第4話 失われた民

〈1〉



 大韓六合州は優れたITエンジニアが集まる、精密機器に強い地域だ。

 リベルタ大陸の最東端、大陸から突き出すような形をしており、風光明媚でも知られている。

 ベスタル大陸の文化と独自の文化を融合させたポップカルチャーは、ベスタルでもファンが多い。

 アルセーヌは大韓の焼肉屋で冷麺を食べている。

 リベルタ大陸の東の果てまで来るのは初めてだが、不思議と懐かしさを感じさせる味わいだ。

 アリアはひたすら焼肉を食べている。

「アルセーヌ、美味しいぞ。肉食え、肉」

「もう充分食べたよ」

 アルセーヌは冷えたオクスス茶で喉を潤す。

 アリアは食べないで済む時もあるらしいが、食糧が目の前にある時の食べる量は半端ではない。

 アルセーヌは満腹感を感じながら島に渡る方法を考える。

 船で渡るというのが最も堅実だが、そもそも島に向かう船は出ていない。

 ――そもそも島に行く目的が分からない――

 人が住んでいるのか、どんな人間が住んでいるのか、Aは島の何を調べろと言っているのか。

 全てが分からない。

「すみません、この辺りで船を借りる事はできませんか?」

 アルセーヌは焼肉屋の店主に訊ねる。

「港でないと分からないな。魚でも釣るのかい?」

 器用に肉を切り分けながら店主が言う。

「東に島があるそうで。どんな島なのかと思いまして」

 アルセーヌの言葉に店主の表情が曇る。

「兄さん、あの島がどんな島か知らないのかい?」

「知らないから行くのですが、何かご存知なのですか?」

 アルセーヌの言葉に店主が人目を憚るように声を潜める。

「VWCの岸総裁の出身地ですよ。まぁ、岸もヘクター・ケッセルリンクの下にいるうちは良かったんですがね。ヘクターが殺されてからというもの……メルキオルと手を結んでから世の中は悪くなった気しかしません」

 店主が答える。

「島から出てきた人間はいるのですか?」

 アルセーヌの言葉に店主が頭を振る。

「遠い昔から呪いの島と呼ばれているんです。忌師と言って……何でも人間を殺す人間が存在するそうで。岸を見ていると伝説とは思えませんね」

 アルセーヌはリチャード・岸を脳裏に描く。

 無表情な面をかぶったような陶磁器のようなのっぺりとした白い顔。

 人を人とも思わない残忍さ。

 ――それが島の文化なら、何故他の島民は外に出ないんだ?――

 金と暴力と権力を振りかざし、世界の人々が抵抗できないのを利用して思うがままに振る舞っているのだから、そういった素質のある人間が他にもいるなら島を出て同じような悪辣極まりない生活を送ろうとする筈だ。

 現に似たような名前の笹川組は犯罪者集団だ。

「色々と教えて頂きありがとうございます」

「北方牛を仕入れてくれたのは兄ちゃんじゃないか。また来なよ」

 アルセーヌが席を立つと店主が声をかけて来る。

 物足りない様子のアリアを連れて港に向かう。

 ――人が人を殺す島――

 行くだけでも恐ろしいが、子供連れで行くとなると教育に悪いとしか思えない。

「バイオロイドは人を殺す訓練を受ける。私は生まれてすぐにアルセーヌと来たから殺してないけど」

「そんな事しちゃダメだ! 蘇利耶ヴァルハラは子供になんて事を教えてるんだ」

 アルセーヌは憤慨しながらまだ見ぬ島を思い浮かべる。

 傑華青龍州知事とも大韓六合州知事とも協力しておいた方がいい気はするが、根回ししていても時間がかかるだけだろう。

 ――岸の、蘇利耶ヴァルハラのルーツがその島にある――



〈2〉

 


 アルセーヌはカルパッチョを作って船に乗せてもらった。

 漁船は島影が見える所までは運んでくれたが、そこから先は手漕ぎのボートだ。

 島に着いてもビュイック・リビエラで移動する事はできない。

 アルセーヌが二時間ほど漕いでも船は一向に島に近づかない。

「アルセーヌ、お前に任せていたら船の上で夜を明かす事になる」

 オールを奪ったアリアがモーターボートのように船を疾駆させる。

「あんまり張り切ると筋肉痛になるよ」

 アルセーヌは縁にしがみ付きながら言う。

「私はヤワにできていない」

 断崖を避けて砂浜に船を乗りつける。

 板の上に黒い紙のようなものが並べてある。

 近くに人が住んでいるのだろう。

 と、馬に乗った袖と裾の大きな服を着た男が近づいて来る。

「俺は黒鉄衆同心斎藤五郎だ。この忌島に足を踏み入れるとは何奴だ」

「俺はアルセーヌ・リッシモン。この島に足を踏み入れると不都合でもあるのかい?」

「左様、この島は外の世界に知られてはならんのだ」

「どうして? こんなにきれいな松林があるのに?」

 アルセーヌは植樹されたらしい松林に目を向ける。

 松の実は食用としても使えるが、特殊な育て方をしているらしくこの島の松は芸術的な曲線を描いている。

「ならんものはならんのだ」

 困った様子で斎藤が言う。

「知られては困ると言っても、この島の出身のリチャード・岸が世界を滅茶苦茶にしている。沢山の人が迷惑をしている。誰も岸の考え方を理解できない。だから俺はここに来たんだ」

「あれなるは大逆の徒、本来我ら黒鉄衆の手で掣肘せねばならぬ所……この島を出られたのでは追う事まかりならん」

 岸はこの島でも犯罪者だったらしい。

「今は家出してるけど、正直に言うよ。俺はVWC加盟のトライスター家、多分次期当主のアルセーヌ・リッシモンだ。グルメロワーヌにも顔がきくし、一応各州の知事とは面識がある」

 アルセーヌが言うと斎藤が困惑した表情を浮かべる。

「適当な事を言うと承知せんぞ」

「何でも調べてくれていいよ。執事のリーアムにアルセーヌからって言えば分かるから」

 アルセーヌが言うと入鹿が馬を返す。

「暫し待て。確認致す」

「分かったよ。それよりこの黒いのは何なんだい?」

「海苔だ。米を包んで食するのに用いる。煮込み米の味付けにも用いる」

 律儀に斎藤が答える。悪人では無さそうだ。

「どこに生えているんだい?」

「海の底だ」

 言って斎藤が馬を駆けさせる。

「色が気になるけど、美味しいようならロワーヌ天后に持って帰ろう」

 アルセーヌはアリアに向かって言う。

「お前は暢気だ。幾つも気配がある。人間だが戦いに慣れている」

「ボクサーかい? 誰かいるなら隠れないで出て来なよ。別に危害を加えたくて来た訳じゃないんだ」

 アルセーヌは松林に向かって声をかける。

「アルセーヌ、確かに戦う競技はボクシングとかだけど、私の言っている戦うというのは……」

 アリアが困ったような表情を浮かべる。

「選手なのに隠れているなんて不思議だね。でも、今日は日差しが強いから海辺に居たら肌が焼けるのかも知れない。アリアは大丈夫かい?」            

 日焼け自体は悪いとは思わないが、焼き過ぎると痛いし、度を過ぎると皮膚癌になる場合もある。

「いや、アルセーヌ、そういう意味ではなくて……」

「健康を気遣うというのはいい事だよ」

 アルセーヌはスーツを脱いでアリアの頭の上からかぶせる。

 子供でもレディはレディなのだろう。

 しばらくして斎藤が先導して位が高いらしい男が、布と革でできた不思議な鎧を身に着けた男たちに守られてやって来る。

「黒鉄衆老中山南圭介です。リッシモンさん、歓迎とは行きませんが黒鉄衆は可能な限り島内での便宜を図らせて頂きます」

 斎藤が申し訳なさそうな表情をしているのは最初に偉そうな口調を使ったからだろうか。

「いや、今回はグルメロワーヌとして来たんじゃないし、ロワーヌ天后は基本的に農家だから、農家が旅行に来たと思ってくれればいいよ」

 この島の人間は堅苦しい人が多いらしい。

「そうは参りません。只でさえ岸が世界を騒がせ、従う者が非道を尽くしているとの話。黒鉄衆も捨て置けないと考えている次第です」

「この島は出入り禁止みたいな話を聞いたんだけど、岸はどうして外に出て、どうして独自通貨や国を勝手に作ったり、あらゆるものに値段をつけて人を困らせたりしているんだ?」

「そこまでは私にも分かりません。この島でも金銭はせいぜい秤に乗せて使う程度でしたから、土地や人を買うなど思いもよりません。まずは黒鉄衆頭目、土方十三にお会い下さい」

 甲冑の男たちが鞍を置いた馬を引いて来る。

 アルセーヌはアリアを乗せて馬に跨る。良く調教されているらしく、動揺した様子は無い。

 山南が先に立ち、アルセーヌを挟んで後方に入鹿が続く。

 松林を抜けると、漆喰の壁と黒い瓦を持つ街並みが広がっていた。

 木材をふんだんに使う建築様式はリベルタ大陸西方では見られないものだ。

 多くが二階建てで、一階が店舗、二階が住居になっているらしい。

 身体に巻きつけるような服を身に着けており、その色と柄はそのまま額に入れて飾れる程に美しい。

「動きにくそうだけどみんなが着ている服はとても美しいね。今度ロワーヌ天后織と交換しないかい?」 

「着物と呼んでいます。ここには騎士団の朝廷が置かれていますから、民の生活水準も高いのです。田畑で働く者たちの着物は無地である事が多いです」

「野良仕事に使ったらもったいないよ。前にある塔が頭目の館かい?」   

 街の先には川を巡らせ、橋を渡し、高い塀に囲まれた塔が立っている。

「住居は平屋です。天守閣は会議や仕事で用いられます」

 アルセーヌは手綱を離して両手で絵画の額のように四角を作って天守閣を収めてみる。

 周りに高い建物が無いせいか、青空に生える黒い瓦の天守閣は街の喧騒からは浮いた、不思議な静謐さがある。

 橋の先の巨大な門が開き、天守閣に続く坂道を登っていく。

 天守閣の土台は巨大な石を積んで作られており、上の建物が無ければ砂漠の民の建造物に似ていない事も無い。

 所々に見た事の無いタイプのランナーが立っている。

 作業用というより、競技用のランナーに近い。

 装甲の形が独特で、機能性より芸術性を重視しているような印象を受ける。

 天守閣の前で山南が馬から降り、アルセーヌも続く。

 砂利を使って川や池を表現した独特な様式の庭を貫く回廊を進む。

「どうして水ではなく石を使うのですか?」

「水は常に動き、石は黙して動かない。静で動を表現する。我々が瞑想する為に必要な環境です」

 山南が天守閣のホール前でサンダルを脱ぐ。

 靴下を履いてサンダルを履くとは見て見れば不思議な風習だ。

「履物をお脱ぎ下さい。この島の習わしですので」

 斎藤が声をかけて来る。

 良く磨かれた板張りの床は清潔そうに見える。

「わかりました」

 アルセーヌが革靴を脱ぐとアリアが続く。

 四郎が先に立ち、ほぼ正方形の天守閣の中央にある急こう配の階段を上がる。

 アルセーヌの脛が階段の角に当たる。

「アリア、足元に気をつけて」

「アルセーヌではないから階段で怪我をしたりしない」

 アリアが呆れたような口調で言う。

 天守閣の階段を五階まで登った所で頂上らしい広間に出た。

 侍従らしい男が板を重ね合わせたようなドアを開け、会議室らしい草で編まれた床の広間が姿を現す。

 ドアから一番遠い所、傑華青龍州の人々が好む蛇のようなドラゴンを描いた板の前に、精悍な雰囲気の三十代くらいに見える男性が座っている。

「土方さん、グルメロワーヌ筆頭アルセーヌ様をお連れしました」

 山並みが首領らしい男に向かって言う。

「はじめまして、アルセーヌ・リッシモンです」

 アルセーヌが足を踏み出そうとすると斎藤が耳元に顔を寄せる。

「団長が良いと言うまでここで立ち止まって下さい」

 どうやら握手は後回しらしい。アルセーヌはアリアの肩に手をおいて進むのを止める。

「私が黒鉄衆頭目、土方十三だ」

 静まり返った室内に土方の重厚な声が響く。

「中ほどまで進んだ所に敷物がありますのでそこにお座り下さい」

 斎藤の耳打ちを受けてアルセーヌは床に敷かれたクッションの上に座る。

 土方や他の人間は膝を正面に折り畳んでいるが、そのような座り方をしたら転んでしまうだろう。

 アルセーヌは胡坐をかいて土方に相対する。

「用向きは聞いた。岸の故郷として来られた事を残念に思う」

 土方が静かに口を開く。

「岸はこの島でも犯罪者なのですか?」

 アルセーヌが言うと土方が振り向き、背後に飾られていた湾曲した棒を手に取る。

 漆塗りと透かし彫りが美しく、一端には飾り紐が巻かれた美しいものだ。

 土方が飾り紐の部分を掴んで引くと、艶やかな金属の刃が姿を現す。

 ガレリア天空州の剃刀のような印象を受けるのは自分だけではないだろう。

「これは刀という。黒鉄衆はこれを用いた武芸、獄屠殺人剣を文化として持っていた」

「その剣には片方しか刃が無いですし、鋭利過ぎて二度か三度打ち合ったら役に立たないんじゃないですか?」

 剃刀は魚くらいなら切れるが骨までは切れない。

「もちろん。だから文化だと言ったのだ。だが、技としては第四の剣と言える。本来流水明鏡剣、天衣星辰剣、不動雷迅速剣は武芸でありつつも、殺傷を目的としていない」

「多少の怪我はやむを得ないとしても、大怪我をさせたらスポーツではありません」

 アルセーヌの言葉に三成が頷く。

「我々の剣、獄屠殺人剣はただ人命を奪う事を目的としている。競技では及ばないが、殺傷となると話は別だ」

 アルセーヌは言葉を失う。人が人の命を奪う為に技術を磨くなど人間のする事とは思えない。

「このような血塗られた剣が存在するのは、三大流派が殺人を目的とした時、使い手を速やかに葬る必要があるからだ。三大流派の剣士が殺人を目的としたら、常人にも、競技の制約に縛られた他の剣士にも止められないだろう?」

「だから……呪われた島?」

 殺人犯は精神が病んでいるのだから療養させなければならない。 

 だが、その殺人犯が剣士だったとしたら、捕える事がまずできない。

 ――だからと言って殺してしまわなくても――

 被害を食い止める為だとしても、それは殺人を肯定する理由とはならない。

「使われないに越した事は無い。だからこそ、我らの剣は秘匿され、存在も秘匿された」

 アルセーヌは頷く。そんな狂暴な剣は使われてはならない。

「それが我々の掟だった。だが、岸はこの島での生活に、息を潜める事に満足できなかった。当時、ランナーバトルの世界に三大流派の剣士が参加するようになっていた。ランナバウトのランナーは競う為のものだが、我々のランナーはランナーを破壊し、ライダーを殺すためのものだ。我々は決して表の世界に出てはならない」

 ランナーを壊すためのランナーなどその存在を否定するようなものだ。

 ランナバウトでは確かにランナーは破損するが、技と性能を競った結果であって、破壊を前提としたものではない。

 ライダーを殺すなど言語道断だ。

「折悪く、黒鉄衆は先々代が急逝し後継者争いが起こっていた。身内の恥を晒すが、合議制の黒鉄衆にあって次期頭目が決まらないという事は通常あり得ない。しかしその時は流行り病で島全体が混乱の中にあった。その間に割って入ったのが岸信三だ」

「俺たちで言う市民が知事を選べない状況になったといった状態ですか?」

「似たようなものだ。岸は先々代の息子家達を担いだ。通常は血統ではなく有力で人望のある剣士が代表になるのが通例だ」

「外の世界でもそれは変わりません。血族で選んだのでは政治が歪みます」

「岸には野心があった。三大流派より殺人剣である獄屠殺人剣が強い、強い獄屠殺人剣が何故表舞台に立てないのか? 獄屠殺人剣を使えばカーニバルでも優勝できるはずだ。その為には有能な剣士を味方に引き入れ、黒鉄衆を掌握する必要があった」

「故意に破壊したり命を狙ったら反則どころか登録抹消だ」

「そのフェアプレーの精神が岸には分からなかった。そして、賛同する者も現れた。三大流派のような権威が無いのは島に籠っているからで、名誉の為にも掟に縛られず外に出るべきだと。情けないが、そこで黒鉄衆は紛糾し、遂に代表候補、岸の推薦していた家達が暗殺された」

「そんな無茶苦茶な……でも、伝統を守る黒鉄衆が、殺人を犯すなんてあり得ないんじゃないか?」

「その通りだ。だが、岸は考える時間を与えなかった。すぐに新たな代表候補を立て、対立していた大鳥啓介が後ろ盾になっていた人望の厚い鏡子代表候補を私刑にかけて殺してしまった。我々の剣はそもそもが殺人剣、手加減などそうそうできようはずもない。代表候補を失った大鳥派は分裂したまま岸派との戦いに突入した。この島の至る所で夥しい量の血が流された」

 三成の言葉にアルセーヌは吐き気を覚える。

 人間同士が、殺してはいけないという戒めがあったにも関わらず、その手段を持っていたが故に殺し合いをする事になったのだ。

「しかし、それすら岸の狙いだった。外の世界ではカーニバルで剣士が華やかな姿を見せている。その裏で殺し合わなくてはならない獄屠殺人剣は報われないと。失われた命に報いる為にも世界に最強の剣として認めさせる必要があるのだと」

 人の死という究極の破壊を目の当たりにしていた黒鉄衆の剣士たちには、その言葉は魅力的に映っただろう。

「岸は頭目の椅子に手をかけた。しかし、岸は策士だが剣士ではない。決定的な資質を欠いていたのだ。そこで強力な剣士により弾圧を行った。この島は岸に掌握され、世界進出の為に島民が動員される事になった。我々の親の世代の事だ」

 十三が小さくため息をつく。

「島民は過酷な労働と、殺人の為の訓練により追い込まれた。だが、それは三大流派を倒すためだと正当化された。しかし、そんなペテンがいつまでも続くわけが無い。目を覚ました剣士たちは岸に反旗を翻した。そもそも剣士ではない岸は自力で自分の身を守れず、殺人剣である獄屠殺人剣の恐怖に直面する事となった。そして岸一派は島を離れた。本来我々が岸を葬らねばならなかったが、島を出てはならぬという掟、更に島の外に殺人剣を広めてはならぬという掟に縛られていた。更に代表を選出し、殺し合いで猜疑心の塊になっていた島民をまとめる必要もあった」

 岸は世界を混乱させる前に、島を恐慌に陥れていた。

 否、島が実験台に過ぎなかったのだとしたら、岸がこれから行おうとしている事は島と同様かそれ以上の惨禍をもたらすだろう。

「土方さん、殺人剣と言いますが、殺す為だけの技術とは存在し得るのですか?」

 アルセーヌの言葉に三成が頷く。

「沖田!」

 土方の言葉に刀を持った男が立ち上がる。

「沖田統司と申します。失礼します」

 沖田が目にも止まらぬ動きで抜刀する。

 風切り音と共に振られた刀が一瞬で納刀される。

 あんなもので切られたら大怪我ではすまない。

 床では羽を切り落とされた蠅がもがいている。

 こんなものがランナバウトでまかり通ったら試合にならない。

「どういった性質のものかは理解できただろう」

 土方が言うと沖田が一礼して元の位置に戻っていく。

「メルキオルもこの島の出身なのか?」

「違う。メルキオルはそもそもこの島の出身ではない。年齢的に誰かの子孫という事もあり得ない」

 この島の住民はM細胞の保有者という訳では無さそうだ。

 故郷を惨劇に巻き込んだ岸と、人間ではないメルキオルが組むという事は悪夢以外の何者でもない。

「岸が殺人を何とも思わないという事は分かった。止める方法は無いのか?」

 アルセーヌの言葉に土方が刀の鞘の僅かな隙間から刀身を覗かせる。

「斬る」

 土方の声には冗談の欠片も無い。

「我らの島を惨劇に陥れ、世界を破壊せんとするのは黒鉄衆の恥。我々獄屠殺人剣の剣士はそもそも歯止めの効かない悪を斬る為に存在する。その悪が武器を扱わぬが故に、岸である事に気付く事ができなかった。岸が邪悪を振るうなら、我らは剣にて邪を払う」

 黒鉄衆の剣士たちが相当腹を立てているのは鳥肌が立つ程に理解できる。

 しかし、殺人をすると宣言してしまった人間を止めない訳には行かない。

「俺に少し時間をくれ。血の流れない方法で解決できないか考える」

「そう言っているうちに、この島では無辜の民が血を流し岸の野望の生贄となった。グルメロワーヌの頭目が訪れた事は、我々に決断せよと星が告げたのだと確信している」

 自分が来たお蔭で黒鉄衆はおかしな考え違いをしてしまったようだ。

「掟はどうするんだ? 島からは出られないし、技を見られて覚えられてもいけないんだろ? 憎いだろうし、責任を感じているのは分かるけど、だからって殺しちゃダメだ」

「殺人を厭わぬ相手と、どうやって戦うつもりだ」

 土方の言葉にアルセーヌは返答に詰まる。

 経済的に追い詰めたとしても岸にはバイオロイドがある。

 バイオロイドのネメスは真人間だが、作っている東條が人間ではない。

 誰の目にも明らかな形で、違法な手段を使わずに倒す方法……。

「ランナバウトで、カーニバルでチームラグナロクを撃破する」

 アルセーヌは高速で脳が回転するのを感じる。

「そもそも、岸が島で惨劇を起こしたり、世界を混乱させているのは、自分が剣士ではない、剣士であったとしても達人ではない、裏方にしかなれないというコンプレックスが原因だろう? その引き金になったのが三大流派とランナバウトなら、その場で叩き潰せば岸は再起できなくなるだろう。しかも、現在ランナーバウトには法外な金がかかるようになっている。チームラグナロクに勝つという事はそれ以上の経済力を持つという事だ。岸の虚栄心と権力基盤が根こそぎ破壊される事になる」

「岸にはバイオロイドがある。追い詰められれば殺人を命じる」

 アリアが冷えた口調で言う。

「ネメスはどうだった? 全てのバイオロイドが岸に従う訳じゃない。もし、どうしても殺人に加担するというバイオロイドがいたなら……」

「斬る。それが黒鉄衆が世界に対してできる唯一の償いだ」

 土方が譲らない口調で言う。

「さすがにその時は土方さんに頼む必要があるかも知れない。あと、問題はメルキオルだ。信じられないかも知れないけど、メルキオルは人間じゃない」

 アルセーヌの言葉に騎士たちが怪訝な表情を浮かべる。

 アルセーヌはアリアと共にバイオロイドが作られている島を内偵した時の話をする。

「無限の再生はあり得ん。細胞同士がくっつくから復活するのだろう? 八つ裂きにしてコンクリート詰めにしてバラバラに海に沈めれば一方の細胞が生きている以上、それぞれがそれ以上増殖する事は無いだろう? 東條がひき肉になって復活したと言ったが、二人や三人に増えた訳ではないのだろう?」

 殺しに精通しているせいか土方の着眼点は的確だ。

 確かにメルキオルや東條は化け物だが、バラバラにして封印してしまえば蘇らないだろう。

「この俺、土方十三は黒鉄衆にカーニバル参戦を提案する」

 土方の言葉にアルセーヌは驚きを隠せない。

 島から出ない、技を見せないという掟はどこに行ったのか。

「最悪の事態の時、我々が島にいたのでは手遅れになる。いや、既に手遅れだ。この状況を止めるには黒鉄衆の目が光っている事を岸に思い知らせる必要がある。メルキオルが化け物でも、ランナーまで化け物になる訳ではない。我々に敗北する事が岸には一番堪えるはずだ」

 土方の話はもっともだ。岸はこの島の住人が厳格な掟に縛られた羊だと思っているから枕を高くして眠っていられるのだ。

 家族を殺された殺人集団黒鉄衆が命を狙っていると知ったら岸はおちおちトイレにも行けないだろう。

「外装は特徴的で面白いけど、ランナーバウトにはレギュレーションがある。この島のランナーはファイターでもドラグーンでもアーマーでもない。黒鉄衆はこのタイプのランナーは扱えてもWRAの規定したランナーを動かした事は無いんじゃないか?」

 アルセーヌが言うが土方に動じた風は無い。

「どの道外の世界の事は分からん。俺の剣はグルメロワーヌ頭目アルセーヌに預ける」

 突然の事に頭が追いついていかない。

 何故自分が黒鉄衆の頭目の剣を預かる事になるのか。

 だが、ランナーを改装するにしても、競技用となれば途方もない金が必要になる。

 更にカーニバルを目指すとなれば、金で買える競技用の機体ではなく、ライダー専用にカスタムした機体が必要になる。

 この石頭に金を稼げるとは思えない。

 笹川組に騙されたら黒鉄衆が丸ごと吸収されてしまうだろう。

「ランナーバウトは金がかかる。この島の特産品を教えて欲しい」

 多少なりともこの島で金策してもらわない事には話にならない。

「さんなんさんなら心当たりがあるんじゃないか?」

 言われて山南が立ち上がる。

「特産品と言われても、この島は自給自足ですから何にどんな需要があるか分かりません。僕が外で見分するしかないでしょうね」

「何で金の話で、山南さんが出て来るんだ?」

 アルセーヌは尋ねる。騎士だけ寄せ集めたのでは百年経っても何一つ前に進まないだろう。

「さんなんさんは黒鉄衆の経理を手掛けている。交易は少ないが、この忌島も多少は傑華青龍州や大韓六合州の品も商っているしな。商いはさんなんさんが適任だ。アルセーヌどの何卒」

 土方が頭を下げると剣士たちが一斉に頭を下げる。

 頭を下げられると悪い事をしていないのに、悪い事をしたような気分になる。

「これから考えるよ。とにかく、出るなら出るで、黒鉄衆はまずは外に出て世界というものを理解してくれ。話はそこからだ」

「了解した。アルセーヌどのもお疲れだろう。斎藤、宿にご案内しろ。丁重にな」

「ハッ!」

 最初に浜に現れた斎藤が頭を下げる。

 別に自分がチームを持った訳ではないが、三大流派を破る為の剣を振るう黒鉄衆はひょっとしたらランナバウト界の台風の目玉になるかも知れない。

 ――なるべくいい意味で目玉になって欲しいけど――

 アルセーヌは斎藤に続いて大広間を後にした。

 賓客の消えた広間ではこれから土方たちが会議をするのだろう。

 ――岸の来歴も黒鉄衆や変わったランナーの事も分かった――

 Aに報告する材料としては充分というものだろう。



〈3〉



 アルセーヌの口座に三万ドルが振り込まれたのは、旅籠という畳を敷いた宿で二泊した後の事だった。

 同時にAから土方をWRAのライダーズギルドに連れて行くようにとの依頼が入った。

 大韓六合州のライダーズギルドなら海を渡ってすぐだ。

 アルセーヌが番頭に伝えると、黒鉄衆がゾロゾロと街を行進してやって来た。

 何か思う所があるのか、全員が黒い甲冑に身を包んでいる。

 所々に彫り物が入っていたり、細かい装飾が違っていたりと良く見てみると意外に洒落っ気が強いのだと分かる。

 土方は甲冑に赤銅色の飾りがついており、漆で重ね塗りされた革の部分では紫色の蝶が透けている。

 土方の甲冑を売るだけでもいい収入になるだろう。

 少なくとも工芸品の技術は高いという事だ。

「アルセーヌどの、精鋭を見繕った。よその剣士は知らんが我らが兵である事は世界の知る所となるだろう」

 土方のモチベーションは極めて高い。

「あんまり気合を入れても疲れるだけだ。あと、俺はアルセーヌでいい。元々そんなに気を使われるのに慣れていないんだ」

 出発の準備を整えたアルセーヌは土方に向かって言う。

「ならば俺も土方で構わん。父祖の仇、怨恨の鎖を我が剣で断ち切ってやる」

 どう転んでも土方の好戦的な性格は変わらないらしい。

 世界で一番危なっかしい集団のような気がするが、岸とバイオロイドに対抗する切り札の一枚になる事に違いは無いだろう。

 アルセーヌはアリアと共に馬に跨り島が保有している大型の漁船に向かった。

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