陰謀の帝國

@kodukikentarou

第1話 陰謀

第一話 陰謀

戦艦榛名。

前方甲板第一、三連主砲塔上部。

日は暖かい。

波も凪。

ラジオからはお笑い番組。

昼寝には向いている、否、寝ていた。

そこに

ウー・・・!

敵さんか。

そこに軍靴のコツコツという固い、独特な音がして

「夜霧提督!〇二〇四、電探感アリ!イルミナス星雲からです!」

ギリギリこの榛名の主砲の射程圏内。

俺はノソノソと起き上がり

「主動力炉稼働率6割、発動機に2割振り当て、残りは主砲に回せ」

この艦の艦長、柊一馬大佐は

「は!」


そう言えば昼飯を食べてなかった。

何を食べるか考える前に、敵さん駆逐艦の運用が上手くなってきたな・・・。

駆逐艦と言えば攻撃力や防御力が低い分、最大船速はやたら早いので情報収集に向いている艦が多い。

どの国でも言える事である。

現に、こちらの主砲の射程距離一杯を感知したのか逃げられた。

一方で言えばこっちの上層部は闇雲に艦を展開すれば勝てると、策略のさの字も考え浮かばないとち狂った馬鹿ばっかりだ。

現に今大戦、馬鹿も馬鹿、大馬鹿、うつけの所業。

で艦を失う度に責任のなすり付け合わせ。

戦線で戦っている兵に申し訳がつくのだろうか?

まあ、一人はらわた煮え繰り返してもしょうがないが。

そんな事より、食堂に着くなり

「ふぇぇん、こんなに食べられませんよぅ」

大盛のトンカツを目の当たりにして泣いてる将校が一人。

名前はー・・・。

「双岩紅葉少佐」


日永帝國。

前大戦、戦勝国という特権を得、不細工にブクブク太った豚国家とは誰が口にしただろうか。

敗戦した周辺諸国から搾取するだけ搾取し、刃向かう国々は圧倒的な軍事力の前に屈服し、血の油を流し、肉という資源を奪われる。

だが、豚は豚・・・。


煉瓦造りの3階建て、前にある噴水に立っているポールには五行星の国旗。

旗を羽ばたかせるのは海からの風。

潮風匂う初夏だ。

建物内部。

シャンデリアの下がる赤絨毯の長い廊下を歩く一人の、肩の階級章を見ると大尉。

コンコン。

「閣下」

軍務省宇宙軍庁。

重みのある、否、威厳のある白い、金のドアノブがついた扉をノックする。

「入りたまえ」

「は、水瀬律大尉、入ります!」

部屋に入ると窓を開け、扇子で顔を扇ぐ将官。

階級を見ると大将。

白髪頭でカイゼル髭。

「あの・・・恐れ多いのですが、空調をお使いになっては?」

「こうして夏の情緒を楽しむのもいいじゃぁないか」

そう言われると何にも言い出せない。

しかも将軍。

それに対して

「・・・萎縮するのは大いに結構。だが、目上だと言って意見が言えないのはもらえない。上官が明らかに下手を打って部隊が全滅するより上申して言い返せるのが正解な」

将官、双岩願六大将は窓を閉めリモコンで空調をつける。

ひんやりとした空気が肺に入って来るまで体感で3分程だろうか?

「さて、報告を聞こう・・・」

水瀬が部屋全体を見渡す。

豪華な調度品。

暖炉の上には双岩の肖像画。

だがそんなものはどうでもいい。

肝心なのは

「安心せい、盗聴器なんて無粋なものは無い」

それを信用するに値するかは個別判断だが、もし盗聴器など仕掛けられてたら命乞いして亡命するしかなくなる。

「さて・・・」

願六は報告書を解く・・・。


「夜露提督、凄いですね!あんなに盛り沢山のトンカツ平らげちゃうなんて」

俺は爪楊枝でシーシーしながら歩く。

だがぶっちゃけると、トンカツとビールが欲しかった。

揚げ物プラスビール。

最強のコンビである。

「あれぐらい食っとかないと身が持たんぞ」

俺は爪楊枝をゴミ箱に突っ込む。

艦橋に登る。

宇宙儀には惑星や岩のデーターくらいしか映っていない。

提督席に座ると懐から煙草を出す。

わかばと言う煙草だ。

高級な嗜好品だが、将官で独身なので別にどうって事もない。

早い話、そこそこ高給取りなのだ。

「提督、相も麗しゅう・・・ぶぼ!?」

手に口付けしようとしたのは野田勝也少佐。

思いっきり殴った。

気しょい。

「夜露―、女なんだからもう少しなぁ」

中忠之助参謀長。

装備品が拳銃ではなく、刀一本。

中と夜露は腐れ縁である。

中は元々陸軍庁出、万人斬りの黒き剣客と言う名がついた。

夜露は元空軍庁。

二人の出会い・・・。

その日はスカッと晴天にも恵まれ、抱えた爆弾を敵の基地に爆撃しており、その日は運悪く対空砲火をもろに受け、で不時着。

敵地のど真ん中だったが、偶々、本当に偶然に忠之助の連隊が通りかかり命辛々撤退できた。

それはまた別のお話になるだろう。

「・・・中参謀長、お前が居るってことは・・・」

中は頷き、そして溜息をつき、

「ああ、夜露艦隊はアルバーレ・レーンに展開、アウシュリー王国軍の侵攻を阻止せよ」

それに顔を真っ青にしているのは双岩少佐。

前大戦にて大立ち回りをして戦勝国の一角、大アウシュリー王国。

運用兵器こそ古い物が多いが、莫大な数の軍艦を持っており、日永帝國の5倍以上とも言われる。

ただし、先に言った通り、アウシュリー王国の兵器は旧式が多い。

一方日永は、新技術が出たら即採用する。

敗戦国から莫大な賠償金を奪い、それを兵器開発につなげているのである。

ただ、奪うばかりではない。

日永の日の字を、い、にしたら、田舎帝國、などと揶揄される。

何故か?

日永の国土の6割が食料自給率の為に駆り出されている。

後は想像がつくだろう。

そう、賠償金と言う名の食料品の買い物。

割に合わない金額で売り付けられてはいるらしく、インフレが起こっている地域も多数。

正しく飴と鞭なのだ。

それはそれで話が脱線したが、いざ戦う事になったらと双岩少佐は思っているのだろう。

榛名は不沈艦として名高い。

操船技術も、攻撃の先読みも、全てに於いて恪が違う。

だが・・・。

「俺の艦隊って何隻就いてたっけ?」

聞くと答えたのは柊。

日永の国旗、五行星の入った革製の軍人手帳を見る。

勿論、暗号で書かれているので、読み解くのに2分かかった。

「戦艦1、重巡洋艦3、軽巡洋艦3、駆逐艦11、ですよ」

この戦力で戦り合うのは嫌だなあ・・・。

確かに心元無い。

噂ではアウシュリーの軍と小競り合いを起こした国があったらしく、その国の艦隊、詳しくは聞いてないが、8隻の軍艦に対して、アウシュリー軍が出した軍艦は41隻だったそうだ。

物量豊富が覗えるエピソードだが、およそ5倍の軍艦で来るのは見せしめもあるのだろう。

正直、あんまり突っつきたくない国である。

アウシュリーの旧式化した兵器で勝ち続ける賢将、マウザーという指揮官に始まり、様々な有能な軍人が多いのも一つで、突っついたら、下手したら明日にも帝都は火の海になりかねない。

しかし、軍部も粛清が行われ、精神論者はいなくなった。

だが、精神論者を粛清するなら、上層部の大多数を占める無能高級将校なども消して欲しかった。

今や勇猛且つ聡明な将官が一級戦線で踏ん張っている。

自らの保身に立ち回る、醜い国賊、豚共を処刑せよ、とは日永帝國初代皇帝久光だ。

そう、日永帝國は建国10年にも満たない新興国なのだ。

元軍人だった久光皇帝のこの言葉がどこまで浸透したか?

それは誰にも分らない。

が、無能な輩がざるをすり抜け、上層部に残った事は間違えないだろう。


「そうか、アウシュリーとの決戦は近いのかもしれないな」

双岩願六大将は髭を撫で、水瀬の持ってきた戦線指針上申書と言う閉じ紐で製本された報告書を静かに閉じた。

そしてスッと立ち上がると窓の外、雲一つ無い快晴の空を見上げ

「雨が降るな・・・夜露美弥提督には苦労ばかり掛けとる、最早・・・否、生まれた時から狂ってるのかもしれんな・・・」

目を細め、若く、艶やかな女性将官、夜露を思い浮かべる。

「それは元に貴官の孫娘が配属になったから余計に、でしょう?」

階級章は中佐。

ただ、その男の悪名然り。

出世欲の為には、上官すら利用する、通称、墓場のハゲタカ。

今迄何人軍人達を出世の為に殺したか、まるで分らない。

その名・・・

「上村中佐殿、将官室に入る前は・・・」

「ほうほう・・・上官に立ち振る舞いを解くのか?水瀬大尉、軍法会議ものだ、若しくはその無礼、ここで裁いてもいい」

チャキ。

拳銃の銃口を水瀬に向ける上村。

撃鉄を上げ、引き金に指までかける。

しかし

「ここで死ぬのも本望。今大戦という舞台から役者が2人降りるだけですから」

水瀬も何の躊躇なくホルスターから拳銃を抜き銃口を向け、緊迫。

しばらく時間は止まった。

動き出す、ここから。

それぞれの思惑に沿って。

銀河が、宇宙が。

業欲という燃料にて。


新宇宙歴16年。

日永帝國と同盟締結していたラウトバーン共和国にアウシュリー王国が侵攻。

これに反発して、軍の会戦派が長い沈黙から一気にそれに対しての反攻作戦立案を上申。

軍上層部は是仕方なきと皇帝に上奏。

皇帝は頷いた。

して、同時にアウシュリー王国に進軍する。

ある者は言う。

今大戦、大儀はあるのであろうか、と。


夜露は数名の参謀と中を連れ、作戦室に入る。

「現在、我々の艦隊はルミナス星雲の高圧ガス地帯にいます。我々の電探を脅威と捉えている敵も隠れる為にこのガス地帯に入っていると思われます」

中は缶コーヒーを飲み干し、

「って事は、このガス地帯でガチンコする可能性も無きにしも非ず、か」

そうなると、敵に見つかった場合、こちらがいくら最新鋭の艦隊を持っていても、技術より数の暴力で蹂躙されてしまう可能性がある。

それに皆、頭を抱える。

この電磁をまとうガス地帯では電探はほぼ役に立たないと言っていいだろう。

ならば・・・

「戦わないで隠れちまおう」

皆一応に顔を見合わせて

「なーるほどな。敵さんがガス地帯を抜けた所で美味しいとこどりか」


「中、お前はどう思う?」

中は夜露から勧められたワイングラスを断る。

それよりもどう思う。

それだけ問われたら何と答えればいいか分からないであろうが、この狡猾な参謀長は既にこの問にニヤリと笑い

「帝國と王国の講話はどっこいどっこい、だが皇帝陛下が苦戦必至になる闘いをするか、だな?」

この参謀、只の青年参謀ではない。

情報統合長、要は諜報機関長官。

中はカルパスを齧り

「こんな塩っ辛い物ばかり食べていると高血圧になるぞ」

夜露は静かにワイングラスをテーブルに置くとボトルをまた傾ける。

赤ワインの豊潤な匂が満ちる。

赤い。

それは皮肉にも是から起きるであろう戦闘によって流される血の色に似ている。

何億の兵が屍になるだろうか。

だが、もう、引き返せない。

骸、骸、骸。

そう、無数の屍を踏み越え、今がある。

否、軍人達が乗り越えなければいけない必須の所業。

軍に入って覚悟を決めてはいたではないか、そう思って、割り切る。

軍は戦争して何ぼである、それが常識なのだ。

「混ぜっ返すな。お前はこの帝國一、耳がいいんだ、何を隠している?」

中はにやっと哂い、懐からメモリスティックを俺に投げて渡す。

それを受け取る。

「敵ってのは外だけじゃねぇみたいだぜ。内部の人間も疑ってかかるべし」

それだけ言うと、カルパスをもう一本取って、齧りながら部屋から出ていく参謀長。

「慣れたら美味いな、下戸じゃなけりゃあ酒の晩酌預かりたいが・・・」

中は提督室から出て行く。

部屋に静けさが降る。

語弊があった。

柱時計が振り子を振る音だけ。

無機質に時間だけ進める。


夜露艦隊がルミナス星雲の一つの巨大惑星に隠れて2日。

小型ビット型の放出式電探はルミナス星雲のガス地帯を外で見張っている。

中々出てこない。

警戒されているのか?

それとも何かあったか?

老婆心を走らせる。

「戦闘はする気は更々ないが、もしこのガス地帯で高出力のエネルギー弾を撃ち込まれたら大爆発だ」

夜露の言葉を代弁する中。

隠れている最大の理由。

恐らく補給艦隊はある程度距離を取って航行していると推察する。

その補給船団が差し掛かった所で一斉にガス地帯を抜け、敵の補給船団を潰して先行している戦闘艦隊を兵糧攻めする。

「敵艦隊と思われる軍艦、33隻をビット電探で補足!」

お出ましか、しかし噂にたがわぬ大艦隊だな・・・。

ここで姿を現す訳にはいかない。

勝ち目のない戦闘は避けるのが最大のセオリーだ。

あくまで、補給船団狙いである。

「提督、補給船団らしきものを電探にて補足」

電探員が前方スクリーンに映像を出す。

それを確認し、俺は

「微速前進。ガス地帯を抜け次第、副砲で船団の動力部を破壊」


アウシュリー軍は泡を食っている様であった。

突然背後の補給船団を護衛していた重巡を沈められ、なおかつこちらの狙い通り、船団の動力部に副砲弾を当てて・・・その姿、何と形容しようか?

あえて言えば浮かぶ鉄屑化した。

言い過ぎか?

そしてこちらの艦隊が船団を囲み

「公用モールス信号を送れ、内容は、そちらが一発でも砲撃してきたら、こちらは貴、艦隊の補給船団を容赦なく蜂の巣にする」

程なくして

「中央立体スクリーン通信入ります」

ブオン・・・。

そこにいたのは、蒼髪で、真っ赤な瞳をした・・・青年将官。

「本官、名はワーグナー・ルイヘンディッヒ。階級は中将、この艦隊の総司令だ。要求、感謝する。飢えで死ぬ兵がいないことは何よりだ」

この言葉から、名のある策士を師に持っている事が分かる。

兵糧攻めは昔からある。

食べ物が無いと士気が下がるというものだ。

どんなに有能でもこれは避けられない。

勝てる戦にも勝てない。

そして

「ご理解、賢明な判断、こちらからも感謝する。本官、夜露美弥、階級は大将」

その名を聞いてワーグナーは顔を青くし

「長い黒髪、鋭く、だが何者も魅了するその目、八頭身・・・新宇宙に舞い降りた絶世の美女、戦の女神、夜露美弥大将とはあなたのことですか!?」

そこに中。

便所に行っていたらしい。

そしてワーグナーを見るなり

「あ、てめぇ、こないだ賭場で負け逃げした・・・」

実は中はつい最近まで偽造パスを作り、密偵として潜り込み高官と顔を合わせて、とある事で土台作りをしていた、らしい。

詳しい事は分からないが。

流石諜報機関の長官だけあって、十か国語、ホイホイ喋れるバウリンガルだ。

お酒が飲めないのが唯一の弱点でもある。

そんなこんなで如何やら顔見知りだと思われるワーグナーも

「あ、イカサマ野郎!」

夜露が一つ咳払いをすると、二人とも黙る。


「へー、おめぇさんの国でも夜露人気なんかー」

カルボナーラをフォークでぐるぐる巻きにして口にぶち込む中。

もっきゅもっきゅ・・・ゴクン。

「お前の上官だろ?閣下ってつけろよ」

最後に残ったベーコンの塩気に顔をしかめながら

「いいや?今更だし」

ワーグナーは慣れない手つきで天そばを食べている。

外国の人あるある、自分が食べやすい方法で食べてもいいのに箸を使う。

その今更だし、って言うのはどういう意味か?

首を傾げそばに乗った天ぷらを一口。

「・・・めっちゃ美味いな」

ダシを吸ってふやけた天ぷら。

そりゃ不味い訳がない。

「あ、中参謀長!久しぶりです!」

双岩だ。

俺を見た後、ワーグナーを見る。

「うーん、88点」

それだけ言うと食券を買いに行った。

気まずい、訪れた静寂は、天真爛漫な一人の少女の手厳しいイケメンチェックで作り出された。

そう、ばかデカいフラグを立てていく。

フラグ建築王双岩紅葉、ある意味危険なのだ。

注文が終わって、こちらに戻ってくる。

本音。

来るなよ、お前の発言一つでも国際問題になるぞ。

「そー言えば知ってました?中参謀長、夜露大将閣下、昔恋人同士だったんですよ」

ピシ。

空間が割れ、異次元への入り口が口を開く。

そして

「どこまで行った・・・」

ワーグナーがワナワナ震える。

何か、俺の地雷を双岩にセルフで踏まされて、爆風でどこまでも飛んで行きそう。

「あーとですね、えーとですね」

言葉に詰まる。

だが一つ言えるのは・・・

「一線を画してない。これはマジで」

「ふぉーんとかぁ?」

頷く、カクカクと古い、油を差していないであろうブリキのおもちゃの様に。

本当である。

夜露に振り回され、尻に敷かれ、何より毎週の事、酒乱で帰ってくる。

そんなの、相手に結婚、事後にでもなったら殺される。

外見、完全無敵な超絶美女でも中身はそこら辺の酔っぱらったオッサンより質が悪い。


俺は提督室で煙草をふかしていた。

中が吸っていた、わかばと言う、ちょっと癖のある煙草。

参謀長になっても吸っていた。

給料は跳ね上がっただろう。

だが、この安い煙草に執着する。

ある日、聞いてみた。

なぜわかばなのかと。

すると中は

「願掛けだ。若い兵が葉を出して思いっきり戦場を駆け巡れる様に、ってな」

俺は何も言わずに中からわかばを一本もらい、軽く吸う。

「ごほ、ごほ、キツいなこの煙草・・・」

中はふと笑い

「若い女性士官には合わないわな。安心しろ、お前さんも含めだが、若い士官達を守るのも諜報機関員の仕事で、守る為に命を投げ打つのも宿命だ」

その後、中は任務であちらこちらに飛ぶ様になり、俺とも会う機会が少なくなった。

なのでこうして、一緒の任務に着くと旧友と会う様な喜びが出る。

何より、宇宙は広い。

平たい惑星の話や、何の原理か分からないが燃え続ける炎の話・・・色々土産話を持ってくる。

それに俺は目を輝かせる。

諜報機関員とは名ばかりの旅行者である。

でも、その優秀さ故、皮肉にも自由に飛び回る事が好きだった中は出世し、参謀長と言う席に縛られ、身動きが取れなくなったと嘆く。

戦争が終わったら、また、果ての無い大宇宙へ、まだ見ぬ森羅万象を目にする為、アタッシュケース一つと、刀一本で旅にでる、が夢だそうだ。

複雑な心境だ。

笑顔で夢を語る親友。

なら、いつまでもこの戦が終わらなければいい。

俺は中と何の変哲もない世間話を大袈裟に、馬鹿みたいな大声で語り合えたらそれでいい、と。

コンコン。

提督室の扉を子気味よく叩かれたので

「入れ」

俺はワイングラスを置く。

「は!柊一馬大佐、入ります!」


「ふ、ここで撃ち合えば、憲兵に捕まって、それこそ本当に軍法会議にかけられて、極刑は免れないだろう」

上村は銃をしまい、それと同時に水瀬も拳銃をホルスターに差す。

だが、尚緊張感は抜けない。

窓の外を見れば、先程までの晴天はいずこやら。

雲が広がり、遠くには雷光も見える。

先に行った通り、双岩の予想は当たった。

雨が降り出し始めた。

「上村中佐。いや、上村特務官、君達の狙いは何だね?」

上村は哂い

「今の皇帝では列強諸国としてのこの国の地位が保てないと思ってね。自分はそこにいらっしゃる双岩大将閣下が皇帝になるべきと思う。あの様な昼行燈は國を衰弱させ、風前の灯火になる事間違いなしだ」

双岩は何も言葉にはしない。

この佐官が言っている事が妄言の事実なのか、確信の虚言なのかも。

それに再び、血の気が上がった水瀬は

「貴様!久光皇帝陛下を愚弄するつもりか!?」

と先程しまった拳銃を抜く。

上村は続ける。

「侮辱?あれのどこを愚弄したというのか?事実であろう?下士官上がりのお下がりの権威の無いペラペラを。これ以上ない最高の賛辞を三度送ろう、貴様はいつまで経っても下士官だと」

撃鉄を上げ、何の躊躇もなく、引き金を引き絞る。

「軍法会議にかけるか?成り上がりの皇帝の為に犬に成り果てて無駄に血を流す。ふ・・・ふははは、滑稽、誠、滑稽!」

上村は左肩を撃ち抜かれたが意にも介さず哂う。

双岩は降ってきた雨に

「まだ、だな・・・まだ青い写真だ。今國の皇帝になるのは私ではないのかもしれない。だろう?水瀬」

瞼を閉じて、懐から煙草を取り出し火をつける。

一時の、ものの1,2分だろうか?

煙を吐き出し

「このゲリラ豪雨の様に皇帝を一時の感情で変えるは危険だ。だが科学は進歩した、天候を自由に操れるように」

双岩は机の引き出しから“皇帝暗殺上申書”と言う分厚い、括り紐で閉じられた束を取り出す。

「若い者には今の日永は暇過ぎるのだろう、血気盛んは良い。だが兵は國を護る為にあり、そしてそれ以外に何かあってはならない、迷っているのだ、私も」

上村は哂いを止め不服を目に表す、だがすぐに

「双岩閣下、貴方も腰抜けですな。もう既に事が進んでいると言う事が理解できないでいるらしい」

双岩を敵と見なしたと推察する。

「こっちから銃声がしたぞ!」

「大将閣下!」

廊下を走ってくる歩哨。

「・・・意外と早い。流石犬共・・・」

上村は軽く舌打ちして、廊下を走りだす。


俺は柊の報告を聞いた後、湯船に浸かっていた。

宇宙では、僅かに水素がとれるとは誰かの言葉。

そんな理論はほっとく。

しかし、熱燗が欲しい。

日本酒を持ってくればよかったと、ちょっと後悔している。

今この榛名を中心とした俺の艦隊は、当初の予定通りアルバーレ・レーンに向かっている。

「お、夜露、お前もひとっ風呂か?」

中と柊である。

「まあなあ・・・色々考えてる時は、酒か煙草か、風呂だろ」

それに笑顔で

「そりゃ言えてる」

中と柊は頭、体と洗って湯船に浸かる。

ふと中が思い出したような素振りをして

「そー言えば、夜露、熱燗は?お前と風呂ってくれば熱燗だろ?」

少々癪に障るが、そんなどうでもいい事まで覚えているとは、流石諜報員。

いや、過去に風呂に一緒に入った時は何時も本酒を持ち込み、中にも強制アルコール摂取。

次の日、中は二日酔い。

本当に弱い。

スライムか、お前は、とネチネチ中の横で、自分の非を棚に上げ説教したものである。

「ワインしか持ってきてないんだよなぁ・・・」

中はにやっと笑い

「ちょっと待ってろ」

脱衣所に向かう。

数分後。

何やら一升瓶。

それを柊は見て

「あ!?それ!隠して置いたのに!やめて下さい!それ、めっちゃ高いんですから!」

そう、柊の私物の本酒。

「ありがたくいただきます」

柊撃沈。


ワーグナー艦隊の武装を完全に無力化した後

「それでは、我々ワーグナー艦隊は本国に帰順いたします」

ピっと敬礼し、大艦隊は離れていく。

アルバーレ・レーンにはもしかすれば敵の艦隊が待ち受けている可能性をワーグナーから示唆された。

んな事、教えていいのか?との問いに

「その程度の情報提供で戦局が変わる程アウシュリー軍は弱くないですよ」

と笑う。

余裕綽綽。

むかっ腹は立てない。

本当の事である。

そんな、もしかしたらなんて付く不確定要素がある情報一つ得ても戦局は変わらない。

巨大な敵がいる。

それだけである。

そう、巨大且つ強敵が横たわっていても、上から命じられれば進まなければならない。


「駆逐艦、朝霧、夕霧、アルバーレ・レーンに索敵に向かいます!帝國に永遠なる繁栄を!」

下手をすれば俺の命令は死刑宣告の様になる。

いくら敵の砲が旧式でも、駆逐艦の装甲など簡単に撃ち抜けるであろう。

無謀。

だが、この索敵を行わなければ、もっと被害がでる。

今迄、宇宙軍庁に入って、3隻の駆逐艦を失った。

麗しき戦乙女であっても運命は変えられない。

否。

中がいなければ、もっと被害が出ていたかもしれない。


日永帝國諜報機関、帝機関。

読んで字の如く、皇帝直轄の諜報機関。

そのトップが中なのである。

もたらされた情報で策略を立てるのは戦線の司令官。

どんなに不利な状況でも上官は常にポーカーフェイスを守らなければならない。

お膳立てして、勝てると一言言えば、部下達が安堵のため息を漏らす。

「アルバーレ・レーンより高エネルギー弾感知!」

ち、ワーグナーの言う通りか。

「敵さんの哨戒艦隊だ。連絡が飛ぶ前に・・・」

「分かってる!全艦、主砲開け!電探砲撃を開始する!」

数秒かからず一斉砲撃。

榛名の主砲、50口径の巨砲が火を噴く。

ものの数分で決着。

敵は3艦。

バレたな、ここはヤバいからもうちょっとアルバーレ・レーンの下流に展開するか。

カチン。

メインコンソールに一本のメモリスティック。

双岩だ。

メモリスティックを挿すと3秒ほど間が空き、メインモニター全てにエラー画面が表示される。

「これはどう言う事か?」

俺の問いに答えたのは

「新型兵器の実験か。軍務化学省から持ち出された新型殺戮高パルス砲を試せって所か」

中である。

睨み付けつつ、続け

「お前の背後にいるのは死の商人ってのは上がってる・・・皇帝陛下の目の届かない所でコソコソと。この国賊め」

ニヤリと不敵に哂う双岩。

甲高く、かつ不気味に哂う、哂う。

全てを成し遂げたかの様に。

何もかも我が手中に収めたかの如く。

「国賊?違いますよ、私は無能な帝に断頭台に登って貰いたいだけです!國を強くするには金なのですよ!」

エゴのシャウト。

此処まで来ると清々しく、反吐すらでない。

こんな奴を軍人にしたのは人事部の落ち度であろう。

後で釘を刺しておくか。


水瀬が

「上村諜報官の命により、双岩大将閣下、あなたを逮捕致します」

すぐさま憲兵、特警の腕章をした兵が入って来る。

双岩願六は何も抵抗しない。

憲兵に手錠を掛けられても動揺すらしない。

まるで何もかも分かってたかの様に。

「中参謀長の帝機関の者か」

傷口を応急処置した上村が戻ってきて

「流石にこの迫真の演技、見破れなかったですね・・・それより水瀬、ペイント弾渡したろ、実弾で撃つ阿保がどこにいる」

水瀬が胸を張って

「ここにいる」

上村は言葉を一瞬失って

「ま、まあ・・・迫真の演技が出来たからいいか」

「私を逮捕しても紅葉が・・・」

上村。

「何で俺がこんな猿芝居打って迄、貴方を逮捕したかったのは・・・」


「う、嘘だ・・・だってあれほど・・・」

紅葉はワナワナ震える。

それはそうだろう。

この一連の大規模劇は双岩願六を炙り出す為だけに作られたものだったのだから。

まさか、アウシュリーまでもが一芝居うってくれといったらオッケーを貰えたのは予想外だったが、その代わり、小麦粉50億トン請求された。

上手く出来すぎとは思わなかったのだろうか?

「フ、フフ・・・まだ私には・・・」

「どんな兵器でもエネルギーがいるんだよな」

それが何を指しているのか分かっただろう。

誰が自軍の最新鋭兵器の極秘情報を漏らすであろうか?

「双岩少佐、国家反逆罪で逮捕・・・」

双岩少佐は笑い出して

「くくく、くああははは、流石帝機関、全てお見通しか!だが覚えておけ、軍の中には燻っている軍人が数多いる事を!」

双岩は拳銃を抜いて自害した。


舞踏会。

アウシュリーの王都で華々しい社交だ。

数々の列強国家の要人達が来ており俺には似つかわしくない場所に思える。

ドレスの方は見立ててはくれたが、いつも軍服の乗馬ズボンしかはかないので、何か違和感が。

その一方、場慣れしているのだろう、中はワルツを貴婦人と踊る。

やっぱり諜報機関員だと踊れないといけない嗜みなのだろうか?

ふと、中は俺を見て、ちょいちょいとこっちゃー来い、こっちゃー来いと手で合図。

首を横に振ると、中が俺の方に来て

「シャルウィダンス?」

手の甲にキスをして、手を引いて踊り始める。

俺は

「わわわ、踊れねえよ」

「でーじょーぶ、俺が先導してやるから」

中が俺をダンスの中央に連れて行くと会場がわっと沸く。

中曰く、めんどくさいからってリンスをしていないのだが艶やかで黒く長い髪、175センチの八頭身、凛とした顔つき、そしてスタイルである。

次々に「次は私めと」「いやいや、僕の方があっている、是非」などとファン行列が。

そこに大物登場。

「私の妃にならないか?」

アウシュリーの王子、ラーゼ・スタウザー・アウシュリーである。

「俺には先客がいるんでね」

と中の手を握る。

中も俺の手をしっかり握ってくれている。

それをみたラーゼは

「・・・ふむ、貴方達の間には入れぬようだ。失礼した、引き続き楽しんでくれたまえ」


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陰謀の帝國 @kodukikentarou

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