最終話 東山幸の物語は

「待っていたよ」

 神様は大して嬉しくもなさそうに言った。

 青年の見た目をしている。でもその表情は、100年を生きた老人みたいだ。

 先輩は陰キャって言ってたけど、確かに陰鬱な雰囲気だ。

「ようやく死ねる。転生者を受け入れて数千年、ようやく君に出会えた。長かった」

 私はあたりを見回した。シンプルで飾り気のない部屋。

 真ん中に浮かんでいる青い球体は、この世界だろう。北極と南極の氷が極端に大きい。

「私を先輩たちと離した場所に置いたのって神様ですか? なんでそんなことしたの?」

「君のスキルは、心の底から欲したスキルを発現させるスキルだ。スキルが見えなかったのはそのためだよ。だから私を恨むよう、過酷な環境に放置した」

 クロエちゃん絶対救うスキルとかじゃないんだ、私が求めてたものって。私ってまだまだだな。

「たしかに恨んでいます」

 私は素直に言った。

「なら、私を殺すといい。君を転生させた私が死ねば、君の魂は元いた世界に戻れる。私の力で君の肉体も元通りにする。少し時間も巻き戻してあげよう。君は死なず、元いた世界で生き続けるだろう」

「戻れるんだ……」

 私は思わず呟いた。戻りたいと願ったあの日々に、私は戻れる。でも、

「ゴチャゴチャ言ってないで、まずはクロエちゃんを治せ! このクソヤロー!!」

 私は思いっきり叫んだ。


 あんな目にあったのに、クロエちゃんはギルドに戻った。普通にメイドとして働いてる。パウロやメイド長と会うの嫌じゃないのって聞いたら、別にって言ってた。やっぱクロエちゃんは強い。

 クロエちゃんはもう首輪をしていない。私が切った。そのカタルシスたるや、県の中総体決勝で逆転勝利したとき並だった。

 あのちょっと後で、私のお金も合わせてクロエちゃんの妹も解放した。名前はメリーちゃん。クロエちゃんをクールビューティー化したみたいな子で、ちょっと私とキャラ被ってる。ごめん、メリーちゃんが完全上位互換。

 今は姉妹で、お給料貰って一緒にギルドで働いてる。一緒がいいかと思って部屋を譲ろうとしたら、断られた。同室だと、すぐ喧嘩になっちゃうからだって。一人っ子の私は、そんなもんかと思う。

 クロエちゃんはもう身体は売らなくていいけど、やっぱり売ってバリバリ稼いでいる。私を買い戻すためだったら、そんなことしなくていいのにって言っても、聞いてくれない。彼女なりのけじめなんだって思うから、私は受けるつもりだ。


「これで、よし」

 灰色の小さな石鹸を、水道の横に置く。脇には『石鹸。ご自由にお使いください』って木札。

 私の作った石鹸試作品。pH指示薬なんてないから、うっかり強いアルカリ触って手が荒れたり、結構苦労した。グリセリンも一緒に出来てるはずだから、ハンドクリーム作れないかなって思う。

 メイドたちが集まって、ほんとに石鹸だーなんて感動してくれる。色と香りは全然だけど、泡立ちはそれなり。

 これはほんの第一歩。

 いずれは量産して、この世界で石鹸を普及させたい。

 悲惨な病気を、少しでも減らすため。


 お使いのついでや休日に時間があると、私は議会の見物に出掛けた。この世界では三権分立なんかなくて、なんでも議会で決める。街の王様や都市連合の元老院も、議会で選ばれた人たちだ。議会では少数だけど解放奴隷や、女の人も活躍してる。

 だったら、って思う。

 私には夢が出来た。この世界を少しでも良くして、最終的には奴隷制度を無くしたい。クロエちゃんのいた娼館の、悲惨な光景が忘れられない。あの人たちを今すぐ全員救うことは出来ないけど、私はこの世界を変えたい。

 議場の入り口から、いつものように演説を眺める。今日は、金銭のトラブルを争う裁判のようだ。双方の弁士が順番に演壇に立つ。訴えた方の弁士は、証書や当時の状況から、理路整然と正当性を主張した。訴えられた方の弁士は、依頼人がいかに優れた人物で清廉潔白であるか、感情を揺さぶる演説をした。

 勝ったのは、後者だった。この世界では、情に訴えるほうが効くらしい。


「怪我の苦しみの中、冒険の日々に戻れないかと怯える不安はいかほどでしょう。好き好んで盗賊に身を落とす冒険者がおりましょうか。私は冒険者が、安心して冒険ができるよう、この保険事業を提案いたします」

 私はプレゼンの最後を、そう締めくくった。

 ぜひやってくれ、と口々に声が上がる。身振りとかちょっと演出過多だったかなって思ったけど、ギルドの役員の中には涙ぐんでる人もいる。成功だ。

 保険と言ってるけど、年金に近い。冒険者が報酬を受け取る際、希望すれば一定の割合をギルドが預かる。ギルドはその資金を積立てて運用する。怪我や病気や高齢で働けなくなったら、冒険者は毎月お金を受け取ることができる。

 私なりの盗賊対策だ。食い詰めて盗賊になる冒険者を減らしたい。私のように、望まずに自由を奪われる人を一人でも減らすために。

 もちろん私にも利益がある。運用益の2割を貰うことになってる。当面の投資先は石鹸にするつもり。石鹸の製造はギルドの中庭を借りて、非番のメイドを雇おう。体を売らないメイドにも、お金を稼ぐ道を開きたい。

 まずは資金。全ては窓口のメイドの営業にかかってる。クロエちゃんとメリーちゃん、あなたたちの笑顔が全てだからね。頼んだよ。


 私にはもう一つ、大きな変化があった。友達が増えたのだ。なった、って言うべきかも知れない。

 今日はお休みで、広場で彼と会う約束になってる。

 あのとき、神様の部屋で私は言った。

「わかるよ。あなたの気持ち。私も死にたいって思うこと、よくあった」

 私の腕の中にはクロエちゃんがいた。眠っているけど、心臓は力強く動いている。顔色もいい。助かるだろう。

 部屋には無数の小さな声が鳴り響いていた。全て、人々が神に祈る声だ。願いだけでなく、呪いや怨嗟の声まである。

「ずっと、一人だったんだね。一人でこの祈りを叶え続けていた。たしかにこれじゃあ、全員の声なんて、とても聞けない」

 神様は自嘲するみたいに小さく口角を上げた。

「弱いと思うか? 私のことを」

「思いません」

 私は言った。クロエちゃんに視線を落とす。

「友達なんです、彼女。私が死にたいとき、いつも傍にいてくれた。クロエちゃんがいなかったら、私はとっくに死んでた。だから、あなたが死にたいって気持ちになるのは、しょうがないと思う」

「なら、私を殺してくれるか?」

「それは……出来ません。クロエちゃんを助けてくれたあなたを、私はもう憎めない」

「そうか……」

 神様は落胆している。気の毒なくらい。

 だから、と私は顔を上げた。

「私と、友達になりましょう」


 神様は先に広場に来ていた。教会眺めていて、笑いそうになる。おーい、こっちに本物いるよって教会の人たちに教えてあげたい。

 もっとも、地上じゃ神様は普通の人には見えない。クロエちゃんに紹介してあげられなくて残念。

「すみません、メイクに時間かかっちゃって」

 反対側から上坂さんが走って来る。今日は私服だ。レトロガーリー系のコーデが決まってて、異世界でもここまで出来るのかって思う。

 服を褒めると、上坂さんはくねくねと照れた。

「お姉様に可愛いなんて言われるのぉ、嬉し過ぎますぅ」

 このところ上坂さんはずっとこんな調子。お姉様お姉様と、やたら懐かれている。変なスイッチ入っちゃったんじゃないかって心配になる。なんでも私の姿に感動したらしい。そんな感動するようなこと、したかなって思う。クズと付き合ってて、感動のハードル下がっちゃったのかもしれない。

 彼女は神様が見える。今のところ、神様が見えるのは聖女の彼女と、神殺しの私だけ。私一人で神様と話していると、頭のおかしい奴隷としてお役人に捕まりそうなので、上坂さんの存在はありがたい。

 ジョーセーはあの後解散して、上坂さんは先輩と別れた。上坂さん、よくあんなの我慢してたって尊敬する。

 皆川くんと上坂さんはソロとしてこの街に残ってるけど、銀の上位くらいの仕事だと、二人で臨時のパーティー組むこともある。二人きりだと何話していいかわかんないって、皆川くんは嘆いてた。

 先輩は、元老院が派遣する第18次勇者パーティーに応募して、採用された。ムチャクチャな人だから、いつか本当に魔王を倒しちゃうかもしれない。

「今日は、何をするんだ?」

 神様は相変わらず暗い。

「とっても美味しい焼き菓子出す露店が、最近出来たらしいよ。お茶道具持ってきたから、買って食べよう」

「賛成ですぅ」

「美味しいもの食べて、黄金ランクの美少女二人に囲まれてれば、ちょっとは元気になるでしょ?」

「黄金ランクの美少女?」

 神様は首を傾げる。ったく、身を切った冗談なんだから少しくらい笑え。

 私と神様は、賭けをしている。私は一生をこの世界で過ごす。私の寿命が終わるまで、神様の死にたいって気持ちが消えなければ、私は神様を殺す。けれど、私と友達になって、生きててよかったなと思ってもらえたら、私は神様を殺さない。

 16歳の東山幸に戻るのは、この世界で私が精一杯生きたあとでいい。

「さあ、行こう」

 私は、神様に言う。

「君は、いつもそうやって前に進むのだな」

 神様が呟く。その表情は、ちょっと笑ったように見えた。


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