第20話 手応えはありませんでした

「わかった。落ち着け、出来る限り一人では出ない。それで妥協しろ」


 あいまいな約束だ。普通の機械ゴーレムであれば、具体的な例をあげて詳細をつめてくるはず。


 ナータはどのような反応をする?


「……わかりました。その代わり、いないことに気づいたら、勝手に後を追ってもいいですか?」

「好きにしろ」


 予想した通りの結果だ。人間の思考に近づいたナータは、少しでも自分が納得できるようにするため、交換条件を提案した。今までになかった言動である。


 機械ゴーレムの自立思考では、そこまでの判断はできなかったはず。今の状態は、俺が知る上級機械ゴーレムの思考力を凌駕しているだろう。


「ありがとうございます」


 メイド服のスカートの端をちょこんとつまみ、優雅に礼をした。一瞬だけ、ここが森の中だと忘れてしまったぐらい洗練されている。ナータに使った脳は良いところの出だったから、生前のなごりがでているのかもしれないな。


 変化について大枠は見えてきた。そろそろ別の話題に移ろう。

 ナータが殺したキメラを指さす。


「食べられると思うか?」


 シェルター内で食物は育てているが、家畜はいない。繁殖の手伝いや食事を用意できなかったからだ。


 目の前に転がっているキメラの肉を焼いて、たっぷりとタレをつけて食べる。ついでに酒も飲めたら最高だな。何も言うことはない。なんて想像していたら、空腹で音が鳴ってしまった。


 意外と食事は好きなので、食材は豊富にそろえたいな。


「肉食系の動物は不味いと言われています。別の個体にしたほうが良いと思いますが?」


 獲物として食べている動物のにおいが肉についているため、食べても美味しくはないという噂を聞いたことがあるな。


 久々に食べる肉が不味かったら嫌だ。俺の体は最高に上手い肉を求めているのだから、トゲトラを食べる案は却下だな。まだ四本腕のゴリラの方がマシである。


「だったら別の動物を探そう。さっきは鹿を見つけたし、草食系の動物もこの森にはいるだろう」

「それがよろしいかと。お供しますね」


 ナータが嬉しそうにしながら斧を持つ。


 ガサっと、草をかき分ける音がして、俺たちは同じ方向を見た。


「あれー。なんでキメラの森に人がいるのかな?」


 現れたのは全身に金属鎧を身に着け、腰に剣をぶら下げている女だ。目から上だけが隠れる特殊な兜をかぶっている。髪は金色で腰まで伸びており、胸は大き目だ。腰回りは美しい曲線を描いていて、理想的なくびれと言っても過言ではない。鉄製のブーツを履いていても、すらりとした足だとわかり、どんな服を着ても似合うだろうな、なんて感想を抱いてしまう。


 男を誘惑するのに充分な魅力をもつ体型を持っていた。


「マスター。あれは……」

「分かっている」


 機械ゴーレムだ。それも戦闘ができるタイプである。ニクシーが言っていた神兵というやつだろう。

 俺が長い眠りにつく前と、デザインがほとんど変わってないのですぐにわかった。


 口ぶりからして森を巡回している最中に偶然であったとか、そんな感じだろう。


「ねぇ。人のくせに無視するの?」


 俺を見て見下すような目をしている。これが人類の立場か。まったくもって面白くない。

 神兵とやらの、ブクブクと肥大したプライドをへし折ってやる。


「能力を見たい。先ずはナータが行け」

「かしこまりました」


 さて、性能はどのぐらい上がっている? 見た目は変わっていないが、中身は別物という可能性もあるので、能力を調べるのが楽しみである。


「人間ごとが私と戦えるとでも思っているのか。殺す前に教育が必要だな」

「それは私の言葉ですね。マスターに逆らう愚かな機械ゴーレムは抹消です」

「何! その言葉、どこで知った……っ!!」


 機械ゴーレムという単語に驚いた神兵に、ナータは高速で近づく。地面を削りながら斧を振り上げる。不意を突かれた神兵は体をねじって回避しようとしたが、鎧に当たって吹き飛んでいった。


「手応えはありませんでした」


 意外と反応速度は良いな。だが、俺の知っている機械ゴーレムと性能は変わっていない。ナータの実力であれば、間違いなく勝てるだろう。


「お前! 神兵のくせに、人の味方をするのかッ!!」


 鎧を破壊された神兵が、顔を真っ赤にさせながら立ち上がった。


 ナータが機械ゴーレムだと気づかれてしまったようだ。

 別に隠してはなかったので問題はない。

 それより気にことがある。


「怒っているな」


 感情を持っているのは確定だ。下っ端であろう神兵でこれなんだから、神として君臨している上級機械ゴーレムも感情があると判断して良いだろう。


 数百年稼働した機械ゴーレムが感情を持つのだとしたら、地上にいるヤツらはすべて持っていると判断して良いだろう。


 だからこそ、人間のように不合理な動きをして争っている?

 実に興味深い仮説だ。これは確認しなければならないぞ。


「どうしますか?」

「壊してもいいが、可能であれば捕らえ――」

「私を無視するなっっ!!」


 神兵が叫んだ。

 鞘から剣を抜くと切っ先を俺たちに向ける。


「しねっ!」


 怒りによって思考が単純化されているようで、俺に向けて真っ直ぐ走ってきた。フェイントを入れる気配はない。周りも見えてない。


「マスターを狙うなんて、生意気ですね」


 だから、斧を捨てて突っ込んできたナータの攻撃が避けられないのだ。


 神兵は押し倒されてしまう。抜け出そうと手足を動かすが、腹の上に乗っているナータはびくともしない。


「人間を襲う機械ゴーレムには、教育が必要ですね」

「ま、まて――ぶっ」


 ナータが神兵の顔を殴りつけた。兜が飛び、素顔が露わになる。

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