まねる人

夢野 綴喜

第1話

ビル風が吹く中毎日同じようにセブンのコーヒーを片手に出勤をする。目立たないようにしているわけでもなく、人と同じようにしている訳でもないのに、あなたは誰と言われたらきっと答えられないだろう。でも自分にその質問をする人もきっといない。仕事がそうさせたのか、生まれつきそうなのか今は分からない。

朝オフィスのデスクを見るといつもようにクリアファイルが重なっている。上司の服部課長が

「おはようございます。」近づきながら丁寧に挨拶をしてくれる女性上司だ。

「おはようございます。朝はこれを仕上げればいいでか」

「いつもすまないわねぇ。終わったら自分の担当の会社の資料整理をお願いします。」

「分かりました。」


デスクに積んである1番下のクリアファイルを取り出す。書類は3枚、1枚は指示書、1枚は領収書のコピー、もう1枚は実物の領収書

指示書を読まなくても仕事は分かっている。コピーの領収書と文字と同じ字で、実物の領収書の書き漏らしの所に書き込むことだ。

今回は日時がないので数字を書くだけだ。

あらためて指示書を読むと

ー日時欄に2022年9月23日と記入ーと書いてある。

最初の仕事はペン選びをする。これを疎かにするとどんなに字が似ていても、全く違字に見えてしまう。引き出しを開けるとペンだけで30本以上入っている。領収書の金額の数字をペンを見て、候補の3本を選ぶ。何年もやっているとペンの種類が分かってくる。これはペンテルのエナジージェル系だ。その中の選んだ一本のボールペンを違う紙に試し書きしてみると、間違いないことがわかり、自分に自信が出てくる。

領収書の金額は57200円

その数字をまずは真似して別の紙に書く。遠藤が大切にしているのは書いた入りと出の筆圧である。濃さと太さを見ながら何度か書いてみる。字の形はデッサンと同じで字として見るのではなく、形そのものも真似していく。その形をイメージしてこの中にない9,3を創作していく。

ここまでで約10分。ここからはなんの迷いもなく領収書の左上の年月日の欄に選んだポールペンで書いていく。

出来上がったものは数字の確認だけをしてファイルに戻す。

「相変わらずうまいですね」と時差出勤をしてきた、隣のデスクの相澤さんが話しかけてきた。

「頼まれるからやっているだけですよ。」と嘘ではなく、上手いと思ってやっている訳ではないことを説明した。

「この間私の担当会社の領収書の名前を書いてもらったら、どちらが本物か分からなかったです。」と尊敬の眼差しで言われた。

「一つくらい人にはない特技があって良かったのかもしれませんね。」

「遠藤さんがいなかったら、いちいち会社に連絡をして送り返して書いてもらわなきゃいけないと思うとゾッとします。」

「皆さんもやろうと思えばできますよ。」

「無理です!」と言って自分の書類の整理をし始めた。

自分はこの会社で本当に役に立っているのだろうか。役に立っていないから書き漏らしの領収書の書き足しみたいなことをしているのだろうか。


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