第20話 恋中天音は勘違いさせる
恋中
本人曰く「強そう」な態度のせいで、声をかけにくい雰囲気があったからである。
しかし今日の彼女は浮かれていた。
幸せオーラが溢れており、表情も穏やかである。
その姿を見て、クラスメイト達は大なり小なり「何かあったのかな」という感想を抱いたのだが、声をかける者は現れない。
例えるならそれは、迷い込んだ猫を遠巻きに眺めるような状態である。
触りたい。でも爪でガッてされるかも。
その結果、謎の均衡が生み出されていた。
とてもそわそわした空気。
やがて、一人の少女が前に出た。
「ね、なんか良いことあった?」
自由な校風を象徴するかのような外見をした少女である。
最も特徴的なのは、腰のあたりで揺れる金髪と、カラフルな爪。首から上の白い肌は化粧によって作られたものであり、首から下の肌とは少し色が違う。
制服も改造しており、とにかく派手な外見をしている鈴原だが、体育の時間には地味なジャージを着ている。
「ちょぃちょぃ、無視はひどいって」
鈴原は恋中の肩を軽く揺らした。
「……え、あ、私?」
無視していたわけではない。
蓄積された孤独経験値が「声をかけられるなんて有り得ない」という無意識のバイアスを生み出していたのである。
もちろん相手は彼女の事情など知らない。それは捉え方によっては失礼な態度である。だが鈴原の反応は笑顔だった。
「もしかして、何か考え事してた?」
「……え、えぇ、そうね」
恋中はガチガチに緊張していた。
心の中はお祭り騒ぎである。その感情を少しでも文字にすれば、たちまち一冊の本が生まれる程だ。だが恋中は気持ちをグッと封印して、キリっとした態度で言う。
「何かしら?」
直前までの「ふわふわ感」が霧散した鋭い態度を受け、流石に鈴原も緊張する。
しかし彼女は引き下がらず前に出た。
「今日、なんか良いことあった?」
恋中は何秒か考えて、
「……なんでそんなこと聞くのかしら」
と、考え得る限り最悪の返事をした。
本人はビビっているだけだが、一般的には話しかけるなオーラ全開の態度である。
「気になるから」
しかし鈴原、めげない。
「三杉くんと何かあった?」
隣に立ち、肩を寄せ、グイグイ攻める。
「ぶっちゃけ、どこまで行ったの?」
三杉大和と恋中天音は付き合っている。
それは先日の昼休みを見たクラスメイトの共通認識である。
あの恋中さんが笑顔で!?
衝撃を受けた女子達は、本人の知らぬ場所で盛り上がっていたのだ。
……どこまで行ったの?
そんな背景を全く知らない恋中は、鈴原の言葉に眉をしかめた。
「べつに、お買い物をした程度だけれど」
恋中は夜にお風呂用品を買いに行ったことを思い出しながら言った。鈴原は「前の土日にデートしたのかな」と認識した。
「やっぱ土日はズッと一緒に居る感じ?」
この金髪ギャルは何が目的でこんな質問をしているのだろう、と恋中は思う。そして気が付いた。
「……あなた、まさか彼に興味があるの?」
「えっ、違う違う。それはないよ」
流石に今の警戒心は分かりやすかったのか鈴原は慌てて否定した。
「二人、仲が良いなぁって」
恋中は目を丸くする。
「……仲が、良い?」
「うん、羨ましいくらい」
恋中は思った。
この人、良い人なのでは?
そっかそっか。他の人からも仲良しに見えるのか。えへ、えへへ、そうなのか~。
「まあね」
恋中は得意げな表情を見せる。
それを見た鈴原は「こいつ彼氏を褒めたらチョロそうだな」と思った。
「二人、会ってからどれくらいなの?」
「十日くらいかしら」
「えっ、うっそマジ? 高校からなの?」
「そうよ」
「早くない?」
「そうかしら?」
「……ね、どっちからだったの?」
もちろん鈴原は「どちらが告ったのか」という意図で質問した。しかし恋中は「どちらから声をかけたのか」と認識した。
「一応、彼からだったかしら」
「へぇ~、三杉くんってそんな感じなんだ」
入学早々に告るとかクッソ手が早いな、と鈴原の中で彼の株が下落した。
「恋中さん、なんでオッケーしたの?」
おっけー?
友達関係を承諾した理由ということ?
「むしろ、私がお願いした方よ」
「えっ、なんで?」
「……部屋が、お隣さんだったから?」
「え~、何それ。ドラマみたい!」
鈴原は露骨にテンションを上げた。
周囲もテニスを続けるフリをして、二人の会話に耳を傾けている。
「ね、何かきっかけとかあったの?」
「きっかけ?」
「二人が仲良くなった出来事とか」
恋中は考える。
「部屋に呼びました」
「うぇっ、部屋に!?」
「それから、おっぱいの話をしました」
「うぇっ!? なんで!?」
「彼はおっぱいが大好きなので」
「へ、へぇ~、そうなんだ」
鈴原は思う。こいつ初手で下ネタとか清純そうな外見のくせにヤベェ奴だな。
「しかし彼は、おっぱいよりも楽しそうな私を見る方が好きなようです」
「……まぁっ!」
鈴原は突然の惚気話を聞き、ワッと口を開いた。楽しくなったからである。
「……あのさ、変なこと聞くかもだけどさ」
鈴原は微かに頬を赤くして、
「……一緒に寝たりとか、したの?」
「しました。今朝、ちょうど」
「っ!?」
聞き耳を立てていた女子一同、動きを止める。そして、きゃ~、と心の中で叫んだ。
鈴原も同様に「きゃ~」と内心叫びながら質問を続ける。
「もしかして、それで機嫌が良かったの?」
「えぇ、そうかもしれないわね」
「……それはつまり、良かったってこと?」
「もちろんよ」
鈴原は微かに目を逸らし、前髪を指先で弄びながら問う。
「どんな体位だったとか聞いても大丈夫?」
「正面から抱き合う感じだったかしら」
「っ!?」
「ごめんなさい。直ぐに寝ちゃったから、あまり覚えていないの」
「直ぐに……っ、それって、そのっ、気持ちよかったから、みたいな?」
「ええ、幸せだったわね」
「へ~!」
鈴原はヤケクソだった。
彼女、派手な外見をしているが、実は男性経験どころか異性と手を繋いだことも無い。
しかし周囲の視線と期待を受け、もはや引き下がることはできなくなっていた。
「……三杉くん、上手なんだ」
上手? よく分からない表現を聞いて恋中は首を傾ける。しかし俯いていた鈴原は彼女の表情を見ていなかった。故に勘違いをしたまま質問を続ける。
「……相性、良かったとか?」
「ええ、それはもう。相性バッチリです」
「そうなんだ~!」
──かくして。
三杉大和はクラス中の女子からあらぬ誤解を受けることになったのだった。
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