

 アルセーヌは法主庁の大聖堂にほど近い修道院を訪れている。

 アルセーヌは十五年前に蘇利耶ヴァルハラが中央銀行を置いて独自通貨を発行し始めた時、法主庁と協力して各州に影響が及ぶのを阻止した経緯もあり縁が深い。

 リベルタを中心とした広い人脈はその時に築かれたと言ってもいい。

「アルセーヌさん、よく御出で下さいました」

 法主庁の頂点に立つミーティス法主が白い法衣をまとって姿を現す。

 88歳の高齢だが、背筋は伸び、活舌が悪いという事無い。

「ミーティス法主、お会いできて光栄です」

 アルセーヌは膝を折って最高の礼を現す。見様見真似でアリアが膝を折る。

「本来こちらから出向く所、何分足と目が不自由でロワーヌ天后に行く事も難しい。アルセーヌさんは現在出奔なさっているとか」

「呼んで頂いて良かったです。明日は傑華青龍か、ベスタルか分からない暮らしですから」

 アルセーヌの言葉にミーティスが笑顔を浮かべる。

「見分が広まるのは良い事です。大平原とロワーヌ天后瓦解の阻止の話は聞いています。ロワーヌ天后だけでなく、多くの人々があなたを頼りとしているでしょう」

「私はたまたま居合わせただけです。勉強させてもらったのはこちらの方です」

 アルセーヌは笑みを浮かべる。大草原やロワーヌ天后の人々が蘇利耶ヴァルハラのような輩なら滅びるしか無かっただろう。

「アルセーヌさんに来て頂いたのは他でもない。法主庁の不祥事の事です」

 ミーティスの表情に陰が差す。

 法主庁は世界中に法院を持っている。アルセーヌが足下にも及ばない高い学識と優れた人格を持ったクロワは、法だけでなく子供たちの教育にも従事している。

 その、人々の信頼の厚かった法主庁のクロワが金を使った事で世界に動揺が広がっている。

 基本的にクロワも法主庁も金を取らない。

 蘇利耶ヴァルハラが存在する以前、物々交換が難しい時でさえ、便宜上の金さえ受け取らず、使う事もしなかった。

 更に、クロワを養成したり、クロワが社会活動を行う修道院で暴力が振るわれたという事も追い打ちをかけている。

 蘇利耶ヴァルハラは金と暴力で成り立っているが、法主庁はその真逆だ。

「既に問題のクロワは再教育のカリキュラムに就いています。しかしクロワの間に不信感が広がっています。」   

 クロワに解決できない問題がアルセーヌに解決できるとは思えない。

 今回は単純に法主に会えると言うから喜んで来たのだ。

「蘇利耶ヴァルハラを中心に無数のカルトが出現しています。その多くが呪われるとか、天罰が下るといった刑罰を伴うものです。人間である以上失敗を犯すのは当然ですが、不祥事がこの勢力と無縁とは思えないのです」

 蘇利耶ヴァルハラ界隈では、死んだ人間がまだこの世に漂っていて、悪さをしたり、人に乗り移ったりするという訳の分からないカルトもあれば、カルトの教えを守らなければ病気になる、死んだ後虫になって転生してひどい目に遭うなど、理解不能な事を言っているものもある。

 法主庁とは完全に考え方も立場も違う。

 しかし、蘇利耶ヴァルハラは元々法主庁とは対立しており、蘇利耶ヴァルハラ寄りのグロリー騰蛇は元々冒険心が強くオカルト的なものを楽しむ風習があった。

 ベスタルはファンタジーや先端科学が好きで、そういった娯楽が多く存在している。

 しかし、娯楽として楽しむ事と、カルトに傾倒するのは別次元の話だ。

 とはいえ、カルトは様々な手口で広まりつつある。

「カルトはそもそも経済活動です。無料を謳っていても、ただ働きさせて、カルト自体がそこから金銭的利益を得るケースも多いです。不祥事をおこしたクロワですが、法学院を出ている事に間違いはありませんか?」

 アルセーヌは確認する。サイコパスであっても、法学院を出れば心身に法の精神が叩き込まれ、善の行動を取るようになる。

 ある意味において合理的なサイコパスが徹底した善を行う場合、感情に左右される一般人より英断を下せるといったケースも存在するのだ。

「金を使った、厳密には受け取ったクロワは法学院卒です。暴力を振るった者は修道院から法学院に通っていました」

 クロワの思考で金を受け取るという事は不可能に近い。

 だが、受け取らせるというだけなら何らかの方法があり、それを利用すればフェーデアルカを陥れる事ができるだろう。

 暴力に関してはまだ法学院を卒業していない、法主庁から認定されていないクロワで無い以上、未熟である可能性がある。

 ――そこに蘇利耶ヴァルハラ系のカルトが目をつけたとしたら――

 法主庁が信頼を失えば人々のモラルは崩壊し、蘇利耶ヴァルハラの金融経済の概念の普及速度が早くなる。

 一度金融が普及してしまえば善を行う事は困難になる。

 グロリー騰蛇のエドワード・バーンズは有能で聖人君子になる資質があったにも関わらず、金を追い求めて暗黒面に落ちている。

「調査しない事には分かりません。しかし、法主庁の信頼はロワーヌ天后の信頼です。全力を挙げて事件の究明に当たります」

 アルセーヌは自らに誓いを立てる。これ以上蘇利耶ヴァルハラの被害を広げ、カルトによる誤った道徳を広める訳には行かない。

「我々は出来る限りの事をする。アルセーヌさん、あなたが常に善の心を失わないように」

 ミーティスの言葉にアルセーヌは頭を垂れる。

 ――まずは、事件がどこからどのように広まったのか調べなければ――



〈2〉



 アルセーヌはベスタル大陸のヨークスター太陰州メイプリーフ県を訪れている。

 メイプリーフ県はベスタル北部でアルザス太裳州に面している。

 伝統的に法主庁の法が根付いており、ベスタル大陸では南方のサンタマージョと並ぶ法治州だ。

 メイプリーフ県は牧歌的でロワーヌ天后に近い雰囲気がある。

 見方によってはロワーヌ天后より飾らず、理屈より感覚で自由を謳歌している雰囲気がある。

 アルセーヌは事件の発生した修道院を訪れている。

「アルバーン修道院のレア・アストン院長です」

 レアは小柄な年配の女性で穏やかな雰囲気がある。

「アルセーヌ・リッシモンと言います。こっちの娘はアリアと言いますが、修道院に預けに来た訳ではありません」

 アルセーヌはレアの目を見つめる。

「こちらの修道院で起きた暴力事件について、知っている事を教えて下さい」

 アルセーヌの言葉にレアが身体を固くする。

 報道されているのは、修道院の中で刑罰が行われたというものだ。

 人間が集団で生活する以上、多少の軋轢が生じる事はあるだろうが、言葉や身体的な形で態度に出してしまってはクロワ失格だ。

「何も無かったと言えば、嘘をついていると言われる。あったと言えば法主庁がカルトに堕落したと言われる。否定しようと肯定しようと、被害者という前提がある以上私たちにできる事は日常を続ける事だけです」

「事実問題として。修道院の宿舎で寝ている時に顔に枕を押し付けるという事件は発生したのですか?」

 アルセーヌは報道内容を確認する。黒鉄衆で人殺しの話を聞いた後だけに、今更この程度では驚かない。

「逆に質問します。寝ている時に枕で苦しい思いをしたとします。苦しみで目を覚ました時、犯人を特定できるでしょうか? 被害に遭ったという修道女は修道院を出てマスコミに駆け込みました。修道女の誰かが実際にそのような事をしたなら、正式に謝罪しますし、そうでなければクロワとは言えません」

 レアが毅然とした口調で言う。

 事実無根のでっち上げという可能性もあるという事だ。

「その被害を訴えた修道女はどのような方なのですか? 来歴で結構なので」

 人柄を訊いたなら、クロワには人間の資質を語る権限はないと答えるだろう。

 ただ、来歴に関しては事実だけを答えるはずだ。

「ハドソン県の貧民窟からやって来たと語っていました。二年間修道院で共同生活を行っています」

 クロワになる為には最低六年間の哲学の集中学習と四年間の研修が必要となる。

 更に法主庁の審査を経て、先輩となるクロワについて実務を学んでいかなければならない。

 通常の教育を受けた場合、クロワとして働けるのは四十代になってからという事になる。

 人生の全てを善に費やすからこそクロワは尊敬されるのだ。

「二年間という事は修道院では腰かけにもなりませんね」

 禁欲的な厳しいクロワの世界にあって、二年間で飛び出す事自体は珍しい事ではないが、問題はその理由として暴力を挙げているという事だ。

「一度でも在籍したなら、修道院はその者に対する責任を負います」

「嘘をついていたのだとしても?」

 アルセーヌの言葉にレアが静かな視線を向けて来る。

「自分の子供が嘘をついたからと縁を切る親はいないでしょう。もし、そういう親がいたとしても、太陽が陽光を遮り、雨が水を立ち、風が空気を濁らせる事はしないでしょう」

 レアの態度は一貫している。クロワとしては問題ないだろうが、ゴシップまみれの俗人は法主庁の善を笑うだけだろう。

 ――それが俺たちが大切に思うものだとしても――

「私は個人的にアルバーン修道院では事件が起きていないと解釈します」

 アルセーヌは頭を下げて修道院から離れる。

 問題の情報がメディアに出たのはハドソン県だ。



〈3〉

     

  

「記事を書いたソイヤーは退社しました。居場所は分かりません」

 ハドソン県の新聞社を訪れたアルセーヌを待っていたのは、忙しいオフィスだけだった。

 新聞社は由緒正しいもので、世界的に信頼されている。

「新聞社を辞めてどうするつもりだったのでしょうか?」

「あれだけの記事をすっぱ抜いた。ウチより金を出す所は幾らでもあるだろう」

 確かに法主庁を弾劾するというのは大きな賭けでもある。

 並の神経ではできない事だろう。

 しかし、報道人として、記事を出しておいて姿を消すというのは腑に落ちない。

「分かりました。最後に、ソイヤー記者は専属ですか、契約ですか?」

「契約だ。記事の質で給料が決まる」

 デスクの言葉を受けてアルセーヌは新聞社を出る。

 ビュイック・リビエラに戻り、話をしながら端末から吸い出したデータを車内端末で再生する。

「あのオッサンは特に嘘をついていなかったぞ」

 アリアが横から口を挟んで来る。

「被害者が存在して証言しているからね」

 アルセーヌは被害者の女性の本名を洗い出す。

 ジーン・ボードウィン。年齢24歳。ヨークスター太陰州ハドソン県出身、スラムから抜け出す為にメイプリーフ県の修道院に入る。

 二年間の間に四回枕を押し付けられ、告発する為にハドソン県に戻った。

 記者のジョージ・ソイヤーはジーンの接触を受け、独占記事にした。

 ジーンは裁判を起こしてはいないが、ソイヤーは新聞社から一万ドルの報酬を得た後退社している。

 新聞社はそれ以降追跡捜査は行っていない。

 常識的に考えて、元修道女が爆弾を持って来たのだとしても、記者であれば簡単に記事にはしないだろう。

 アルセーヌはジーンがソイヤーと接触したという部分に注目する。

 ヨークスターに戻ってきたジーンがソイヤーに接触したという事だが、そもそもメイプリーフの新聞社に行かなかったのは何故か。

 メイプリーフの人の多く、48%は法主庁を信頼している。

 対してヨークスターは23%で、諸派あるにせよカルトが51%の大勢を占める。

 そもそも、ジーンは法主庁を信頼してメイプリーフに渡ったのだろうか。

 ジーンはスラム出身で戸籍すら存在しない。

 アルセーヌはジョージ・ソイヤーの情報を検索する。

 ソイヤーは事件記者で社会記事を扱った事がほとんど無い。

 VWCの治安部隊にコネがあり事件のネタを拾っていたが、WRAの案件では確実に出遅れている。

 悪意のある言い方をすれば、VWCが起こした問題を記事にして食っていたという事だ。

 そのVWCの寄生虫のようなソイヤーが何故、法主庁に挑むような記事を載せたのか。

 アルセーヌはソイヤーのカードに潜入する。

 ソイヤーの収入源は新聞社よりVWCに依存している。

 VWCが何らかの事件を起こす。他社や別の記者が来れば穿り返されるだろうが、老舗新聞社の記者が記事にしてしまえば延焼しない。

 巨大な事件の一角を記事にする事で、陰謀そのものを隠してしまう。

 そして……。

 ――ソイヤーはリーインカネーションというカルトに献金している――

 スピリチュアルで人気を集めておりヨークスター太陰州で拡大中の組織だ。

 今投資しておけば拡大に乗って利益を増す事ができる。

 だが、多くのメンバーはそうではない。

 リーインカネーションは人間が死んだら天国という場所か地獄という場所に行くのだと言う。

 地獄は蘇利耶ヴァルハラの刑務所のような場所で、リーインカネーションに充分に献金していないと死んだ後行く事になるのだと言う。

 刑期を終えたら虫なり人間なりに生き返り、再度やり直すのだと言う。

 多額の献金をした者は天国という場所に行き、男なら酒も女も思いのまま、女なら男も宝石も思いのまま。

 一方で地獄と天国に行った人間は生きている人間を監視しており、献金が足りないと病気や事故といった災害を与えるのだと言う。

 ――こんなものに引っかかるものだろうか?――

 理解しがたいが、メンバーが急増しているのだから、それなりの魅力はあるのだろう。

 リーインカネーションの記録映像をアルセーヌは確認する。

 リーインカネーションの教祖オズワルド・ホルモーは心理学で学位を取っており、蘇利耶ヴァルハラで投資動向の分析を心理面から行っている。

 リチャード・岸の霊感に触れ、天国と地獄を行き来できるようになり、リーインカネーションを開いた。 

 一方で子供たちには高い教育を受けさせている。

 蘇利耶ヴァルハラで経済学を学んだ娘のベスはヨークスター太陰州の銀行に就職。

 そこまで調べたアルセーヌはベスとジーンが瓜二つである事に気付いた。

 更に銀行の出資比率で笹川組が突出している。

 ――見えて来たぞ――

 岸と笹川はそもそも一緒に忌島を出て来た同志だ。

 リベルタ大陸ヴァルハラの上に蘇利耶ヴァルハラを作った岸、ベスタル大陸の暗黒街に生きる笹川。

 笹川がヨークスター太陰出身者を立てて銀行を作る。そこに岸が育てた金の亡者が送り込まれる。

 その一人がベスだ。

 蘇利耶ヴァルハラの金と刑罰、金刑政治の世界戦略の最大の障害になるのが法主庁だ。

 様々なカルトで人心を惑わし、現在勢力を増しているのがリーインカネーション。

 リーインカネーションを開いたオズワルドはそもそも心理と金融の専門家で、蘇利耶ヴァルハラで見いだされた人物。

 オズワルドはカルトを作り、失敗しても笹川組がバックアップした銀行が残る。 

 恐らく同じような構造は幾つも作られているのだろう。

 オズワルドは更にリーインカネーションを拡大する為、法主庁の権威失墜を謀った。

 最も信頼できる身内のベスをアルバーン修道院に入れ、暴力事件をでっち上げた。

 一方でVWCのぶら下がりのソイヤーに金を掴ませ、ベスを引き合わせて大スキャンダルをねつ造した。 

 結果として法主庁は激震し、リーインカネーションの勢力拡大は進んでいる。

 同時に銀行も拡大し、蘇利耶ヴァルハラによるヨークスター太陰の金銭汚染は拡大した。

 ――岸が元凶という事は分かっているが――

 まずはリーインカネーションを叩き潰さなくてはならない。



〈4〉



「大平原からは遠かっただろう?」

 アルセーヌは土方に向かって言う。

 現在黒鉄衆は殺さずに戦う術を学ぶべく、大平原でWRAと騎遊民による特訓を受けている。

「俺をいつまでも離れ小島の田舎者だと思うなよ」

 愛刀をぶら下げた土方が不敵に笑う。

 一般の人間は鞘から抜かない限りこれが武器だとは思わないだろう。

「そう言っている間は私たちは田舎者なのでしょうね」

 土方を連れて来た山南が言う。

 岸のような残虐さはないが、商売上手なのは事実で、ベスタルの大豆から醤油を作り、メイプリーフの穀物から蕎麦という血糖値の上がりにくいパスタを作り、健康志向として広まりつつある。

 他にも金を薄く延ばして工芸品を作ったり、刀を利用してガレリア天空の剃刀や包丁とも提携したりと商売の幅が広い。

「まぁ今のうちはな。で、俺たちには狼藉者を斬って欲しいという事でいいんだな」

 土方の言葉にアルセーヌは苦笑する。

「本気で殺さないでくれよ。脅すだけでいいんだから」

 アルセーヌは地下鉄を使ってヨークスター太陰州のベースボールスタジアムで行われる、リーインカネーションの世界大会に向かっている。

 参加人数は四十万人に達し、その様子は少なくともメンバーは全員が見る事になる。

 そして楽しい事に、笹川組組長、笹川建市も財界人として出席する。

「さあな、勢い余る事は誰にでもあるだろう」

 土方が言うとアリアが地下鉄のホームの天井に目を向ける。

 音も無くスーツ姿の男が飛び降りる。

「黒鉄衆御庭番衆筆頭山崎晋。笹川の心胆寒からしめ黒鉄衆ある事を思い知らせる」

 言って山崎がそのまま人混みに消えてしまう。

「泥棒みたいな男だな」

 アルセーヌは言う。いきなり現れたり、人混みに紛れた途端に見失ったり、神出鬼没というのはこの事を言うのだろう。  

「島の砂浜で私たちを見張っていたのはあの男だ」

 アリアが視線で山崎を追っている。

 アリアには山崎を見破る事ができるらしい。

「山崎を見破れるとは……大平原のバイオロイドでもそうおらんぞ」

 土方が驚いた様子で言う。

 もっとも、アリアはバイオロイドの中でも際立った能力の持ち主だ。

「スタジアムの席に行きましょう。アルセーヌはどんな出し物を考えているんですか?」

「見てのお楽しみだよ。どうせなら派手にやりたいじゃないか」

 入口でチケットを渡し、最前列の招待客席に向かう。

 開催時間になり、照明が消える。

 様々な色の照明が乱舞し、スモークが炊かれる。

 陳腐な演出だが、洗脳された人間には素晴らしい体験なのだろう。

 最初からオズワルドが出て来る事は無く、財界人や企業家が挨拶をする。

 笹川も姿を現し、大会の成功を喜んでいるという内容を五分間に渡って喋った。

 少年団の歌に続き、青年団の出し物が続く。

 ポップシンガーやアイドルユニットが出演し、会場も、中継を見ている人々もボルテージが上がっていく。

 遂にオズワルドがステージに立つ。

 巨大スクリーンに天国と地獄の様子が映し出され、天国と地獄に行って来たというお決まりの物語を語り始める。

 瞬間、巨大スクリーンにソイヤーと接触するベスの姿が映し出される。

 アルセーヌは舞踏会で使われるマスクを顔につける。

『オズワルド・ホルモ―の娘、ベスはメイプリーフのアルバーン修道院に在籍し、暴行おを受けたとVWCのぶら下がり記者ジョージ・ソイヤーに訴えた。ジョージはこのリーインカネーションの幹部の一人、そして、ベスは笹川組が出資した銀行の理事だ。VWCは笹川組と経済的に同盟関係にある』

 映像と現実の両方でアルセーヌはステージに向かう。

 阻止しようとしたバイオロイドがアリアと土方に一蹴される。

『それはこの際どうでもいい。オズワルド・ホルモー、お前は天国と地獄へ行く事ができる。それに嘘は無いな』

 アルセーヌはオズワルドに詰め寄る。

「私は天国と地獄を自由に行き来できる」

『死後に人類の営みがあると?』

 アルセーヌは詰め寄る。フェーデアルカのクロワなら生き返った者がいない以上分からないと返答する問題だ。

「当然だ。天界の海は酒で満たされ、地獄の池は罪人の血で満たされているのだ」

『なるほど。我々現代人は最低でも二千年は存在しているが、天国の広さは何平方キロなんだ?』

 アルセーヌの問いにオズワルドが言葉を詰まらせる。

『この星と同じ広さだとしても凄まじい人口過密だ。酒の海で溺れたのでは本末転倒だろう?』

「それは……そうだ、この世に転生するからあの世の人間はそんなに増えないのだ」

『ではこの星の人口は数万倍無いとおかしいという理屈になるな』

「蟻に転生すれば広さは解決できる!」

『では蟻が転生していたらどうなるんだ? 天国は蟻で埋め尽くされているのか? とんだ蟻地獄だな』

 アルセーヌは問いを重ねる。ファンタジー作家でもマシな返答を考えるだろう。

「転生できるのは人間だけなんだ!」

『お前らの教義では、地獄で刑期を終えたら虫けらになるんだったな? 虫けらが転生できないなら、地獄そのものが要らないだろう?』

 オズワルドが目を泳がせる。

 ステージの上にオズワルドを助ける者はいない。

『俺の質問に答えられないからと言って心配するな。ちょっと天国と地獄へ行って確認して来ればいいだけだ』

 アルセーヌは土方に目配せする。

 土方が刀を引き抜いてオズワルドの首に押し当てる。

「寸分でも動いてみろ、動脈が切断されて念願の天国行きだ」

『だ、そうだ。良かったな、オズワルド。自由に天国と地獄を行き来できるんだ。早く行って帰って見せてくれ』

 アルセーヌが言う間にオズワルドの股間に染みが広がっていく。

『オズワルド、大勢のメンバーがお前の言う事を信じてあの世に旅立ったんだ。歓迎されても追い出される事は無いだろう? 何を躊躇っている?』

 アルセーヌの言葉にオズワルドが泡を吹いて倒れる。

『見ての通りだ。オズワルドはお花畑に逃げ込んだ。お前らの信じる天国と地獄がどこにあるか分かっただろう?』

 アルセーヌが言うと特殊な訓練を積んでいるらしいバイオロイドが出現する。

「お客人、無粋な真似をするもんじゃありませんぜ」

 笹川が肩を怒らせて近づいて来る。

 その手には鍔の無い刀が握られている。

 バイオロイドが刀を抜いてステージを包囲する。

 客が恐慌状態に陥り、出口に向かって殺到する。

「忌島の恥さらしが! 黒鉄衆団長土方十三が斬り捨てる!」

 土方が刀を構える。

「忌島の田舎侍が何の用だ。テメェらは島でマスでもかいてやがれ!」

 笹川が刀を振るとバイオロイドが一斉に襲い掛かって来る。

 客席から飛び出した山南が土方たちに加勢する。

 アリア、土方、山南がバイオロイドを殺さないように注意しながら戦いを繰り広げる。

「大将は高みの見物ですかい? いい身分だなァ! ゴルァ!」

 笹川がアルセーヌに刀で斬りかかる。

 空中で笹川の刀が折れる。

「忌島の恥、ここで果てよ」

 山崎の手刀が笹川の首を打つ。

 股間に蹴りを打ち込み、側頭部に肘を叩きつける。

 崩れ落ちた笹川は白目を剥いて動かない。

「俗物を斬ったとて刀が錆びるだけよ」

 言って山崎が消える。

 気が付けばオズワルドの娘のベスが椅子に座ったままの姿勢で縛られている。

 刀を使うバイオロイドもステージの上で全員倒れている。

『ショーは終わりだ。悪質商法に気を付けろ』

 アルセーヌは世界に中継されているカメラとマイクを切る。

 ――これで目を覚ます人間がいるといいんだけど――

 アルセーヌはスタジアムを後にする。

 ミーティス法主も少しは楽になるだろう。



〈5〉



 リーインカネーションの大会を邪魔してから一夜、アルセーヌはビュイック・リビエラの運転席でサンドイッチを食べていた。

 世界中でリーインカネーションに対する訴訟が持ち上がっている。

 笹川の銀行から多くの企業が手を引いた為、顧客が殺到、取り付け騒ぎとなっている。

 銀行から金を引き出せなくなった人を救済する為、メイプリーフの法院が食糧などの支援を検討している。

 自ら招いた災厄なのだからしばらく反省させた方が良いとアルセーヌは考える。

「土方と山崎は凄かったぞ。私も強くなる」

 アリアは四つ目のハンバーガーを食べている。

 もともとチャリティーで行ったようなものだから構わないが、今回の仕事は全く金にならない。

 金策をしないとアリアと一緒に行き倒れになるだろう。

 アルセーヌがミロクとAの依頼をチェックしようとすると、窓ガラスが叩かれた。

 警備員が叩いている所を見ると駐車違反でもしてしまったようだ。

「すみません、すぐに移動します」

 アルセーヌが言うと警備員が弾かれたようにドアから離れる。

 ビジネススーツに身を包んだ男性がドアの前に立つ。

「グルメロワーヌのアルセーヌ様ですね。ヨークスター太陰知事アーサー・ロールズです」

「アルセーヌ・リッシモンです。知事が路上駐車の取り締まりですか?」

 アルセーヌの言葉にヨークスター太陰州知事が笑みを浮かべる。

「昨日の見世物は最高だった。今年は税収が下がるが、笹川のようなゴロツキに市民の金を預けるよりマシだ」

 どうやら昨日騒いだのがアルセーヌであるとばれていたらしい。

「知事が見ているならもう少し凝った演出をしましたよ」

「充分凝っていたと思うがね。それより公邸で食事でもどうかね。ベスタル人の舌が腐っていない事を証明したい」

 知事自ら来たのでは誘いを断る訳にも行かない。

「それは楽しみです。代わりに庭園の剪定をさせてもらいます。ロワーヌ天后は庭仕事もできるという事を証明します」

 アルセーヌの言葉に州知事が笑い声を上げる。

 ベスタル大陸の雄には市民にも優しくあって欲しいものだ。

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