第2話 恋中さんとお友達契約
俺は親に愛され過ぎている。
いわゆる過干渉で、うんざりしていた。
だから高校進学を機に県外へ出て一人暮らしを始めることにした。
夢にまで見た自分だけの生活。
もちろん最初の数ヵ月は親から金銭的な援助を受けることになるだろうが、これでやっと自由が手に入る。
──そんな幻想は、学校生活が始まって直ぐに壊れた。
「あら、お隣さんだったのね」
こうして、
「作り過ぎてしまったの」
こうなって、
「おはよう。一緒に登校しましょう」
こんな具合に自由が無い!
朝、登校する時。
学校の教室。帰り道。
夕飯時。寝る前などなど。
四六時中、彼女の声が聞こえているような気がする。
「ねぇ、次の土日は暇かしら?」
だが、なぜだろう。強く拒絶できない。
これが母親なら激怒しているのに、相手が美少女に変わっただけで、まぁいいか、と思えてしまう。
今は学校へ向かう途中。
俺は楽しそうに隣を歩く恋中さんを見た。
身長は160半ばの俺と同じくらい。髪は黒のショートで、前髪は眉の辺りで一直線に切り揃えられている。頭部のシルエットとしては丸い感じで、小顔かつ少し幼く見える。
首から上だけを見れば、人懐っこい年下の女の子という印象だが、首から下を見た途端、豊かな胸部に目を奪われ、相手は女子なのだと意識させられてしまう。
俺は吸引力の強い膨らみから逃げるように目を逸らして、そっけない態度で言う。
「忙しい。バイト探すから」
俺は自由を求めて一人暮らしを始めた。
彼女を作ってイチャイチャしたい欲求が無いと言えば噓になるが、今じゃない。
「ねぇ、ひとつ聞いても良いかしら?」
「なんだ?」
俺は歩きながら彼女の目を見た。
「……私、もしかして迷惑ですか?」
突然の言葉に驚いていると、彼女は暗い顔をして早口で言う。
「当然よね。まだ出会ってばかりなのだから距離感を考えろと誰でも思うわよね」
「いや、べつに迷惑とは」
「優しいのね。でもいいの。分かってる。私ずっと独りだったから友達との距離感が分からなくて、つい話し過ぎてしまうの。すると相手の反応が少しずつ微妙になって、焦ってもっと口数が増える。負のスパイラル。気が付いたら避けられるようになっている。そんなことの繰り返しなの」
重い。めっちゃ重いよ恋中さん。
出会って数日の相手にする話じゃない。
「だから私は学習しました」
「学習?」
「私と仲良くするメリットを説明します」
「メリットって……」
「メリットの無い交友関係なんて卒業したら終わりでしょう? 私は将来的に友達を整理する時、こいつは切るか、と思われるのは嫌なの。時間が経った後でも繋がりを維持するため食事に誘われるような、そういう末長い関係を築き上げたいの」
「そ、そうか。いろいろ考えてるんだな」
恋中さんは今日もよく喋る。
言葉だけ聞けば距離を置きたくなるが、顔が良い。かわいい。表情も豊かで、今は謎のドヤ顔を披露している。最高だ。
「どうして急に頭を抱えたの?」
「……いや、気にしないでくれ」
美少女、怖い。気が付いたら相手を受け入れる方向へと思考が流されている。
「私と仲良くする一番のメリットはお金です」
ありがたい。斜め下過ぎて冷静になれる。
「一応、理由を聞こうか」
「高校生が自分よりも上位カーストの人間と付き合うために友達料金を支払うのは誰もが知る常識ですが」
「ねぇよ。そんな常識」
「私の月収は6250ドルです」
「ドル⁉︎」
「高校卒業まで一緒に居てくれると約束するのなら税引き後の7割をお支払いします」
「待て待て額がでかい。てか要らん」
「要ら……ない……?」
「なぜショックを受ける?」
「9割! これでどうですか⁉︎」
「金額の話じゃない。てか、友達料金なんて実在しない。恋中さんの知識、間違ってるぞ」
「そんなっ、それでは私はっ、どうやって友達を作れば……」
本気で深刻な顔してる。買収しなきゃ友達を作れる気がしないって、悲し過ぎるだろ。
「べつに、恋中さんと話すことが嫌だとは言ってない」
やめろ、そんな捨てられた子犬みたいな目で見るな。
「バイトしたいんだよ。他の時間なら、普通に話しかけてくれていい」
我ながら上から目線で嫌な感じだが、他の言い方が思い浮かばなかった。
「君は、どうしてバイトしたいの?」
「自立したいんだ。一人暮らしも、そのために始めた」
「そう、本当に偉いのね」
「べつに、普通だろ」
正直に言う。照れた。
同い年の美少女に「偉い」と褒められる。これでテンション上がらない男子高校生など存在するだろうか。いや、しない。
「それならば! 私こと恋中
続くのかよ。
「ご存知の通り私は既に働いています」
「凄いよな。素直に尊敬するよ」
「……」
「どうした?」
急に黙ったので問いかけると、彼女は俺と反対側を向いて言った。
「急に褒めないで」
照れてたのかよ。
「気を取り直して説明します」
「……おぅ」
おのれ美少女め。これが母さんなら怒りしか湧かないのに。かわいいなチクショウ。
数秒後、彼女はこほんと喉を鳴らした。
そして人差し指をピンと立て、真面目な顔をして言う。
「労働とは時間を売ることです。時間の価値はその人の価値であり、優れた人間の時間ほど、高く評価されます。君は時間を売るよりも自分の価値を高める方法を考えるべきです」
「今はバイトしないで勉強しろって話か?」
「私がペアプロしてあげます」
「ペアプロ?」
「ええ。社会で通用するスキルを持った私が君を鍛えてあげると言っているのです」
「それは、ありがたいけど、金も稼ぎたい」
「最も効率の良い投資は自己投資です。未来を見てください。20代の平均年収は400万円弱。学生バイトと同レベルですよ」
「学生バイトって、そんなに稼げないだろ」
「稼げます。知識とスキルがあれば、ですけど」
恋中さんは俺の前に立ち、どこか緊張した様子で言う。
「どうですか? 私とずっと仲良くしてくれるのなら、これから3年で、アルバイトでも平均年収くらい稼げるようにしますよ?」
とても魅力的な提案だった。
俺は自立して自由になりたい。その目標を達成するためには金が要る。
人生は長い。先のことを考えたら今は自分の価値を高める方が良いのかもしれない。
「……それでも、俺はバイトしたい」
「……そんなに、私が嫌なのね」
「そうじゃない。これは、あれだ。意地だ」
「意地?」
「俺の親、過干渉なんだよ。だから自由に生きたいと思って一人暮らしを始めた。仕送り貰ってるけど、それも止めたいと思ってる」
「親の脛は噛みちぎるためにあるのよ?」
「分かってる。だから、これは意地だ」
視野の広い大人からすれば、一番良い選択ではないのだと思う。だけど俺は、まだそこまで賢く生きられない。
「そう、なのね……」
恋中さんは絶望したような表情で言った。
やめろ。もっと自分が美少女であることを自覚しろ。そんな表情されたら胸が痛む。
「……バイト探し、手伝ってよ」
恋中さんは予想外という様子で顔を上げた。
「そのついでに、ペアプロしよう」
いや、違うな。
「教えてください。お願いします」
俺は頭を下げた。
恋中さんは必死だったが、俺にとってメリットしかない提案だ。普通は俺が必死に頼む側だと思う。
……あれ、返事、無いな。
彼女のことだから直ぐにでもマシンガントークを始めると予想したのだが、違った。
気になって顔を上げる。
俺はそこで、息を呑んだ。
「……ありがとう」
「いや、いや、泣くなよ。なんでだよ」
「ごめんなさい。嬉しくて」
「分かった。分かったから泣くな」
「私こんな性格だから、仲良くしてくれる人なんて居なくて、仕事以外でレスを返してくれるのはプログラムのエラーメッセージだけだったの。だから最近はあえてミスをして、ここ違うよって返事をくれるコンパイラさんに友情を感じ初めて、このままずっと現実の友達はできないのかなって……」
「分かった。辛かったな。でも大丈夫だから泣かないでくれ」
「うわぁぁぁん」
「学校近いから! 写真撮られてるから!」
その後、俺は必死に恋中さんを慰めた。
あまりに重い友情。高校生とは思えない考え方、価値観。これまで彼女と出会った人が距離を置いた理由は、まあ分かる。しかし彼女の美少女っぷりは、俺にとって、それらのマイナスを帳消しにするレベルだ。
そして何より、慣れている。
親の過干渉によって、俺は変な耐性を獲得していたらしい。
兎にも角にも。
俺と彼女の交友関係は、この先も長く続きそうだなと、そんなことを思った。
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