第21話 三杉大和はもっとお祈りする

 その違和感は体育の後に始まった。

 教室に戻った直後から視線を感じるのだ。


 俺が目を向けると、即座に逸らされる。

 目を逸らすと、また頬にチクリと何か刺さるような視線が向けられる。


 全て女子からの視線である。

 思い当たることは、ひとつしかない。


 ……恋中さん、何を話したんだ?


 俺が鈴原さんなら何を聞く?

 多分、俺と恋中さんの関係について質問する。


 事実は違うが、客観的に見て付き合っていることは確定だ。

 それを前提として、何を質問する? 逆に何を答えれば、ここまで注目される?

 

 ぶっちゃけ思い当たるネタはある。

 一緒に昼を食べるような男女が隣の部屋に住んでるとか、恋バナが大好きなタイプなら盛り上がっても不思議ではない。しかし、そういう類の視線とは違う気がする。


 ダメだ全く分からん。

 ここは、得たばかりのコネを使うことにしよう。


 もちろん次の休み時間を待つ選択もある。

 だが、今すぐに動かなければ、何か大変なことになる予感があった。

 

 ……早く板書しろ。


 俺は机に置いたスマホに意識を向け、教師が背を向ける瞬間を待つ。


 ……今だ!


 俺は片手をスマホに置き、素早く指を走らせる。

 そして手に入れたばかりの連絡先に向かってメッセージを送った。


 鈴原さんに恋中さんから何を聞いたのかそれとなく聞いてくれない?


 そして何事も無かったかのようにノートを取り始める。

 数秒後、ノートの上に置いていたスマホ画面が光った。


 ……やっぱ授業中にスマホ見るタイプか。


 軽い偏見を胸に返信を確認する。

 なんで? というシンプルな内容だった。


 俺は素早く「体育の後に視線を感じた」と返した。

 もっと正確に伝えるなら、恋中さんが何を言ったのか気になっている、とするべきだが、智成なら今の短文で十分に理解してくれるはずだ。


 ……お、直ぐにレス来た。


 まずは教師を見る。

 よし、まだ板書の時間は長そうだ。


 ……さて、どんな返事が来たかな。


 俺は頭を抱え、教室の中央付近に座る智成に「あの野郎」という憎しみを向けた。


 ……どうすんだこれ。


【智成】

なんか大和が聞きたいことあるらしいよ。

 

 というメッセージが、今作られたグループに投稿された。

 俺と、智成と、そして鈴原さんの三人が入ったグループである。


【りこ】

なに?


 鈴原さん返事はっや。

 どうしようこれ。返事が遅いと変な感じだよな。


 だけど、何を言えば良い?

 仮に「恋中さんから何を聞いたのか話せ」と柔らかい表現で伝えたとしよう。


 俺やべー奴だろ。

 彼女の行動を全て把握しようとする束縛彼氏じゃん。付き合ってねぇけど。


 だから智成に頼んだ。

 無駄な誤解を避けたかった。

 あの野郎……次の体育の時間、覚悟しとけよ。


 さて、どうする?

 この場を無難に切り抜ける方法は……。


【大和】

体育の時間、恋中さんと話してるのを見た。


【大和】

彼女、友達を作りたがってる。


【大和】

今後も仲良くしてくれると嬉しい。


 よっしゃ完璧だろこれ。

 完全に友達想いの良い奴だわ。


 ……いや、重くないか?

 ちょっと会話してただけで授業中にライン飛ばしてくる奴、客観的に見てどうだ?


 やっべ。しくじった。

 だが後には引けない。


 それに、噓は言ってない。

 俺の本心ではあるから、問題ないはずだ。


【智成】

おあついですね。


 個別に連絡してきやがった。

 既読無視することにしよう。


【りこ】

りょ


 鈴原さんから返事が来た。

 この二文字は安心して良いのだろうか?

 まだ彼女のキャラを知らないから、判断できない。


【大和】

ありがとう


 とりあえず感謝を伝える。

 直ぐにドヤ顔をした兎のスタンプが返ってきた。


 ……朝に続いて、祈るしかないか。


 ぶっちゃけ何も解決していない。

 智成を頼ったという失策をチャラにしただけ。


 恋中さんが何を話したのか。

 俺は今、クラスの女子にどう思われているのか。


 どうか、杞憂でありますように。


 俺はサッカーの試合で相手がPKを蹴る時と同じくらい強く祈り続けた。

 その結果、二時間目の授業は体感五分くらいで終了した。


 そして昼休み。


 俺は覚悟を決めて恋中さんの席へ向かった。

 彼女は机に弁当箱を乗せ、笑顔で俺を受け入れる。


 かわいい。

 直前までの悩みが消滅するレベルだ。


 ──トンッ、と音がした。

 誰かが机に何かを置いた音だ。


 俺と恋中さんは揃って目を向ける。

 そこには、特徴的な金髪ギャルが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る