第一話 Mrモブ・嶋行成、死なせていただきます。

 嶋行成しまゆきなり・19歳。職業・動画配信者。


 七月二十日、学生というくくりから解放された初めての夏。


 ———俺は死のう、と思った。


 治安の悪い風俗街で炎天下の日差しを浴び、


「よし、行くぞ……!」


 古びたビルの一室へ向かって、バッグ一杯の札束を肩に下げて足を進める。


 まるで強盗した後、ヤクザの事務所へ納めにいく下っ端の様な姿だが、俺は犯罪行為に手を染めたわけではない。


 この金はちゃんと自分で稼いだ金だ。


 Youtuberの広告収入で! ……と言えたらどんなに良かったか。


「宝くじが当たったんだ!」


 偶々たまたまだった。

 運が良かっただけだった。


「普通だったらパァーッと使って終わりなんだろうが、俺は違う。この金で人生を変えるんだ!」


 俺は高校卒業後、Youtubeを始めた。だが、全く再生数が伸びず、最大でも30回再生。「大学なんか行く意味ねぇよ、かあちゃん! これからは先にイノベーションを見つけて仕事を自分で作んなきゃいけねぇんだよ!」と言った手前、この3、4か月、ほぼ収入なしというのは危機的状況だった。今更両親に頭を下げて「大学に通わせてください……」とは情けなさ過ぎて口が裂けても言えない。


 この宝くじの当選金はそんな日々に舞い降りた天啓てんけいだった。


「これで、人生を変えるんだ! この普通過ぎた日々からおさらばするんだ!」


 顔に手を触れる。


 一重まぶたの普通の顔。イケメンでもなければブサイクでもない。


 どこにでもいそうで、印象に残らなそうな、典型的な日本人顔がそこにあった。


「このモブ顔と、おさらばしてイケメンYotuberになるんだ!」


 アニメだったら、絶対にメインキャラにはなれない、背景のモブ顔。

 それが、俺、嶋行成の長年のコンプレックスだった。

 だから———俺はこの百万円を使って整形手術を受けることにした。



  あ、いたんだ。とよく言われた。


 「空気」「ミスターステルス」「光学迷彩」「見えるけど見えない者」「ゆきなんとか君」……いや、そこまでいったらあと「り」をつけるだけで俺の名前は完成するんだが……。


 とにかく、俺はこの十九年間、人から気づかれない日々を送っていた。スポーツも普通、成績も普通。すべて合わせた様に平均点。頑張ってもサボっても呪われたように平均の得点しか叩き出せないこの人生。


 目立とうと空気の読めないことをやってもタイミングが悪く誰も見ていないし聞いてもいない。クラスメイトの前で鍛えた上半身をいきなり見せけたことがあったが、丁度その時に校庭に犬が迷い込んで注目がすべてそっちに持って行かれた。犬>俺だった。


 このままずっと普通でい続けるのは絶対に嫌だと思ってYotuberとしてデビューしたが、何をやっても動画がバズらない。〝やりたいことをやれ〟と言われたので〝俺の好きなレトロゲームの実況〟〝好きなアニメの紹介〟〝誰も知らないな戦国武将の裏の顔〟を企画し投稿してみたが全く再生されなかった。0回再生は当たり前。仕方がないから勉強して、〝流行りのゲームの実況〟〝歌ってみた〟〝今期のアニメ同時視聴〟を今度は投稿してみた。


 その効果はあった。確かに視聴者は増えた———10人。


 頑張ってもたった10人。それもいい時。やっぱり0回再生は当たり前。アニメの同時視聴企画を歌っておきながら俺一人で笑いながらなろうアニメを見ていた時は死にたくなった……というか、もう死んでしまおうと強く決意した。


『なんでも科・蘭堂らんどうりん医院』


 ビル三階の一室。


 怪しげな看板がかかった扉の前で、たたずむ。

 怪しい、怪しすぎる。

 どっからどう見ても藪医者やぶいしゃ……やぶじゃなくても確実に闇医者やみいしゃだった。


「…………ゴクッ、でもここしかないんだよな……姉ちゃん」


 俺の人生において、幸運だと思い〝たい〟生まれの恵みが一つだけある。


 姉が裏の世界に精通している芸能事務所の社長だと言うことだ。


 藁辺わらべすみれ———結婚して名字が変わり「藁辺」となり、「芸能事務所・チャイルド」の社長の座に就任しゅうにんしている。当初は社長の夫を支える副社長として経営に携わっていたのだが、あまりにも夫の経営手腕がひどすぎて見ていられなくなり、いつの間にか立場が逆転してしまった。

 その姉ちゃんの経営する「芸能事務所・チャイルド」からは何人も有名アイドルを輩出し、そのためにはいろんな汚い手も使っている。


 闇医者の整形手術もその一つだ。


 コンコンッ。


 扉を叩く。


「誰じゃ?」


 老婆のしわがれた声が聞こえる。


「嶋行成です! 今日、予約した」


「……誰じゃ?」


「話いってないんですか⁉ 藁辺わらべすみれの紹介です!」


「ああ、そんな名前じゃったな……入れ」


 まさかここでも名前を忘れられているとは……やはりこの名前もいけない。かっこよくもないし、平凡でもなく、キラキラでもない、絶妙に印象に残らない名前。

 俺はため息を吐きながら中へと入る。


「————ッ!」


 ビックリした。


「よう来たの。それで、金はちゃんとあるんかの?」


 声からして還暦かんれきをとうに過ぎたおばあちゃんがいると思っていた。


 だが、そこにいたのはどう見ても中学生にしか見えない金髪の少女だった。


「……は、はい」


「よろしい。わしがこの医院の院長の蘭堂りん———無免許じゃ」


 白衣を正すその自信満々な姿は確かに俺の人生を変えてくれそうなオーラを纏っていた。

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