第10話 コウの誤算

「いちまん……ですか?」

 お金が貯まったら自分を買い戻したいと申し出た私は、パウロの言葉に目を丸くした。

「なんだ、不満か?」

「あの、私、3千だって……」

「それはお前を買ったときの値段だ。言葉も喋れない、生娘だけが取り柄の珍しい服を着ただけの女と、今のお前が同じ値段なわけないだろう。読み書きができ、計算に優れ、知恵に溢れる。今のお前なら最低でも2万デールで売れる。これでも随分割り引いているんだ。噂の金細工職人を救った女奴隷、あれもお前だろう? 奴隷商人を呼んで値を付けさせたら、5万デールくらいになるかもしれんぞ」

「少し、考えさせて下さい」

 私は力なく言った。


「ええ? まだ買い戻したいって、言ってなかったの? だから言ったのに……コウ……なんで言わなかったのよ……」

 その夜クロエちゃんに相談すると、心底悔しがられた。

「ごめん……」

「とにかく、すぐにその値段で自分を買い戻すって言って来て」

「え? 今すぐ?」

「すぐに! 御主人様の気が変わらないうちに、すぐ」

 もう夜なんだけど。私室行くのやだなあ。絶対やられんじゃん。


 パウロと話すのは最近苦手じゃなくなってきたけど、抱かれるのはやっぱり苦手。

 そもそもセックス好きじゃない。ううん、大嫌い。

 この世界の人ってあんまりお風呂入らないし、洗濯も相当汚れてからするから臭い。冒険者は特にひどい。

 セックスも、とても雑。私の乏しい性知識でもわかるくらい。特に嫌なのは、終わった汚れを髪で拭かれること。パウロもこのタイプ。せめて洗え。終わったら水道で洗え。


「宣言していいぞ」

 え? 今? って思う。

 パウロに当たり前みたいな感じで犯された私は、まだ息も整わずにベッドに転がっていた。

 急いで服を着て、パウロと向き合う。

「よろしいですか? 御主人様」

「うむ。神の名において、誓いは守る」

「それでは。私、パウロの奴隷コウは、1万デールを貯め、自分を解放することを、神の名において宣言します」

 この世界では、これで契約は完了する。念のため証書を作るが、必ずしも必要じゃないし、読み書きができない場合は証人だったりする。

 しかし、1万かぁ。1回10デールとして千回。お金貯まる前に病気貰って死にそう。カイン、ごめん。やっぱり私、あなたに買ってもらわなきゃ、一生奴隷かも。

「まあそう悲観するな」

 肩を落とす私に、パウロが声をかける。

 ったく、誰のせいで嘆いてると思ってるんだ。お前はいいよな。3千で買った奴隷から1万も取って。私、タダ働き以下、抱かれ損じゃん。考えてみれば盗賊も奴隷商人もパウロも、誰も損していない。私だけが一方的に搾取されてる。

「また知恵を出せ、コウ。いい知恵だったら、高く買ってやる」

 うるさい! と私は思った。


「おう、姉ちゃん。また稼がせてもらったぜ」

 戦士のおじさんに肩を抱かれて、ついでに胸を触られる。背筋がゾゾってなる。

「そういうのは、お金払ってからですよ」

 我ながら棒読み。クロエちゃんならですよぅの後に、ハートマーク10個位付いてる。

 それでもおじさんは、30デールで私を買ってくれた。稼がせてもらったお礼だそうだ。

 借用証を売りに出す発案が私だってのは、もうすっかり知れ渡っていた。おかげで時々こういう美味しい思いが出来る。

 冒険者は街から街へ渡り歩くものらしく、借用証の名前に心当たりのある冒険者は多くて、もう在庫はほとんど残っていない。こんなことなら、回収額の1割を私の取り分にするとか、歩合で売っとけばよかった。

 ギルドとしても、赤字を解消できた上に、強い冒険者が集まってくるようになって、ランクの高い仕事もいっぱいこなせるようになった。さっきのおじさんも、ソロだけど銀の下位。これは完全に私の誤算。メイドとしては暇な方がいい。


 でも、もっと誤算は、会いたくない奴まで引き寄せちゃったってこと。


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