第二話 グッバイ、嶋行成

「よろしい。確かに百万受け取った……なぜ全部千円札なんじゃ?」


 かばん一杯に詰められた百万円。それらすべて千円札で構成されていた。


「盗まれるリスクを軽減けいげんしようと思って……一枚紙を取られて一万円失うのなら、枚数を分散させて一枚とられても千円で済むようにしようと思って……」


「はぁ……おんしは馬鹿なんじゃな」


「何を⁉ 初対面でいきなり馬鹿とは何だ馬鹿とは‼ ……あ、すいません失礼な口きいて。見かけがその……ガキ……いやいや、圧倒的にお若いものですから」


 声がババアだが見た目が完全なロリ———ロリババア故にちょっとしたことで年下に舐めた口をきかれたようでカチンと来てしまう。


「あの、ちなみにおいくつなんですか?」

「今年でちょうど百になるな」

「百歳⁉ 嘘……じゃあなさそうですね……」


 外見と闇医者という肩書。それが彼女の言葉の信ぴょう性の圧倒的な根拠となっていた。

 これは期待できる。

 俺をイケメンに変えてくれる。


「それで、覚悟はあるんかの?」


「覚悟?」


「確かにわしは、おんしの姉、藁辺わらべすみれに依頼されて格安でおんしの顔をてれびに映る小娘たちのような見眼麗うるわしゅう姿に変えるように頼まれた。

 じゃが、本当にそれでおんしはいいのかと聞いている。

 はっきり言おう。

 儂は闇医者じゃ。

 一度施術をすれば、元のおんしには戻れんし、違うおんしにもなれん。儂の技は繊細で緻密な———芸術の域に達する処置を施す。

 一億の絵画にそれ以上手を入れると価値がなくなってしまうように、わしが手を入れた顔は、その後わしですら形を変えることはできん。そんなことをすれば計算されたわしの施術の組み合わせがすべて狂い、人とも思えん化け物の顔になってしまうじゃろう」

「ゴクッ、つまり……?」


「今後人生で一回こっきりの整形手術となる。構わんか?」


「…………」


 そう言われるとビビってしまう。


 だが———、


「構いま……せん!」

「ほぅ……」

「俺の好きなVtuberの名言に「神様は勇気を一度しか与えて下さらない。そして、その勇気を落としたら二度と取り戻すことはできない」という言葉があります。彼女は超大物声優としてデビューしましたが、その後叩かれて自信がなくなり声優界を引退して、今Vtuberとして頑張っています。

 彼女は……〝羅美院らびんふぉんと〟ちゃんは常々「もっと勇気があれば声優として成功していたかもしれない」と語っていました!」


「誰だそいつは?」


「〝羅美院らびんふぉんと〟ちゃんです! ご存じないんですか⁉ 王女キャラとしてデビューして一ヶ月で百万登録を達成した伝説のアイドルVtuberを! 「パンがなければパンを食べればいいじゃない!」「山に来たのだから山に行きますわ!」というA=Aのふぉんと構文を作り上げてブームを作り、初のシングルCD「早く公務にお戻りください殿下」はVtuberでありながら週刊オリコン一位を記録した伝説的Vtuber事務所ばちゃます所属の羅美院らびんふぉんとちゃんをご存じないんですか⁉」


「知らん」


「そんな‼ 俺が人生で初めて尊敬した唯一の二人の内の一人なのに!」


「おい、矛盾したことを言っている自覚はあるか?」


「全く矛盾してません! それだけの気持ちが入っているということです! 辛いはずの配信業を毎日休みなくこなし、アンチの心無い言葉にも負けず常に笑顔を見せて視聴者を楽しませることだけを考えているふぉんとちゃんを知らない人がこの世にまだいるなんて! 俺は彼女みたいになりたくて動画配信者始めたのに!」


 力説していると段々と耳をりんは塞ぎ始め、


「わかったわかった。おんしの覚悟はようわかった。つまり自分が自分でなくなっても、勇気をもって前に進む。そのふぉん何とかのようにということじゃな?」


羅美院らびんふぉんとちゃんです」


「わかったわかった。じゃああっちのベッドの横になってもらおうか」


 怪しげなベッドを指さされる。

 薄くて硬そうなベッドにドリルやら鋏やらが付いたアームが簡易的に取り付けられ、いかにも特撮に出てくる怪人を作るための人体改造用ベッドに見える。


「死にませんか?」

「死なん。たぶん」

「多分⁉ 万が一にでも死ぬ可能性があるんですか?」

「さっきそう聞いたじゃろ? 覚悟はあるのか、と?」

「……………」


 何を今更躊躇ためらっている……俺は死のうと思ってここまで来たんだ。


「お願いします」


 ベッドに横になり、目を閉じる。

 マスクもつけずにメスを持つりんが横に立っていた不安になるが、今更決死の覚悟を鈍らせるわけにはいかない。

 失敗したら、失敗した時だ!


「お願いします! イケメンにしてください!」

「うむ、わかった……で、整形後の顔はおんしの姉からもらったこの写真の顔でいいんか?」

「はい……! ちゃんとナカタクですよね? 若いころの」


 俺が人類史上で最もかっこいいと思う男性アイドル———中村拓哉の顔写真を姉ちゃんには渡していた。整形手術には多少の準備が必要だとあらかじめ資料をりん先生に渡しておくように言われたからだ。


「誰じゃ?」


 当然の疑問のように口にするりんだが、ナカタクぐらいは知ってるだろう。デビューしてから二十年以上映画の主演を毎年勤めるような超人気男性アイドルであり俳優なのだ。TVを見てたら嫌でも目に入る顔だ。


「ナカタクですよ? 普通に知ってるでしょう。カッコ良すぎるその顔。俺が人生で初めて尊敬した唯一の二人の内の一人なんですよ」

「あぁ……これが……」


 流石に言われるとわかったようだ。


「よしではやるぞ……今までの自分にサヨナラは言ったか?」


「言いました」


「よろしい……」


 ギュッと目をつむる。

 腕に麻酔を刺され……意識が遠のく。


 グッバイ……モブ顔の自分……モブ顔ゆえに何もつかめなかった自分よ。

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