第4話 悪魔と天使

 日没前まで資料室で調べ物をする咲久耶さくや煉也れんや

 どうやら手掛かりとなる情報があったようで、夜まで休憩所で休みを取る様だ。

 そして日が沈み辺りから完全に光が無くなるころ、咲久耶さくや煉也れんやは外に出てきた。


「そろそろ完全に日の光が無くなる。そうしたら悪魔が来るかもしれないから気を抜くなよ」


「任せてお兄ちゃん! あいつ等は絶対に許さないから!」


 二人だけの空間、今から悪魔が来るかもしれないのにその表情は活き活きとしている。

 バリケード内で座って悪魔が来るのを待ち構えるようだ。

 日が完全に沈み、辺りは暗くなる。

 星と月の灯りだけが周囲を照らし、辛うじて瓦礫の輪郭だけが見て取れる。

 不意に虫の鳴き声が聞こえてくると、呼応するように沢山の虫が鳴き始めた。

 グレムリンにはコロニーの場所が知れているはずだが、この時間は奴らは現れないようだ。


 数時間が過ぎ、そろそろ日付を跨ごうかという時だった。

 虫の鳴き声が一斉に止まった。

 目をつむり神経を研ぎ澄ましていた二人は目を開けると、微かに漂う独特な匂いを感じ取った。


 二人は目で合図をすると静かにバリケードから顔を出し、匂いの発生源を探し始めるのだが……方向は二人とも感じ取っているのだが、姿が全く見えない。

 手信号で会話を始める二人。

(いた?)

(いや見当たらない)

(匂いはあっちだけど)

(迷彩か? あるいは姿を消しているのか)


 咲久耶さくやはポケットから小さなスイッチを取り出して煉也れんやを見る。

 煉也れんやが首を縦に振るとスイッチを押し、同時に匂いの方向から銃声が連続で鳴り響いた。

 火薬の発火により銃口から出る火花で辺りが明るくなるが、残念ながらそこには何も見つからない。

 だが次の瞬間、銃があった場所で爆発が起こる。


「ええっ!? 一体どこにいるの!」


咲久耶さくや照明弾!」


 腰のバッグから照明弾を取り出し、空に向けて二発発射する。

 オレンジ色の強烈な光の弾がゆっくりと落ちて来るが、そこで初めて何かがいる事だけ確認できた。


「影はある……なのに姿が見えないだと?」


「お兄ちゃん! アレ!」


 影だけがあると思っていた場所には一本の縦線があった。

 薄い薄い縦線で紙一枚程度の厚さだろう。

 その線がゆっくりと厚みを持っていく……何かが咲久耶さくや達を見つけたのだ。

 それは厚みを持ったわけではなく、紙のように薄い体を持った悪魔。


 縦一.五メートル、横二メートル程の長方形で、左右からは厚みの無い腕、中央下には厚みの無い足が二本伸びている。

 そして完全に振り向いた体の中央には、トンボのような複眼が付いていた。

 しかし厚みが無いため真っ黒な体に緑の複眼が描かれているようだった。

 

 その複眼がキラキラと光ると、二人は素早く別々の方向に飛びのいた。

 それと同時に二人がいた場所が爆発し、二人を追いかけるようにして爆発が続いて行く。

 

「お兄ちゃん!」


咲久耶さくや! 左右から挟み込むぞ!」


「うん、わかった!」


 爆発は二人を追い続けるが、悪魔の真横に来た時点で爆発が止まる。

 咲久耶さくやはそのまま走り悪魔の背後に入り、煉也れんやは引き返して正面に戻る。

 悪魔はゆっくりと煉也れんやに振り向く……かと思ったら咲久耶さくやが大声で叫ぶ。


「後ろにも目が描いてあるよ!?」


 どうやら前後という概念がないようだ。

 二人同時に銃を撃ち、悪魔の体は銃弾によってグニャグニャと歪む。

 歪むのだがダメージにはなっておらず、銃弾はそのまま地面に落ちていく。


咲久耶さくや左目を狙え!」


「うん!」


 煉也れんやから見たら右目、咲久耶さくやから見たら左目をわずかな時間差で撃つと、二つの弾丸で挟み込むように全く同じ場所に命中した。

 だが弾丸は潰れて粉々に弾き飛び、悪魔の体には傷すらついていない。


「ダメ! 通じてないよ!」


「くそっ!」


 煉也れんやは銃を左胸にしまうと腰から二本のナイフを引き抜く。

 左手は逆手、右手は順手で構えを取ると、咲久耶さくやも銃を右足のホルスターにしまい背中の刀を抜く。

 咲久耶さくやは両手で刀を構えると、二人同時に間合いを詰めて斬りかかる。

 関節の無い黒い腕と指が二人の刃物を受け止め、するりと滑るように体に触れようとしてくるが、重量が無いのか武器を振り切ると簡単に腕を払いのける事が出来た。


 そのまま刃物で切り付けるのかと思いきや、二人は同じ方向へと移動し同時に横薙ぎを放つ。

 一つ間違えば互いを傷つけてしまうが、相手が何をするのか考えなくてもわかる様だ。

 同時に横薙ぎを食らった悪魔はグニャリと体が縮むが、そのまま勢いをつけて悪魔の横幅以上に斬り抜いた。


「うおおおおおお!」

「はああああああ!」


 悪魔が吹き飛び体が回転しながら瓦礫を破壊していく。

 普通に考えればこれだけの攻撃をしたら傷を負っていそうなものだが……残念ながら通常兵器が効かない悪魔には効果が無かった。

 風になびく様に起き上がると、なにごとも無かった様に歩いて来る。


「……やっば、天叢雲剣あまのむらくものつるぎの力が宿った刀でも通用しないや」


「俺のナイフもそうだ……劣化品とはいえそれなりの力があるんだがな」


 銃が効かず、やいばも通用しない。

 後は格闘戦だが効果があるとは思えない。

 手詰まりか、そう思った時だった、空から強い光が差し込んだのだ。


「遅いわよ!」


「来てくれたんだから良いだろう?」


 空からゆっくりと降りてくる光、そこには両手を交差させて胸に当て、白い翼を持つ中性的な天使がいた。

 悪魔と敵対する存在、神の使いとして人々を救う存在、天使。

 白く薄手のローブがなびいているが、それ以外の場所は微動だにしていない。


『子供達よ、勇敢に戦う子等よ、手を貸しましょう』


 音ではなく直接頭に響いて来る声を聞いた二人は、天使から悪魔へと視線を戻す。

 すると天使は更に高度を落とし、咲久耶さくや達の頭の高さあたりまで降りて来ると胸のあたりから直径十センチほどの光を悪魔に当てる。


『子供達よ、この光は遠いと威力が落ちてしまいます。悪魔を近づけてください』


 この天使もあまり大きくなく人間サイズなので、悪魔を滅ぼす力が弱いのだろう。

 だがそんな事は咲久耶さくや達にとって容易たやすい事だった。

 瓦礫の上を飛ぶように跳ねて移動し、あっという間に悪魔の背後に回る。

 悪魔は人間よりも天使を警戒しているため、二人には全く見向きもしなくなった。


「はあ!」

「とぅ!」

 

 刀とナイフで背後から高速で斬りかかり、後ろからどんどんと押していく。

 そしてある程度押して天使に近づいた時、光が当たっている場所から煙が上がる。

 ようやく危険性に気が付いた悪魔は二人を止めようと腕を回すが、もう決着がつく寸前だった。

 二人は同時に後ろ回し蹴りを食らわせる。


「「とりゃあああ!」」


 力の限り放った蹴りは悪魔を吹き飛ばし、天使の目前まで迫る。


『よくやりました』


 光は悪魔を貫通し、更に縦横無尽に動き悪魔を細切れにしていく。

 切れた部分が火花を散らし、何かに引火したのか大爆発を起こした。


「お、おおー! ざまーみろ悪魔! お前達にこの星を渡すもんかー!」


「星を欲しがっていなかったが……この星は人間の物だ。悪魔を跋扈ばっこさせるつもりはない」


 気が付けば空はうっすらと明るくなっていた。

 ひょっとしたら日の光をかすかに浴びた悪魔は弱体化したのかもしれない。

 しかし悪魔を倒した事は事実だ。


「今の爆発は何だ!? て、天使様⁉」


 扉を開けて隊長が顔を出して来た。

 天使は隊長を確認すると扉の近くに降り、隣に光の扉を発生させる。


『救いを求める子供達を受け入れましょう』


 コロニーから年寄りや子供が百名程出て来ると、光の扉の中へと入っていく。


「ねえお兄ちゃん」


「なんだ?」


「眠い」


「ああ、俺もだ」


「じゃあ一緒に寝よ?」


「またお前は……いいよ」


「えへ、やったー」

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最強の兄妹は悪魔を滅ぼす 内海 @utumi

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