第21話 黙りなさい
「懐かしい顔だな」
昔に何度も街中で見かけた、警備用機械ゴーレムである。頑丈に作られているが、戦闘能力は高くない。俺が知っているままの性能であれば、ナータの脅威にはならないだろう。
ガンッ、ゴンッ、ガンッ。
ナータが神兵を殴り続けている音だ。
マウントポジションをとって今も一方的に攻撃している。圧倒的な性能差があって、反撃はできないようだ。神兵と言ってもこの程度か。拍子抜けだな。
「や、やめ――」
「黙りなさい」
神兵は泣きそうな顔をしているが、ナータは無視を続けている。感情を持ってしまったが故に、機能停止の恐怖に負けてしまったのだろう。
この一点だけみれば、感情を獲得した機械ゴーレムは退化した、とも言えそうだ。実際はそんな単純なことではなく、進化した部分もあるだろうが。
「ごめ――」
ガンッ、ゴッ、ガンッ、ガンッ。
「許して――――」
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「…………」
何を言っても殴る手を止めないナータ。神兵はついにだ黙ってしまった。瞳の色が暗くなり、意識を失っている症状が出ている。あっさりと倒してしまったんじゃ、神兵の実力がわからない。
「手を止めろ」
腕を振り上げた状態でナータが止まった。
首だけをうごかして俺を見る。
何で止めるんですか、なんて言いたそうな顔だ。感情があるとバレてから隠すことがなくなったな。
「俺の命令に不満でもあるのか?」
「ございません」
「立ち上がって、神兵から距離を取れ」
無言で命令に従ったナータは斧を拾うと、俺の前に立った。
守るために近づいたのだろう。命令は素直に聞いているので、内部機能が故障したわけではなさそうだ。
「神兵の性能テストを再開したい。もう一度、戦えるか?」
「もちろんです。あのゴミくずとは違うことを証明してみせます」
ライバル心が芽生えたのかわからんが、やる気があるなら止める必要はない。肩に手をおいて「任せたぞ」と伝えてから石の上に座る。
ナータは斧を前に出して構えた。
機能停止しただけであれば、機械ゴーレムは自動で再起動する仕組みになっているので、神兵であればすぐに起き上がるだろう。
「残り十秒というところか?」
心の中でカウントダウンを始める。八……六…………三……二……一。
「ここは!?」
神兵は目覚めると眼球だけを動かして、周辺を確認。ナータの姿を捕らえると、飛び起きた。
ガタガタと歯を鳴らして腰が引けている。俺を見つけたときのような、上位者としての立ち振る舞いはない。面白い反応だ。機械ゴーレムのクセに、心が折れているのだ。
「人間ごときに怯えているのか?」
嗤ってみせると、神兵が文句を言おうとして口を開きかけ、止まった。
ナータが間に入って威嚇したからだ。
「お、お前……」
「なんでしょう?」
「…………」
圧力に屈して神兵が黙った。こいつメンタルが弱すぎるだろ。
まさか、初めて格上の相手と戦って怯えているのか!?
こんなんじゃ、試験ができないじゃないか!
「お前、神兵と言われるほど強いんだろ? 人間に従う機械ゴーレムごときにビビるなよ」
「わ、私はビビってなんて……っ!!」
最後まで言えなかった。ナータの眼光に耐えられなかったのだ。
初めて覚えた恐怖という感情を克服するすべはない。
「お前には失望したよ。もっと頑張れると思っていたぞ」
首を大きく横に振って気持ちを伝えた。
急速に興味が失せていく。
もう解剖して調べれば良いか。頭を破壊して機能停止させよう。
「処分して良いぞ」
無言でうなずいたナータが、一歩足を前に出す。ゆっくりと歩き、進むが、神兵は戦うそぶりを見せない。生まれたての子鹿のように震え、処刑されるのを待っているだけだ。
立ち止まったナータは斧を大きく振り上げる。
「貴方の神に祈ってみたら? 助けてもらえるかもしれませんよ?」
おお! 煽るというテクニックも覚えたのか!
神兵とは違って良い感じに成長している。
感情を持つのも悪くはないと、思わせてくれた。
「た、助けて……」
そうやって命乞いした人間を、お前は何人殺したんだ? なんて言おうと思ったが、俺も実験で何人か殺したことがあるので、正義の使者みたいな態度は出せない。
運がなかったと思って、壊されてもらおう。
ヤれと、目でナータに指示をする。
腕が振り下ろされた。
「ごめんなさい! もう人間様に逆らいませんから! 助けてください!!」
神兵がひれ伏して、地面に頭をつけた。
「待て!」
斧の刃が神兵の頭に当たる直前で、ピタリと止まる。
「お前は神兵で、人間より偉かったんじゃないのか? 命乞いをして恥ずかしくないのか?」
嫌みで言ったわけじゃない。こいつの行動原理がどうなっているのか知りたくなったのだ。
すべての機械ゴーレムに設定された「人類のために働く」という目的が、まだ生きているのか。それとも長い時間と共に変質してしまったのか。
目の前でみっともなく謝っている神兵から、ヒントをもらえるかもしれない。
「……恥ずかしくはないです。私は人類のために働く機械でございますから」
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