序章4


「ぷはぁっ、やっぱ依頼完遂後はこれよねぇ!」


シードルを一気に飲み干すと、ジャニスがタンブラーを片手に快哉を叫んだ。私はちまちまとナッツと鶏の炒め物をつまむ。


「お嬢様、酒量はお控えになった方が」


「なによぉ。まだ2杯目でしょ?ハンスこそもっと食べなさいよ。相変わらず少食なんだからぁ」


「これが普通だと思うのですが」


鶏の五香粉揚げが乗った皿を片手に、女将のリーシャが苦笑する。


「まあまあ。あたしとしては、2人が美味しそうにうちの料理を食べてくれるだけで十分よ。ねえヒイロさん」


厨房の向こうで「そらそうよ」とパルフォール弁が聞こえた。


「おかげさんでうちも仰山繁盛させてもろてるしな。ハンスはんの紹介の効果は絶大や」


「それはあなたの腕があってのことですよ」


うんうん、とジャニスが頷く。


「ヒイロさんのところの料理は他じゃ食べられないからねぇ。まあ、それも当然なんだけどぉ」


酒が入るとジャニスはいつも語尾を伸ばし気味に喋る。顔もどこか弛緩していて、昼間の彼女を知る人間が見たらさぞ驚くだろう。

それにしてもこれほど上機嫌な彼女はなかなか珍しい。モラント商事の金払いが驚くほど良かったからか。



マルコ青年の一件の後始末は随分とあっさりしたものだった。「浄化」してからわずか2日で、カルディアから彼の父親であるジェフリー・モラントがシャロットを訪れたのだった。

それも依頼達成の御礼として、契約時より1000万オードも多い3000万オードを持参してきた。流石にこれには私もジャニスも仰天した。曰く、「私の大切な一人息子を取り返してくれたことには、感謝してもし切れない」とのことだ。

ジャニスはそれを言葉通りに受け取り、「まあそうよね」と得意気だった。だが、少し調べるとどうということはない。マルコに憑依していた男がデズモンド商会から巻き上げた3000万オードを、そのまま横流ししただけのことだ。


真相は裏ギルドの顔役、ジミー・バルトラから聞いた。私たちの仕事の協力者として、各都市の裏ギルドは極めて重要なのだ。

転生者が表立って事を起こす事は少ない。大体は冒険者としてか、あるいは裏社会絡みで連中は動く。そして、裏社会で何かしらおかしな点があれば、すぐに私の「移動電信機」に連絡が入る。

あの時も、私たちはマルコがシャロットに入ったらしいという情報を得て事前に同市入りしていた。そして異変を察知したバルトラが、マルコの現状を確認した上で私に連絡を入れた、というわけだ。


モラント氏はあの後、シャロット市裏ギルドに資金援助と事業提携を申し入れたらしい。「年を取って娼婦として客を取りにくくなった女を買い取り、教育を受けさせて家政婦として派遣する」という。言葉を選ばずに言えば、一種の人身売買と言えなくもない。


もっとも、開拓者の国で常時人手不足のカルディアからしてみれば、元娼婦であろうが貴重な人材だ。娼婦も新たな食い扶持ができ、衰退傾向にあったバルトラの闇ギルドも収益源が多様化する。モラント商事も金を稼げる。いわゆる「三方よし」、いや「四方よし」だ。

マルコに憑依していた奴がバルトラに持ちかけた話も聞いたが、目先は旨いもののじきにインフレを引き起こし破綻するのは目に見えていた。結果として、全員にとって望ましい結末になったと言える。

バルトラは「ありゃ相当な商売上手だな」と舌を巻いていた。私も同感だ。モラント商事とは、今後も付き合いがありそうではある。



ジャニスは鶏の五香粉揚げを頬張り、「うーん、香ばしい!」と愉悦の表情を浮かべた。


「今日は本当によくお食べになりますね」


「そりゃあねぇ。転生者の「浄化」がこんなに後味良く、すんなり終わることは少ないもん」


私は手元にあるカイロウ酒をちびりとやって「それもそうですな」と同意した。



転生者案件は往々にして面倒だ。被害が大きかったり、地域社会への悪影響が残ったりして後始末が大変なことが多いだけではない。依頼人が金払いを渋るのも日常茶飯事だ。

その度に、私があれこれ手配し、政治的・経済的な圧力を各方面からかけねばならない。こういう汚れ仕事は、本質的に素直で育ちのいいジャニスには向いていない。私が一手に引き受けることになる。


私への負担がかかるぐらいならまだいい。転生者が身の上を語りだしたりすると、祓い手であるこちらにとっても精神的にきつくなる。多くの転生者の「前世」は不幸なものが多い。だから、できるだけ問答無用で浄化対象者に対応するようにはしている。

それでも私たちは血の通った人間だ。「浄化」にせよ「討伐」にせよ、罪悪感を全く感じずに機械のように淡々と行えるわけではない。重罪を犯した転生者ならまだしも、ただ平穏に市民生活を送っている転生者に手を出すことは、余程の理由がない限り避けるのが不文律だ。

……まあ、大体の場合その「恩寵」の影響力から、転生者が周囲に迷惑をかけずに平穏に生きることなどできないのだが。



ジャニスに視線を移すと、うんうんと首を縦に振っている。


「本当にそうよねぇ。ああいう俗物ばかりが『浄化』対象ならいいんだけど。というか、『魂晶』の処理はどうなった?どうせ『奉納』だろうけど」


「祓い手」によって吸われた魂は、一度「魂晶」に保存される。私たちはそれをイーリス教会に一度預け、報奨金を受け取るのだ。

その上で、教会の「読み手」は転生者の前世を読み取り処分を決める。その人物がこの世界で犯した罪や社会への影響、そして前世の境遇や本人の性格を総合的に勘案するのだ。


最も一般的なのが「奉納」だ。これは魂をそのまま秩序と法の神であるイーリスに委ね、性格と記憶を消去した上で改めて転生させるというものだ。

生まれ変わった人物は前世とは全く異なる人物になるらしいが、詳しくは私も知らない。そもそも本当に転生させているのかすら怪しいものだが。


私は無言で酒を飲んだ。様子がおかしいことに気付いたジャニスが「どうしたのよ」と眉をひそめる。


「というかハンス、さっきからずっと機嫌悪そうじゃない。何かあったのぉ?」


「……先程教会本部から連絡が。あの男、『奉納』ではなく『保護』処分になりそうだと」


「……はぁ!!?」


ジャニスは叫ぶと、ドンとタンブラーを机に叩きつけた。


「何よそれ!?何かの間違いじゃないの??」


「残念ながら。あの男、転生した直後に出奔してますからな。周囲の人間関係にも、地域社会にも影響は殆どない。

ウオル盗賊団5人のうち3人を殺害、2人に重傷を与えた件についても、法的には問題なしと。連中は賞金首でしたから、むしろ称賛されるべきであるということです」


ジャニスの肩がわなわなと震える。


「……冗談じゃないわよ。ミミみたいなのはともかく、あんな女と金と名誉欲しか頭にないような転生者なんて、全て消えてしまえばいいのに!」


彼女の目が怒りで満ちている。その気持ちは分からなくもない。



ジャニス・ワイズマンは、セルフォニア宰相、パウル・ワイズマンの一人娘だった。

そして、10年前に彼女の一家と皇家を皆殺しにして皇位を簒奪したのが……現皇帝にして転生者、グラン・ジョルダンだ。



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