年下の幼馴染が、俺と王様ゲームをやりたいと言ってくる。攻めた質問をしてくるから二人だけでやる王様ゲームにドキドキが止まらないんだが

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

 ポカポカとした春らしい陽気の中、通学路の並木道を一人で歩いていると、キャッキャと楽しそうに会話をしながら、見慣れない女子生徒が俺の横を通り過ぎていく。


 今日は入学式。咲弥さやのやつ、無事に起きれたかな? 


 そう心配していると、後ろから「薄情者の拓真たくま先輩、おはようございます」と、女の子が挨拶をしてくる。


 俺が足を止め後ろを振り向くと、咲弥は切れ長の目を鋭くさせて、不機嫌そうに俺の前で立ち止まった。


「おはよ。薄情者って何だよ?」

「登校初日って分かってるんだから、家は隣なんだし一緒に行こうって誘ってくれても良かったんじゃないですか?」


 咲弥はそう言って歩き出す。俺も合わせて歩き出し「あぁ……だって地元の高校だし、もう子供じゃないんだから一緒に行くのって、恥ずかしくないか?」


 咲弥は俺の返事に何も答えず歩き続ける。


「──別に」

「え、あ……そう」


 別に? 意外な返答に俺は戸惑ってしまう。中学の時から何か態度が素っ気なくなってきたし、良い歳ごろだからそういうのが恥ずかしくて嫌になってきたんだろうなって思っていたんだけど……。


「先輩」

「ん? なに?」

「──今日の私の姿をみて、何にも思わないんですか?」


 いや……何にも思わない訳がない。いつもは黒髪ストレートロングヘアだけど、今日はポニーテールにしていて雰囲気が違うし、きっと薄っすらお化粧もしている。それに柑橘系の良い匂いがしていて、きっと香水もつけいるだろう。


 女子生徒のセーラー服姿なんて見慣れているはずなのに、咲弥のセーラー服姿は何だか特別に感じて、まるでアニメに出てくるヒロインのように可愛いと思える。ちょっと前まで、まだまだ子供と思っていたんだけど……。


 言いたい事はいくらでもあったけど、今さらそれを伝えるのが照れ臭かった俺は、咲弥から目を逸らし「え、他の子と変わらないんじゃない?」


「あー……そうですか。拓真先輩らしい答えですね!」


 咲弥はそう言ってスタスタと早足で俺を置いて行ってしまった。照れ臭かったとはいえ、失敗したなぁ……こりゃ当分、口を聞いてくれないかな?


 ※※※


 学校から帰ると玄関のドアに鍵がかかってない事に気付く。


 あれ? 今日は両方とも仕事で遅くなるからって言ってたよな? もしかして母さん、かけ忘れたのか? 不用心だな。


 そう思いながら玄関に入ると、咲弥が履いている白いスニーカーが目に入る。今朝の事があったのに、あいつ来てるのか。


 俺が靴を脱いでいると、制服を着たままの咲弥がダイニングのドアを開けて「お帰りなさい」と声を掛けてくれる。


「ただいま。咲弥、今日はどうしたんだ?」


 咲弥は頬を掻くと「今朝。先輩のお母さんに夕飯までには帰るけど、もし帰らなかったら何か作ってあげてくれる? って、頼まれまして」


「あぁ……そういうこと。ありがとう」

「いえ」


 俺が廊下を歩き始めると、咲弥は「先輩。夕飯までまだ時間があるけど、何します?」


「テレビゲームでもする?」

「テレビゲームですかぁ……」


 咲弥はそう言って不満げに眉を顰める。


「嫌なのか?」

「正直、飽きました」

「そう、じゃあ何をするか?」


「私、やりたいことがあるんですけど、付き合ってくれます?」と、咲弥は胸の前で両手を合わせると、ニコッと微笑んだ。


「やりたいこと? 何だか分からないけど、良いよ」

「じゃあ準備するので、ジュースの空き缶と割り箸あります?」

「あぁ。全部、台所にあるよ。好きに使って」

「ありがとうございます。先輩は先に自分の部屋で待っていて下さい」

「分かったよ」


 ──俺はやることを済ませた後、自分の部屋に向かう。咲弥、怒った感じがなくて良かった。


 部屋に着き、ベッドに座り待っていると、コンコンとノックが聞こえ、返事をする間もなく咲弥が入ってくる。


 咲弥は俺の隣に座ると目の前のテーブルに、持っていた割り箸が刺さった缶を置く。


「お待たせ」

「これで何をするんだ?」

「ふふふ、王様ゲーム」

「え? 王様ゲームって、クジ引きして王様が何番に何をするって命令を出すやつ?」

「そうよ」

「それって楽しいの?」

「さぁ? やってみれば分かりますって」


 二人だけの王様ゲームねぇ……まぁやるって言っちゃたし「じゃあ、やってみるか」


「はい、掛け声の方は私がやりますね」

「分かった」


 俺が返事をすると、咲弥は「楽しみですねぇ」と、クルクルと缶を回し始める──少しして缶を止めると、俺に差し出し「はい、先輩からどうぞ」


「ありがとう。どっちにしようかな……」

「先輩。割り箸を取ったら、見えない様に直ぐ先端を隠して下さいね」

「分かった。じゃあ俺は手前側にする」


 俺が手前の割り箸を引くと、咲弥も直ぐに残った割り箸を引いた。


「せぇー……の。王様どっちだ」


 咲弥の変わった掛け声と同時に、割り箸の先端をみると──王様と書かれていた。


「先輩が王様かぁ……最初が良かったけど、まぁいいわ。どうぞ、何かやって貰いたい事とか聞いてみたい事あったら1番に指示してください」

「そうだな……」


 行き成り言われても、パッと思いつかないんだよなぁ。当たり障りのない所で何かないかな? ──そうだ。


「1番は何で○○高校を選んだか教える」

「え……」


 咲弥にとって意外な質問だったのか、咲弥はそう声を漏らして固まる──少しして表情を戻すと「えっと……先輩がいるからです」と、後半を小声で言った。


 でも部屋が静かだったのでハッキリ聞こえた俺は「俺が居るから? 知り合いがいるから安心って事?」


 俺がそう聞くと咲弥は何故か強張った表情を浮かべる。


「先輩、それ以上はルール違反ですよ。質問に答えて欲しいなら、次も王様を引いて下さい」

「あ、あぁ。分かった」


 俺は返事をすると空き缶に割り箸を戻す。咲弥も割り箸を戻すと缶をクルクルと回し始めた。


「──はい、先輩。どうぞ」と、咲弥が缶を差し出す。俺は「ありがとう」と言って手前の割り箸を抜いた。


 咲弥も残った割り箸を抜くと「せぇー……の。王様どっちだ」


「──今度は私だね」と咲弥は嬉しそうに微笑むと、人差し指を唇にあて「そうね……1番は学校の中で何人、異性で気になる人が居るか教える!」


「いきなり恋バナかよ」


 咲弥は唇から指を離すと「別に良いでしょ。後だろうが先だろうが一緒ですよ」


「そりゃそうだ。気になる人は……三人かな」

「へぇ……三人……リアルな人数ですね」

「だって本当の事だもん」

「そうみたいですね」


 咲弥はそう返事をして缶に割り箸を戻す。俺も割り箸を戻すと咲弥は缶を少し回し、今度は先に奥の割り箸を抜いた。


 俺も割り箸を抜くと、咲弥は「せぇー……の。王様どっちだ」


「──ふふん。今度も私ね。じゃあ……1番は気になる人の中で、好きな人が居るか教える!」

「そうきたか……でも答えは簡単。2年間過ごしてきて、気になる人で止まっているのが答えです」

「なるほど、気にはなるけど好きまでいっていないって事でいいんですね?」

「うん、そういう事」


 二人だけの王様ゲームに慣れてきた俺達は、当たり前のように缶に割り箸を戻し、混ざった所で抜くを繰り返す。


「せぇー……の。王様どっちだ」

「──俺だな。じゃあさっきの続きを聞いてみようかな。1番はどうして俺が居るからって同じ高校を選んだのか教える」

「それは先輩の言う通り、安心するからですよ」


 咲弥はゲームをしている間に答えを考えていたのか、あっさりとそう返事をする。


「そっか……知っている人が居ると安心するもんな」

「うん。じゃあ次ね」

「あ、今度は俺が混ぜるよ」

「分かった」


 咲弥から缶を受け取り、混ぜ終わると咲弥に差し出す──お互い割り箸を抜くと、俺は「せぇー……の。王様どっちだ」と掛け声を出した。


「──今度も俺だな。さて、どうするか」


 心の中がモヤモヤする……その原因は分かっている。俺は心のどこかで、期待をしていたんだ。


「じゃあ……1番は──1番は今、好きな人が居るか教える」


 咲弥はニコッと微笑むと「もちろん居るよ」


「へぇ……居るんだ……」

「うん!」


 そうだよなぁ……咲弥はもう高校生。好きな人が居ても全くおかしくはない。はぁ……もうお兄ちゃん大好きぃって慕っていてくれた咲弥は居ないんだな。


 ──俺は混ぜ終わった缶の中から、次の割り箸を引くと「王様どっちだ」


「あ、今度は私ね。じゃあ……1番は私のセーラー服姿をみて、本当はどう思ったか教える!」

「え?」

「先輩。今朝、嘘をついていたでしょ? 幼馴染の私なら直ぐに見抜けるんですよ」

「あぁ……正直に言うと、まだ子供だと思っていたけど大人になったなって思っていたよ」


 咲弥はそれを聞いて俯き加減で「やっと、そう思ってくれた……」と呟いた。


「ん?」

「何でもないです! さぁ続きをしましょう」

「あ、うん」


 咲弥は次が待ち切れないのか、俺から缶を受け取ると直ぐに混ぜて俺に差し出す。俺が割り箸を抜き取ると「──王様どっちだ」


「俺か。そうだなぁ……1番は今日、本当に家に来た理由を白状する!」

「え?」

「うちの母親は、咲弥に夕飯作ってあげてって言う程、気を遣ったりはしない。それに俺もお前の幼馴染だぞ? 直ぐに嘘だって気付いたよ」

「何だ、気づいていたんですか。今朝、先輩のお母さんに会って、カギを預かったんです。どうしても今日、先輩と王様ゲームをしたくて」

「今日? 何で? ──って、王様を引き当てないとダメか」


 俺はそう言って缶に割り箸を戻す。咲弥も割り箸を缶に戻すとテーブルに置いた。


「特別に良いですよ。先輩は来年、卒業……だから先輩と過ごす毎日を一日だって無駄にしたくなかったんですよ」


 好意を向けてくれている事は何となく分かるが、どういう事だ? 俺がそう疑問に思っていると、咲弥は缶を手に取り、かき混ぜてから俺に差し出す。


「ねぇ、先輩」

「なに?」

「次……次に1番を引いた人は、相手の事をどう思っているのか白状するって言うのは、どうですか?」


 咲弥のその質問に、薄っすら何を言いたいのか分かる。分かった上で俺は「いいよ」と返事をした。


「──せー…………の」と、咲弥はさっきまでより長いタメをして「王様どっちだ」


 俺はゆっくりと隠していた手を退かし、どっちなのかを確認する。


「──私が1番かぁ……覚悟はしていたとはいえ、ドキドキしちゃうな」

「さぁ、1番は俺の事をどう思っているか白状して貰おうか」


 俺がそう言うと咲弥は「もう! 先輩、意地悪ですね!」と可愛らしく頬を膨らませる。スゥー……っと、深呼吸をして、俺をジッと見つめた。


 見つめ合うなんて幼馴染なんだから何度か体験したことはある……あるけど告白となると何だか特別で、ドキドキが止まらない。


「先輩」と咲弥がとろけるような甘い声を出し、緊張した俺は「はい!」と大きな声を出してしまった。


 咲弥は「ふふ……」と微笑むと「大好きです。小さい頃からずっと先輩の事を想っていました」


「──お、おぅ……ありがとう」

「先輩は? 先輩は私の事をどう思っていますか?」

「ルール違反──だけど、さっき特別に教えてくれたから、俺も白状するよ──今日、咲弥の制服姿をみて、ゲームをして……自分の気持ちに気付けた。俺も咲弥の事が好きだ」



 俺が告白すると、咲弥は日頃、冷静な表情を崩して、デレデレの表情を浮かべる。直ぐに缶を手に取ると自分の割り箸を入れた。


「さぁ、先輩。続きをしましょう!」

「え、まだやるの?」

「まだじゃなくて、これからが本番ですよ!」

「わ、分かった」


 テンションの高い咲弥に押されながらも俺は割り箸を缶に戻す。咲弥は混ぜると「さぁ、どっちかなぁ」と楽しそうに割り箸を抜いた。


 俺が割り箸を抜くと、咲弥は直ぐに「せー……の。王様どっちだ」


「──今度は私ですね! ちょっと変わった指示をしてみようかな! 1番は次に王様を引いた人にキス……をする」

「俺が王様だったら?」

「やり直し」

「それは良いが……行き成り過ぎないか?」

「別に」

「そ、そうか」


 昔から、いけると思った時の咲弥は凄く積極的だなぁ……。


「──せー……の。王様どっちだ」


 咲弥は直ぐに手を挙げると「わたしぃ! って事は……先輩が私にキスをしてくださいね」

「はいはい」


 冷静に返したものの心臓は正直で、今までにないぐらいバクバクと高鳴っている。咲弥は黙って目を閉じるが……本当に良いのか?


 俺はとりあえず咲弥の両肩に手を乗せる。そして──ホッペに優しくキスをした。すると咲弥はすぐさま、目を開ける。


「あぁ! 先輩! 勇気を振り絞って目まで閉じたのに、どうして口にしてくれないんですか?」

「どうしてって……口にとは言ってないだろ?」

「──確かに……でもズルいです! 意気地なしです!」

「とんでもない言われようだな……」

「良いですよぅ。私はまだ王様、次はもっとハードルの高~い内容にしてあげますから」

「ゲッ!」


 咲弥は人差し指を唇に当てると「そうですね……」と考え始め、指を離すと「そうだ! じゃあ──」と両手を合わせる。


 すると一階の方から「ただいまー」と母さんの声がした。


「残念……タイムアップね」と、咲弥は言って肩を落とす。俺は「助かったぁ」と言いながらも内心、咲弥と同じ気持ちだった。


 咲弥が俺を見つめたと思いきや、グッと顔を近づけ──唇を奪っていく。


「1番は王様に唇を奪われる! 今日はこれで終わりにしましょう!」

「あ、あぁ……」

「また続きをしようね。先輩!」

「うん」


 こうして俺達は何度も二人だけの王様ゲームを楽しみ、充実した学生生活を過ごした。


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