『近畿地方のある場所について』 4
小沢くんからの急な呼び出しを受けて、私は神保町のカフェへ向かいました。
席に着き、飲み物が運ばれてくると、受け取るなりアイスのカフェラテを一気に飲み干し、彼は言いました。
「僕の見解を聞いてもらえますか」
私は彼の話を聞くことにしました。
彼は山へ誘うモノについての見解を一通り私に話したあと、さらに続けました。
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インタビューをしてくださった、女流ホラー作家の××××さん、あの方の「学校の怖い話」シリーズにも赤い女と男の子のようなものが出てきましたね。いえ、男の子のようなものではなく、あきらくんでしょう。
このインタビューのおかげで、山へ誘うモノ以外の怪異の原因はだいぶ明らかになったと思っています。悲惨な真相ではありましたが。
僕がネットで見つけた「お札屋敷にまつわるスレッド」に出てくるお札屋敷は、赤い女とあきらくんがかつて住んでいた家でしょう。今はお札がはがされているようですが。スレッド主も書いている通り、「ドンッドンッ」と定期的に響く音も赤い女との共通点を感じます。
インタビューしていただいた「呪いの動画に関してのインタビューの当事者となった男性のその後の話」では、赤い女は男性に取り憑いたあと、なぜかいったん離れ、その代わりに男性はあきらくんをたびたび目撃するようになります。赤い女とあきらくんが親子関係にあるならそれも納得ができますよね。
以前もお話しましたが、山へ誘うモノと違い赤い女は積極的に近づいてきます。見つけられたがってもいます。それにはあきらくんが関係しているのではないでしょうか。
僕も驚きましたが、この女は生前、僕の勤務先に手紙をよこしていたみたいです。
いや、赤い女が自殺したのがいつなのか、はっきりとはわからないので、生前というのは僕の予想ですが。ただ、文章から受ける全体的な印象はほかと同じですが、まだ知性を感じるというか、ただの変人が書いた文章という気がします。
手紙の送り主が赤い女ではないかということに気づいたのは3通目の文末の「見つけてくださってありがとうございます」とフレーズに既視感があったからです。手紙の送り先は十中八九子どもが自殺した事件を記事にするために取材をしたうちの出版社の記者でしょう。月刊〇〇〇〇の派生元の写真週刊誌〇〇〇〇がそうであるように、他部署にはそういったゴシップ記事を掲載する媒体もありますから。
Oさんは、「学校の怖い話」シリーズと××××さんの新作にあたって、社内で●●●●●で起こった自殺事件を取材した同僚がいないか聞き込みをしていたのかもしれません。そして、それを聞いた他部署の同僚が、Oさんに自殺したこどもの親から送られてきた手紙を渡した。資料の山からそれを僕がみつけた、と。
他部署の製作したものということもあって、まだ、該当記事が掲載されたバックナンバーは見つけられていません。今も探していますが。
大方、強引な取材をした挙句に取材対象を糾弾するような内容の記事に仕立て上げたんでしょう。だとしたら赤い女は被害者ですね。
被害者と言えば、あきらくんもです。
作家の方のお話によると、あきらくんはましろさんへの身代わりになったということですが、これはマンションのこどもたちがしていたまっしろさんという遊びの身代わりになったということではないでしょうか。それを母親が見つけてしまった。そして2人もまた、怪異になってしまったのだと考えられます。
話の中では、ましろさんは元から七不思議として小学校で伝わっていたようです。時系列で言うなら、恐らく山へ誘うモノであろうましろさんという話があって、マンションのこどもたちがそれを元にまっしろさんをはじめたのだと思います。そして、その影響で死んでしまったあきらくんとその親である赤い女の噂が広まった。そう考えられます。
ただ、山へ誘うモノとあきらくんの怪談には妙な共通点がありますね。
それは大きな口を開けるところと、身代わりを求めるところです。
厳密にいうと、山へ誘うモノが大きな口を開けている情報はありません。ただ、読者からの手紙と「心霊写真」についてはそういう描写があります。これらは恐らく、山へ誘うモノに関連した怪異だとは思いますが、一方で、「あきとくんの電話ボックス」でもあきらくんは大きな口を開けています。
身代わりのほうは、共通点はありつつも少し意味合いが違います。山へ誘うモノは身代わりは人形の場合が多く、その影響を受けたであろうまっしろさんという遊びでも、無機物を含めた身代わりを差し出しています。この遊びでは他者の命を差し出すことも身代わりにはなりえるようですが。
ところが、あきらくんの場合は命を身代わりに、いえ、この場合は生贄でしょうか。命を差し出すことでしか許されない印象があります。
異なる点でいうと、目的をもって動いているであろう山へ誘うモノとは違い、あきらくんは動機が読めません。というか、目的が「命を奪うこと」自体のようにも思えます。「学校の怖い話」シリーズのように、「食べること」があきらくんの行動原理なのでしょうか。
命を食べる、それが人間の場合は食べた後の肉体を例のマンションから飛び降りさせる。山へ誘うモノがダムに飛び込ませたように。そういう解釈もできそうですね。
また、赤い女と同じく、取り憑いた対象がどこにいようとあきらくん自体がずっと付きまといます。これも山へ誘うモノとは違う点ですね。
これらを踏まえると、山へ誘うモノのせいで死んでしまったあきらくんという異なる怪異が、山へ誘うモノの特徴を一部引き継いでいると考えられそうです。
作家の方もおっしゃってましたし、実際に手紙にも書いてありましたが、赤い女は生前、スピリチュアル的な何かに傾倒していたようです。
例の「お札屋敷にまつわるスレッド」にも家にそういったアイテムが残されていましたし、仏壇が家にないみたいです。「オンライン医師相談サービスの書き込み」にも「見つけてくださってありがとうございます」との一文がありますが、同時に「高みからみなさんをみちびいてください」という一般的ではない表現があります。
この赤い女はある思想に基づいて、あきらくんに関係する何かを広めようとしていた。もしくは、あきらくんの存在、認識そのものを広めようとしていた。その手段のひとつとして「了」というこどもの名前が書かれたシールが使われた。僕はそう考えています。
こどもであるあきらくんと同じく、赤い女と例の山、山へ誘うモノも、関係はありそうです。
例の「オンライン医師相談サービスの書き込み」には相談者の息子が保養所の廃墟にいったという内容があります。これはもしかして、「林間学校集団ヒステリー事件の真相」に出てきた、山の西側にある建物なんじゃないでしょうか。場所がはっきりと書かれているわけではありませんが、ご存じの通りあの廃墟は今も心霊スポットとして有名です。それ以外に、あの辺りには他に大きな建物の廃墟はありませんし。
あと、短編の「浮気」に出てくるましろさまを呼び出す儀式、この際の動きが赤い女をほうふつとさせます。ましろさまという交霊術がいつからあの小学校で流行っていたのかがわかりませんが、もしかして、赤い女があきらくんを降ろそうと必死に飛び跳ねる様子を見たこどもが、ましろさまの交霊術にその動きを取り入れた可能性もありますね。そうなるとましろさまに関しては因果関係が逆になりますが。
それからシールと編集部宛ての怪文書のことなんですが――――
******
私が口をはさむ間もなく、また、私の反応など一切気にする素振りもせず、延々と一方的に話し続ける彼の様子は常軌を逸していました。
私が話を遮ってようやく話すのをやめた彼は、一呼吸置き、言いました。
「もう少しです。もう少しな気がします。まだわからない部分は多いですが、もう少しで全部つながっていい特集になりそうなんです」
その勢いのまま、彼は続けました。
「僕、ここまで来たら一度●●●●●に行ってみようと思います」
私はもちろん止めました。
でも、彼は行ってしまいました。
2か月後、彼は死にました。
●●●●●で見つかりました。
皆さんに嘘をついてしまって本当にごめんなさい。
『近畿地方のある場所について』はこれでお終いです。
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