第3話 望まない客

 エレデさん翌日も店にきた。

 それも他のお偉いさんたちと一緒に。


 御領主様がきたのだ。

 何故かここで会議をするらしい、街の偉い人がゾロゾロと後に続く。

 店の前には護衛の兵が槍を構えて並んでいる。

 エレデさんは目が会った時”ゴメンナサイ”と頭を下げてくれたが、ランチ前にこれはないよ。


「現在街の収入はゼロだ、このままでは早々に干からびてしまう。何か良い知恵を出せ」

 御領主様は思っていたよりも若い。本当は人物像なんて考えていなかったんだけど。


「先の戦火から皆ようやく前を向き始めているところです。しばらくは我慢の時かと」

「復興にも金がかかる、その金が無いと言ったはずだが。状況を理解しての発言かハン?」

 そう御領主様に言われ小太りのおじさんが黙る。商業連合の会長のハンさんだ。


 ひだまりを開店する時にお世話になった。

 物資が少ないなかで優先的に色々な物を回してもらえた。

 ハンさんが言うには「立ち上がる力のある者は先に行くべきだ。そのほうが後に続く者達のためにもなる」だそうだ。


「それに街に不要な人間が多い、近隣の村から無断で流入している奴らを何とかしなければ」と領主様。

「ごもっともです」腰巾着が何人かいるのはどの世界でも変わらない。

 彼らが、住人が選抜されると言う噂の出どころかな。


「村々も被害を受け今年の作物は絶望的。街であれば少しはましだと思って集まっているのでしょう」

「何がましだ。奴らに街で何ができる」

「復興の労働力として貴重な力になっています」

 ハンさん他にも言いたい事がありそうだ。


「いずれ整理する必要がある」

 ハンさんの反論は無視して領主様がこの話題を終わりにした。


「それよりも魔鉱晶だ。私の調査によればハンピルクスでは酒ななくなりドワーフどもが働かなくなったそうだ」

 あれ、これ昨日ミトさんから私たちが聞いた話しだ。領主様も調べていたのか?

 違うようだ、エレデさんとマヌレフルスさんが下を向いている。

 マヌレフルスさんから報告が行った?

 それが御領主様的には『私の調査』になるのか。あ〜、ある人の顔が浮かんできた。


「これはチャンスだ。酒があれば魔鉱晶を有利な条件で買うことができる。何か知恵がないか」

 聞いていると意見を出せと言いながら、出てきた意見にことごとくダメ出しをする御領主様。

 一見御領主様は正論を語っているように聞こえるが軸がブレブレだ。あれでは何を言ってもダメだしできてしまう。

 これ、会議という名のマウンティングだと思う、領主様だけがだんだん気持ち良くなっていた。


 夕方まで会議が続いたが、何も結論がない。この集まりに何の意味があったんだ?

 肩を落とした人々がゾロゾロと出てゆく。

 全員が帰ったわけではなくマヌレフルスさん、エレデさん、ハンさんがカウンターに並んだ。


 他の全員が出ていったのを確認しエレデさんがキレる。

「何か街の幹部がいてその程度か、だ。言う度に"金は"とか"品質がダメだ"とか何かしら文句をつけやがる。最初からどこを目指しているのか言いやがれ」

「いつもの事だろう」とマヌレフルスさん。

 ハンさんも深いため息をした。


 コーヒーを1杯ずつ飲みながら愚痴を言い合ったあと3人は帰った。


 翌日も領主様の一団がテーブルを占領した。

 一応注文した飲み物と軽食の代金はもらえるが、他のお客様が入ってこれない。

 重要な会議で関係者以外に聞かれては困るそうだ。

 私がいるけど、いいのか。それより、ここでやるな!

 今日も無駄な時間が過ぎてゆく。


 また3人が残った。

 今日は他にロティナ達もいた。領主様達と入れ替わりに入ってきた、終わるのを待っていたみたいだ。


「何でここで街の会議が?」

 ロティナは私の一番知りたかった事を工房長達に聞いてくれた。


「領主様の館は今建て替え中なんだよ」

「館、壊されたって話聞いてないけど。占領された時も魔王軍の幹部が使ってたんじゃなかったっけ」

 トーリの質問にエレデさんが苦笑い。ハンさんがフォローした。

「クーラーが欲しいそうです。あれは後から入れるのは難しいので館を新築してます」

「それ今やる事じゃない!」という私の意見に全員同意してくれるようだ。


「じゃあ、この店に集まってるのもクーラーのせい」

 と言うロティナの問いにハンさんが「たぶん」


「冗談じゃない」私は声を上げた。本当に冗談じゃない、これじゃお店やってけない!

「ここは復興のため働いた人々や冒険者、街に住む者達のささやかな楽しみになっている。美味しいものは人を幸せにする」

 お店で出しているものは高くないギリギリ赤字じゃない程度、みんなに来てもらいたいからだ。お金はドラゴンに借りてるので十分に有る、私が必要とされて安心できる居場所としてこの店をやっているんだ。


「マヌレフルスさん。冒険者ギルド長にお聞きしたいのだけれど、旅の護衛っていくらぐらいかかるの」

 私のいきなりの質問に、マヌレフルスさんが私の顔を見た。

 ドルインを指差して「もうあれでラスト。直接プリファルに買い付けに行こうと思って」

 3日かかると思われたビールを「それは大変だ、飲み干さなければ」と言う謎の理論でドルインは飲んでいた。


「それなら、ギルド通さないほうがいいかも」

 ギルド長とは思えない返事が返ってきた。

「依頼は一応領主の承認が必要な事になっているの。普段は後からまとめてサインするだけだけど、この場合、後から買ってきたもの取り上げるかも」

「そうだったの」トーリが驚いていた。ロティナも知らなかったようだ。


「だから友人達と旅でもしてきたら」とアドバイスをしてくれるマヌレフルスさん。


 私は「友人」とロティナ達を見る。

 それに「友人」とロティナが笑顔で答える。

 トーリとドルインにも異論はないようだ。


「今クーラーが動いているお店は、そこそこ格式が高くオーナーも名士ばかり。勝手に占有するなんてできないでしょうな」とハンさん

 何故うちの店が選ばれた理由がわかった。


「だが、今酒を作っていないならプリファルへ行っても無駄なんじゃないか」とエレデさん


 サンバレンド七都市同盟の格都市は、産業が重ならないよう自然に微妙な調整がされている。

 私が向かおうとしたプリファルは農業を主産業としていた。

 当然穀物も多く作り、その余剰分でお酒を作っていた。

 プリファルでも農地は荒らされ余剰分なんて無いはず、だから酒が作られていない。当たり前な話しだ。


 あ、お酒、お酒って他に何から作るんだっけ。


「そういえば、果実収穫の依頼がなかったな」とマヌレフルスさんが自分の仕事の事を思い出してくれた。


「あ〜あれね。駆け出し冒険者にちょうどいい依頼、私もした事ある」とロティナ。

「果樹園は普段人のいない丘に広がっているのでモンスターがでる。でも雑魚ばかりだから冒険初心者にはちょうどいいんだよね」

果実の収穫とモンスター討伐を一緒におこなってたらしい。


 そうか果実酒。

 果樹園が全滅ってことはないだろう、そもそも人がいなかったんだ魔王軍が襲う理由がない。


「ちなみに職を失って最近冒険者になったやつは多い。大半はすぐやめるだろうが、今なら数だけはいるぞ」

 なら人手は十分にある。収穫できないのか、しないのか、どちらかだ。


「マヌレフルスさん。何か知ってる?」さっきからちょうどいい意見をくれている。

「想像でしかないが」

 それで構わない、私は首をブンブンと縦に振った。


「麦や穀と違い果物は保存が効かない。もって1、2ヶ月だ。酒にして長期に保存ができるようにしていたが」

 そうか冷蔵保存なんてしてたら庶民が口にできない価格になってしまう。

「なら酒にする事が何らかの理由でできていない」


「そこを解決できれば、お酒が手に入るのね」

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