第14話 コウの戦い

「冒険者パーティーのジョーセー、いらっしゃいませんか!?」

 宿の入口で、私は大声で叫んだ。こういう高い店は、奴隷は入れない。

「ジョーセー、いらっしゃいませんか!?」

「うるさいぞ! 奴隷女」

 従業員に怒鳴られる。構わずもう一度叫ぼうとしたとき、頭上から声がした。

「コウじゃん。なんか用か?」

 シンヤ先輩だった。二階の窓から顔を出してる。大嫌いだけど、このときばかりは、先輩が救いの神に見えた。

「上坂さん、いますか? お願いがあるんです」

 僧侶の祈りは効果がなかったけど、最上級スキルの聖女の彼女なら、きっと。


 先輩と皆川くんと上坂さん、野次馬たちに囲まれて、私は事情を説明する。

「わかったわ。やってみる」

 上坂さんは祈りを捧げようとしてくれる。

「駄目だ」

 冷酷な声が、彼女を押し止めた。先輩だ。

「コウは態度がなっていない。まずは謝れ」

「わかりました。偉そうな態度を取って、申し訳ありませんでした」

 私は深々と頭を下げた。

「違うだろ。土下座しろ、コウ」

「わかりました」

 私はちょっとだけごめんねとクロエちゃんに謝って、彼女を地面に寝かせた。

 跪く。割れた石畳で膝が痛いけど、クロエちゃんの為なら気にならない。

「偉そうな態度を取って、申し訳ありませんでした」

 私は地面に頭をつけた。先輩が、はははと乾いた声で笑う。後頭部に、何かが叩きつけられる。頭踏まれたなって思う。

「見ろよ。こいつ土下座してるぞ。あの東山幸が、俺の命令で土下座してる。惨めだなあ、コウ。どんな気分だ? はははははっ」

 元カノにここまでするかって気分だよ。

 頭を上げろと命じられて、身を起こす。先輩の顔が歪んでいる。イケメンだったのに、顔だけは良かったのに、そんな笑い方しちゃ台無しだ。

「お前を買うぞ、コウ」

 先輩は宣言するみたいに言った。

 今カノちゃん、ドン引きしてるじゃん。皆川くんも狼狽えてる。

「2万でも10万でも出す。お前を買う。俺の奴隷になれ、コウ。そしたらその女は助けてやる」

 わかりましたと私は言った。不思議と悔しくも悲しくもない。クロエちゃんが助かるなら、別にどうだっていい。

「一生奴隷になるな? コウ」

「なります」

「絶対に解放しないぞ」

「構いません」

 可哀想な人だ、先輩。知ってる? 肉体は所有すれど、魂は奪えないんだよ。初めて会った日、クロエちゃんが教えてくれた。

 先輩の奴隷になったら、すぐに自殺しよう。クロエちゃんが気に病むと困るから、別の街に行ってからのほうがいいかな。先輩、お前は5万デールくらい無駄にするんだ。ざまあみろ。

「じゃあ、今ここで神の名において誓え」

「シンヤ先輩!」

 皆川くんが声を上げた。

「皆川!! お前は黙ってろ!!」

 先輩の一際大きい声に、皆川くんはビクッとなった。

「知ってるぞ、皆川。お前コウのこと好きなんだろ? こいつ奴隷にしたら、お前にも使わせてやるよ」

 皆川くんは、もう何も言えない様子で黙った。

 黙っちゃうんだ、皆川くん。ちょっと、かっこいいなって思ったのに。助けて欲しいわけじゃないよ。ただ、皆川くん、君は止めなきゃ駄目だ。私のこと好きなんでしょ。だったら君自身のために、ここで先輩を止めなきゃ、君の尊厳は損なわれる。

 誓いますと私は言った。

「私、東山幸は、田端真也の奴隷として、一生を捧げることを……神の名において……」

 ほんの少し、言い淀んだ。この瞬間、東山幸は死ぬと思った。でも構わない。

「ダメ……」

 弱々しい力で腕を掴まれる。

 クロエちゃんが懸命に体を起こそうとしていた。

 駄目なのはクロエちゃんだよ。寝てなきゃ駄目。もうすぐ助けてあげるからね。

「コウ、誓っちゃだめ……自分を買い戻すん……でしょ? 諦めたら、ダメ……。あたしのために……そんなことしたら……許さないから……」

 クロエちゃんは気を失うみたいに目を閉じた。呼吸が弱くなる。

「コウ、どうすんの? そいつもう死にそうだけど。死んだら流石にカレンでも無理だぞ」

 先輩の白けた様子の言葉が刺さる。

 私はどうしたらいい? どうするのが正解なんだ?

 このクソな世界と、クソで残酷な神様を恨む。神様に会ったら、絶対殺してやる。

 その瞬間、私のスキル、神殺しが発現した。

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