第7話 エウレカ

「外だー!」

 私は腕を振り上げる。

 道行く人が、何事かと振り返る。

「もう、恥ずかしいよ、コウ」

 クロエちゃんにたしなめられる。

「ごめん、ごめん」

 ここに来て半年、私はギルドの外に出る事を許された。

 私の発案した資金回収事業は、割と順調に売れ行きを伸ばしていて、これはそのご褒美の一つだ。今後、私は仕事の買い物やお使い、休日には外出が出来る。首輪も重いチャラチャラ鳴る物から、クロエちゃんと同じ薄くて華奢なものに変わった。

「じゃあ、行こうか」

 クロエちゃんがフードを目深にかぶる。首輪を隠すためだ。

 人権のない私たちは、トラブルに巻き込まれやすい。他人の奴隷を殺しても窃盗の罪にしかならないし、レイプは主人に金を払えば済む。この世界のクソなとこリスト、1個追加。

 ギルドは割と街の中心にあって、結構外は賑やかだった。露天商も並んでいて、野菜や手作りの道具なんかを売ってる。

 私が最初に売りに出された広場を抜けると、ちょっと格調高い雰囲気の建物が並ぶエリアになる。

 役所や貴族の邸宅だ。

 教会の敷地は、ひときわ大きい。広い庭を挟んで、学校や、病院とかも一緒にある。

 一番奥の荘厳な建物の手前でフードを取り、入口で黒の鷹達の司祭に貰った紹介状を見せる。

「ここで待っていなさい」

 若い僧侶は奥に消え、私たちはしばらく入口で待たされた。

 クロエちゃんは跪いて、遠くから神像に祈った。教会に入れるのは自由市民だけ。この世界がクソなのって、神様がクソだからだと思う。

「待たせたね」

 しばらくして恰幅のいい年老いた男が現れた。ここの教会で一番偉い人、司教様だ。何かの入った盃を持っている。

 クロエちゃんに促されて、私も跪く。

「スキルが見えないのは、どちらかな?」

「私です」

「まずは聖水で身を清める」

 司教は私の頭に盃の中身を注いだ。ずぶ濡れってほどじゃないけど、軽く雨に降られたみたいになる。

 司教は私の頭に手を置く。

「安心しなさい。スキル自体はあるようだ」

 ややあって、司教は声を上げた。

「なんのスキルなんですか?」

 私はちょっとドキドキする。クロエちゃんみたいな便利なスキルはめったになくて、たいていは日常生活に役立つスキルが備わってる。

「それが、見えない。まるで靄がかかったようだ。このようなこと、初めてだ」

 やっぱり……。私は肩を落とす。

「そなた、何歳だ?」

「16……17です」

 忘れてたけど、もう誕生日を過ぎていた。誕生日、何してたんだろ。せめて仕事だったらいいな。非番で男に抱かれてたんなら、悲しすぎる。

「まれに大人になってからスキルが発現する者がいるから、それかもしれん。かの大勇者バロンは18でスキルが発現したそうだ。そなたも神様を信じ、気長に待つことだ」

 がっかりして帰ろうとする私たちを、さっきの若い僧侶が呼び止めた。

「浄財を。10デール以上でお願いしている」

 え? 金取るの? アレで?


「大勇者バロンって何?」

 庭をゆっくり歩きながら、クロエちゃんに聞いた。10デールも払ったんだ。ちょっとくらい散歩したって許されるはずだ。

「千年前の勇者だよ。先代の魔王を倒したんだって。あまり詳しくないけど。あたし両親も奴隷だから、あんまりそういう昔話知らないんだ」

 サラッと胸が痛くなるようなことを言う。

 確か、太陽が呪われたのが何百年か前。今も魔族に人間は脅かされてる。ダメじゃん、このお話。

 教会の庭はとても良く手入れされていて、色とりどりの花が咲いている。運動部の部室みたいなギルドとは大違いで、癒やされる。

「あー、帰りたくないなあ」

 私は空に手を伸ばして言った。

「そんなこと言わない。帰って稼がなきゃ。10デール、取り戻そう」

「もう、男とするの、やだぁ」

 近くにいた僧侶が、汚らわしいものでも見るような目で去っていく。

 え? もしかしてタブーだった? 私、僧侶とか司祭と何人も寝たよ。

 いや、やっぱりおかしいのは私だ。エロトーク男子を軽蔑してた私、帰ってこい。

「またお前か!」

 唐突に怒鳴り声がした。私のことかと思ってビクってなって、恐る恐る声のした方を見た。

 私じゃない。協会の入り口で、誰かが揉めている。

「だから、教会はそんなことは出来ん。何度言ったらわかるんだ!」

「そこをなんとか! せめて司教様に会わせてください」

 さっきの若い僧侶と、もっと若い男が揉めている。

「巻き込まれたくない。行こう」

 コウちゃんがそっと背を向ける。私も同意見。揉め事の腹いせで殴られたりしたら最悪だ。

「もういい、連れて行け。こらしめても構わん」

 僧侶の言葉で、男はつまみ出される。よく見たら中学生くらいの男の子だ。羽交い締めにして、引きずっているのは、ちょっと年上の男の子たち。みんな同じ服を着ている。

 学生同士のトラブルかな。前なら注意するか先生を呼んだりしていたけど、今の私には余裕ないんだ。ごめんね。

 路上にゴミみたいに放り出された男の子は、殴る蹴るの暴行を受けた。本気じゃないだろうけど、それなりに痛そう。

 ついに男の子は、声を上げて泣き始める。

「ちょっと、やめなさいよ!」

 私は思わず声をかけていた。クロエちゃんに袖を掴まれる。

「クロエちゃん、先帰ってて。ごめん。迷惑はかけない」

「危なくなったら、迷わず逃げるんだよ」

 クロエちゃんは走り去っていく。彼女は優しいけど、自由市民には決して逆らおうとはしない。

 でもやっぱり、これは駄目だ。ここでこの子を見捨てたら、東山幸としの尊厳も失う気がする。

「年下相手に、恥ずかしくないの? もうやめなさい」

「なんだ、この女?」

 一番年上っぽい男が、肩を怒らせて私に歩み寄る。

 こっちは毎日ゴリラみたいな冒険者の相手してるんだ。そんなんでビビるもんか。

「殴りたきゃ殴りなさいよ。でも私は絶対悲鳴をあげないし、泣きもしない。そしたらあんたの株、ダダ下がりだね」

 男はフンっと鼻を鳴らした。

「頭おかしいんじゃねえの、この女。行こうぜ」

 彼らが教会の敷地に消えて、私は大きく息をつく。少し手と肩が震えている。さっきの嘘。やっぱりビビってた。

 男の子を見下ろす。中学1年か2年くらい。ふわふわした茶色いマッシュルームカット。日本にいたらモテるだろうな。でも、いつまでも泣いている子は好きじゃない。

「もう泣くな、少年。お姉さんが何があったか、聞いてあげよう」


「へえ、君は学生なんだね」

 私たちは、広場に移動していた。

「はい、神学を学んでいます」

「じゃあ僧侶系のスキル持ってるんだ?」

「はい。まだ僧侶見習いですけど」

 多くのスキルは本人の努力と経験次第で育てることが出来る。僧侶見習い、僧侶、司祭、司教というふうに。

 自分のスキルがわかんないってのは、それだけで生きていくのに圧倒的に不利だ。

「さっきの人たちは先輩? どうして殴られてたの?」

「僕が悪いんです。司教様に無理なことを頼んだから」

 少年の父は金細工職人で、この街の王のために冠を作ることを命じられた。しかし、完成した冠を見て王は違和感を感じた。妙に大きい。違和感は疑惑に変わる。職人が銀を混ぜて重さだけを合わせ、与えた金の一部を懐に入れたのではないか、と。

「司教様なら、父が不正をしていないことを証明してくれると思ったんです。でも駄目でした。話も聞いてくれないんです」

 そりゃ無理だろうと私は思った。それは宗教じゃなく、科学の領域だ。

 司教じゃなく、アルキメデスに頼むべきだ。しかし、比重の測り方すら発見されていないとは、こっちの世界って、2千年くらいは科学技術に差がある。

「いいでしょう。私がなんとかしてあげる。お父さんの無罪、証明しよう」

「本当ですか!?」

 少年が目を輝かせる。あ、可愛い。年下には興味なかったけど、新たな発見かも。

 少年はオシリウスの子カインと名乗った。

 一瞬、私は躊躇した。

新発見エウレカよ」

 素直にコウと名乗らなかったのは、今だけは奴隷であることを忘れたかったのかもしれない。

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