第3話 世界大戦が起こったのか

 半壊した廊下を抜けるとリビングに入った。ここにキッチンがあり、予想していたとおりナータが料理をしていた。黒くて長い髪を一本に結わい、エプロンをしている。俺が来たと気づいたようで、顔をこちらに向けた。


「おはようございます。マスター」


 凜とした透き通るような声は変わっていない。聞く人を安心させるような不思議な安らぎを感じる。こだわって作ったので時を経ても正常に動作していて嬉しかった。


「おはよう。早速だが色々と聞きたいことがある」

「私が機能停止や世界がどうなったか、と言うことですね?」

「そうだ。知っていることを全て教えろ」

「もちろんです。全てお伝えしますが、その前に……」


 料理の手を止めたナータが近づいてきた。手には水の入ったコップがある。


「簡易診断したところ水分が不足しているとの結果がでました。お話しする前に、これを飲んで下さい」


 ナータの目に入れたセンサーから俺の状態を把握したのだろう。言われてみれば喉は渇いていたので、提案を受け入れても良いだろう。


 差し出されたコップを受け取ると、口に水を入れて飲み込む。細胞が奪い合うようにして吸収していき、全身に染み渡った感覚があった。


「美味いな」

「まだ飲みますか?」


 首を横に振ってからコップをナータに返した。


 キッチンから離れてリビングのソファに座る。目の前には四角く黒い液晶画面があるので、木製のローテーブルに置かれたリモコンを持ち、電源を入れる。


 鬱蒼とした木々が立ち並ぶ光景が映し出された。


 外の様子を確認するために設置したカメラからの映像だ。シェルター周辺の環境は大きく変わってしまったようだ。


「旧文明は崩壊して、大地の多くが自然に返りました」


 カットされたリンゴとカレーを配膳しながら、ナータが説明した。


「やはり世界大戦が起こったのか?」

「はい。戦争では、戦闘型機械ゴーレムが破壊されるだけ、絶対に人は死なない、これは戦争ではなくゲームなのだ! などと民衆を煽った指導者がいたようです。娯楽のような気軽さで戦いが始まりました」


 信じたヤツらはバカじゃないのか?


 確かに最初は戦闘用機械ゴーレム同士の潰し合いになるが、それだけで終わるわけないだろ。略奪や虐殺なんか怒っていた。現実を目を向ければすぐわかるのに、暇人どもはネットにこもりっきりで、見たいものしか見てなかったのだろう。


 こういった想像力の欠如が起こったのも、仕事は機械ゴーレムに任せて、怠惰な生活を送っていた人類が退化した結果なのだろうか。


「それでどうなった?」

「戦争は各国を巻き込んで広がっていき、世界の人口は大きく減りました。さらに最後は機械ゴーレムの一斉蜂起によって、壊滅的なダメージを受け、人類の文明崩壊に至ります」

「機械ゴーレムどもが人間を裏切ったのか!?」


 あり得ない! 機械ゴーレムは、「人類ために働く」という大きな目的が必ず設定されており、人間に危害を加えられないようになっているからだ。自立思考できるようになったからといって、無条件で人間を攻撃できるはずがない!


「その、まさかが起こりました」

「……当時のことはわかるか?」

「その時はまだ、私も外を出歩けていたので情報は集めております」


 話を続けようとしたナータだったが、俺の腹から音が鳴ったので止まった。


 すっとスプーンを出されたので受け取ると、改めてカレーを見る。


 湯気が立つ白米に茶色いルーがかかっているようだ。ニンジンやジャガイモ、豚肉などの具がたっぷり入っていて食べ応えはありそう。皿のはじには福神漬がちょこんと置かれていて、一緒に食べて下さいね、なんて自己主張しているように感じる。


 スプーンで白米とルーをまとめてすくい、口を大きく開いて入れた。


 辛い中に甘みを感じ、刺激的なスパイスの香りが口、そして鼻腔まで満たしていく。長期睡眠あけに刺激物は食べられないと思っていたが、逆にもっともっとと、体が求めてくる。


 冬眠から目覚めた熊になったような気分だ。


 二口目はジャガイモと豚肉を一緒に口に入れて、腹を満たしてく。少しカレー味に飽きたら、福神漬を食べてカリカリとした食感と、ほんのりと感じる甘みを楽しんだ。


 手が止まらない。気がつけば、俺好みに調整されたカレーは完食していた。


 コップを持って水を一気にのみ、口の中をさっぱりさせる。


「……美味かった」


 ふぅと息を吐いてソファに寄りかかる。天井を見上げて、先ほど食べたカレーの味を思い出していた。


「戦争は拡大の一途を続けており、数年で人類は滅亡するとわかっていました。しかし、このままだと誰も止められないと、当時の上級ゴーレムが判断。人類を保護するために管理すると決めました」


 俺が落ち着いたとみて、ナータは話を再開したみたいだ。


 上級ゴーレムとは、機械ゴーレムを集団運用するために導入された、司令官みたいな存在だ。ヤツらの命令一つで、数十万の機械ゴーレムが動くほどの権限を持っている。ナータよりかは劣るが、最高峰の人工脳を搭載されていたはずだ。感情すら獲得した機械ゴーレムとの噂があったな。


「管理ね……何をしたんだ?」

「機械ゴーレムは政治や警察、軍、そして司法を支配し、人間を働かせるようにしました」

「人間を働かせる? 逆じゃないのか?」

「争う余裕がないほど貧しく、忙しくすれば、人類は滅びることはない、といった考えらしいです」


 人間、暇になったら碌なことはしない。というのは、過去の戦争が裏付けている。だが、上級機械ゴーレムが出した結論はどうなんだ? 人類のために働いていると、言えるのだろうか。


「管理して計画的に文明を発展させる、そういう考えなのか?」

「違います。上級機械ゴーレムたちは、文明と人類の自由を抑制することを選びました」


 文明レベルが上がり、人々の生活が豊かになる。

 それが俺のイメージしていた人類のために働く、だったんだが、どうやら上級機械ゴーレムは別の結論を出したようだった。

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