第2話 メンテナンスモードになったな

 パッと見たところ破壊された箇所はなさそうだ。生身の人間が寝ている。なんて勘違いしそうなほど美しい。さすが天才魔技師とまで呼ばれた俺が作っただけはある。


 機能停止している原因をさぐるべく、まずは頭部を確認することにした。瞼を上げて眼球を触ると柔らかい感触が返ってくるだけで、微動だにしない。


 機械ゴーレム内で巡回している魔力が少しでも残っているのであれば、防御反応として眼球が動くか、もしくは瞼を閉じようとするのだが。僅かな動作すらできないほど、魔力が枯渇している。動かない理由はコレだろう。


 機械ゴーレムの魔力は、永久に体内で循環するよう設計されているので、普通に動作していただけであれば、魔力切れなんて現象は起きない。


「ここで、戦闘があったんだろうな」


 シェルター内の荒れ具合、そして魔力を放出しなければいけない事態など、戦闘ぐらいしか思い浮かばない。


 入り口は隠していたのだが、偶然見つかることはあるだろう。業者に頼んだ作った強固なシェルターも、時間をかければ破壊できるだろうから、侵入者がいたとしても驚きはしなかった。


 何があったかはナータを復活させればわかるので、起動させる作業を開始する。


 体をひっくり返して、うつ伏せにさせた。機械ゴーレムの体は通常の人間よりも重く作られているが、転がすぐらいはできる。


「えーっと、たしか背中に魔力を流せば……」


 長期間眠っていた影響なのか、記憶を引き出すのに時間がかかってしまう。布きれと化したナータの服を剥ぎ取り、肌を露出させて背中に手のひらを当てる。


 俺の魔力を注ぎ込むと、うなじに小さな赤いスイッチが出現した。押すと今度は背中の中心がパカッと開き、内部が見えるようになる。


「よし、メンテナンスモードになったな」


 この状態になると全ての防御システムがダウンして、外部からの操作を受け入れるようになるのだ。

 体の中をいじりたい放題。早速、作業に入ろう。


 体の内部には、魔力伝導率が高く固い金属であるオリハルコンで作られた人工骨がある。胃や肺といった臓器はないが、左胸には魔力を全身に循環させる小さな箱から、細い糸を束ねた線がいくつも伸びている。これは通称GOケーブルと呼ばれるもので、人工骨に絡みつき筋肉、神経等などの役割を果たしている。


 人工骨が機械ゴーレムの強度に関わるのであれば、運動能力はGOケーブルに依存する。両方の質が高ければ強力な機械ゴーレムになり、当然ではあるが、この俺が作ったナータは最上級に位置する。


『サーチ』


 魔技師となるときに覚えた、機械ゴーレムメンテナンス用の魔法を使った。

 魔力が可視化され、淡い白い光を放つようになる。


 GOケーブルに変化はない。左胸にある小箱も真っ暗なままだ。やはり完全に魔力切れを起こしているな。まずは魔力を注いで起動するか試してみよう。


 左手で背骨を掴むと、金属の硬質な感触が伝わってきた。右手の方を肋骨に伸ばし、根元から取り外す。人工骨は組み立て式なので、メンテナンスモードであれば簡単に取り外しができるのだ。


 三本ほど肋骨を外すと、小箱の周辺に空間ができた。指先で触れて魔力を流し込む。


 小箱が淡く光りだし、GOケーブルに魔力が流れ出した。どうやら故障はしていないようで、魔力が全身に行き渡っていく。時間をかけてゆっくりと、俺からナータに魔力を移していった。


「ふぅ」


 もう、俺の魔力はほとんどない。魔力切れ寸前である。これだけの疲労感を覚えるなら、何回か休憩を入れておけば良かった。


 気力を振り絞って背中のふたを閉めると、残りわずかな魔力を流し込む。うなじに出現した赤いスイッチが消えた。


 これでメンテナンスモードは終了だ。しばらくすれば動き出すだろう。


 魔力を使いすぎたので眠くなってきた。寝たいのだが床は瓦礫が多く、横になったら痛くて寝れないだろうし、もしかしたらケガをするかもしれない。眠っていた睡眠ポッドまで歩く気力が沸かないこともあって、俺はナータの上に乗って目をつぶった。


* * *


 懐かしい匂いがする。

 これは香辛料か? スパイシーな香りが、長い眠りで忘れていた食欲が刺激して……目を開けて勢いよく起き上がった。


 俺がいる場所はシェルター内に作っておいた、寝室のベッドだ。周囲には俺の研究データの詰まっている本が壁一面に並んでいる。長い年月を経ても状態保存の魔法は効果を発揮しているようで、見た目は新品同様であった。


 寝室には物がほとんどなく、あとはナイトテーブルがあるぐらい。


 シェルターにいる人間は俺だけだ。料理できるとしたら倒れていたナータぐらいしかない。魔力切れで倒れていた理由も知りたいし、会いに行こう。


 ベッドから足を下ろして立ち上がる。そのときになってようやく、俺が服を着ていることに気づいた。これも目覚めたナータがやってくれたんだろう。


 開きっぱなしのドアから、寝ているときに感じた空腹を刺激する匂いと、何かを炒めている音が聞こえる。ナータはキッチンで料理をしているのか。


 綺麗に並べられたスリッパをはくと、寝室から出て廊下を歩く。


 俺が寝ていた場所は綺麗だったのだが、通路の破損は激しい。壁は歪んでいるし天井には穴が空いてある。

 戦闘があっただろうという推測は、正しそうだった。

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