第11話 シンヤ先輩(元カレ・クズ)
今日は珍しく暇だなんて思いながら、私はカウンターに立ってた。ちょっとだけ、ぼうっとしてたんだと思う。ガラガラ鳴る扉の開く音にも気が付かなかった。
「あれ? コウじゃん?」
聞き覚えのある声と日本語に、一瞬学校かと錯覚した。
顔を上げた。
「シンヤ先輩……」
思わず声が漏れた。後ろの二人も知った顔だった。男子は同じクラスの皆川くん。女子は名前は知らないけど、全校集会で見覚えがある1年の子。
「やっぱコウじゃん。お前もこっち来てたんだ。何してんの? こんなとこで」
シンヤ先輩はノリがやたら軽い。高校に入ってすぐ、一週間だけこの人と付き合ってたことがある。その頃から軽かったけど、悪化してる。
シンヤ先輩は見たことないほどでっかい剣を背負っていて、丁寧な装飾のある鎧を着ていた。冒険者になったんだって気づくまで、しばらくかかった。
「懐かしいなあ。アレから1年くらいか? お前真っ先に車ぶつかってたもんな。こっち来てるんじゃないかって思ってたよ」
「先輩こそ、巻き込まれたんですね」
「そうそう、コウ見つけたから声かけようと思ってさ。お前のせいで死んじゃったんだぜ、俺」
そうだった。シンヤ先輩は別れたあとも、やたら馴れ馴れしくて、結構ウザかった。
女の子がちょっと嫌そうな顔してる。格好からして僧侶系のスキル持ち。その子が今カノちゃんね。シンヤ先輩って顔だけは良くてサッカー部のレギュラーだったから、モテることはモテる。そのぶん手も早くて、付き合って3日目の初デートのカラオケボックスでいきなりやられそうになって、初めてだからこんなとこじゃ嫌ですって言っても聞いてもらえなくて、私は逃げ出した。そのときもびっくりしたけど、翌日普通にカラオケ代半分払えよって言って来たのはもっとびっくりした。
まあ、今が一番びっくりしてるけど。
「冒険者になったんですね、先輩。もしかして3人でパーティー組んでるんですか?」
先輩は皆川くんの肩に手を回してバンバン叩く。皆川くん、嫌がってないか?
「そ、こいつの提案。こいつ異世界転移にめっちゃ詳しくてさ。俺が剣聖、皆川が大魔道士、こいつが」
「聖女の上坂カレンです。よろしく、東山センパイ」
上坂さんの声と目に敵意がこもってる。心配しなくていいよ。君の彼氏のこと、全然好きじゃないから。
それにしても、つまらない冗談。剣聖も大魔道士も聖女も最上位のスキルだ。
「あ、お前信じてないだろ?」
シンヤ先輩は、無造作にライセンスをカウンターに置いた。
開く手元をクロエちゃんが覗き込む。
「竜退治、巨人討伐、魔族まで……凄い」
クロエちゃんがため息のように呟く。どれも1回の数千デールの報酬だ。
「凄いだろ。今のパーティーランク、ちなみに黄金の下位な」
黄金ランクの冒険者ってはじめて見た。全員最上位スキル持ちってのも、嘘じゃないんだろう。いいな。羨ましい。
「どうしたんですか? そのスキル」
「神様に貰ったんだよ。なあ」
シンヤ先輩の言葉に、皆川くんと上坂さんが頷く。
「車にひかれたあと、神様の部屋に連れてかれたんだよ。そこでガチャみたいなの引かされて貰った」
「神様?」
「そ、暗い顔した陰キャ。俺たちにレアスキルのガチャ引かせて、外れとか言ってたけど、失礼な奴だよな。お前会ってないの?」
会ってないと私は言った。
いたんだ。神様。でも3人と私、あまりに待遇が違う。私はスキルなんかなくて、1人で、神様にも会ってない。
「え? もしかしてお前、レアスキルないの?」
「ないです」
「お前忘れられたんだな。マジウケる」
シンヤ先輩がゲラゲラ笑った。身体の芯が、すっと冷えるのがわかった。この人、駄目だ。
「先輩、ギルドに来たってことは仕事探しに来たんですよね。どのような仕事をお探しですか?」
「仕事、ね。なるだけランク高いのがいいな」
クロエちゃんに頼んで、ランクの上から順に仕事を見せる。
「コウ読んでよ。俺こっちの字読めないから」
え? ってなった。
「俺ら自動翻訳のスキル持ちだけど、字は翻訳してくれないんだよね。不便だよなあ、スキル」
スキル2つ? 流石にズルい。
「2つじゃないよ、3つ」
先輩はサラッと言った。
「俺ら全員、最上位スキルと自動翻訳、病気耐性の3つ持ってる」
言葉が通じないなか、盗賊のアジトでは全裸にされて踊らされた。多分、聞くに堪えない言葉を浴びせられながら。舌を噛んで自殺しようとした子がいて、苦しんでるその子に止めを刺したのは私だ。そのくせ、風邪薬もないこの世界で、熱を出すたびに私は死ぬのが怖くて怯えてた。クロエちゃんにもたくさん迷惑かけた。言葉を教えるのに、私を看病するのに、何百時間、妹のためにお金を稼ぐ時間を犠牲にしてくれたか。
神よ、なぜあなたは私を見捨てたのかって言ったのキリストだっけ? ほんとそんな気分。
私は淡々と仕事の説明をした。銀の中位の冒険者でも失敗した、海竜の退治。この海竜のせいで、麦は陸路でしか運べなくて、この街のパンはめちゃくちゃ高くて、多くの人が飢えてる。もう一つは街の近くにダンジョンを作った、魔族の討伐。こいつは毎月街に現れて、貴族の娘を攫っては死ぬまで血を搾り取る。
「つまんね、銀の仕事しかないじゃん。ランク高い冒険者が多いって聞いたからわざわざ来たのに、ここのギルド、レベル低いなあ」
「申し訳ありません」
私は深々と頭を下げた。
もしスキル心を殺すってのがあったら、私はそれ持ちたい。
「あとは元老院案件の魔王討伐や太陽回復ですけど、これはどこのギルドも扱ってますので、ご存知ですよね」
「あー、知ってる。流石に魔王はまだ倒せねえわ。これやる」
先輩が選んだのは、ダンジョンの魔族討伐だった。銀の上位。報酬は1万2千デール。
「俺6千、お前ら3千でいいよな?」
「いいでーす」
上坂さんが言う。皆川くんはヘラって笑う。
1万2千デール。夢のような大金。このパーティーなら、楽勝なんだろうな。
「なあ、コウ」
先輩がぐいっと顔を近づけて来た。まだなんかあるのか。仕事決めたんなら早くダンジョン行け。
「お前、奴隷だろ?」
先輩の視線。首元を見てる。思わず両手で首筋を覆った。
「隠さなくていいじゃん。似合ってるよ。可愛いじゃんその首輪」
そういう問題じゃない。これは私の尊厳の問題だ。確かにちょっと可愛いとは思うけど、似合ってはいけない。それは駄目だ。
「6千入ったらさ、お前買ってやるよ。その代わり、ヤらせろ」
先輩は事もなげに言った。
「ちょっと、シンヤ先輩!」
さすがに上坂さんが声を上げた。
そうだそうだ。今カノちゃん頑張れ。
「いいじゃん。カレン。心はお前、こいつとは体だけ」
怒りと理解不能で頭がくらくらした。私と付き合ってるときも、セフレが3人いたって後で知った。私のLINEの名前、顔◎胸△性格✕とかに変えてて、さすがに怒って別れたことを思い出す。
「私、先輩とはしません」
これ言うの2回目だって思う。
先輩は一気に不機嫌な顔になった。
「少しは素直になったかと思ったけど、奴隷になっても変わんねえな、お前のその態度。ほんと何様のつもりだよ。こっちはお前を買って無理やり言うこと聞かせることもできるんだぞ」
「6千じゃ買えませんよ、私。主人は、最低でも2万だって言ってる」
首輪自慢なんて馬鹿みたいって自分でも思うけど、私にはこれしかなかった。
先輩はふんって鼻を鳴らした。
「今さらお高く止まっても無駄だよ。俺、知ってるぞ。ギルドのメイドって、みんなウリやってんだろ? 自分を買い戻すために」
やってない子もいる、って言おうとして、余計惨めになるだけだって気づいて黙った。この世界は全体的に貧しくて、農民だと自由市民でも子供を売ったりする。そうした子は、ギルドは最低限ご飯だけは食べられるからって体は売らない。
皆川くんはメイドのことを知ってたみたいだけど、上坂さんは知らなかったみたいで、嘘って呟いて驚いてる。
そうだよね。私も上坂さんの立場だったら、そう思うよ。売春までして自由を買うって、頭おかしいんじゃないかって思うよね。でもね、失って始めて気づいたけど、尊厳と自由って一つなんだ。
先輩はホールを見渡すと、つかつかと反対側に歩いていった。
この人はどこまで私の尊厳を踏みにじるんだろう。
先輩はヤリ部屋の扉を開けた。窓なんてなくて真っ暗な部屋に、光が当たる。カラオケボックスのほうがよほどマシ。トイレの個室よりちょっと大きいくらいの、私の仕事場。寝具なんて、汚れた薄っぺらい毛布1枚。何人もの体液と垢が染み込んで、洗濯しても綺麗にならない。
「うわっ! ありえねえ!」
先輩はホール中に響く大声を上げた。
「コウ、まじでこんなとこでヤッてんの? ありえねえんだけど」
私もそう思う。
上坂さんの目が心底私を軽蔑していた。
「東山先輩にちょっと憧れてたのに……ショックです」
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