機械ゴーレムに管理された世界で、長い眠りから目覚めた天才魔技師は真の能力を発揮して世界を蹂躙する。
わんた@[発売中!]悪徳貴族の生存戦略
第1話 君は、ここにいたのか
魔法文明が高度に発達した世界。
ここでは自立思考型の機械ゴーレムが人々の生活を支え、人類は労働から解放された。誰もが望んだ理想の世界である。
金を稼ぐ必要すらなくなり誰もが喜んだが、10年、20年、30年と続けば、暇な時間ばかりが増えてしまう。面倒なことは機械ゴーレムがすべてやってしまうため、何もすることがなくなってしまったのだ。
コンテンツすら機械ゴーレムが生み出すようになると、人間はただひたすら消費するだけの存在に成り下がってしまう。
また平均寿命が150年を超えてしまい、食欲や性欲の衰えた老人が大量発生してしてしまったのも問題だった。体は思うように動かないのに死ねない。生きる屍となっているのに、自死をしようにも機械ゴーレムが阻止してしまう。ベッドの上で終わりの見えない介護をされる日々を過ごす。
何もすることのない人類が最後に求めたのは、自分の考えは正義だと認めて欲しい歪んだ承認欲求だった。
人々は次第に極端な思想に傾倒していき、肌の露出、美醜、趣味……様々な事柄で争いが絶えなくなり、世界の治安が悪化。さらに争いを面白がった人々が煽ると、世界中で憎しみと対立が生まれてしまう。
最初はデジタル世界で収まっていた争いだったが、時間をかけて現実を侵食していき、熟成した負の感情はついに大国同士の戦争の引き金を引いてしまった。
人類は一度滅びることになる。
* * *
入り口を隠してから地下シェルターに入ると、上から振動音が聞こえた。
ついに俺が住んでいる国も戦争を始めてしまったらしい。これで世界大戦の勃発が確定してしまった。他国にすら逃げ場がない。空には戦闘機が飛び回り、地上は歩兵代わりに機械ゴーレムが徘徊している。敵国の人間を見つければ、命令に従って民間人であっても容赦なく殺し回るだろう。
俺はまだ死にたくない。
世界最高峰の魔技師として全ての技術を注ぎ込み、機械ゴーレムを作ることが生きがいだったのに、作業を中断して身を隠さなければいけないようだ。
こんな状況になったのもクソッタレな暇人どものせいだ。
ネット上のケンカだけで終わらせれば良いのに、相手の思想が気に入らないというだけで世論を動かし、国を巻き込んだ戦争を巻き起こしやがった。殺し合いなんて究極の無駄だというのに、なぜみんな賛成してしまったのだろう。
人間、暇になるとろくなことをしないな。
これなら人類は労働から解放されず、金のために働き続けていたほうがよかったんじゃないか。なんて、思うことすらあった。
「ご主人様、準備が整いました」
俺が魂を込めて作った万能機械ゴーレム――ナータが声をかけてきた。
料理や戦闘、医療までできる優れた機能を持つ機械ゴーレムだ。
メイド服の上に白いエプロンを着ており、絹のような手触りの黒くて長い髪の上にはホワイトプリムが乗っている。キリッとした目をしているので冷たそうに見える顔だが、実は献身的な性格である。
素体はアダマンタイトとミスリルの合金で、頑丈さと柔軟性、そして魔法の効果を向上させる効果がある。この世界でナータより優れた機械ゴーレムは存在しない。そう断言できるほど、金と時間、そして技術を惜しみなくつぎ込んだ。
「もう入りますか?」
ナータが横に一歩移動すると、白くて細長い睡眠ポッドが視界に入った。
人間を仮死状態にして眠りにつかせるという機械で、大金をはたいて買ったのだ。
「もちろんだ。世界が落ち着くまで永い眠りにつく。シェルターの管理は任せたぞ」
「かしこまりました。超小型魔力発電を最優先に、現状の施設を必ずお守りいたします」
睡眠ポッドや照明、空調などの魔道具を動かす動力源が、超小型魔力生成機だ。空気中に漂う魔素を魔力に変換する画期的な機能があり、壊れてしまえばシェルター内の魔道具は全て機能停止しまう重要な装置である。どんなことがあっても守らなければいけない。
「任せたぞ」
服を脱ぐと睡眠ポッドのふたを開けて横になる。ひんやりとしたシートに不快感を覚えたが、すぐ人肌にまで温まった。ふかふかのクッションに囲まれていて寝心地は悪くない。
ナータが睡眠ポッドのふたを閉めると真っ暗になる。シューという音が聞こえたので、睡眠用のガスが投入されたのだろう。意識を失った後は急速に冷えて、俺の生命活動はほぼ停止する。
次に目覚めたとき、暇人の争いは終わって平和な世界になっていることを祈っているぞ。
……。
……。
……。
……。
……。
「ここは?」
祈りを捧げていたと思ったら、いつの間にか眠っていたようだ。
目が覚めると周囲はまっくら。どうやら睡眠ポッドは閉まったままのようである。腕を上げてふたを開けようとしたがびくともしない。全力を出しても隙間すらあかないので、上に何かが乗っているか、あるいは故障しているのかもしれない。
空調は動いているので焦る必要はないが、このままだと飢え死にするぞ。
腕を足の方に持っていき、脱出用のスイッチを探す。体は動かせないので、適当に指だけで探っていると出っ張りにあった。とりあえず押してみるが、睡眠ポッドのふたは開かない。
シェルター内の超小型魔力生成機が壊れているのか?
いや、それだったら睡眠ポッド内の空調まで止まっているはず。まだ正常に稼働しているはずだ。
だったら、脱出用のスイッチにまで魔力が回っていないことになる。俺の体から直接流し込めば動くかもしれない。
体内で生成した魔力を指先に集めて、先ほど触った出っ張りに流し込む。ぶーんと音がなった。モーターが動き出すと、ふたがゆっくりと持ち上がる。新鮮……ではないが、空気が流れ込んできた。
睡眠ポッドが棺桶になる悲劇は回避できたようだな。
体を起こしながら口を開く。
「おはようって、誰もいない?」
俺が目覚めるまでナータが休止モードで待機しているはずなんだが。耐久性能は非常に高くしてあるので故障したとは思えない。
想定外の問題が発生したに違いない。目覚めたばかりだというのに、背中から嫌な汗が流れる。
裸のまま立ち上がると部屋を見渡す。
「ひどいありさまだ……」
壁には穴が空き、天井の照明は破壊され、頑丈作ったはずの扉も熱で融解した跡があって、半壊している。一見すると廃墟のように見えるが、俺が寝ていた睡眠ポッドと超小型魔力発電は新品同様で、傷は一切ない。
ナータは守るという約束を守ってくれたのだろう。
深い愛を感じるが、それは俺の妄想というヤツだ。
機械ゴーレムには感情なんて存在しない。命令に従うだけの兵器でしかなく、だから無抵抗な民間人でも虐殺できてしまう。
待っていても誰も来ないので、睡眠ポッドから出ると部屋を歩く。
床には瓦礫や金属の破片などが転がっていて、裸足のままでは危険だ。まずは靴を探そう。
注意深く周囲を観察すると、ひっくり返った机の下にスリッパが見えた。引っ張り出そうとしたが、触った箇所からボロボロと崩れ去る。長い年月が経過したことで風化していたのだ。
これは、他の物も期待できそうにない。
気落ちしたした俺は床に座る。ひんやりとした感触が尻を襲い、生きているという実感を与えてくれた。
シェルターから出て地上を目指すか?
人類が生き残っているのであれば、助けぐらいは期待できるだろう。
いや、それよりもナータを探す方が優先度は高いか?
どうするべきか検討していると、ふと目の前にある瓦礫の山に人の足が見えた。
慌てて立ち上がると瓦礫を動かし、かきわけていく。体、腕、そして顔までが露わになる。
「君は、ここにいたのか」
服はボロボロで半裸状態のナータが横たわっていた。
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