第2話 失恋と酒とドワーフ

 2ヶ月前のあの日、私は東京でOLをしていた。

 その日は3年付き合った彼に振られた日でもあった。


 私と彼は、新人と指導担当の先輩として初めて出会う。

最初はそっけない態度だった先輩が、あまりにも出来ない私に時間をじょじょに割いてくれ、最後には1対1で丁寧に指導してくれるようになっていた。

会社のお荷物だった私と違い、先輩は優秀で若くして課長になっている。


 あの日先輩は突然「会社を辞める」と、もう退社日も決まっていると言った。

 何も知らなかった、相談もされていない。

 しかも「新しく始めたい、別れよう」とついでのように給湯室で言われる。


 会社を出てからの記憶が無い。

 どこをどう迷ったのか知らないが、朝にはこの街の門前にいた。


 魔王軍から街を奪還後の混乱した中で、私は被災者と一緒にされ町に保護された。

 何もかもが混乱していた状況も幸いした、まともに受け答えの出来なかった私を何かあったのだろうと深く追求もせず街の人は世話をしてくれた。

 自分の居るところが東京じゃないと理解できたのは昼を食べた時だ。やはり美味しいは正義。


 魔王軍から街を奪還後の混乱の中、私は被災者と一緒に町に保護された。

 何もかもが混乱していた状況も幸いした、まともに受け答えの出来なかった私を何かあったのだろうと深く追求もせず街の人は世話をしてくれた。

 自分の居るところが東京じゃないと理解できたのはお昼を食べた時だ。やはり美味しいは正義。


  ただ泣いて過ごしていた。

 夢の中だと考え目覚める事を、あるいは帰還することを願って。


 泣くのに飽きた頃、周りに目が行き始めてあることに気づいた、この街に見覚えが有る。

 初めて見たはずの街並だが何故か懐かしい、記憶をたどり思い出した時には顔がボッと音をだして真っ赤になる。


 中二病全開の痛い記憶が波のようにおしよせてきて、身悶え苦しむことになったのだ。

 苦しんでいる私にかけられた治癒の呪文で、ますます苦しみだすしまつ。


「私では力不足のようです。しかし、神の奇跡で癒せないだなんてどうなっているんでしょう」

 ゴメンなさい。ゴメンなさい。

 あなたの裏設定を思い出したんです。街の神官さんに腐女子要素を入れてました。


 その後、なんとか落ち着きをとりもどし頭から黒歴史を押し出して現状を整理した。

 この街は私の書いた物語に出てくる最初の街だ。魔王軍に占領され英雄が最初に救いだす街。


 すると”初めの街”と知っているせいで緊張感や危機感が無くなる、それもどこか知っている世界なので妙な安心感さえ芽生え始めた。

 しばらくはこのままでもいいかとさえ思い始める始末。 


この数年、私にはこの余裕がなかった。

 先輩の要求するレベルに応えられず絶えずダメ出しされ続け、その期待に応えられるようにと自分を追い込んでいた。

 眠れないようになっていて、女の子なのに美容にも関心がなくなっていたので髪もボサボサだ。


 そんな眠れない日々も、そしてあんなに大好きだった先輩に捨てられた事も、なんかどうでもいいように思えてきた。


 だが夢の世界でもそこまで甘くない。街が住人を選別し始めると噂を聞いてしまったのだ。

 街に住み続けるためには、税の支払いと街への貢献として仕事が有る事が条件になるだろうと。

 多くの者が混乱の中にいる時だ、当然として多くの不平が上がる。

 しかし、街において領主は絶対の権力がある、街のコアとの契約でそこに住める者を選択できるからだ。

 こんな設定作るんじゃなかった。


 なにかしなければ外にほうり出されてしまう。

 私に何ができる?

 そういえば私、何したいって夢見てなかったな〜。寂しいOLだった。

 こんな事考えたの何年ぶりだろう。

 会社人の記憶はまだにがいので、夢見ていた頃の記憶を辿る。


 そう言えば田舎に憧れのカフェが有って、あそこで働きたいって思っていた頃があったな。

 いいなあれ、やれないかな。


 資金が必要なのはここも同じ。どうしよう!


 ・

 ・

 ・

 あ!

 有るぞ オ・カ・ネ!


 ふふ、そうだったそうだった、私はこの世界の創造神だもの都合の良い裏設定だって知っていて当たりまえ。

 歩き出してた。変な鼻歌を鳴らしながら。


 街の中央にある公園に面して、いろんな建物が並んでいる。壊れていて一部は修理中だ。その1つの半壊している建物に入る。

 崩れないように注意して奥まで進むと「居た!」


 一匹の黒い猫が私の声に驚いてこちらを向く。

「やぁ、はじめまして」

 私の挨拶に反応はなし、ただこちらをうかがっているだけ。


「ねえ、悪いんだけど、貴方の集めてる財宝、少し私に貸してくれない?」

 誰かが見てたら、私は完全におかしな女。猫までシャーとか攻撃態勢取り始めたし。


「そんな態度とる、後悔するよ。これはやりたくなかったんだけど仕方がない」

 これ完全に悪役のセリフだな。


「"世界の終焉に立ち会う龍"、私貴方の真名を知っているのよ」


 黒猫が弾かれたように飛び上がった。

「何故、その名を…」

 しゃべる黒猫の正体はドラゴン。よくゲームのドラゴンは財宝を集める習性が有る、そのままなのは私の発想力の乏しさからだ。

 冷や汗を流しているだろう黒猫にたいして、私は笑ってみせた。


 怪しい女が怪しい大金を持ってきても、街の人たちは何も言わなかった。復興資金になると思ってあえて口を挟まなかったかもしれない。

 猫がくれたお金は、小さなカフェを開くには十分だった


 ちなみに彼の通り名は黒を逆にしただけのロク。


 ーーーーー


「ここは涼しいですな。外の暑さとは別世界だ」

 鉱山都市ハンピルクスから来たトミさんが、あらためて店内を見渡しての感想。

 中央のテーブルにつく。

 同じテーブルの席に座り、工房長のエレデさんが

「この街で作り始めているクーラーのおかげですよ。最近作り始めた店はほとんど取り入れてます」


 ここが、私が創り出した世界なのは間違いない。当時ノートに書き込んだ裏設定の内容までしっかり再現されている。

 魔法道具は魔鉱晶を触媒として大気中に有る魔素をエネルギーに変えるというファンタジー設定だ。

 ただし設定した覚えがあるのはここまで、どんな魔法道具が有るかまでは明確に書いていない。

 その何も考えていなかった所には軟弱な現代人の"常識”が当てはまっているらしい。おかげで店にはコンロも冷蔵庫もある。

 私の発案でクーラーは作れたが、パソコンやスマホが無理だったのはファンタジー世界としての矜持なのだろう。


「傷ついた七都市同盟の復興には魔法道具が必要とされている、多くの魔法道具が求められているんだ。この街もドンドン作って売っていきたい」

 復興にはお金が必要だ、魔王軍に教われたと何も考えずに書いたが、勝手に復興はしない。当たり前のことだ。

「魔法道具に魔鉱晶が必要なのは知れ渡っているし、ここらで魔鉱晶が採れるのはハンピルクスだけだ。お前達に隠す事はできない、だからって三倍はねえだろう」

「判ってるよそんな事は、ハンピルクスとクルディアナの関係は古い、今までもこれからも良い関係でいたい。だからこそここには売ろうとしている、それも値段はこれが精一杯なんだ」

「今金が無いのは知ってるだろうが、買えるわけがない。いや金が必要なのはここクルディアナだけじゃない、ハンピルクスも含めて七都市全部だ。お前んとこも金は欲しいだろ、だったらサッサと掘り出して売ってくれ」

「俺たちもそうしたい」

 トミさんは、売りたいのに売れない理由が有るんだと、言葉の外で言っているみたい。


 "何でだろう”という顔を私がしてたのだろう。マヌレフルスさんが小声で

「同盟都市と言ってもそれなりに面倒な関係なの。魔王軍との戦いでは共闘してるけど、前は資源を巡って小競り合いもあったし」

 マヌレフルスさん近寄っていくロクに、いつものようにおつまみの生ハムを1枚分けていた。


 さすが冒険者ギルド長、政治もたしなむようだ。

 創造主の知らない、あるいは関心のなかったために生まれた辻褄合わせを良く知っている。

 魔王軍に対しては協力しているが、厳しい商売をする相手でもあると言うことか。


「鉱山をめちゃくちゃにされ、鉱石が取れなくなっているの?」とロティナ。

 私も知らない、そこはざっくり進めてたから。

「いや、ハンピルクスの街中は他の街ほど被害を受けていない」


 トミさん苦笑で視線をカウンターで酒をのむドルインさんに向けた。ちらりとその横の大斧に目が行く。

「ハンピルクスの住人はドワーフが多い、そしてドワーフは優秀な戦士だ。しかも峡谷都市は入口が狭いため守りが有利。だから街の中の被害はそれほど大きくない、その奥にある探鉱は無傷さ」

 そうだった”いくつかの街が占領されたんだった”。解放されたと明確にしてたのは確かクルディアナだけだったんじゃないか。


「戦死者も少なかったと聞いている」とマヌレフルスさんが補足する。

「そうか」とエレデ工房長が腕を組んで考え始めた。

「狭い場所での先頭は激しくなるが、後衛がしっかり支えていたなら戦死者の数は減らせる。だが多くの怪我人が出たんじゃないのか」

 ミトさんはエレデさんを鋭い目で見返していた。その反応は答えになっている。

「ドワーフは優秀な戦士であると同じように優秀な石掘りだ。今人手少なんいんだな、ハンピルクスが欲しいのは先に新しく人を雇う金か?」

 エレデさんが追い込む。


「怪我が治れば仕事に戻る、新しい人手など不要だ」

 諦めたのかミトさんが内情を漏らす。

「ワシらは仕事に誇りを持っている。ちょっと休んだくらいで何も知らんやつに仕事を奪われるなど我慢できんだろうな」とドルインがドワーフ側からの見方を言う。


 新しい人手が無理なら、今いるドワーフで頑張ってもらうしかない。

「ドワーフがふっかけてきたのか」とエレデさん。

 その声が終わらぬうちにテーブルを強く叩く音がする。壊さないでね。

「ドワーフは金などでは動かん!」

 ドルインは本気で怒っている。

「そのドワーフの言う通りだ」ミトさんもドワーフの名誉を守る。


「でも、お酒なら?」と私は空になったドルインのジョッキを交換した。

「これで最後の樽に切り替わった、ドルインなら3日で飲み干してしまう量ね。そして次の入荷は未定と言われてる」


 ドルインは最初何を言われたのか理解できず固まった。しばらくして視線がジョッキと私の顔を何度も往復し始めた。

「ここのところお酒が手に入りずらくなってる。そのロゼだって残り2本よ」

 とマヌレフルスさんの前に置かれたボトルを指差す。

 マヌレフルスさんがドルインと同じ事をした。


「聞いたら新しく作ってないんですって。今の在庫がなくなったら当分入ってこなくなるって」

「ここもか。仕事を増やす代わりに彼らの求める酒を配る約束をした。当時は今みたいに手に入らなくなるなんて思ってなかったからな」

 ミトさんもしかしてこの街に酒を買いにきた?


「約束は約束だ。頑張って酒を集めるしかないな」とドルイン。

 あ〜。ドワーフは頑固って書いてたな、ミトさんごめんなさい。

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