第13話 最底辺の娼館

「クロエちゃんって、大丈夫なんですか?」

 その日、久しぶりに受付になった私は、勇気を出してペアのメイド長に尋ねた。既にクロエちゃんが去って、3週間が経とうとしていた。

「何言ってるの?」

 メイド長は冷たい目で私を見た。やっぱりこの人、苦手。

「その……クロエちゃん……病院に行ったまま、帰ってこなくて……」

「でしょうね」

 私はハッとする。この人は、帰ってこなくて当然と思ってるんだ。

「あの、クロエちゃん、本当に病院行ってるんですよね? ちゃんと治療してもらってるんですよね?」

「コウ、あなたクロエから何も聞かされてないの?」

 私は頷く。メイド長は不意に優しい目になった。

「あの子らしいわね。あなたに心配をかけたくなかったのね。いい、コウ? 奴隷は教会の病院には行けない。病気になった女奴隷が送られるのは、病院と名がつくだけの、最底辺の娼館よ」

 目の前が真っ白になる。メイド長は続けた。

「治療なんてほとんど受けられない。ルーン草で痛みを和らげるだけ。コウ、よく聞きなさい。奴隷は時間との戦いなの。自分を解放するか、主人の気まぐれや病気で死ぬか、どっちが早いかの戦い。クロエは負けたの。あなたは負けないよう、ちゃんと戦いなさい」

 うるさい。そんなこと聞いてない。私のことなんてどうでもいい。クロエちゃんの話をしているんだ。

「その話、御主人様は……?」

「もちろん知ってるわ。御主人様が決めたことだもの。ここは私が見ててあげるから、なんなら自分で確認してらっしゃい」


 転がり込むようにパウロの執務室に駆け込む。

「なんだコウか。どうした? 顔色を変えて」

「嘘ですよね、御主人様」

 声が震えている。嘘だと言ってくれ。お願いだから。

「クロエさんが送られたのは娼館だと聞きました。嘘ですよね。そんなこと、してませんよね」

「ああ。クロエか。売った」

 パウロは悪びれる様子もなく言った。

「よく働くし、冒険者から人気も高くて、レアスキル持ちで惜しかったが、あそこまで呪われてしまってはしょうがない。お前は同室だったな。代わりの奴隷は探してるから、それまでは部屋は一人で使っていいぞ」

 まるで嬉しいだろとでも言わんばかりだった。パウロがクロエちゃんのことを話すときの目は、私をレイプしたときと同じ、私たちを人間とは思っていない目をしていた。


 私はベッドの下の袋を掴んだ。私のお金。私を買い戻すためのお金。私を売って稼いだお金。隣のクロエちゃんの袋は、私のよりずっと大きい。彼女がどんな思いで、私にはできないことまでして、このお金を貯めてきたか私は知ってる。これは、クロエちゃん自身の手で妹に渡すべきだ。

 私はギルドを抜け出した。脱走とみなされるかな。それでも構わない。もしクロエちゃんが死んじゃったら、どうせ私もこの世界で生き延びられない。

「呪われた奴隷が売られるっていう娼館、知りませんか?」

 何人かの人を捕まえて尋ねるが、皆、私の首輪を見ると嫌な顔をして離れていく。突き飛ばしたり、叩いてくる人もいた。

 この世界は本当にクソだ。パウロもクソ。最近苦手じゃなくなってきたのに、ギルドのために色々考えてたのに、やっぱりクソだった。

「20デール払ったら、乗せてってやる」

 ようやく一人の車引きにそう言ってもらえた。20デールはボッタクリだけど、そんなこと言ってられない。


 クロエちゃんの売られた娼館は、娼館街の一番外れにあった。娼館というより、崩れかけの倉庫みたいだ。

 入り口では椅子に座ったおばあちゃんが居眠りしていて、足元には2デールと書かれた札と箱が置いてあった。

「ちょっと、待っててもらえますか?」

 車引きに頼むと、無愛想に頷いてくれた。この感じ、彼も解放奴隷だ。

 中に入ると、明かりはなく、目が慣れるまでしばらくかかった。酷い臭いは、人間の体臭とルーン草を焚いているせいだ。教室ほどの大きさの室内で、あちこちにうめき声が聞こえる。

 違う。うめき声じゃない。男の喘ぎ声だ。

 地獄のような光景だった。板間に毛布を敷いただけで、20人くらいの女が寝かされていた。そこに餓鬼のように、男が貪り付いている。女はほとんど反応がない。

 ベッドなんてないっていうクロエちゃんの言葉を思い出す。ここに売られること、彼女は知ってたんだ。

「クロエちゃん!」

 私は叫ぶように彼女の名を呼ぶ。

 男たちが顔を上げる。

「なんで女がいるんだ?」

「姉ちゃんが相手してくれるのか?」

 無視して、私はもう一度クロエちゃんの名を呼んだ。

「コ……ウ……?」

 足元から、力ない声がした。

「クロエちゃん」

 私は膝をついて、彼女を抱きしめた。

「コウ……そこにいるの……?」

 クロエちゃんは目が見えていないようだった。

 笑うと太陽みたいだった頬はこけ、亜麻色の髪はすっかり黒く汚れてしまっている。

「そいつはもう死ぬよ」

 野次を飛ばされる。うるさい。死なない。私が死なせない。

「ここの主人、出てこい! 私がこの人を買う! この人を解放しろ!」

 クロエちゃんは、たったの500デールだった。

「看てもらえないと思うけど、一応教会行ってみるか?」

 車引きが気の毒そうに言う。

 私は彼に、一軒の宿屋の名前を告げた。

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