第18話 ここには、俺の自宅があったんだけどな……
シェルターから出るため、はしごを上がって蓋を開けると、青空が見えた。
天然の光が肌を照らし、温かみを感じる。何百年ぶりに感じる青臭い空気を限界まで吸い込んだ。
「素晴らしい」
生きていることを実感する。
地下シェルターの生活は悪くないのだが、開放感や自然を感じるという点においては劣る。地上にしかない魅力だ。たまになら外にでも良いと思わせてくれた。
はしごを登り切って地上に立つ。俺が立っている場所は短い草しか生えていないが、数メートル先は木が鬱蒼と生い茂っており奥は薄暗い。映像で見たとおり森だ。
「ここには、俺の自宅があったんだけどな……」
シェルターを他人の土地に作ることなんてできないので、自宅にある庭の地下に作った。頑丈に作った建物だったので、壊れていても何かは残っていると思っていたのだが、痕跡がまったくない。しゃがんで地面少し調べてみたが、建物の破片すらなかった。全てが自然に返っている。
自宅には機械ゴーレムの研究所もあったのだが。この感じでは地上に残していた素材は諦めた方が良いだろう。
立ち上がって鞘から刀身が黒い剣を抜く。軽く振ってみる。空気を切る音が心地良い。魔力を少量流し込んで、刀身に黒い炎をまとわせてから歩き出した。
* * *
森に入ると一気に騒がしくなった。鳥のさえずり、動物の鳴き声、葉のざわめき。至る所に生命を感じる。
キメラが支配した死の森なんてイメージもあったのだが、意外と普通だな。奇襲さえ気をつければ外でも生活できるだろう。地上にも拠点を作っても良さそうである。
久々に外へ出たこともあって気分が高揚していると、オレンジ色の実をつけた木を発見した。近づいてみる。強烈な甘い香りがした。
まだ一メートルほど距離があるというのに、鼻をふさがないと立っていられないほどの強さである。こんな植物、少なくとも国内にはなかったぞ。
その場に立っているのも辛くなったので、後ろに下がり距離を取る。
「ウホッ!!」
四本腕のゴリラが、枝に付いているオレンジ色の実を取った。地上に着地すると、一口で食べる。大好物なのかわからないが小躍りしていて、俺の存在には気づいていない。
生態を確認したいので木の裏に隠れて様子をうかがう。
「ウホッ、ウホホッ!!」
顔を赤くしながら胸を叩き始めた。その場をグルグルと回っているし、酩酊しているようにも感じる。
四本腕のゴリラを酔わせる、アルコールのような成分が入っているのか?
人間でも同じ効果は得られるのだろうか?
地下シェルターには酒を造る機能はないため、もし人間に害のない果実であれば一つ欲しいな。
叫び声を聞きつけたのか、四本腕のゴリラが追加で五匹やってくる。そのうちの一匹はお腹に子供を抱えていた。
複数の生物を合成したキメラには、繁殖能力もあるようだ。驚きと共に納得感もある。
上級機械ゴーレムたちは野に放った人間を確実に殺せるよう、自然繁殖の機能を残したのだ。
外敵がいれば内部の問題から目をそらせることもできる。キメラを便利な道具として使っているのだろう。
道具のくせに生物を道具扱いとは、な。
「ウホホッ!! ウホホッ!!」
「ウッホ!」
「ウホウホ?」
四本腕のゴリラは会話らしきことをしていて、あるていどの知能もあるようだ。俺の姿を覚えられても面倒なので、皆殺しで確定だな。
魔力で身体能力を強化して木から離れ、姿を現す。最初に気づいたのは四本腕のゴリラの子供だった。果実を食べてないから冷静でいられたんだろう。
声を出されたら面倒である。地面に足跡が付くほどの力を込めて一足で飛び出すと、親子まとめて斬り殺す。切断面から黒い炎が吹き上がって、無事な部分も焼き尽くしていく。
「ウホ!?」
果実を口にくわえながら俺を見ている、間抜けなゴリラの首をはねる。すぐに体を半回転させると、残りのヤツらは体が真っ二つになって倒れた。死体は黒い炎に焼かれている。斬った対象しか燃やさないので延焼の心配はない。
「映像で見るより弱かったな」
酩酊しているキメラなら、一瞬で片が付く。
素面でも脅威にはならないだろうから、実際に試してみたい。
「次を探すか」
オレンジ色の木の実をもぎ取ってからポケットにしまうと、キメラを求めて森を歩き始める。
しばらく歩くと、そこそこ大きな川を見つけた。水深は一メートルぐらいはありそうだ。近づいて水をすくうと冷たかった。水中には小さな魚が泳いでいて気持ちよさそうだ。
近くの石に腰掛けて、遠くを見ると鹿の姿を見つける。俺のことをじっと見てから、どこかへ走り去った。
人間がいないからか、生き物が多い。
改めて自然が豊かだとわかるな。
天気も良いのでしばらくぼーっと過ごしていると、ジャリッと音が鳴ったので振り返る。あれは……虎か? だが口には大きな二本の牙が生えており、尻尾にはトゲがいくつも付いている。
「新種のキメラだな。名前はトゲトラだ」
我ながらナイスネーミングだと思う。もう忘れることはない。
さてコイツはどんな戦いをするのだろうか。油断して殺されたとなったらナータが……。
「あっ」
思わず言葉が漏れてしまったのも仕方がない。なんせ、二メートル近くある斧を持ったナータが、トゲトラの頭を斬り落としたのだから。せっかく戦えると思ったのだが、機会を失ってしまった。残念である。
そして、目覚めて初めて訪れた危機と対面することとなった。
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