第4話 現地視察
プリファルには5日かかった。
もしものために黒猫の「ロク」も一緒に連れている。
「いい旅だね、モンスターにも出会わないし」ロティナも機嫌がいい。
たまにロクが馬車を離れているおかげなのだが、内緒だ。
ロクも「たまに地上を這うのも悪くない」と言ってくれているし。
プリファルに来てみれば、お酒が作られていない理由はすぐにわかった。
錬金術士を派遣してもらえない、それが理由だ。
なんでも発酵を制御するのが錬金術士だそうだ。
「発酵って、自然にできたんじゃなかったっけ」と言う私の疑問は
「それじゃ品質が安定しない」と反論を受けた。
何故?
向こうでは普通にできていた。
私はお酒作りに詳しくない、そこに謎のファンタジー要素が入り込んでしまったのか。
逆に”錬金術士が作ってたほうがこの世界らしい”と思ってしまえるのも、こんな設定になってしまっている理由かもしれない。
でも『錬金術士を派遣してもらえない』って何んだ。
錬金術士と派遣というワードに関連性を見出せない。
「エルクルーナか」
錬金術士と聞いてロティナがため息と一緒に肩を落とした。
「工房長達、知ってて俺たちをよこしたな」とはトーリ。
「そうか、あれはカナが街に来る前の話か」ロティナが私に説明してくれるみたい。
「エルクルーナは錬金術士の街で、私たちのクルディアナとは仲が悪い。エルクルーナの錬金術士を高額の報酬で引き抜いたのが直接の原因。魔鉱晶は魔法具で使えるように製錬する必要があり、これが出来るのが錬金術士。この派遣の手数料をケチって行ったのだけど、当然エルクルーナから抗議された」
ん〜、聞いただけの話ならビジネス的に領主様のとった行動に理解できるけどな。
「でも実はクルディアナと言うよりうちの領主が一方的にエルクルーナの御領主様を嫌って嫌がらせしただけなの」
「派遣手数料より高額な報酬で引き抜こうとしたんだから、説明にもなっていない」トーリもうんざり顔。
ドルインは我関せず、どこか遠くを見てる。寝てる?
「何でそんな事を」
訳もなく小声になっていた。大きな声で話していい内容でない気がしたからだ。
「エルクルーナの奥様はクルディアナ出身。領主の憧れの人だったとの噂」
「噂じゃないよ。11歳の時に公衆の前で求婚してるから。子供扱いされて見事に振られたのを見た人はいっぱいいる」
は?
「それにエルクルーナの御領主は領民からも人気がある。クルディアナの先代もことあるごとに褒めてたらしい、"それに比べ"という言葉つきで」
なるほど、領主様のあの過剰なマウントの原因はそれか、それとも元々あんな性格だったのか。見た感じ後者のほうが納得できるけど。しかし領民に全く関係のない話だ。
「最悪なのは約束した報酬を払わず、怒った錬金術士がエルクルーナへ戻った事。そして錬金術士の派遣も依頼できない関係になった」
「それやばいじゃない」
「やばいなんてもんじゃない。魔法具の供給が止まるのが困るとアラガラントの国王まで調停に乗り出して、今までの3割増しの料金で派遣してもらえると、まとまった」
何やってんの。
それからも醸造所を回ったが同じ答えだった。
それと気づいた事がある。街では基本的に人手が足りていない、農業は人が行うのがこの世界では基本だ。
魔王軍に人が襲われたのは痛い。たった数行がこんな惨事になっているなんて、書いた本人に自覚が無かったのでかなり気持ちが滅入る。
それに反して農地はあまり被害を受けていない。
プリファルは採れた穀物を復興のためという名目で他の街に安価で売っている。クルディアナへもと聞いた。
街で果物は食べる分をこの街の冒険者だけで取ってきている、彼らに聞くと木になったまま熟れてしまっているとの事。
あと聞いた話とは逆にプリファルには錬金術士がかなりの数派遣されていた。
お酒を作るためではない、薬師としてだ。
本格的な治療を行える神官はリ教本部から来るが、今はほとんど魔王との戦いの最前線に向かっている。戦いの無くなったこんな辺境に来る者は少ない。
だが戦いがなくても解放時の戦いで傷つき治療を必要としている者は多くいる、彼らに医療を提供しているのが錬金術士だ。
お酒が足りないという根本的な理由はこれだ。
宿に戻り夕食を取っていると全員の深いため息が揃う。
「この状況、ハンピルクスのミトさんも工房長も絶対知ってたよね」トーリが昼間口にした事をもう一度言う。
「マヌレフルスさんもだよね」今思えば、ちょうどよく誘導されていた。
「クルディアナのために酒を作ってくれとエルクルーナに頼む事は領主が許可しないだろうし。エルクルーナとしてもやりたくないはず」
「街として動けないから、一般市民の私達に何とかしろ。だよねこれ」
そもそも解決しなければならない問題というものが無い。治療する人が少なく慣れば自然に戻る。
時間が解決するはずだ。
「プリファルから安く食べ物が入ってきていたって知ってた?」私は以前の価格を知らない。
「知らないわよ。変わった印象はない、逆に高くなっていたイメージがある」
「俺もそうだな」
「ハンさん達が着服してるのも考えずらいよね」人の良さそうなハンさんの顔を思い浮かべてみる。
「街への出入りはすべて領主が管理している。市以外の全部な」ドルイン寝ていなかった。
水の入ったジョッキを手にしている、それを口にして真っ赤になっていた。その怒りが彼をこの話に加わらせている
街で販売されている穀物は、街に税として納められた物を指定の業者を通じて販売される。
この税は高くない。江戸時代の年貢のイメージが嫌だったからわざわざ一言書いていたはず。
「店での販売価格は近隣の村の人が市で売ってる値段とあまり変わらないよね、だからみんな気づかなかったんじゃない。市の値段あれ街じゃ管理できないはずだよね」
村の人は街の市で売買して必要なものを揃える。
「広い農地のあるプリファル近隣と違い、クルディアナでは1つの村の被害が大きく影響してしまう。市の価格はどうしても高くなるはずだ」
その価格に合わせているなら儲けがでているはずだ。うちの店であの男が話していた場面が蘇る。
「何が復興には金がかかるだ、儲けてんじゃねえか」トーリも思い出したようだ。
「クルディアナの街の最大の問題はあの無能男だ」
「カナ、遂に御領主様呼びやめたね。極端だけど」
ロティナに笑われた。
「でも、何か見落としている感じ」
「そうねマヌレフルスさんもこの件、噛んでるんだものね」
何だろう。
よくわからん。ちょっと別の方向で考えてみよう。
クルディアナの産業は魔法道具の製造と販売、加工だから私の世界では二次産業。
鉱山と農業は一次産業、エルクルーナの錬金術も加工にはいるだろうから同じ二次産業だよね。
エルクルーナとクルディアナって同じでいいのか、違うよね。錬金術と魔法道具の違いは最終商品かどうかだ。
「最終製品を作ってるんだから、周りが全部立ち直ってからじゃないとクルディアナは売るものが作れない。食べ物や鉱石など採れるものが最初に動き出すと思う」
先に他の街が復興していき、クルディアナの復興は一番最後になる。
この間、魔法道具が手に入らないとなると何が起きるんだろう。
「クルディアナがエルクルーナにやった事の逆が起きていない?」
「カナ、突然大きな声出さないで」
「聞いて」とみんなの顔を見回す。
「農業や採掘などはその場所に行かなければできない事。その街でしかできない」
「錬金術士が売っているのは技術。それが出来る人がいればどこでも出来るから派遣という方法がとれる。では魔法道具ってどうなの」
一瞬、間があってロティナが
「道具と技術が有ればどこでもできると思う」
「そう、どこでも出来る、どの街でも」
先に戦火から立ち直った街と、クルディアナではどちらが魅力的か。
あの男が、他の街をより魅力的にしてしまう。
次の日からの調査目的が変わった。
そのせいなのか、自分達をクルディアナから来たと言わなくなったせいか前日までは聞かない話しが聞けた。
その最大の情報は、『各都市の代表が隣街に集まっている』
おかげで、慌てて隣町へ行く事になる。
ーーーーーーーーーーー
私達はゆっくりとクルディアナに戻ってきた。
必要な人に会えたし、貴重な話も聞かせてもらえた。
私たちいない間にクルディアナで変わった事といえば入門税が倍になっていた。
あの会議の結果なんだろう。これでは市の価格は下がらない。
目的を知って何を行ったかを見れば納得がいく、決定している者にこの先が見えていないという事も。
「遅かったな」エレデさんが開店直後に来店した。
「いろんな問題ばかり見えてしまって」と笑顔で返した。
「そうか」
お酒を買いに行ったはずなのに、その事を聞いてこない。
もう隠す気もないんですかね。
「もう何人引き抜かれたんです」カマをかけてみた。
ビクッとエレデさんが震える。
「何の話だ」
「プリファルで元工房の人にも会えましたよ」
「誰だ!」
「何の話でしょう」と惚けてみた。
エレデさんが苦く笑う。
「特に腕のいいのから狙われている」
「引き止める策が無いんですね」
「アイツらも家族を養う必要があるからな。止める言葉がないんだよ」
エレデさんは魔王軍との戦いで家族を失っている、職人にもそんな人は多い。
それに知人や近しい人の死を見て"どうせ人は死ぬ"という考えになった人も多いと聞く。
彼らの話を聞いて私も思った『これでいいのか』、自分が本当に何をしたいのかって。
このカフェはやってて楽しかった、お客さんが何度も来店してくれるのは自分が認められたみたいだし。
皿に残った野菜を見て、次は切り方を変えようとか考えるのもワクワクした。
あの会社に入社した時もそんなワクワクした気持ちは確かに有った。
希望した会社じゃなかったが、業界でやってみたいことが有ったので入社した。
上司や先輩に『ほめられたい』『怒られたく無い』という気持ちだけじゃなかった、忘れていた私に領主を笑う資格はないかも知れない。
その夜食事を与える時にロクに聞いてみた。
「私と領主って似てる?」全部知っているこのドラゴンなら何でも言える。
「知らん、お前ら弱き者の細かなこと我に関係はない」といつものようにそっけないので安心する。
「だが、お前はみていて面白い。やった財宝くらいの価値は有ったぞ」ならいいや。
さあ明日は決戦の日だ。
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