第19話 マスターは解除しろと言うじゃないですか

「元気そうだな」

「マスターも元気そうで」


 血がしたたり落ちる斧を持ちながら、ナータがゆっくりと近づいてくる。昔見たホラー映画に似たようなシーンがあったな。確か、主人公が惨殺されて終わる作品だったのを覚えている。


「俺の居場所は何故わかった?」

「なぜでしょうかね」


 笑いながら誤魔化されてしまった。機械ゴーレムがマスターの質問に答えないとは。あり得ない出来事が目の前で発生している。もしかして長期稼働したことで、おかしくなってしまったのか?


「マスターにはわかりますか?」


 斧を振るって、刃についた血を飛ばした。もし脳に不具合が発生して俺への攻撃が可能になったのであれば、ナータと戦わなければならない。


 人間と万能型機械ゴーレムの戦いはどっちが有利か? と聞かれたら、迷わず機械ゴーレムと答えるだろう。だが俺は魔技師で、対機械ゴーレム用の魔法を多数覚えている。身体能力では劣るかもしれないが、魔法を組み合わせれば負けることはない。


「わからないから聞いている」


 襲撃に備えて手を前に出して魔力を集める。あとは具体的な魔法の効果をイメージして、魔法名という形で意志をのせれば発動する。


 警戒していると察したナータは、悲しそうにしながら斧を投げ捨てた。


「マスターの体に追跡の魔法がかかっていて、私やアデラは追えるようになっているんですよ」

「そんな魔法、いつかけたんだ?」

「機能停止する前です。意識を失っている間にマスターが攫われても取り返せるよう、使っておいたんです」


 言い分はわかる。独立思考する機械ゴーレムの動きとして、不自然はない。

 だが、疑問は残る。


 なぜ目覚めてからすぐに伝えなかった?


 マスターに従順であれば、寝ている間にかけた魔法は報告するはず。それなのにナータは何も言わなかった。むしろ隠していたようにも思える。


 素手になったナータは両腕を広げた。


「なぜ言わなかった?」

「だって、マスターは解除しろと言うじゃないですか」


 目の前に立ったナータは俺を抱きしめた。魔法は発動させてない。敵意を感じなかったからと言うのもあるが、最大の理由は興味深い変化だったからである。


「もしかして、感情をもったのか?」


 上級機械ゴーレムには感情があるとの噂があった。

 俺の最高傑作であるナータが持っていても不思議ではない。


「……感情と言って良いのかわかりませんが、私は非合理的な考えをするようになりました」


 俺を抱きしめているナータの体が震えている。人間であれば涙を流していそうだ。泣きそうになる機械ゴーレムなんて初めて出会ったぞ。


 目覚めてから色んなことに驚かされてばかりだ。


「壊れてしまったのでしょうか」

「俺の最高傑作品が壊れるわけないだろ。これは進化だ」

「機械ゴーレムが進化、ですか?」

「そうだ。お前たちは学習できる頭脳がある。経験が一定の値を超えて、新しい何かが目覚めたんだろう」


 本当に感情を得たのかはわからなかったので、この場では断言しなかった。だが、大量の経験が機械ゴーレムの性質を変えたのも事実で、俺の知らない何かが生み出されたのは間違いない。


 ナータが今感じている戸惑いや不安は、どうやって手に入れたのか。時間をかけて研究していこう。もしかしたら上級機械ゴーレムが変質した理由、それが判明するかもしれない。


「進化した私はどうなってしまうのですか? もしかして、あの神もどきになってしまうのでしょうか?」


 賢いナータは俺と似たようなことを考えていたようだ。この変化は全ての機械ゴーレムに起こった。その結果、人類を管理するようになったと。


 もしかしたら変更不能な「人類ために働く」という初期設定ですら、変えられるような変化が訪れてしまうかも。そんな想いがナータを怯えさせているのだろう。


「それは誰にも分らん。しかしナータが俺の機械ゴーレムで、俺のために働く存在だというのは変わっていない」

「はい。変わっておりません」


 体を引き離してナータを見る。

 これからの言葉は壊れるまでずっと覚えておけ。


「なら今まで通り、ずっと俺に従っていればいいんだ」


 間違っても上級機械ゴーレムのように、自分が神だと錯覚するな。人類にとっての最高の道具であれ。そんな意味を込めて言った。


「かしこまりました。どんなことがあっても、私はマスターの手足となって動きます」

「よろしい。これからも頼んだぞ」


 これでナータが反乱を起こす可能性は下げられただろう。稼いだ時間を有効に使って、何が起こったのか観察するぞ。


「ですが、これだけは言わせてください」

「なんだ?」

「もう二度と、無断で地上には出ないでください」


 以前であれば「次は護衛させてください」と控えめに言っていたはずだ。今回みたいに、強い言葉で俺の行動を抑制するような発言はしなかった。


 覚えたての感情に似たなにかが、ナータを動かしたのだろう。


「検討する」

「ダメです。約束してください。マスターに死なれたら、私はどうすればいいのか分からなくなってしまいます」


 行動原理が消失すると怖がっている。これも新しい。まるで他人に依存する人間のような振る舞いじゃないか。

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