ナオのウラ
一ノ瀬 夜月
演技屋
私は、幼い頃からずっと、"演技"に惹かれて
いた。憧れの役者がいたのではなく、ただ、
「別の人物になりきる」という行為に興味があったのだ。
そんなに興味があるなら、演劇や俳優、声優などの道に進めば良いのでは?と勧められたが、どれも私には合わなかった。
だから、自分自身がやりたいように演技が出来る、「演技屋」を設立した。客、もとい依頼人は、たまにしか来ないので、普段はボランティアや、短期バイトをして生活している。
「おっ、依頼が入った!依頼者は...名前的に女性かな?」
基本的に、メールで大まかな依頼内容を確認して、私が可能と判断した場合のみ、店に来店してもらう形となっている。
「うん、この内容ならいけそうだね。後は、希望日時を調整して...えっと、明日の午前十時に、二名様でご来店っと。」
こちら側が承諾したとしても、直接会ってみないと、依頼者側は判断しずらいと思うので、必ず顔合わせは行う事にしている。
「ふぅー、明日は朝から忙しくなるぞー!」
そう自分に気合いを入れた後、睡魔が襲ってきたので、少し早めに眠りについた。
次の日
奈)初めまして、私は界瀬奈緒と申します。
本日はご来店、ありがとうございます。
女性)まぁまぁご丁寧に、私は熊谷幸子と申します。そして、こちらは...
男性)...伊勢慎二です。
奈)はい、熊谷さんと伊勢さんですね。早速、本題に入らせて頂きます。
昨日もお聞きしましたが、依頼内容は、 「熊谷夢子さんの代理として、花嫁を演じる」という事でよろしいですか?
幸)はい、私の身勝手なのですが、せめて、一度で良いから、夢子の花嫁姿が見たかったんです。でも...あの子はもう...
慎)お義母さん...夢子が亡くなって、悲しいのは僕も一緒です。
でも、僕は、代わりじゃ嫌なんです。僕は、夢子ただ一人を愛しているんだ。だから、この件、僕は反対です!
奈)なるほど、伊勢さんは今回の依頼に、納得していないのですね?
慎)はい、夢子の代わりなんて、誰にも務まらないので。貴女の助力は要りません。
幸)確かにそうだけれど、でも、どうすれば良いのよ!
この、胸が張り裂けそうな程の悲しみを、私は...私達は、一生抱えて生きていくのよ?
それなら、一瞬だけでも、都合の良い夢を見たいじゃない。夢子が生きていて、結婚したという奇跡を、この目で...
奈)熊谷さん...分かりました。今回の依頼を引き受けましょう。
伊勢さんは、不満をお持ちのようですが、本当に必要ないかどうかは、実物を見てから決めて下さい。
もし、私の「演技」がお気に召さない様なら、お代は結構ですし、罵ってくれても構いません。
慎)なっ...そこまでの自信があるなら、分かりました。本物の夢子を、僕に見せて下さい。
奈)はいっ!承りました。では、詳しい調整を...
それから諸々の打ち合わせを終えて、二人は帰った。
伊勢さんに対して、大口を叩いてしまったので、相当頑張らないと、演技屋としての評判がダダ下がりだ。
「さて、ウエディングドレスのサイズ調節と、プロのメイクアップアーティストの手配。それから...もっと夢子さんを理解しないと...」
熊谷さんから写真や動画は貰った。伊勢さんから話は聞いた。けれど、それじゃあまだ弱い。もっと明確に、深くイメージしろ。"熊谷夢子"とは何者か?
まず、伊勢さんの話では、夢子さんは、気弱で主張が強く無いらしい。けれど、周りへの気遣いが出来て、ふとしたときに見せる優しさに、心を奪われたとか。
となれは、人間関係は良好で、周囲に馴染める柔らかな雰囲気を持っていて...
よし、慎二さんから見た"私"は完全に理解出来たと思う。次は、お母さんから見た"私"...
まず、私は一人っ子だから、両親から溺愛されていた。けれど、ワガママには育たず、親孝行な優しい女性に...
「出来た、熊谷夢子の完成かな。」
後は、顔馴染みの美容関係の方々の技量次第。あぁ、指定の日が待ち遠しい。夢子が、必要とされる瞬間が!
指定日当日
メイクさん)今回もまた、難しい注文だったけど、どうにか完成だ。どう?そっくりにできたでしょ?
奈)うん、いつも以上に素敵な仕事ぶりだよ。ありがとう、これからも頼りさせて欲しいな。
メ)...うん、もしかして、もう役に成りきってる?言葉遣いが違うし、なんか変な感じ。
奈)役って何の事?私は私、いつもの夢子だけれど...
うわー、毎度の事だけれど、奈緒の豹変っぷりは怖いわー。もう何も言わないでおこう。
メ)じゃあ、私はもう行くから。頑張ってね。
こうして、馴染みのメイクさんを見送った後に、慎二さんとお母さんがやって来た。
幸)本当に...夢子だわ。会いたかった、すごく、すごく。
夢)お母さん、久しぶり。なんだか少し痩せた気がする。体調には気をつけてね、お母さんには長生きして欲しいから。
幸)夢子...ありがとう、それにウエディングドレスもよく似合ってるわ。慎二くんと並ぶと、ほら...仲の良い夫婦の完成ね。
慎)ちょっとお義母さん、確かに見た目は夢子だけど、この人は、夢子じゃ...
奈)慎二さん?緊張しているの?手が震えているよ。
慎)いやっ、これはちがっ...
奈)実は、私もさっきから、足が震えてて、不安なの。だって、一生に一度の、慎二さんとの大切な日だから...
慎)ゆめ...こ?そんなわけ無いのに、夢子はもう居ないはずなのに、ここにいる。紛れもない、本物の夢子が。僕の愛する人が。
夢子、抱きしめても良いかな?
奈)お母さんが見ている前で、恥ずかしいよ。でも、慎二さんになら...いいかも。
慎)ありがとう、受け入れてくれて。愛している。
奈)うん、私も慎二さんの事を愛しています。
その後、親族数人との疑似結婚式は幕を閉じた。
幸)奈緒さん、本当にありがとう。感謝してもしきれないわ。
慎)僕からも、お礼を伝えたい。ありがとう。そして、最初会った日に貴女に無礼な発言をしてしまい、すまなかった。貴女は、本当に素晴らしい役者だ。
奈)こちらこそ、勿体ないお言葉をありがとうございます。
本当に、私には過ぎた報酬だ。そもそも私は、演じられるだけで...
誰かの代わりとして、愛情や友情を受け取れるだけで満足なのだ。
だって、本当の私の事は、誰も愛してくれないから...
ナオのウラ 一ノ瀬 夜月 @itinose-yozuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます