そこにいるもの…

ハッピーディストピア!

第1話

 南茶手病棟。ここは、1995年に閉ざされてしまった病棟だ。その病棟は当時の日本の中でトップクラスの医療技術、そして大きさを誇っており知る人ぞ知るかなり有名な病棟だった。


 ところで納石町という町をご存じだろうか。多分、ほとんどの人は頭にクエスチョンマークが浮かんでいるだろうが無理もない。なんせ、今はもう存在しないのだから。


 その納石町とは一般的な町とは対して変わらない、なんの変哲もない町だったという。そう、あるものを除いて。


 それが、南茶手病棟だ。町自体が都市から離れていたため隔離をするにも都合が良かったためかこんな場所に建てられたのだが、この病棟のお陰で納石町という名も大変有名だった。


 しかしだ。時代が進み、現在ではその名を知るものなど殆どいない。あれだけ有名だったというのに一体なぜなのか?ここからは憶測なのd「あぁもう、うるさいよ!!なんで余計に怖がらせようとするのさ!!」


 少しでも動けば軋む音の響く廊下に、突然怒鳴り声が響いた。


 「きゃっ!そう言うあんたも急にでかい声出さないでよ、はっ倒すわよ!」


 最後尾を歩いていた女は大声に反応してしまい、思わず悲鳴を上げた。


 「なんだい、せっかくいい雰囲気にしてあげてたのに。」


 先頭を歩いている男は後ろについて歩いている2人にため息を吐いた。


 「だいたい、君たちが心霊スポット行きたいだなんて言うのが悪いじゃないか。それにここ、廃村どころか廃町なんだよ?そんなの滅多に、と言うか唯一ここしかないんだよ?せっかくの雰囲気をなんで台無しにしようとするんだい?」


そんな様子の男に、2人は思わずムッとした。


 「そんなこと言われてもなぁ、釣られた俺たちも悪いけどわざわざ騙してまで連れてくることないんじゃない?」


 「いやいや、僕が連れてくとかなんてこういうところだけだって知っているだろ?それをわかってて付いてきたのは君たちだし、さっきも言ったけど心霊スポットに行きたがってたじゃないか。」


 先頭の男はニヤニヤしながらそう言った。ただ怖がってるところを見たいだけなのがよくわかる悪人ヅラをしている。

 

 「そうだけどさぁ、別に本気で言ってたんじゃないんだからね!はぁ、これであんたの信頼はガタ落ちよ、2度と信じない!」


 「う〜ん、それはもう何度も聞いたんですがねぇ。流石にちょっと心配になりますよ君たち。」


 またも先頭の男はため息を吐き、その学習能力の無さに呆れてしまう。が、後ろの2人は心外だとでも言いたいような顔をしていた。


「まっいいや、話し続けちゃうね。」


 完全に恐怖心がどこかへ行ってしまったため、取り敢えず後ろの2人を無視することにして男はまた語り出す。


 「それでだ、何故誰もここのことを知らないのか、それは他ならぬ政府が隠蔽したからだと思っている。」


 「う〜ん、それはやっつけ過ぎないかな?確かに異常?ではあるけど。」


 後ろの男はその考察を否定する。


 「ふっふっふ、それにはちゃんと理由があるのだよ。まず、情報収集していた時の話なのだがどうも見つからないのだよ。」


 「見つからないって何がよ。」


 「これだけ大きな病棟だ、新聞のひとつやふたうぐらい載っていてもおかしくないだろ?実際、結構有名だったそうだ。だというのに何一つとして情報が上げられていたいんだ。おかしいだろ普通に。」


 「じゃぁ、あんたはどこからその情報を知ったのよ。」


 女の質問に、先頭の男はニヤリと笑う。


 「僕、こう見えても人脈はかなり広くてね。そういう極秘な情報とかもよく入ってくるのだよ。たまたまここに来てしまった人の話だとかね。」


 ドヤ顔で言う男は少し移動して窓辺の方に立つ。


 「それにだ、2人も気になっていたと思うが、あまりにも綺麗過ぎないか?ここ。埃ひとつないし、窓もこんなにピカピカだ。人の手が入っているのは確かだ。」


 男は窓辺に指を滑らせながら言う。


 「それでだ。政府が隠蔽する、それ即ちやましい事を隠しているに決まっている。と言う事で早速、奥の方に行くぞ!」

 

 「なんで決定事項なんだよ…。」


 そうして3人は廊下の奥へと歩いて行く。背後にいる、何かの気配に気づく事なく。


〜〜〜〜〜〜〜〜数時間〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 「何にもないよ、だから早く帰らない?」


 3人は今、病棟の地下室に居た。


 「う〜む、おかしいな。それっぽいのはひとつもないな。」


 怪しい部屋などひとつもなかったため、相変わらず先頭を歩く男は首を傾げた。


 「あぁもう、なんでそう諦めが悪いのよ!もう帰るわよ!明日は平日なんだから、こんな遅くまでいたら学校で寝ちゃうわよ?!」


 女はそう言い、先頭の男の襟を掴み引き摺った。


 「えっ?!ちょちょちょ、まってまっ…ん?!冷た?!」


 引き摺られている男は抵抗しようと手を床に付けると、その手にビチャという音と共に生暖かいものを感じた。


 「今度はなんなのよ?!どうせ水でも…。」


 そう言いながら、男の手元に懐中電灯の光を当てる。そしてそれを見た3人は目を見開き、時がどっかのように硬直する。


 「う、うぎゃああ!!ち、血だ!!」


 数秒後、それを見ていた男が悲鳴を上げた。


 「…なっ生暖かい、と言うことはここで人か何が…。」


 震える手についた血を見ながら、男は必死に冷静になろうとしながら考える。


 「ね、ねぇ。2人とも、これ見て欲しいんだけど。」


 周囲を見渡していた男は顔を真っ青にしながら2人に呼びかける。


 「うそ、でしょ?」


 …そこの壁には、大きな爪跡があった。


 「本当にやばいよ!早く出よう!」


 「まっ待て、静かに!」


 慌てて逃げ出そうとする2人を押さえて男は言った。


 「はっ?!なんでこ「本当に静かにしろ!あの血はまだ真新しかったんだ、と言うことはこの傷をつけた主はまだ近くにあるんじゃないか?」


 ハッとした顔をして、すぐに口を押さえる2人。しかしどうやら、手遅れらしい。


 みしっみしっ、ずるっずるっ


 規則的になる木の軋む音は、何かが歩いて近づいてきているのを教える。そして引きずっている音は、この血の主を引き摺っている音なのだろうか。


 どちらにしろ、近づいてくる音に、3人は滝のように冷たい汗を流し、すぐ真横にあるベッドの下に潜り込む。懐中電灯の灯りは消し、息を潜む。


 みしっみしっ、ずるっずるっ


 徐々に大きくなる音はいつしか、目の前から聞こえていた。


 「…っ?!」


 視界に入るのは、大きな手。それも人の頭を丸々覆えるほど大きなもの。指先は血で真っ赤に染まっている。さっきのはこいつが原因で間違い無いのだろう。


 そして、案の定引き摺っているのは人だった。その人は男でスーツ姿だった。何故このような場所にそんな似つかわしくない格好でいるのか。しかしそれよりも、今は見つからないかが問題だ。


 バケモノは、この部屋をぐるぐると歩き回る。3人は、確実に自分達を探しているのだと悟った。


 暫くして、バケモノは掴んでいた人を置いて、どこかへ去って行った。足音も遠くなり、完全に聞こえなくなった頃、3人ともベッドの下から出てきた。


 「なんなのよあいつ…。」


 涙声になりながら女は呟く。


 「君は政府があんなのを隠すために隠蔽してたと言うの?」


 同じく涙声で男は聞く。


 「…怪物がいるとは考えていなかったが、だいたいそんな感じだ。それよりもとっとと出よう。」



 治らない震えを抑えようとしながらまたも先頭に立つ男は言った。


 「ねぇ、この男の人はどうするの?」


 女は倒れている男を指差し問いかける。


 「あんだけ出血したんだ、多分助からない。それに文部を運んでいたら僕たちまでやられかねない。残念ながら諦めよう。」


 「この人の名前知ってるの?」


 「あぁ、君たちあまりテレビ見ないもんな、そりゃ知らないか。この人は安保都知事だよ。」


 そして3人は音に注意しながら、この部屋を出て行った。


〜〜〜〜〜〜〜数時間後〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 道中、何もなかったことに安心と共に不安感を抱いていたが取り敢えずはロビーについた。


 「あぁ、やっと入り口に着いたよ!早く出ましょ!」


 見えた入り口に向かい、走り出す女。ドアノブを握り、開けようと押すがどうにも開かない。女は焦り、何度も押す。そして引いてみたりやり方を変えても扉はびくともしない。


 「ねえどうしよあー!ドアが開かない!」


 「もしや、あのバケモノが?」


 再び、冷や汗が止まらなくなる。そして、


 みしっみしっ、ずるっずるっ


 またあの音が聞こえてきた。心拍数も上がり、視界もぼやいてくる。何故2人を巻き込んでしまったのだろうとか、止めれば良かったとか、みんなそれぞれ後悔しながらも音の鳴る方へ首を回す。


 廊下から出てくるのはさっきのバケモノのようだ。先ほどは見えなかったところもよく見える。


 顔は人間そのものだった。しかしその目は真っ黒で赤い瞳孔が幾つもある。そして下半身から下はなく、代わりに短い触手が蠢いていた。


 そしてまた、先ほどの男を引き摺っている。何をしたいのかはわからないが、自分達もあの男のようになるのは容易く想像できた。


 徐々に気が遠くなって行く。バケモノの力なのだろうか。どちらにしろ、死ぬことには変わらないのだが、そうこう考えているうちに視界は真っ暗になった。


 ロビーにはバタン!という音が鳴り響き、そして静寂になる。白目を剥いて倒れている3人、それにバケモノは近づき、スーツ姿の男を手放してその手を上げる。この静寂を破るのは、この哀れな人たちの悲鳴にやって切り裂かれるのだr「なんでここで寝込むんじゃいい!!」


 ビシイ!!


 …上げられた手は倒れている先頭の男をはたき、ツッコミの声が響いた。


 「全く、揃いも揃って人んちに勝手に入った挙句寝るとか、常識なってなさ過ぎやろ!」


 バケモノはプンスカ起こりながら4人を持ち上げながらぼやく。


 「スーツ大人に至っては血便まで、しかも大量に出しやがって!さっき掃除したばっただっちゃうのに仕事増やすなや!」


 そしてドアを開けてんようとするが開かないのでぶち破る。


 「あー腹立つ!今日はこのまま夜更かししてやけ食いしてやる!!」


 4人を投げ飛ばし、バケモノはそう叫んだ。

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そこにいるもの… ハッピーディストピア! @ataoka881

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