恋中さんとの学校生活2

第19話 三杉大和はお祈りする

 今日ほど自分を誇りに思った日は無い。


 密室、密着、甘美な寝息。

 全ての誘惑に意志の力で打ち勝った。


「……仏教、か」


 ふと呟いた直後、何かが肩に直撃した。

 

「わりぃっ、大丈夫か?」


 ……あぁ、サッカーボールか。


「平気だ。慣れてる」


 俺は返事をして、足元に転がったボールを蹴り返した。良い位置に落ちたのは無意識に身体が動いて衝撃を吸収したからだと思う。


 今は体育の時間。

 種目はサッカーで、各自が準備運動としてリフティングに勤しんでいる。


 経験者は何時間でも続けられるが未経験者は違う。雑にボールを蹴って、稀に衝突事故を起こしている。


「お前、三杉だっけ?」


 そいつはパスを手でキャッチして言った。


「うぇーい、初がらみ」


 気の良さそうな笑顔。

 俺はリフティングを中断して、ボールを踏んでから返事をする。


「ん、よろしく」


 誰だっけこいつ。


「名前、なんて呼べば良い?」


 俺は魔法の言葉を使った。

 君の名前は知ってるけど呼び方が分からないんだよねぇ、という便利な言葉である。


「俺は智成ともなり。そっちは?」


大和やまと


「大和ってさ、サッカー経験者なん?」


「中学の時やってた」


「やっぱか。リフティング上手すぎっしょ。コツとかあんの?」


「慣れかな。毎日触ってたら自然と」


「はー、かっけー」


 智成、コミュ力すごいな。

 言葉の雰囲気とか表情とか、全人類が友達だと思ってるタイプの人間って感じがする。


「高校でもサッカー部なん?」


「いや、今のところ帰宅部」


「マジか。なんで?」


「金のため?」


「……あ、わりぃ。複雑な家庭だった?」


「それな。すげぇ傷付いたわ」


 大嘘であることを態度でも伝える。

 冗談が通じる雰囲気であった彼は、印象の通り、友人とふざけ合うようなノリで謝罪をした。


「ごめんって。怒んないで」


「ひとつ聞いても良いか?」


「おぅ、いいぜ」


 俺は一瞬、考える。

 雑な嘘を吐いたのは、ちょっと難しい質問に真剣な返事を貰うため。


 聞きたいのは恋中さんのこと。


 智成は友達が多そうだから、多分クラスの彼女に対する印象の平均値みたいな答えを持ってる。


 それから、女子のコミュニティについても知っている可能性がある。


 要するに俺は、恋中さんに同性の友達を作ってあげたい。


 このままでは俺の理性が持たない。部屋が隣なのだ。仮に一線を越えたら、お腹が大きくなるのは時間の問題だと思う。俺にそれと向き合えるような力は無い。


 要するに、俺のために、俺以外の女子と仲良くなって欲しい。普通の友達の距離感を、なんとなく学んで欲しい。ほんとマジで切実にそう思っている。


「恋中さんのこと、何か知ってる?」


「大和の彼女だろ?」


 流石、よく見てる。

 当たり前のようぬ名前と顔が一致するだけではなくて、誰と一緒に行動してるのかってところも把握している。思った通り、智成はコミュ力が高いタイプみたいだ。


「女子同士の交友関係とか、どう?」


 俺は直前の誤解をあえて否定せず言った。

 彼は少しだけ考えるような間を置いて、


「お前、良い奴だな?」


 俺は表情で疑問を伝えた。

 彼はカラッと笑って、


「彼女に友達を作ってやりたいんだろ?」


 やっぱり、コミュ力が高い。

 今の短い会話で相手の意図を察するのは、もはや特技と呼んでも良いレベルだと思う。


「女子同士が仲良くなるきっかけとか、知ってる?」


「どーだろ。席が近いとか、部活が一緒とかじゃね? 話すきっかけがあれば、普通に仲良くなるだろ」


 ごめん、全く想像できない。

 絶対に恋中さんのKDPが暴走する。


 男子相手には「おっぱい」だろ?

 じゃあ女子相手には……なんだ?


 嫌な予感がする。

 それとなく釘を刺すべきかもしれない。


「まーでも、そのうち鈴原が声かけんだろ」


「鈴原?」


「金髪ギャル」


「あー、あの子か」


 正直クラスメイトにあまり興味が無かった俺でも今の一言でピンと来た。


 うちの高校は制服を着ること以外に縛りが無い。髪を染めようがピアスを付けようが、本人の自由である。


「智成、鈴原と仲良いの?」


「一応、幼馴染だな」


「へぇ。どんな奴?」


「良い奴だよ」


「そっか」


 俺は足元のボールを軽く蹴り上げて、リフティングを再開する。


「じゃ、大丈夫か」


「なんで?」


 俺はリフティングを続けながら、運動場の奥にあるテニスコートを一瞥した。


「なーるほどね」


 智成が察したような声を出す。

 恐らく彼の目に映ったのは、特徴的な金髪が、恋中さんに何か語りかけている姿だ。


 ちょうどその直後、男子を受け持つ体育教師が笛を鳴らして、ウォーミングアップ終了が告げられた。


 俺は程々に身体を動かしながら、恋中さんに何度か意識を向けた。


 彼女は、大丈夫だろうか。


 普通に学校生活を送っていた場合、余程のことが無ければ友達ゼロにはならない。特にコミュ力の高い級友が居れば、一度は声を掛けられるはずだ。


 この学校は偏差値が高い。

 いわゆる不良高校なら「関わっちゃダメな相手」も少なからず存在するだろうが、そういうヤベー奴を隔離するための受験である。


 ……がんばれ。


 そして何より俺が実際に話して「良い奴」だと感じた智則の幼馴染が、恋中さんに声をかけてくれている。


 だから悪いことにはならない。

 多分。きっと。恐らく。お願いします。

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