第5話 グルメロワーヌの危機

〈1〉



 アルセーヌはビュイック・リビエラで赤道に近い傑華青龍州南方の露店を眺めている。

 黒鉄衆は世間に馴染むまでWRAが預かるという形になった。

 意外にも大平原の騎遊民はランナーの操縦に長けているらしく、バーディーからサムライが来たという通信が入った。

 黒鉄衆は競技用ランナーに慣れ、WRAに登録しているチームで試合に慣れてから再結集という形になるそうだ。

 金庫番は土方が睨んだ通り山南になり、ランナーを操縦するより早く大平原を通り過ぎてガレリア天空に行ったらしい。

 アルセーヌとしても、黒鉄衆を養えと言われても様々な意味で厳しいものがある。 

 三万ドルのうち一万ドルはロワーヌ天后の農作業ランナー整備の前払いに、一万五千ドルは日々メアリとウィリアムにいじめられて疲れているであろう使用人たちの為にリーアムに預けた。

 ほとんど車中泊だが、アリアが文句を言わないのが救いだ。

 だが、年頃の少女ならもう少しワガママを言っても良さそうなものだ。

「アリア、この辺りは金細工が有名なんだ」

「指輪などしたら殴る時に指を骨折する」

 アリアもどうして土方的な所がある。もし土方に預けたら半年と経たずに侍になってしまうだろう。

「それに、どうせまた途中でお金が足りなくなるし、アルセーヌの傍が一番面白い」

 アリアの言葉にアルセーヌはため息をつく。

 子供に金の心配をされたのでは保護者失格だ。



〈2〉



『アルセーヌ、お宅のメアリが周辺の中小企業や農民に締め付けを行っています』

 海辺に停めたビュイック・リビエラで南十字星を眺めていたアルセーヌは、ブランデール商会のフィリップ・デュノワの言葉に内心でため息をつく。

 フィリップは名目上グルメロワーヌの代表という事になっている。

 フィリップはグルメ・ロワーヌ天后で動く場合、中小の資本家をまとめる際に優れた手腕を発揮する。

「リーアムもいるんだし母上だってそう無茶もできないだろう?」

 アリアは興味深そうに通信を見ている。

 子供なのだから、世知辛い大人の世界ではなく、動物のチャンネルでも見ていて欲しい。     

『メアリがグロリー騰蛇州のヘンリーと接近しています。婚姻とまで行かなくとも、グロリー騰蛇とトライスター商会が結べば、ロワーヌ天后は崩壊します』

 アルセーヌは舌打ちしたいのを堪える。

 グロリー騰蛇州は北の内海を挟んだ向かいにある大国だ。

 元々牧歌的な地方で、ハイランド地方出身のライダーが腕が良いという他は目立った産業は無かった。

 グロリー騰蛇州が経済的に飛躍したのはヘクター・ケッセルリンク亡き後、リチャード・岸と手を結んだ事による。

 グロリー騰蛇のヘンリー・バーンズは岸の金融システムを受け入れ、中央銀行を導入して積極的に金を運用する事で周辺資本家をまとめ上げ、更にベスタル大陸北端のアルザス公にマクドネルを据え地下資源の獲得にも成功した。

 ヘンリーの息子、エドワードはアルセーヌやフィリップと同年代だが、電撃的な買収や資産運用で頭角を現し、アルザス州知事エドワード・マクドネルに至っては資産運用を丸投げしている。

 ヘンリーは毒蛇だが、エドワード・バーンズは蛇を通り越してドラゴンに近い。

 今回のグロリー騰蛇州の接近は表面的にはヘンリーとメアリの関係だろうが、裏で手を引いているのはエドワードに違いない。

 メアリは近視眼的な所があり、長期的、戦略的に商会を運営するという視点が欠けている。

 ――エドワードが善良なら任せてもいいんだけど――

「俺は三人目の親父を持つ気は無い。ロワーヌ天后の乳製品とワインの物流はどうなってる?」

『一番ご存知の方が意地悪を仰る。メアリが引きこんだグロリー騰蛇の御用商人が買い上げ、ベスタルで転売して利益を上げています』

 トライスター商会だけならまだいいが、それが周辺地域を巻き込むとなると話は別だ。

 もっとも就農している人間がいる以上トライスター商会も放ってはおけない。

「クレディのアルテュールは? フィリップが感づいているなら動いてるだろうけど」

『トライスターと地方資本家の板挟み状態です』

「アンプレッセのベルトランは?」

『腹を立ててトライスターと断絶する勢いです』

「アンテットのエティエンヌは?」

『メアリの顔を立てて四面楚歌です』

「サンパティークのデルフィーヌは?」

『メアリにクソババアと言った史上初の人物になりました』

 次々とフィリップに訊ねるが、グルメ・ロワーヌ天后を支える有力商会はほぼ離反に近い状態にある。

「フィリップ、これはエドワードの策略だ」

 ロワーヌ天后が誇りとする食料品や芸術品を買い叩かれた上、高く転売されたら怒りが充満するのは当たり前だ。

 だが、少し目端が利くなら、単独でより良い商売相手を見つけて売買する事を考えるだろう。

 そして、ロワーヌ天后としてではなく個別に商売をすれば一時的に収益を回復できるが、トライスター商会のブランド力には敵わない。

 ロワーヌ天后の商会はトライスターから離れる事で自ら衰弱する事になる。

 エドワードは弱った諸侯を買いたたいても良し、グルメロワーヌを発動できないトライスター商会を乗っ取っても良い。

 グルメロワーヌ加盟商会を失えばトライスターはグロリー騰蛇に対抗できない。トライスターがグロリー騰蛇と結べばグルメロワーヌはグロリー騰蛇に対抗できない。

 現在のグルメロワーヌを見てエドワードは高笑いをしている事だろう。

「取り合えずロワーヌ天后に帰る。ただ、俺は母上に勘当に近い状態だ。次期当主としては動けない」

『とにかく、今は加盟店と市民をまとめる人間が必要です』

 フィリップは相当切羽詰まっているようだ。

「ロワーヌ天后に帰る前に反撃策を練っておく」

 アルセーヌは通信を切って、アリアに目を向けた。

「一気にロワーヌ天后に帰る。長旅になるから寝ておいで」

「運転は覚えたし、アルセーヌより体力もある」

 アリアが自慢げに言う。

 前者はともかく後者は事実だ。

「アリアは免許が無いだろ? 無免許運転はダメだ」

 アルセーヌはイグニッションを押し込む。

 親子二代に渡って聡明なバーンズ、更に同盟相手である蘇利耶ヴァルハラとどう渡り合うか。

 一筋縄では行かない戦いが目の前に出現している。

 ――黒鉄衆の方が遥かに扱いやすい――

 アルセーヌは内心でため息をついた。



〈3〉



 グロリー騰蛇州財界を牛耳るエドワード・バーンズは屋敷の書斎でベスタル大陸の香りの良いコーヒーを口にしている。

まずトライスター商会のウィリアムと友人になった。

 虚栄心が強く自己中心的なウィリアムを懐柔するのは簡単だった。

 蘇利耶ヴァルハラの下層、蘇利耶ヴァルハラの貧民窟から適当な少女を見繕って一流の礼儀作法を叩きこんだ。

 セレブに養子に取らせ、即席のセレブにした少女をパーティーの度に紹介し、トライスター家に送り込んだ。

 作法が良くても奴隷根性の抜けない少女たちは、傲慢なウィリアムに従順である事しかできない。

 ウィリアムはトライスター家の中にエドワードの用意したハーレムを作った事になる。

 トライスターに昔から仕えている、時には領主を叱責するような使用人たちとは違ってハーレムの少女たちは常に従順だ。

 ウィリアムがどちらを好み、誰を信頼するかは明白だ。

 女遊び友達になれば後は早い。

 友人としてロワーヌ天后に赴き、かつて美貌を誇っていたメアリと面会する。

 農家のロワーヌ天后と違い、交易のグロリーには貴金属や宝石が幾らでもある。

 さり気なく贈り物をし、蘇利耶ヴァルハラの流行りを教える。

 岸総裁のパーティーに三回もエスコートすればメアリは自分の年齢を忘れる。

 世間体が気になっても、表面上ヘンリーと結婚して自分と交際すれば良いと考える。

 切れ者のアルセーヌと重鎮のリーアムがいれば不可能な作戦だが、アルセーヌは勘当状態だ。

 今更帰った所で完璧に勘当されるだけだ。

「エドワード様、シュクル鉱山の採掘権を買収しました」

 執事のミゲルが静かな口調で言う。

 スラムで見つけた時ミゲルは野良犬だったが、エドワードは眠っている才能を看破した。

 自ら磨き上げたダイヤは父親も知らない側近中の側近だ。

「五分の三を岸に。宝石など餌に使うだけあればいい」

 宝石は高値で取り引きされるが、庶民がそうそう手にできるものではない。

 流通量が少ない以上、収益は限定されたものになる。

 人間が生きる上で必須となるロワーヌ天后の食料品や衣料を掌握すれば、庶民は幾ら値上がりしてもこちらの言い値で買わざるを得ない。

 最初はグロリー持ち出しで低価格で販売してグルメロワーヌの体力を奪い、グルメロワーヌが潰れるか手中に落ちた所で値上げに転じる。

 そうなれば庶民に選択の余地は無い。

 ――リベルタの胃袋を掴めばガレリア天空もバレンシア朱雀も陥ちる――

 エドワードは口元が緩むのを感じる。

 今更ながらに好敵手であったアルセーヌが消えた事に一抹の寂しさを感じる。

 ――今、私と渡り合えるのはリチャード・岸だけか――



〈4〉



「アルセーヌ! テメェ、何処に行ってやがった!」

 クレディ商会のアルテュールの館にやって来たアルセーヌを待っていたのはアンプレッセ商会のベルトランの怒声だった。

 主だったグルメロワーヌの役員が集まっているのはフィリップの手引きによるものだろう。

「自分探しの旅に行っていたんだ。また母上が問題を起こしたって?」

 アルセーヌの言葉にアルテュールが肩を竦める。

「君の母上は常識的な行動を取った事の方が少ない」

「俺の親父と結婚した事からして異常だからね」

「ロワーヌ天后の盟主であるからには支えるが、向こうが我々を切り捨てると言うのではどうにもならん」

 エティエンヌが憮然として言う。

 親トライスターのエティエンヌがここまで言うという事は余程の事だ。

「もうやってらんないわ。グロリーはロワーヌ天后が長年戦って来た相手でしょ? 岸が出てきて調子づいてるだけの成金に何でゴマする訳?」

 デルフィーヌをこれ以上我慢させるのは無理だろう。

「で、アルセーヌ、エドワードを悔し泣きさせる策は持って来られたのですか?」

 フィリップの言葉にアルセーヌは苦笑する。        

「まず、グロリー騰蛇のバーンズ、多分エドワードの方だろうけど、これ見よがしに俺たちを挑発しているのは何でだと思う?」

「定石として考えればトライスター商会とグルメロワーヌを対立させる事だろう」

 アルテュールの言葉にアルセーヌは頷く。

「対立したらどうなる? ロワーヌ天后は協調して作物を売らなくなる。その時一番得をするのは?」

「一番の大手のトライスターであろう」

 エティエンヌが唸る。確かに生産力で考えればトライスターがロワーヌ天后では最強だ。

「違う。作物を金だと思って考えてくれ」

「換金してるバーンズが一番儲ける……でも、俺たちが別の業者を使えば……」

 ベルトランが首を捻る。自分の言いかけた事の矛盾に気付いたようだ。

「バーンズはものは持ってないけど金と宝石は持ってるわ。トライスターの作物を格安で売られたら私たちは敵わない」

 デルフィーヌが声を震わせる。

「そこでトライスターをそのまま取り込んでも良し、我々を個別に叩いても良しですか」

 フィリップが思案気な表情を浮かべる。

「恐らくそれがエドワードの手だろう。で、反撃の手なんだけどスキスキロワーヌ天后大作戦というのはどうだろう?」

「お前はネーミングセンスが良かった試しが無いな」

 ベルトランが文句を言いながら話の先を促す。

「これだけ騒ぎが大きいって事はトライスター家の中ではもっと騒ぎが大きくなってるはずだ。そこでトライスター家の使用人を俺たちで雇用する。これでトライスター家は間抜け揃いになる」

 アルセーヌが言うとデルフィーヌが小さく笑う。

「もちろん農民たちもガンガン引き抜く。グロリーの入植者が来てもロワーヌ天后品質には届かない。移り住んだ農民にはグルメロワーヌが好きでたまらなくなるような好待遇を与える」

「どこからそんな資金が出るんだ?」

 アルテュールが実務的な質問をする。

「俺はこの間、ベスタル大陸に行ったりリベルタ大陸の東の果てまでも行って来た。まず、商売を他人任せにしない事、これが重要だ。エドワードは美味い話を手土産にした商人を送り込んで来るだろうけど騙されちゃダメだ。グルメロワーヌは合同企業をベスタルのベラウェアで立ち上げる。ベラウェア県長バラクの承認とグルメロワーヌの看板があれば信頼は完璧だ。で、現在ガレリア天空とミチエーリ玄武が大平原を抜ける大陸横断行路を整備している。ここに出資して弾丸で東端の傑華青龍と大韓六合まで商品を運んでベスタルと東方で商売をする。東の島に面白い商品があったから、こっちでもベスタルでも人気が出ると思う。この貿易はグルメロワーヌと黒鉄衆の共同で行う。この段階で資金力でもクオリティでもトライスター商会を完全に上回る事ができる」

 アルセーヌの言葉にグルメロワーヌの加盟者たちが耳を傾ける。

「しかしアルセーヌ、メアリがへそを曲げてグロリー騰蛇に行ってしまうのではないか?」

 エティエンヌが案ずるように言う。

 確かにロワーヌ天后は太公家あってのロワーヌ天后だ。

「エドワードは戦略上、シェアを奪う為に格安攻勢をかけるだろう。現金を持ってるグロリー騰蛇にこの点では俺たちは勝てない。でも、俺たちはどこに売るんだ? その時トライスター商会で生産しているのは誰だ? とてもじゃないがグルメロワーヌの紋章は押せない」

 アルセーヌの言葉に笑みが広がる。ロワーヌ天后の誇りは美味しさなのだ。

「格安を続けてもグルメロワーヌ天后は弱らない。それどころかシェアが広がる。ロワーヌ天后市民は安くて不味い飯に嫌気が差す。エドワードがシェアを維持しようと思ったら無限に値段を下げる必要が出て来る。しかも、素人が耕したら一年目は良くても二年目はジャガイモもロクにできないだろう。商品まで確保できなくなったらグロリーの食糧は賄えるだろうが、出費の方が遥かに大きくなる」

「金に汚いエドワードならロワーヌ天后から撤退すると」

 アルテュールが笑う。

「金も人も作物も失ったメアリとウィリアムは私たちに頭を下げるしか無くなるって訳ね」

 デルフィーヌが悪童のような笑みを浮かべる。

「そうと決まりゃあ即実行だ」

 ベルトランが拳を打ち合わせる。

「アルセーヌ様が当主になられていれば問題ないのですが」

 エティエンヌはどこかまだ納得がいかない様子だ。

「相続順位で一位とはいえ、本人が主張しただけではトライスター家を継承できません」

 フィリップがやんわりと言うが、いざとなったら自分を押し上げようとするだろう。

「で、気になってたんだけどその女の子誰? あんたそういう趣味あったっけ?」

「私はアリア・ディザスター。VWCのバイオロイドだ。脱走した所をアルセーヌに助けられた。ボディーガードだと思って欲しい」

 デルフィーヌにアリアが答える。

 子供ながら状況はある程度理解できているらしい。

「なら作戦……」

「麗しのロワーヌ天后奪還作戦を開始しましょう」

 アルテュールが作戦名を勝手に変更する。

 グルメロワーヌの加盟者たちが歓声にも似た声を上げる。

「あの……作戦名が……」

「アルセーヌ。お前のネーミングセンスは私が聞いても趣味が悪い」

 アリアに言われてアルセーヌは憮然とする。

 どうしてこの件では誰も弁護してくれないのだろうか。



〈5〉



「エド、機嫌が悪いようだな? 気高き血筋の者には不動心が大切だぞ」

 知った口でウィリアム・トライスターが言う。

 トライスター公邸にできた後宮でエドワードは疑念を感じている。

 ロワーヌ天后の収穫期に合わせて三か月で西リベルタ大陸全域にショッピングモール20店舗、スーパーマーケット120店舗を電撃的に展開した。

 ロワーヌ天后からガレリア天空州、南のバレンシア朱雀州、フェーデアルカ貴人州に至るまで食糧シェア87%を握った。

 西リベルタ大陸の胃袋は間接的にグロリーが握った。

 しかし、グルメロワーヌに動揺は見られず、弱る様子も無い。

 自分の知らない所で何かが起きているのだ。

「エド、聞いているのか?」

「あ……ああ」

 エドワードは食料品のシェアを維持する為の予算を計算する。

 大きな実りを得る為にも、翌年の収穫までは下げ続けなければならないだろう。

 多少搦め手は使っているが、商売の王道を外した訳ではない。

 ――まさかとは思うが――

 アルセーヌが帰還していたら、グルメロワーヌが団結して反撃に出ている可能性がある。

 だとしたら、どのような形で反撃して来るだろうか。

 低価格戦略ではアルセーヌは勝てない。

 味覚の狂ったベスタル大陸の連中にはロワーヌ天后のスタンプを押しておくだけで充分だ。

 付加価値戦略を取ってもアルセーヌは敗北する。

 ――ならば何故私はここまで不安なのだ――



〈6〉



「馬鹿な! 七割引きでシェアが32%だと!」

 作戦開始から半年後、エドワードは書斎で怒り似た感情に突き動かされて叫んだ。

 元々手間のかかるロワーヌ天后農法のお蔭で原価割れして久しく、西リベルタの胃袋を支える為に湯水のように金が出て行く。

「ベスタルからロワーヌ天后産の食料品が逆輸入されました。価格は高いですが西リベルタはトライスター商会の印がついたものは偽ロワーヌ天后と言っている状態です」

 ミゲルが冷静に報告する。

「ベスタルの味覚音痴がどうしてロワーヌ天后を見分けたのだ」

 エドワードは常になく感情が高ぶるのを感じる。

「東の美食州傑華青龍州がグルメロワーヌと提携しました。傑華青龍州の味覚を信頼しているベスタルでは商機が望めません」

 幾ら出資したと思っているのかと叫び出したい気持ちをエドワードは堪える。

「ベスタルでも西リベルタでも売れないならどこに売ればいいのだ……」

 エドワードは自ら口にした言葉に愕然とする。

 売れる先は蘇利耶ヴァルハラくらいだが、もはやトライスター商会の作物の価値は安かろう悪かろうでグロリー騰蛇やベスタル大陸と変わらない。

「GSO(グロリー・セントラル・オークション)がグルメロワーヌに買収されました!」

 慌ててやって来た使用人の言葉にエドワードは顔が青ざめるのを自覚する。

グロリーの歴史を支えて来た、芸術品売買の中央競売所が買収されるなどあってはならない。

「どうやって!? 奴らにそんな資金力がある訳が無い!」

「それが、グルメロワーヌと提携した黒鉄商会という企業が急成長しており、気付いた時には……」

 エドワードは自分の目の前が暗くなるのを自覚する。

「トライスター商会に筆頭執事のリーアム・ギブスンが辞表を叩きつけました。住民がグロリー騰蛇系列店舗のボイコットを開始しています。現地採用の従業員も離職しました」

 次々に悪報が飛び込んで来る。

 このままでは汚い手を使ったとグロリー騰蛇州までもが攻撃対象になりかねない。

 信用が失墜した今、打てる手は一つしかない。

「ロワーヌ天后から撤退する」

 撤退するにも金が必要となる。

 ――やってくれたな、アルセーヌ・リッシモン――



〈7〉



「リーアム、私たちが悪かったわ。戻ってちょうだい」

 萎れたメアリがブランデール公フィリップの下を訪れるのを、アルセーヌは使用人に変装して観察している。

「大奥様がこう言っておられる。ピンハネ率を引き下げ、作物の買取価格も上げると確約された。グロリーの出店を認めた事にも謝罪された」

 フィリップの言葉を受けたリーアムの表情は硬い。

 メアリからしたら大盤振る舞いだが、一歩間違えばロワーヌ天后がグロリー騰蛇に乗っ取られる所だったのだ。

「今の御屋敷はグロリーから雇った盗人ばかり。私一人でどうにかなるものではありません」

 リーアムの言葉はメアリに突き刺さっただろう。

 溺愛するウィリアムの後宮を潰せと言ったのだ。

「それはウィルが寂しがるわ」

「後宮で寂しさが紛れるなら私は必要ありませんな」

 リーアムが毅然として跳ね除ける。

「いえ、あなたが居なくては、トライスター商会は世間的に認知されない……」

 メアリが言葉を濁らせる。

 言ってから自らのプライドを踏みにじった事に気付いたのだろう。

「それではいつまでも女性蔑視の放蕩息子の名から逃れられませんな。お亡くなりになる時の二つ名を見る事は叶わないでしょうが、梅毒公とでも記されるのでしょう」

 リーアムの厳しい言葉にメアリが膝を屈する。

「分かりました。ハーレムは解体させます。使用人も元に戻します。どうか戻って下さい」

「これ以上頭を下げさせては執事失格というものです。ただ約束はお守り下さいませ」

 リーアムの言葉にメアリは涙を浮かべる。

 半分はエドワードに逃げられた事によるものだろうが、少しでも使用人や領民の事を考えるようになってくれたのならそれで充分だ。

 振り向いたリーアムと目が合う。

 アルセーヌは小さく頷く。

「メアリ様、帰宅致しましょう」

 リーアムがメアリの手を取って立たせる。

 ――でも、母上はまた懲りずに何かやらかすんだろうな――

 アルセーヌは内心で小さくため息をついた。

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