ご主人様は悪役令嬢!?

樹結理(きゆり)

ご主人様は悪役令嬢!?

 俺はアッシュグレーの毛並みをし、菫色の瞳のイケメン。自分で言うのも何だがかなりのイケメンだぞ。なんせ俺のご主人は俺を溺愛しているからな。


 ほら、今日もすぐにお呼びがかかる。俺を呼ぶ声が聞こえる。何度も俺を呼ぶ姿が可愛いご主人を少しじらすのが毎日の楽しみだ。いや、決して意地悪をしている訳ではない。

 俺を必死に探している姿が可愛いだけなのだ。


 あまりに俺を見付けられないご主人が段々と可哀想になり、結局いつも俺から姿を見せるんだがな。


 昼寝をしていた樹の枝からするりと飛び降り、ご主人の前に姿を見せる。

 そう、俺は猫なのだ。


 俺の姿を見付け、嬉しそうに駆け寄って来る、ご主人、アリアーナ。侯爵令嬢というやつらしい。人間社会のことなどよく知らんが。


「アッシュ! そこにいたのね!」


 そう言いながらアリアーナは俺を抱き上げ頬擦りする。そして毎日のように「聞いてちょうだい!」と始まるのだ。


 俺はすでに聞き飽きているが、アリアーナのためだ、大人しく聞き役をしている。


 アリアーナはこの国の第二王子とやらの婚約者らしい。婚約者とは結婚相手だとアリアーナは教えてくれた。

 その王子のことがアリアーナは大好きなのだ。毎日のように「今日は王子と話せた」「今日は王子が目を合わせてくれた」など、大したことがないようなことで喜んでいる。


 いつも頬を赤らめながら嬉しそうに語るアリアーナが可愛くて、大人しく聞いているのだが、それだけ大好きだと言うのに、アリアーナ自身はかなりの照れ屋で、自分から王子の元に話しかけに行ったりはしない。


 そのせいなのか! 俺は最近憤りを覚えている!


 アリアーナは学園に通い勉強とやらをしているが、俺もこっそり後をつけ学園内で昼寝などをしているのだが、どうにもその昼寝場所でいつもその王子とやらが他の女と会っているのだ。


 王子の顔は何度か見たことがあるため、間違えている訳ではない。

 その女と王子は何やら仲睦まじく肩を寄せ合い、まるで逢引きをしているようだった。

 さらに許せないことはその女! 俺のアリアーナをいじめてやがった!


 たまに学園内をうろちょろと散歩していると、アリアーナを見付け、遠巻きに見ているのだが、そのたびにあの女がわざとぶつかったり本を落としたり、そのたびに大騒ぎしアリアーナにやられたと大声を出すのだ。


 そのたびにアリアーナは傷付いた顔をし、帰って来てから一人で泣くのだ。


 猫である俺にはどうしようも出来なく、いつも歯痒い思いをし、俺を撫でることで癒されるのならばいくらでも撫でてくれ。そうするしかなかった。


 そんな最低な女と浮気している王子にも気付かず、アリアーナはずっと想いを寄せている。どうにかしてアリアーナに伝えたいが傷付くアリアーナを見たくない。


 そうこうしていると今日も学園内で派手にあの女が自分からこけてアリアーナのせいにする。


 そしてたまたま居合わせたのか、王子が目の当たりにしアリアーナは責められていた。


 自分の好きな相手に酷くなじられる様は見ていて痛々しい。アリアーナがいくら否定しようとも王子は聞く耳を持たない。それどころか婚約破棄だとか言い出した。王子の後ろではあの女がほくそ笑んでいる。許せない! アリアーナは嵌められたのだ!


 アリアーナは震え出した。必死に涙を堪えている。あんなに王子のことが好きだったのに。何でアリアーナがこんな酷い目に遭わなければならない! 許せない!



 神様お願いだ! アリアーナを助けてくれ!

 あぁ、俺が王子ならば、今すぐにでもアリアーナに駆け寄り助けてやるのに!

 今まで神に祈ったことなどないが、こればかりは祈らせてくれ!

 この先俺は幸せがなくても良い! 今だけでも良い!


 アリアーナを助けてやってくれ!!



 初めて心から祈り願った。アリアーナを助けて欲しかった。


 すると目の前がチカチカとし出し、くらっと貧血のように目が眩み、その場に倒れ込んでしまった。

 こんなときに! そう思い必死で目を開け、身体を起こす。


 何やら目線の高さが違う? 何だ?

 ゆっくりと身体を起こすと地面に触れる感覚から自分の手を見た。


 どういうことだ!? 人間の手だ!! 何だこれ!?


 驚いて顔をペタペタと触ると、どうやら人間の顔のようだ。手首には元々首輪だったものがブレスレットのように装着されている。しかも身体を見るとえらく豪華な服装。まるで王子……。


 そうか! 神に祈ったからか!? 俺が王子ならば今すぐにでも助けられるのに! と願ったからか!

 願いを叶えてくれたのか! 神よ!

 今日程、神に感謝したことはない! ありがとう!

 しかも硝子窓に映る自分らしき人間を見ると、まあ何て格好いいんだ! いや、自分で何言ってんだ、と思うが、男の俺でも惚れ惚れするぞ! ってくらい良い男なんだよ!


 あの馬鹿王子よりも俺の方が断然イケメンだ! 自信がつく! 有難い! 神よ、感謝するぞ!


 アッシュグレーの髪に菫色の瞳、切れ長の目に超絶美形な顔。最高じゃないか! これでアリアーナを助けられる!


 素早く立ち上がると、騒ぎの中心にいるアリアーナの元に駆け寄った。


 アリアーナ含め、皆が驚愕の顔。ふふん、気持ち良いな。


「アリアーナ、君は今婚約破棄されたんだよね?」

「え? えぇ」


 極めて紳士っぽく頑張った。

 アリアーナは驚き目を見開いて俺の顔を見詰めている。

 あぁ、可愛いな。

 初めてアリアーナよりも目線が高くなれた。横に並ぶとアリアーナは俺の肩よりも低い。


「アリアーナ! そいつは誰だ!? 君は私という婚約者がいながら浮気をしていたのか!!」


 第二王子はアリアーナを罵った。どの口が言う。浮気していたのはお前だろうが。

 しかしアリアーナは訳が分からず混乱している。


「ち、違います! 私は浮気などしておりません!」


 それはそうだアリアーナはお前一筋だったのだから。こんな馬鹿王子に。


「アリアーナは浮気などしてませんよ? 私の片想いです。しかし彼女は貴方の婚約者だったので、我慢していたのです。しかし婚約破棄されたのなら、もう私が口説いても良いでしょう?」


 ニコリと微笑みアリアーナを見ると、アリアーナは頬を赤らめながら戸惑っていた。


 周りにいるギャラリーたちはさっきまで散々アリアーナをいじめていたくせに、掌を返したかのようにキャーキャー言ってやがる。

 しかもあの女。アリアーナから王子を奪いいじめていた張本人が何故か俺に擦り寄りしなだれかかってきた。


「貴方がどなたか存じませんが、彼女はとても酷い方なのです。私はずっといじめられていましたわ。貴方みたいな素敵な方にはもっと相応しい方がいらっしゃるはずですわ」


 馴れ馴れしく肩に触りしなだれかかる女に嫌悪を抱き、侮蔑の表情で見下ろすと、女は少し顔を引き攣らせた。


「それはお気遣いありがとう。しかし婚約者のいる王子と密会するような女の言うことは信用出来ないな」


 そういうと女は驚いた顔をし、ついでに王子も驚いた顔をした。

 アリアーナは……、驚き、そして悲しい顔をした。こうなるから嫌だったんだ。アリアーナを悲しませたくないのに。


 これ以上はアリアーナに聞かせたくない。


「さあ私と一緒に行きましょう」


 アリアーナを促しこの場から去ろうとすると、女が叫んだ。


「待ちなさいよ! その女は私をいじめていたのよ!? それを償いなさいよ!!」


 呆れた。まだ言うか。


 溜め息を吐くと、手首にある元首輪に付いた宝石を少し擦った。

 するとその宝石からホログラムが浮かび上がる。


 今まで俺が目にしたものだ。目にしたもの全て。


 アリアーナの父親に着けられた魔導具だ。娘を守るためだとか言い訳をして俺に装着しやがったが、役に立ったな。


 王子が女と密会しているところ、女がアリアーナに仕掛けた罠全て。


 ちなみにアリアーナが王子を好きだと頬を赤らめ可愛い顔で言いまくっているところもガッツリ流れてしまい、俺だけが知っているアリアーナの可愛いところが知れ渡ってしまった、と悔しかったが、それよりもアリアーナが真っ青になっていた。


 あ、しまった。


 アリアーナは泣きそうな顔になり顔を両手で隠した。

 可愛いなぁ。


 おっと、見惚れている場合じゃない。


 馬鹿王子が今更アリアーナに詰め寄って来やがる。そうはさせない。


「ごめん! アリアーナ! 君が私をそんなに想ってくれていたなんて!」


 王子は叫ぶが、周りの人間たちは白い目を向けている。

 お前たちが浮気をし、しかもその女がわざとアリアーナを嵌めていたことがバレたのに、まだアリアーナに縋ろうなんていい加減にしろ。


「貴方はその女性と婚約し直されるのでしょう? お幸せに。我々はこれで失礼。これからアリアーナを口説かねばなりませんから」


 そう言い切るとアリアーナをエスコートしながら、その場を去った。


 アリアーナの屋敷まで帰るといつも俺が登っている樹の側に。


「あなた……、アッシュね!?」

「ハハ、さすがアリアーナ! バレたか」


 そう言いながら笑って見せた。


 アリアーナは涙を溜めながら微笑んだ。


「アッシュ、ありがとう。あなたが助けてくれなければ、私はあの場で何も出来ず言われるがままだったわ……」

「うん」

「まさか殿下が浮気しているなんて……」

「うん」

「…………」

「泣いて良いんだ、アリアーナ。君はよく頑張ったよ」


 そう言って抱き締めた。アリアーナは俺の胸で泣いた。


 あぁ、人間の姿で良かった。

 こんなときにアリアーナを抱き締めてやれる。慰めの言葉をかけてあげることが出来る。

 猫の姿だと撫でられることしか出来ない。本当に良かった。


 このままアリアーナと結ばれたい。

 泣き声が少し落ち着いて来たアリアーナの頬にそっと片手を添えると、アリアーナの顔に顔を近付け唇に……、


 そう思っていたのに! 一瞬にして俺の目線はアリアーナの足元に! 何でだよ! 良いところだったのに!!


 ハッ!!


「今だけでも良い!」


 あれか!! あの発言のせいか!! 助けただけで終わりかよ〜!! そりゃないよ……泣きそうになっていると、アリアーナに抱き上げられた。


 アリアーナの顔にはもう涙はなかった。嬉しそうな顔で俺を見詰め、鼻先にキスをした。


「アッシュ、ありがとう、大好きよ」


 そう言ったアリアーナは世界で一番可愛い顔で微笑んだ。




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